あの夏の日を忘れない
13
 反射的に駆け出そうとした俺の腕を神谷が掴む。

「落ち着け、ヘッポコ。委員長に連絡するのが先でしょう」

 ほら、と急かされスマホを取り出す。LINE上部に現れた通知を目にした俺は思わず固まる。

「? どうしたんですか」
「かみや、」

 どうしよう。

【不在着信 一件】

──宮野千景

 焦る気持ちに反するように、指はのろのろと通知をタップする。次いで流れてきたのは、宮野の残した留守電だった。スピーカーモードに切り替え、全員に聞こえるようにする。

『……っあー、さっきは飛び出してきてすみませんでした。あんたのことは気に食わないけど、冷静になってみれば……、書記さまの言う通りで……。俺が、間違ってたって……分かりました。す………、みませんでし……ッ!?』

 ガチャンとスマホが地面に落ちる音。やめろよ、という微かな叫び声。ぶつんと電話の切る音に、俺たちは沈黙を返す。俺が、と口を開く。小さな声は、不思議と大きく聞こえた。

「俺が、宮野からの通知をオフにしてたから」
「……、オフにしてたんですか?」

 鯉淵の眉がへにゃりと下げられる。こんな状況下でなければ笑みを浮かべていただろう彼の顔は、不安ゆえか中途半端に緩められていた。

「宮野、俺が何言っても怒り出すから面倒くさくて」
「……はは。そりゃ、千景が悪いなぁ」

 すみませんと頭を下げる鯉渕は、縋っているように俺の目に映った。

「助ける」

 飛び出た言葉に内心驚く。自分の発言が意外だった。母さんとも、円とも、そして自分とも重なっていない赤の他人を気にかけている。入学前ではありえない思考回路が自分の中に生じていること。その変化に嬉しいとも寂しいともつかない複雑な気持ちを感じながら、鯉渕に向かって頷く。

「俺が、助ける」

 再びそう宣言し、橙へと電話を掛ける。一回目のコール音の後、はいと応答する声が聞こえる。

「橙。宮野の場所、知ってるか?」
『知らない。って言いたいところだけど知ってるよ』
「教えてくれ」
『あいつ、赤を傷つけた奴だよ?』

 不意に橙の声が低くなる。予想内の橙の反応に苦笑を零す。知らないと嘘を吐けばよかったものを。俺が聞くことを予想して行方を追っていてくれたのだろうと思うと、橙の優しさが嬉しかった。

「橙。俺はあいつに一ミリたりとも傷つけられてなんかないぞ?」

 ハッと喉奥で笑ってみせると、今度は橙が苦笑する。仕方ないな、と独り言ちる声がいつものトーンに戻っていることを確認した俺は、ゆるりと眉根を解いた。

『教える代わりにさ、今度俺とデートしてよ』

 唐突な橙の言葉にクスリと笑う。デートって。今までも散々夜の街をぶらついてきただろうに。いいよと軽く了承すると、橙はあっさりと宮野の居所を吐いた。ぷつりと電話を切り、短く告げる。

「北校舎の、旧体育館」

 青に連絡、と神谷に指示し北校舎に走りだす。F組が犯人なのか。変わりはじめた連中に水を差すようなことにならなければいい。願いは叶うか。それとも──。






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