捜索記 | ナノ

12

世間では義理チョコ廃止運動が鎌首をもたげる中、それでも異様な盛り上がりを見せるバレンタインデーが今年もやってきた。
学校でも会社でも毎回手作りのお菓子を作る私だが、ここ数年それに加えて楽しみなイベントがあって、今日はそのために出かけている。

場所はよく行くターミナルビルの催事場。
エレベーターで上がれば大勢の人と甘いチョコの香り。

百以上のブランドが出店しているそれはもう大きなチョコの祭典だ。
その、とんでもないイベント会場へ来て──

──なんでお前らに会わんといかんのだ。

地図が乗っているパンフレットを探して、それが置いてある隣に見つけてしまった見覚えのある鮮やかな空色。
具合悪そうに柱に寄りかかる一期一振。と、その周りにいる短刀四人と鳴狐も目に入って思わず目が死んだのが分かった。

そしてその死んだ目が、一期一振の目と合う。
奴の口が「あ」という形に動いてすぐ、短刀達と鳴狐の顔もこちらに向くのが見えた。

サヨナラ私の楽しい休日。

パンフの隣ということで無視するわけにもいかず、とりあえず目的のものを手に入れてから一期たちに「こんにちは」と声を掛けた。
一期は小さく「どうも」と、鳴狐は軽く頭を下げ、短刀達──薬研、乱、五虎退、秋田はそれぞれ控えめに返事を返してくれた。

「あの、一期さん・・・顔が死んでますけど大丈夫ですか。凄い人ですもんね」
「えぇなんとか。あなたも目が死んでいますが大丈夫ですか」
「私のはまた別件なもので」

ハハ、とお互い乾いた笑みを交わす。
というかなんでこんな人の多いところにいるんだろう。いくら審神者を探すためとはいえ流石にこんなに混んでたら人探しには向かないと思うのだけど。
疑問に思って聞いたところ彼が遠い目になった。

「乱がこの行事を見つけて行ってみたいと・・・まさかこんなに混んでいるなんて思わず」
「いや初参加でなんの情報収集もせずに突っ込んでくるとか自殺行為すぎるわ。床が見えれば空いてるって言われるほどだし平日でもすれ違うのが大変なくらいで・・・正直土日なんて来るもんじゃないですよ」

どうせこの階についてごった返した人の群れを見て、入っていけずここに避難してたんでしょ。
慣れないこいつらがこんなところ入っていったら商品を買うのも見るのも試食もできず、ただただ人の波の飲まれて流されて終わるに決まってる。

しかし楽しみにしていたのだろう短刀達はしゅんとした様子で行き交う人々を見ていた。
あぁ、子供たちの夢と楽しみをここで壊してはいけないという良心に突き刺さる・・・。

「あ、の・・・私が連れて行きましょうか」

言ってから後悔した言葉に彼らの視線が集まった。
私なら毎年行ってるからこの人混みに臆することはないし、人の波に流されることなく行きたいところに行ける。

一期一振が短刀達に目を向けてどうするか聞いたところしばらく相談していたが中々決められず、痺れを切らした薬研が「せっかく来たんだから行ってこい」と私に向けて三人の背を押した。
戸惑う乱達に構わず一期たちを振り向いて、鳴狐に長兄を頼んでから自らも売り場に向かう。

「そいじゃよろしく頼むぜ」
「はいはい。みんな私の後ろに一塊になってついておいで。なるべくくっついてくるようにね」

──────────

それから、会場を練り歩いて商品を見たり試食をしたりしてチョコの祭典を楽しんだ。
心から楽しんでいたとは言い難いが試食のチョコを貰って食べていた様子から、来てよかった程度には思ってもらえたんじゃなかろうか。
ちなみに私は体を張って彼らを人の波から守って歩く道を確保していたせいで精神的に結構疲れた。

「ただいま戻りましたよー・・・って、二人とも大丈夫ですか」
「あぁ、お疲れ様です・・・」

初めの柱のところに戻ってくると一期一振は顔面蒼白な様子でぼーっと寄りかかっていた。
その隣には虚ろな目になった鳴狐が同じように柱に寄りかかってどこか遠くを見ている。
人の通りが多いところにいたから人酔いでもしてるのかもしれない。



ということで少し歩いてカフェに入った。
具合の悪そうな二人には温かいお茶を、私と薬研達はそれぞれ好きな飲み物をオーダーして、人混みに疲れた体にドリンクを流し込む。

