10-1 「燭台切君、ちょっといいかな」 とある個人営業のイタリアンバルで、パソコンをいじっていた店長が仕事終わりの彼を呼んだ。 エプロンを外しながら「なんだい?」と気軽に返事を返した燭台切がパソコンを覗き込めば、そこには予約確認画面が映っている。 「二週間後に忘年会兼同窓会で二十人近い予約が入ってるから、十八時から出てほしいんだけど」 「人数多いね。貸切になるかな・・・あ、」 店長の話を聞きながら画面を確認していた彼が、ある一点の情報を認めて声を零した。 生年月日の欄を見ながら「若いなぁ」と呟けばそれを拾った店長が苦笑いを零す。 「皆女の子だと思うよ。最近君等のお蔭でイケメン店員がいるって広まってるから、いないとがっかりするかもしれない」 「あはは、それはありがたいね」 「で、どう?」 「──うん。出るよ、この日。僕だけじゃなくて他の三人も」 彼の言葉に店長は嬉しそうに「本当?よっし、助かる!」と小さくガッツポーズを決めた。 ────────── ──────── ────── 毎年恒例の忘年会兼同窓会の日が来た。 お店は最近イケメン店員が入ったと噂のイタリアンバルだそうだ。お洒落な所だろうから楽しみである。 待ち合わせ場所に行けば人数が多いだけあって人ごみの中でもすぐに合流することが出来て、ほどなくして全員が集まったためぞろぞろと店に向かって歩き出した。 少し中道に入ったところにそのバルはあった。 お洒落な外観に数名の子が写真をパシャリ。 「イケメン楽しみだね」なんて話をする友達に「そうだね」と返しながら店の扉を押して入っていった。 ──ら。 「いらっしゃいませ!」 「店間違えたか」 眼帯を付けた見覚えある男に思わず足を止めて一人呟く。 その言葉を拾った後ろの友人が「いや間違ってないけど」と返して足が止まっている私を押して店に入った。 いくつも並んでいるテーブルの一つに着席して先程の彼──燭台切をこっそり盗み見る。 なんでこんな所いるんだよ。イタリアンだぜ?横文字はお前等の敵だろ。モッツァレラとかバーニャカウダとかティラミスとか言えんの? 友達との会話もそこそこに心配のような八つ当たりのようなことを考えていれば、後ろから別の店員がトレイを手にテーブルに来た。 「水と手拭きだ」 「あ、ありがとうご、ずぁっ──あいえ、すみません。なんでも」 コップとおしぼりを置いた腕を辿って顔を上げた先、またも見覚えある野郎を認めて途中で噛んだ。 お前もかブルータス・・・違う、大倶利加羅。 お前の事はよぉく知っていますとも。あっちでは散々無視されるわ嫌な顔されるわ「知らん」だの「興味ない」だのと突っぱねられるわ・・・そりゃもう手こずらせてくれた。 というかその性格でウェイターってどうなの。全然愛想ないんだけど。 ニコリともしないとかクレームくんぞ。 「──ねぇ今の人超クールじゃない!?格好良いー!」 「めっちゃイケメンだよね!彼女いるんかな」 「絶対いるってー」 クッソこれだからイケメンは。 野郎が去った後の同じテーブルの友達の会話に笑顔が引き攣った。 同意を求められたのには取り敢えず曖昧に笑って頷いておいて、メニューを開いてテーブルの中央に置く。 私にあいつ等の話は振らないでくれ・・・反応に困るんだ。 今回は予約の時に料理も忘年会コースで注文を出してくれていたとのことで、ドリンクだけオーダーしてからそう待つことなく前菜と飲み物が運ばれてきた。 「お待たせ。かしすおれんじ二つと、かるーあみるくと・・・えっと、みもざ、と・・・しゃん、しゃん・・・うん。」 「しゃんでーがふ、だ。兄者。 ──前菜盛り合わせ持ってきたぞ」 「救いようのないエンカウント率である」 源氏兄弟に気付いた私の目は秒で死んだ。向こうが気付いていないのがせめてもの救いか。 周りの友達がイケメンに盛り上がるのを口元だけの笑みを浮かべて見ていればそれに気付いた子に体調を心配された。 大丈夫だ、問題ない。 前菜の盛り合わせをチマチマ食べながら周りを見渡してみると先程見た四人が忙しそうに動き回っていた。 マジかよ居ちゃいかんやつ居るだろ。ほらさっきカクテル思い出せなかった奴。カクテルどころか弟の名前すら毎回違うの出てくる奴。 あと決定的に愛想が足りん奴も。 膝丸は・・・笑顔はないけど、まぁ個人的感情を抜きにすればクールな人になるのかな。仕事は出来るだろうし。 燭台切?あいつは馴染んでるというかもう転職しちまえよって感じ。見た目だけで言えば。 「やっぱ噂通り格好良いねー」 「いやそうだけどさ・・・ちょっと気安すぎん?その、喋り方とか・・・タメだったし」 「そう?フレンドリーって口コミに書いてあったしこんなもんでしょ」 「確かにタメだったけど元々そういうモンって分かってたから私は気にならんけどなぁ」 「はぁ・・・"ただしイケメンに限る"ってやつでしょ」 「「「そりゃそうだ」」」 イケメン強ぇ・・・。 そんな事を話しながら食べ進めて前菜の皿がそろそろ空になる頃、次の皿がそれぞれのテーブルに運ばれ始めているのが見えた。 料理はおいしいんだけどな・・・視界に入る野郎共のお蔭で精神がゴリゴリしてしょうがない。 こちらの心の内など露知らず、両手に皿を乗せた燭台切が「失礼するよ」と顔を出した。 そこら辺の飲食店スタッフより仕事できそうなんだけど。高級ホテルにいそう。 「海老とキノコのアヒージョと、半熟卵と厚切りベーコンのシーザーサラダ 、ホタテとキノコのアヒージョだよ」 えっ、発音良きだと・・・嘘だろもうこっちで生きていけるよコイツ。 どうせ料理も出来るんでしょ。私のところでも呑み込み早くて才能あるなって思ってたもん。 転職してしまえ。 [ back ] |