お金ってたくさん持ってる日に限って盗られる


はっと気がつくと、お腹の上にギアッチョさんの脚が乗っていた。

道理でロードローラーに押し潰される夢なんか見たもんだ。脚を伝って、上着を脱いだらしくいつの間にかタンクトップ姿のギアッチョさんの寝顔を見た。眼鏡がずり落ちている。起きてる時はあんなに凶暴なのに、寝顔はソーキュートだ。手から滑り落ちたらしいDS(カメラついてるやつは使うなって言ったのに!!まあソーキュートだから許すけど)の、スイッチ入れっぱなしの画面が何度目か知れないオープニングデモを流しているのが少し頭をあげると見えた。ギアッチョさんの寝顔をどうにかDSiで残せないか考えたけども、ギアッチョさんのことだからあの指先に触れているゲーム機をちょっとでも動かしたらこの腹の上の踵を高々と持ち上げてさらに真っ逆さまに振り下ろしかねない。あたしは諦めた。

畳の上に直に眠ったせいで寝違えたらしい首を無理矢理動かして辺りを見渡すと、クソ狭い部屋についさっき知り合った異邦人達がひしめき合っていた。うぅん、ちょっとこの状態じゃあみんなの寝顔は拝めないな。どけられないもんかとギアッチョさんの足首をそっと掴もうとするとそれだけでギアッチョさんの踵が鳩尾に食い込んできたのでやっぱりあたしは諦めた。DSは取らなくて正解だった。

仕方ないのであたしは持ち上げていた頭をごとりと落として、古いアパートの割に綺麗な天井を見上げ、ふくらはぎの暖かさを感じながら二度寝し……ようとしたのだけど、その前に真正面からリゾットさんがあたしの顔をひょいと覗いた。思わず、ひっと声が上がる。いる気配が全くしなかったからだ。この人どういうコンパニオンなんだ。前科でもあるのかな。確かに鋭い眼光とマッチョな筋肉がちょっとプリズンブレイクに出てきそう
「また何か下らない事でも考えてるんだろう」
「またってなんですか。おはようございます」
「ああ。ホルマジオがシャワーを借りてる」
「あ、大丈夫ですよ」
タオルはありましたかと尋ねるとまた、ああ、とだけ答えてリゾットさんはあたしの視界から消えた。よし、そんじゃあたしはホルマジオさんの風呂を覗きに……あっギアッチョさんの足……嬉しいんだけど……今はちょっと邪魔だな。あたしは辺りを見渡した。
「……………」
旧式のプレステ2を引っ張ってきてあたしの代わりに差し込みつつ抜け出すとギアッチョさんはちょっと身じろぎしただけで起床しなかった。あたしは携帯を探した。全員ぶんの寝顔を写メっておいた(ただしメローネさんとプロシュートさんはいなかった)。

