おっさんってどうして決まったスタイルがあるの
今日はバイトが休みなので、みんなの仕事ぶりを見て回ることに決めた。今の時間は九時AM。新聞配達を終えてノートパソコン(メローネさんのものらしい。妙な形をしてる)に向かってカタカタカタカタ何かやっているイルーゾォさんにも声をかけてみる事にした。
「イルーゾォさん、お疲れ様です。レベルいくつになりました」
「今ちょっとパーティ中だから話しかけないで」
「えっムカつく……」
そう、イルーゾォさんは日中仕事が無いのをいいことに、オンラインゲームにハマってしまったらしいのだ。ギアッチョさんのやっていた鏡のマジックを自分ができなくなったのが相当ショックだったようで(きっと持ちネタだったのだ)、ここ数日落ち込みに落ち込んだイルーゾォさんを見かねてホルマジオさんが教えてやったのだった。
毛布をかぶって没頭するイルーゾォさんの後ろから画面を覗くと、カッコいい杖を持った女のキャラクターがなにやら魔法を唱えていた。
しかし、この人にこのゲームを与えるのは良くなかったんじゃあないか?よく聞く、ネットゲームにハマりすぎて不登校、育児放棄、家庭崩壊、ローン地獄……。そんなことになってもらっては困る。
「イルーゾォさん、一緒にみなさんのところへ行ってみませんか?目悪くなりますって」
「今パーティ組んだばっかだからムリ」
「小学生みたいなこと言ってねーで早く用意しろや」
「あッ!」
電源ボタンを長押しするといとも簡単に忌々しい画面は消え、イルーゾォさんは『あああ』とか言ってキーボードに突っ伏した。にっこり微笑んでイルーゾォさんの肩を叩く。
「なっ。現実世界に戻ってこいよ」
「…………」
イルーゾォさんは恨めしそうにあたしを睨み、のろのろと洋服を着始めた。ズボンが初めて会ったときのやつでちょっともこもこ暑そうだが、まあ良い。戸締りを確認して、家を出た。
*
「さ〜ってとーどこから行きましょっか?イルーゾォさん」
「知らねえよ……」
「いつまで拗ねてんだ?オイ?」
「いッだだだだだ」
つむじを押されてこんなに痛がる人は珍しい。
「……ていうか、俺……誰がどこでやってるか知らねえよ」
「あ、そうでした?えっとー最初に決まったのは確かメローネさんです。新宿かどっか。でもきっといかがわしいお店なんで今度イルーゾォさんお一人でどうぞ」
「そういうの好きそうなのに」
「まあ好きですけど、ちょっとぶりっ子しようかなって」
「そうかよ」
「ホルマジオさんは日雇いでちょくちょくやってるみたいですね」
「へえ」
「プロシュートさんとペッシさんがコンビニ」
「コンビニ?コンビニってあの?」
「うん」
「……大丈夫なのか?」
「さあー……正直一番不安です」
「じゃあそこから行けばいいんじゃねえかな」
「そうですね!」
まだ十分くらいしか歩いていないのにもうペースの落ちてきたイルーゾォさんの腕を引っ張って歩く。確かここからもうちょっと行くと二人の勤めるコンビニだ。うちからは少し距離があるので普段はあまり使わないのだが、二人もそのほうが良いと思って遠い方の店を選んだのかもしれない。バイト中に友人が来ると結構恥ずかしい思いをするものだ。
「なあ……雪子」
「はい」
イルーゾォさんのほうを振り返る。目が合うと逸らされた。イルーゾォさんは立ち止まって、初めてうちへ来たときのような神妙な顔つきで隣の電柱を見つめている。
「俺達が急に来て迷惑してるんじゃあないか」
「ネットゲームにアイテム課金されるのは困りますけど」
「そっ……そういうことじゃなくて」
「じゃあなんだよ」
「なんかお前最近口悪くね?えーとつまりだな、あんまり広い部屋ではないわけだしいきなり見知らぬ男が七人なんて普通はすぐ警察に通報だぜ。よくても追い出すとかするだろう。それに、スタンドを使えることがわかったんだからもう出てっても大丈夫なんだぜ」
