「いらっしゃい、綱手姫」 その日、綱手は無事里に帰還したアリスに呼ばれて彼女の自宅に来ていた。相も変わらず魔法の城な家に感嘆しながら長い廊下を歩く。一人で住んでいるならこんなに広くなくても良いだろうに、やはり慣れか何かだろうか。 煌びやかすぎて忍には落ち着かないそこを先導していたアリスが「そういえば」と振り返る。 「自来也は目を覚ました?」 雨隠れから帰る途中で力尽きた自来也を口寄せ動物に運ばせて病院に辿り着いたのだが、その後は綱手に任せっきりだ。死ぬことはなくともチャクラの消費と怪我が酷くて復帰には時間がかかるだろう。 「まだだ。恐らく暫くは起きないし目を覚ましてからも長期入院は免れん・・・一人で突っ走った馬鹿には良い薬だ。お前には本当に感謝しているよ」 「構わないわ。丁度いい時期に綱手姫に貸しを作ることが出来たから」 「丁度いい時期?」 今思えば里人の為なら無条件で動くアリスなのだから、わざわざ貸しを作らなくても良かったのである。気が動転していたせいで了承してしまったが丁度いい時期とはどういう意味だ。厄介な予感しかしない。 程なくして通されたのは薄暗い部屋だった。アリスの家にしてはシンプルで落ち着いた、どこか病室を思わせる清潔感のある室内。 その真ん中に置かれたベッドが膨らんでいることに気付いた綱手が訝しげに眉を寄せて立ち止まる。 「誰か囲っているのか?」 「えぇ。 ・・・綱手姫、これから見ること、やることは他言無用よ。この部屋以外ではなかったことにしなければならないわ。・・・よろしくて?」 「ちょっと待て。そんなに重大な事なのか?里の行く末に係わるなら通すところを通してもらわないと困るぞ」 「通せないから直接呼んでいるんじゃないの。貸し一つと立て替え二百万両はこれで結構よ」 「結構どころか御釣りが来ても良さそうな予感がするがな」 改めてベッドへ近づいた二人。アリスが深くかけていた掛布団に手を伸ばした。 「綱手姫にはこの方の治療をしていただきたいの」 「っこいつ、は・・・ うちは・・・イタチ・・・」 少しずらして見えたその顔に綱手が酷く驚いた表情で息を呑む。明かりの乏しいこの部屋でも分かるくらい、まるで死人のように蒼白な顔。 「生きてるのか・・・?」 「一応ね」 硬い表情で言うアリスに綱手の眉間に皺が寄る。外に漏れる危険を冒してまでアリスが手助けを求めるという事は、それだけ手に負えない状況であるという事だ。一分一秒を争う事態に焦りを滲ませるアリスを見て綱手が小さく息を吐く。 「お前の頼みじゃなきゃ今ここで止めを刺していたよ」 「助かるわ。はい、これがカルテで診療と治療に必要な器具はこちらね」 ツ、と指を滑らせてカルテと器具を引き寄せたアリスが場所を譲る。手渡されたカルテをザッと見た綱手は目を見張ってアリスを振り向いた。 「このカルテ、本当にアリスが書いたんだろうな」 「驚いたでしょう。外傷は大腿部の刺し傷くらいで・・・問題は体の内側よ。それと瞳術の反動。こんなにボロボロで今までよく生きていたと思うわ。薬を何種類も使って無理矢理延命していたのね」 「・・・なるほど。お前が私を呼んだ理由が分かったよ」 「どうにかならないかしら」 「最善を尽くそう」 それから二人は部屋に籠もってイタチの治療を始めた。とはいえ治すのは傷ではなく病だ。手術は勿論行うが実際はその後の薬物治療がメインとなるため薬の調合もやってもらわなければならない。 数時間後、手術と調合を終えて少し疲れた様子の二人が椅子に座り込んだ。これで取り敢えずは一息つける。いくつものチューブが繋がったイタチを目に移しながら深く息を吐いた。 「で、どういうことか教えてはくれないのか」 「世の中知らない方が良い事もあるというでしょう。木ノ葉の不利益になるようなことはしないから聞かないでくれると助かるわ」 「ったく、つくづくお前というやつは」 目元を覆った綱手が席を立つ。もう戻るらしい彼女を見送りにアリスも共に玄関まで来た。 「それじゃ綱手姫、この事はくれぐれも・・・」 「あぁ、約束通りなかったことにしておくよ。任務も暫くは控えてくれていい」 「自来也とイタチ、それからペインの事もあるからね。ありがたいわ。ナルト達が帰ってきたらまた呼んでちょうだい」 雨隠れで得た情報がそれなりにあるのだ。ついでに自分よりもっとペインの真相に近付いているであろう自来也にも起きてほしい。 綱手の背を見えなくなるまで見送ったアリスは青空を仰いで溜め息を吐くと中へ戻っていった。
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