「もう、行かない・・・あんなところ・・・」
「きちんと情報収集をするべきでした・・・」

テーブルに突っ伏した鳴狐と一期一振に短刀達が心配そうに声を掛ける。
こいつらでこれなら私としてはむしろあの会場を練り歩いた乱達のほうが心配なんだけど。
あと鳴狐の声を初めて聞いた気がする。

そういえば私なんで一緒にお茶してるんだろう。
毎度毎度なんだかんだ言いながら彼らの面倒を見るのが当たり前になってんだけど。
面倒だから早く審神者見っけて帰ってくれ。

「あぁ、そういえば」

温かい紅茶を飲みながら、兄達を心配する短刀達を見ていると不意に一期一振が体を起こしてこちらに目を向けた。

「前に神社でお会いした蜻蛉切・・・蜻蛉殿を覚えていらっしゃいますでしょうか。赤っぽい髪の・・・」
「あぁはい。覚えてますよ。彼がどうしましたか?」
「子虎を助けようとして落ちた時、子虎を投げ渡したでしょう。あの時の判断と動きが、まぁその・・・なかなか咄嗟に出来ることではないと彼が言いまして」

言葉を選ぶ様子を見せながら言った一期一振。
なんだ、もしかして私に対して何か疑ってるのか。
そりゃ普段運動しない人じゃ難しいことだと思うけど私結構体動かすタイプだし。
あと以前にも同じことがあったから前よりは冷静だったと思うけど。
それだけのことだ。

「いやぁびっくりですよね。助けようとしたら飛びついてくるんだから。蜻蛉さんが来てくれて助かりましたよ」
「あー・・・と。そうですね。それで、えぇ、あれだけ動けるなら過去にも同じようなことがあったのかもしれないと話していたのです」

前に太郎太刀と一緒だった時に、彼もあの女人を気にしていたから、と。
あの時は気のせいだと言ったが今回のことで自分も思うところがあったから、どうにか確かめられないだろうか、と。
蜻蛉切に相談を持ち掛けられたのだ。

そんな彼の事情などいざ知らず、私が思い出したのは大学時代にやっていたパルクールサークルだった。

「同じようなことじゃないですけど、私跳んだり走ったりは得意なんでそのお陰かもしれないですね」

本丸で虎くんを助けた話?そんなの彼らが相手の時点でお口チャックだ。
というか今更あなた達のこと知ってますよーなんて言えない。
面倒だからだけでなく本当今更過ぎてバレたくない。

一人少々気まずい感情を背負う私をよそに薬研がテーブルに肘をついて呆れ交じりの苦笑いを零した。

「前に男を伸した時といい正月の時といい、お転婆な嬢ちゃんだな」
「いいんだよ今時は女も戦って生き抜く時代だから」

格好良いセリフを決めたところで、時間が経って冷めてしまった紅茶の残りを一気に呷った。

──────────

「あ、そういやもうすぐ元号が変わるだろう」

店を出て彼らに別れを告げようとしたその時、不意に薬研が思い出したように口を開いた。
何か意図を持って切り出されたように感じられた話に「うんそうだけど」と返事を返して、それがどうしたと問い返す。

「こういう時は変なのが現れやすいからな。何かあったら遠慮なく俺達に教えてくれ」
「は」
「というよりもう絡まれたりしてない?ほら、なんか・・・変な奴とか」
「変な奴」

歴史遡行軍ですね分かります。お前らもフラグ建築士なのか。
なんと説明しようか迷った挙句やはり良い例えが思い浮かばず“変な奴”と言った乱に、返す言葉を考えるのを放棄してそのまま疑問にもとれるように言葉を反復した。

「えっと、様子がおかしかったり普通の人間とは思えない動きをしていたりする人とか・・・」
「秋田、」

言いすぎだ、とでも言うように顔を顰めて彼を呼ぶ一期一振。
確かに一般人と会話するには少し違和感のある説明かもしれない。
しかしだ。ここでふと私の頭に良くない憶測が浮かび上がった。


もしかしてコイツ等、私が歴史遡行軍の一員だと疑ってるんじゃなかろうか。


パッと思いついたそれだが妙にしっくりくる気がする。
だって彼らと無駄に遭遇率が高いし知り合い多いし何だかんだ毎度付き合ってるし、人間にしては動けるって認識みたいだし。
探りを入れてると疑われていても不思議じゃないのでは。
あれ、じゃあ粟田口が隣に引っ越してきたのってもしかして・・・監視のためなんじゃ・・・。

誤解です引きこもりたい。

「いやぁ、特には」
「心当たりがないならいいんだ。──じゃ、今日はありがとな」

あっさり引き下がった彼らはそれぞれ別れの言葉を口にして去っていった。

そろそろ辞世の句でも考えておくべきだろうか。


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