スタンドってなんだろう?まあいいや。なんだかこの見知らぬ犯罪者っぽい外国人達との共同生活に慣れてしまいそうになっていたけれど、確かに真面目に考えると、というかふつうの人はおかしいと言うかもしれない。でも、あたしはふつうの人とちょっと感覚がズレてるらしいから全然平気なのである。イルーゾォさんはそんなあたしに気を遣ってくれているらしい。良いとこあるじゃん。ちょっと好きになりそうになったあたしは頭をぶるぶる振って言う。
「あの、むしろこっちが言わなくちゃいけないですよ」
「ん?」
「ウチ狭いし、お金もないし、みなさんにいていただけるような環境ではないじゃないですか。あの、変な意味じゃなく。窮屈でしょうし、もし嫌になったらいつでもお引越しなさってくださいね。いい男のケツが見られなくなってちょっと寂しいような気もしますけど…………一人には慣れてますから」
「雪子……」
ニコッ!と微笑むと、イルーゾォさんはしばらく気恥ずかしそうな顔をしてから、二歩ほど進んであたしの隣に並んだ。結構背が高いものだから首が痛い。でも、この人も前髪がちょっと長いだけでやっぱりカッコよかった。イルーゾォさんがぽんとあたしの頭に手を置いた。
「えっ、な、なんですか」
「今朝、俺のズボンおろしてたのお前か」
「えっいだだだだ!」
思い切りつむじを押された。うっかり口が滑ったようだ。しまった。つむじを押されながらイルーゾォさんの腰のベルトを緩めてから走って逃げると悲鳴が聞こえた。
*
「いらっしゃいま……あ、雪子?どうし」
「はあっはあっペッシさん隠れるところは!」
「え、ど、どうかしたのか?」
「南無三!」
「あっ、そっちには行っちゃダ……」
ペッシさんの横をすり抜けて控え室のありそうな方へ駆けてゆく。イルーゾォさんは今頃どっか向こうの方でバテているはずだ。まったく、根暗はいきなりキレるから怖い。荷物があって狭い通路を抜けていく。角を曲がってロッカーの森へ逃げ込む。
「……あっ」
「あ?テメーなんでここに……」
「ぜ、全裸!!」
「全裸ではねーよ」
パンツ一丁プラス靴下の親父スタイルのプロシュートさんがいたので抱き付こうとすると腕一本で止められた。すごい防衛力だ……川島が悔しさのあまり泣いてしまいそうなディフェンスに、あたしは力尽きて崩れ落ちた。靴下はアルマーニだった。
「あっそんなことよりプロシュートさん、イルーゾォさんに追われてるんです」
「チンコでもさわったのか?」
「プロシュートさんチンコとか言わないで下さい……あたし乙女ですよ」
うーん、しかし、あのまま走ってついてきていれば追いついている時分のはずだ。イルーゾォさんはあたしのこと見失ったんだろうか……。そうなると帰り道なんかもわからないんじゃあないか?ほんの少し罪悪感に囚われつつ、よいしょと立ち上がる。
「お前アレだ、邪魔だから帰れ」
「えーーーッせっかくプロシュートさんがヤングジャンプ棚におさめてるとこ見に来たのに」
「オッさんが偉そうだからな、おちおち喫煙もしてらんねーのさ。リゾットんとこへでも行ったらどうだ。プールの監視員ならどーせ暇だろ」
「う〜〜〜んわかりました……」
「あ、オイ、ちょっと待てよ」
「はい?」
立ち去りかけたところで振り返ると、プロシュートさんはひょいと何か投げてよこした。慌ててキャッチすると……冷たい。ガリガリ君だ。ホルマジオさんに似ている……
「それ食え。おごりだ。あっついからな」
半裸でそう言うプロシュートさんは、見た目もセリフもクールだった。上機嫌でペッシさんにさよならを言いコンビニを出たあたしの目に飛び込んできたのは、光る竿でよその下着を盗もうとしているメローネさんをイルーゾォさんが止めようとしている光景だった。
2011/06/24
兄貴がちょっと心を開き始めた
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