巡り会いてU | ナノ

「そろそろ落ち着きました?」


最近耳障りにまで思っていた声が横になっている自分の直ぐ上あたりから聞こえて、血の気が一気に引いていくのが分かった。

俯いていた顔を上げて少しだけ上を見ると20センチ程離れたところに渦を巻く鮮やかなオレンジ色。

「おはようございます」なんて呑気に挨拶をする彼に咄嗟に拳を振り上げるが、難なく腕を掴まれて阻止される。


「ちょっとちょっと!危ないじゃないですか!」

「手を放しなさい!何故貴方がここにいるのよ!」

「アリスちゃんとゆっくりお話ししたくて頑張っちゃいました!」

「わたくしは話すことなどないわ!」


掴まれた腕とは反対側の手をトビと自分の顔の間に翳す。パン、と弾ける程度の小さな爆発が起きた。


「わっ!?」


トビが驚いて手の力を緩めた隙にアリスは腕を引き、彼を視界に入れたまま素早くベッドから滑り出る。

そして距離をとるために後ずさった・・・ところで、トンと背中に何かが当たった。


「っあ、」


驚いて振り返るとゼロ距離にあるトビの身体。

アリスは先程まで彼がいたはずのベッドに視線を戻すが当然のことながらそこは蛻の殻だった。


「──っ」

「おっと、逃げないで下さいよ。せっかく二人きりになれたんですから」


離れようとしたところで腕を掴まれてベッドに放られる。その上体制を立て直す前に組み敷かれて身動きが取れなくなった。


「・・・随分と乱暴ね」

「こうでもしないと逃げちゃうじゃないですか」

「黙って。そしてさっさと出て行って」

「だから僕はアリスちゃんとお話ししたいんですってば」


いつもの喋り方なのに異様に静かで、そのギャップが不気味さを漂わせる。

アリスはこの不利すぎる体勢だけでも何とかしたいと思い掴まれている腕を動かそうとするが、ビクともせず短く息を吐いた。


「力ないのって生まれつきッスか?やっぱ体の造りが違うんですかねェ」

「あぁもう。邪魔だからどい 「突然ですがここで質問です」・・・」


「どいて」と言う言葉を遮ったトビを忌々しげに睨みつける。それに構わず彼は続けた。


「“はい”か“いいえ”で答えてください。それ以外は駄目ッスよ」

「勝手に決め 「第一問」 トビ!」

「尾獣と係わりを持っている。・・・“はい”ですか?それとも“いいえ”ですか?」

「・・・」

「黙秘は駄目ですってば」

「いっ──!」


ギリ、と掴まれている腕を強く握られる。軋む骨の痛みに顔を歪めて唇を噛みしめた。


「ほらほら、早く答えなきゃ腕なくなっちゃいますよ?」


ギリギリと締まる腕に小さく呻いた後、鋭い双眸でトビを睨んで息を吸う。そして紡いだ言葉は相手を切り裂く魔法の呪文。

しかしそれ言い終える前にトビは掴んでいたアリスの腕を片方放し、その手で彼女の首を鷲掴んで気道を塞いだ。


「っ、っ・・・っ!」

「物騒なことしないで下さいよ。返事は“はい”か“いいえ”って言ったでしょ?」

「(この男・・・頸動脈洞の圧迫を避けて直ぐに意識を失わせないようにしてる・・・!)」


いつものヘラヘラした態度からは想像もつかないような強い力に呻き声どころか空気さえも通らない。

これではチャクラを封じられている上に魔法も使えず打つ手がない・・・となるところだがしかし、魔法には詠唱破棄がある。

威力は落ちるとも腕を切り落とすことくらいなら出来るはずだ。この時点で高度な技術を見せるのは避けたかったがそうも言っていられないだろう。

不利な状況から逃れるのが最優先だ。


アリスは解放された方の腕を何とか動かしてトビの手首に掛ける。

あまり不用意に動かない方が良いのだが、この程度の動作なら首を鷲掴んでいる手を退かそうと足掻いているようにしか見えないから不自然ではないはずだ。


「(集中して・・・)」


散らばりかけていた意識を集めて掌に集中する。


──パチンッ


「!」

「!?」


不意に響いた何かが弾けるような音にトビだけではなくアリスも反応する。その発信源は彼女の掌ではなく部屋の扉の外側だった。


「(誰かが結界に触れた・・・?)」

「アリス、起きているか。朝食だ」


聞こえてきた声にトビは心の中で舌打ちをする。いろいろと聞きたいことはあるがイタチを放っておくわけにはいかない。

逃亡疑惑を掛け、他のメンバーも引き連れて結界を壊して入ってくる可能性がある。

そんな面倒事は御免だ。


「(仕方ない、か)」


「──っはぁ、」


アリスは少しだけ首の拘束が緩んだのを感じて扉に手を向けると絞り出すように小さく詠唱した。

発光する5重の魔方陣が現れ、それぞれがダイヤルのように回って決まった場所でカチ、カチ、と止まる。

全てが止まった途端そこから波紋が広がるように絢爛な部屋から殺風景な部屋へと姿を戻した。

同時に音を立てて扉が開かれる。


「アリス、入るぞ・・・、!」

「あ、いや、違うんです!」


控えめに扉を開けて入ってきたイタチは二人の体勢を見て珍しく表情を崩した。

トビは先程の不気味さなどなかったかのようにいつものテンションでアリスから飛び退く。


「けっほっ、けほっ、けほっ・・・ハッ、ハァ・・・」

「ちょぉっと事故が起きただけでして、はい!」

「・・・・・」

「ヒイィ!怖いッスからそんなに睨まないで下さいよ!」

「・・・先に行け。他の奴等には少し遅れるとだけ伝えろ」

「りょ、了解ッス!失礼しますっ!あ、アリスちゃん、装束は枕元に置いておきましたからね!」


元気に返事をしたトビは大慌てで部屋を出て行く。すれ違いざま、イタチに「余計なことは言うなよ」と言い残して。




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