しかしみんな、適応能力が高いな。私は携帯をしまいながらふと思った。

言葉が通じる(あと文字も読める?)ってのもあるんだろうけど、急に日本の、しかも見知らぬ女のうちへ来て床で布団も敷かずに雑魚寝できるって凄いんじゃあないかと思う。神経が図太いどころじゃ無いんじゃないかな。そう思いながらあたしが風呂場のノブに手をかけようとすると先にホルマジオさんが出て来た。しかもちゃんと服を着てだ。
「おぉ。うーす」
「クソッ!はええんだよ出てくんのがッ!」
「ああ?」
「なんでもないです。寝起きのあたし超機嫌悪いんで気をつけた方が良いですよそういう配慮の無さ。だいたい外人ってもっとオープンな感じなんじゃないんですか」
「はあ?」
もう良いですとりあえず残り香を……と風呂場に入っていこうとしたあたしの首根っこを後ろから誰かが捕まえた。リゾットさんだった。いつからいたんだこの人。あっ、そういえばさっきいたな。
「雪子。シャワーを覗くのは禁止だ」
「ええー―――!?なんでですか!!」
「秩序のためだ」
「リゾットさんってケチなんですね!年頃の娘に嫌われるタイプですよ!!」
「何とでも言え。お前だって覗かれたら良い気持ちはしないだろう」
「でもドキドキします」
「………………」
小さく溜息をついて、リゾットさんはホルマジオさんからあたしを遠ざける。ホルマジオさんは半笑いであたしたちのやり取りを見ていたのだけれど、あたしがリゾットさんを鬼の形相で見上げるのを見て我に返ったようだ。
「あー……まあ、なんだ。俺は別に構わねえけどなあ〜〜〜むしろ一緒に入ろうぜェ〜〜〜みたいな?」
「まじで!!」
「ホルマジオ。こいつを甘やかすな」
「あ、でもあれですね。やっぱりここのお風呂じゃ小さいですし一度銭湯とかにも行ってみるのも良いかもしれませんね」
「セントー?」
「あっ、あ〜えっと〜大浴場?」
でもあたしみなさんと入りたいんで女湯に入ってくださいね、と言いかけた所へ、がちゃりとドアが開いてプロシュートさんが帰ってきた。
「えぇあはップロシュートさん髪……え?髪どうしたんですか」
「買ってきた。足りるか?」
「ああ、足りる」
目を輝かせたあたしを当たり前のように無視して、プロシュートさんはリゾットさんに大きなビニール袋を手渡した。食材が入ってるらしい。いや、それはどうでもいい。大量のパスタよりもあたしには気になることがある。プロシュートさんが髪を降ろしてるのだ。そうだ、気が付かなかった。どうやっているのかはわからないけどもあれだけひっつめているのだから解けばこれだけ長い髪になるっていうのも予想できたはずなのに。だがしかしあたしはまだ未熟だった。要は不意を突かれたのだ。日本人仕様の小さなドアを開け放って部屋へ入ってきたプロシュートさんの背後にはそれはそれは美しい朝日がプロシュートさんのおまけのように掠んで
「だだ漏れだぞ」
「え!?あたし美しさのあまり失禁してましたか!?全然気付かなかった」
「朝っぱらからうるせぇ女だな。ちったあ黙れねえのか」
「そ、そうやって罵られちゃぁあたし感じてしまうしょや!!」
「あーあー分かったしケツも好きなだけ触って良いから黙れ」
「まじで!?」
「リゾット、雪子おもしれえなあ」
「知らん」
許可を得たあたしを腰に巻き付けたままプロシュートさんは部屋の奥へ進む。部屋に何人も転がってるから一応踏まないようには気をつけたんだけど、どうしてもプロシュートさんから離れたくないあたしは結局誰かを踏んだ。ソルベさんだった。
「そういえば、メローネさんと……いちにいさん……あと一人いないですよね。誰でしたっけ」
「全員いるだろ」
煙草に火をつけながら言ったプロシュートさんから離れて、目をごしごし擦ってからちゃんと部屋を見渡す。
「いやいや、足りないですって。ソルベさんにジェラートさんにギアッチョさん、あとペッシさんでしょ、あと今起きてるみなさん」
「いや、いるいる。メローネは危ないからそこの棚?みてーなとこに突っ込んだけどよ」
「ドラえもんですか」
「おいイルーゾォ、さっさとメシ作れ。麺買ってきてやったからよ」
「イルーゾォ?さん?って誰でしたっけ」
「あっそういやいねえな」
ホルマジオさんと一緒にきょろきょろ部屋を見渡してみても、それらしき人は見当たらない。ああそうだ思い出した!イルーゾォさんってあの超暗そうなロンゲの人だ。
「まっイルーゾォさんはとりあえずいいや。プロシュートさんいい匂いするんでシャツん中に手入れてもいいですか?あいたああッ」
「調子のんなっつったろ」
「おい。牛乳が無いぞプロシュート」
「あ?ああ忘れた」
「あっじゃあついて行きます!!」
「なんにだよ」
「え?買いに行くでしょプロシュートさん」
「ホルマジオ、お前服買うついでに買ってこい」
「ああ〜〜〜?俺かよ」
「ええ〜〜〜あたしプロシュートさんと一緒にスーパー行って新婚気分味わいたかったなあ〜〜〜」
「あ〜殴りてえ」
「仕方ないな。俺が作ろう」
「えっリゾットさんお料理できるんですか」
「少しはな。鍋はどこだ」
「あっ無いです。基本コンビニかまかないなんで」
「…………………ホルマジオ」
「ったく……しょおがねえなあ〜〜〜っ雪子オメーマジに女かよお〜〜〜」
「あっ見ます?」
「いやいいけど」



*



ホルマジオさんは日本の電車の乗り方とかいろいろ、わかるんだろうか。いや、わかんないんだろうな。家から半ば追い出されたあたし達はとぼとぼとアパートの階段を下りた。
「プロシュートさんって絶対Sですよね。私があんなに好きって言ってるのにちっとも反応してくれない」
「絡み方がいけねえんじゃあねえのか?」
「絡み方?あたし二十一年間この絡み方で生きてきたんですよ」
「よく前科なしでいられてんなお前」
「ははっピークは未成年のときでしたから」
なるほど、とホルマジオさんは頷いた。妙に悟ったような顔だ。
駅への道をてくてく歩きながら、塀の上でぴーちくしてるスズメにちょっかいをかける。
「つーかよォ、プロシュートは結構ハードルたけえと思うぜ。あいつモテるからよお〜〜」
「あれでですか?」
「本音出てるぞ」
「まあやっぱり追い掛けたい女性が多いですからねえ」
「まあそうなんだろおなあ」
「ねー」
「ね〜」
うふふ、とホルマジオさんと笑い合う。ホルマジオさんったら優しい……夫にするなら絶対プロシュートさんよりホルマジオさんだな。うそ、プロシュートさんも良い。
「そういや、みなさんお金持ってらしたんですかね?」
「あん?」
「あんなにパスタ買って」
「あーちょい待てよ」
立ち止まったホルマジオさんがごそごそとポケットを探ると高そうなお財布が出てきた。ああ、この人たちおしゃれだからきっとお金持ちなんだな。
「ああ〜、リラしかねえなあ」
「リラ!?あんたらリラで生活してんですか!?」
「あ?イタリア人だって言ってなかったか?」
「いやイタリアはユーロでしょう」
「あん?」
「え?そうですよね?何年からでしたっけ……2000年だか2001年だか」
「はあァ?んなわけねェだろお前よお〜〜」
「あれ?ていうかそれじゃあ、どうやってあのパスタ買ってきたんですかね」
「ああ〜〜〜」



「……………………ちょっとあたしもお財布見て良いですか?」
「見ない方が良いと思うぜェ〜〜〜俺は」

結局、服も牛乳も鍋も買えずにあたし達がとんぼ返りすると、土間に破壊されたDSiが放られていた。


20091002


話がまったくすすまねえ


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