可愛い子は甘やかしたくなる 今日も今日とてポアロのコーヒーを楽しんでいたところ。カラン、と軽快な音を立てて新しい客の来店を知らせた。 客が少ないからとお喋りに興じてくれていた安室さんが顔を上げて「いらっしゃいませ」と声を上げる。 私も何とはなしにそちらを見れば、見た目は子供頭脳は大人なコナン君が入口のところに立っていた。可愛い。 「こんにちは安室さん。事務所で依頼人の話聞いてたらおじさんに追い出されちゃうし、家も蘭姉ちゃんが友達呼んでるから入りづらくて・・・しばらくここに居ていい?」 「もちろん良いよ。オレンジジュース飲むかい?」 「うん!ありがとー!」 「こんにちはコナン君。よかったら一緒にお茶しない?」 「あ、椿お姉さんこんにちは!」 席に着こうとこちらに来たコナン君に声を掛けたら子供らしい様子で「お邪魔しまーす」と隣に来てくれた。 安室さんが用意してくれたオレンジジュースを両手で持って飲む姿は本当に可愛い。でも本当はコーヒーをブラックで飲めること知ってるんだからな。 「・・・なぁに?椿お姉さん」 「ううん、可愛いなぁって。ほら、コナン君。あーん」 食べていたチーズケーキを一口分切ってクリームとフルーツを乗せてコナン君の口元に運ぶ。 しかし慌てて「いらないよ!」と身を引くコナン君に一旦皿にフォークを戻した。 「あら、いらないの?」 「いやだって・・・えっと、フォーク使ってたやつだし・・・あ、嫌ってわけじゃないんだけど!それにもらうの悪いし・・・」 「・・・コナン君って小学一年生よね?」 「え、あ、うん!そうだけど・・・どういう意味?」 ゆるりと首を傾げるコナン君の表情が少し硬いものになる。 ちょっと誤解させてしまったかな。そんな深い意味はなかったんだけど。 「歳の離れた従弟がこれくらいだった時、ケーキとか分けてあげるとすごく喜んでたから・・・それに従弟のお友達も我先にと強請ってきたから、男の子とはいえこの歳で回し食べとか気にする子もいるんだなぁって」 「えっとね!おやつの時間には遅いし、この時間に食べると蘭姉ちゃんに怒られちゃうんだ!」 「ちょっとくらい大丈夫よ。ほら、あーん」 やっぱ高校生だと女性との回し食べは気にするのか。でも今のコナン君は可愛いしついつい構いたくなるというか与えたくなるというか。顔が良い子はこれだから。 再びフォークを口元に持っていけば、少し渋ったものの口を開いて食べてくれた。 「美味しいものは共有しないとね」 嬉しくて「ふふ」と小さく笑えば、何とも言えない顔でオレンジジュースを啜るコナン君。あれ、口に合わなかったかな。それともやっぱり蘭ちゃん以外とはあまりこういうことしたくなかったとか?あとは、まだそこまで好感度が上がってなかったとか? 彼の表情に今更申し訳なくなってきて眉が下がる。それを見たコナン君が少し慌てた様子を見せた。 「あっ、あのね、チーズケーキ美味しかったよ!ありがとう!」 「それならいいけど・・・。私、結構こういうの遠慮なくしちゃうタイプだから本当に嫌だったらきっぱり断っても良いからね」 うん、分かったよ。と控えめに返事をしてくれたコナン君の頭をポンポン撫でる。 孫が出来たらこんな感じなのかなぁ。いや、今の私の場合まずは子どもか。 不意に視界の端に人が映っているのに気付いて顔を向ければ安室さんが温かい表情で私達を眺めていた。 あれ、さっき他のお客さんに呼ばれて注文取りに行ったと思ったんだけど・・・いつの間に調理まで終えてたんですかね。 「えっと、安室さん?」 「楽しそうだなぁと思いまして。微笑ましいですね」 「混ざります?安室さんイケメンだから撫でたらご利益ありそう」 「椿さん、男に簡単にそういう事言ったらだめですよ。勘違いする人もいますから」 苦笑いを浮かべてやんわり辞退した安室さん。 うーん、精神年齢が高いせいか私はそういうつもりじゃないんだけど・・・前世の記憶があると今の年齢と通算の年齢がごっちゃになることがあって難しい。 「私は全然そういうつもりないんですけど・・・確かに痛い目見そうになったこともあるし現在進行形でストーカーいますし、控えた方が良いですよね」 「・・・はい?」 「・・・え?」 私の言葉に二人が同時に声を零した。うん?私何か変な事・・・あ、ストーカーか。 「椿さんストーカーされてるんですか?」 「えぇ、まぁ・・・」 「なんでそんな余裕なの!?大丈夫!?」 「うん、今のところ何もないよ」 わぁ、イケメン二人に心配されてる。 でも殺人事件が日常茶飯事な米花町だからストーカーなんてそう大きな問題じゃないと思うんだけどな。 そう言ったら公安エースと名探偵の顔が怖くなった。 何故だ、私間違ったこと言ってなくない? 「何言ってるの椿お姉さん!ストーカーなんてそこからどんな犯罪につながるか分からないんだよ!?」 「盗聴、監禁、暴行、脅迫、名誉棄損・・・最悪それこそ殺人事件になる可能性もあります。今被害がないからといって放っておいていいわけがありませんよ」 「はぁ・・・」 うーん、二人の言ってることは分かるんだけどなんか他人事というか・・・恐怖感とか危機感を感じないんだよなぁ。 そういうのは前世の社畜人生のせいで失ってしまったのかもしれない。困った。 一人頭を捻っていたところ、ふと呼ばれたと思ったら二人がメモ帳とペンを用意してこちらを見ていた。 え、なに。 「ストーカーに気付いたのはいつ頃ですか。相手に心当たりは?家は特定されていますか?」 「ポストに何か入ってたとか、ストーカーされてる証拠はある?相手はどういう時に現れる?」 すっかり探偵モードな二人に洗いざらい話して数日。 幸い軽度のストーカーだったため警察沙汰になることなく今回の事件は無事解決する。 お礼をしにポアロに行くと安室さんがコナン君を呼んでくれたが、最近ストーカー規制法が大幅に改正されたから今度からは迷いなく警察に相談するようにとお説教された。 両の手を合わせて「ごめんなさい」と可愛らしく言ったら「そういう思わせぶりな仕草もやめなさい」と怒られた。 解せぬ。
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