本丸記 | ナノ

広い道場、審神者と同田貫が手合せの準備をしているのを刀剣達は周りで心配そうに見ていた。
散々な目にはあったがやはりここ数日ガラリと変わった彼女には少しくらいの情が湧いた者もいるらしい。

「大丈夫かな、主・・・竹刀とはいえ同田貫くんと勝負するなんて」
「むしろ私は彼の方を心配した方が良いと思いますけどねぇ。あの女相手では勝ったところで良い結果にはならないでしょうし」
「しっかしなんでアイツも勝ち目のない勝負を挑んだんだ?本当に頭おかしくなっちまったんじゃねぇの」
「ちょっと兼さん、その言い方は不味いよ」

心配した様子の燭台切に呆れた顔をした宗三、理解できないと顔を顰める和泉守にそれを嗜める堀川。
太郎太刀と今剣も先程までは己の主に考えを改めるように進言していたが、大丈夫だからと一蹴されてしまい今は他の刀剣達と一緒に二人を見守っている。
それでもやはり心配で何とか止められないかとオロオロしているのは今剣で、それを落ち着かせるように肩に手を置いたのは同じ三条の石切丸だった。

「大丈夫、竹刀だから大怪我するようなことはないはずだよ」
「そうでしょうか・・・」
「まっ、同田貫が本気を出せばどうなるか分からんがな。いいじゃないか、たまにはこんな事があったって。この本丸は退屈だったしな」
「鶴丸さん、空気を読んでほしいな」

ジトッと鶴丸を見る石切丸だがしかし、それを心配しているのもまた事実だ。
そもそも二人がやり合うとなって刀剣達がまず思ったのは「主は竹刀を使えるのか」という事だった。
今まで彼女が体を動かしているところを見た者はいない。屋敷内を散歩するくらいしかしていないんじゃないかと思えるほどだ。時々現世に戻っているがだからといって訓練を積んでいるとかそういう事はないだろう。

「まぁ同田貫にはかなりの条件を付けたからもしかしたら主が勝つかもしれないけれどね」
「主に先手を譲る。そして同田貫は後ろを向いてそれを待つ、だったね。しかしこれくらいなら俺は彼が勝つと思うが」
「あの人のことだからもしかしたら何か策があるのかもしれないよ。
・・・何にしてもこんなに大事にしてしまって、この手合せが終わったらまた一人いなくなってしまうのかな」

蜂須賀と話していた歌仙が小さく息を吐いた。
それぞれがひそひそと言葉を交わす中、中心の二人が刀を持って向かい合う。

「前々からテメェの事は気にいらなかったんだ。刀解される覚悟は出来てる。っつーことで最後に本気でぶった切らせてもらうぜ」
「あっそ、良い覚悟で。あとで命乞いしたって聞かないから」

二人の会話に短刀達が落ち着きなさげに顔を合わせた。
もとは主の作った食事で争っていたのに刀解云々の話になっている。ここ最近は刀解される者も折れる者もなく平和だったため、またあの日常が戻って来るのではと殺伐とした彼女等に肩を震わせていた。
そうしているうちにも審判を買って出た長谷部が準備の整った二人に声を掛ける。

「一本勝負で膝をつく、もしくは急所に打ち込まれたら負けとする」

殺気立つ中、しかしその中心にある彼女は竹刀を左手に持ったまま礼を一つした。同田貫や周りの刀剣達が何をと思うもそれを特に気にすることなく小さく三歩進んで少し腰を落とし、竹刀を構える。
それを見た宗三と江雪がホゥ、と息を吐いた。

「──おやおや、一本勝負やら条件付きやらと聞いて怖気付いたかと思いましたが案外冷静のようですね」
「所作が慣れてるように見受けられますが・・・力で物事を解決しようなど、嘆かわしい・・・」

同田貫が後ろを向いていつでも応戦できるように竹刀を握る。対する彼女は集中するように大きく息を吐いた。
双方を確認した長谷部が口を開いて──。

「──始めっ!」
「ヤアアァァァァッ!!」

鋭い声で手合せ開始の合図がされた瞬間、道場に迫力ある彼女の雄叫びが響き渡った。
各々が体を強張らせたりビクリと震わせたりしておりそれは同田貫も同じだったが、雄叫びと同時に彼女が動いた気配も察して竹刀を強く握る。
声が近付いて勢いよく振り返ったわずか一歩二歩先、鬼気迫った表情の彼女が竹刀を大きく振り下ろしていた。
同田貫はそれを目にした瞬間反射的に振り返る勢いに乗せて竹刀を薙ぎ払う。

パァン、とはじけるような音を立てて彼女が振り下ろした竹刀が宙を舞った。

見物の刀剣達がその一瞬で勝ちを自然と確信する良い音と動きだった。

──がしかし、それとは裏腹に同田貫が目を見張る。

「ッシャアアア!!!」

竹刀を弾き飛ばされた彼女が再び雄叫びを上げて勢いを殺さないまま同田貫に飛び掛かり、足を絡ませて自分諸共押し倒す。
床にぶつかる衝動に双方が息を詰まらせるが押し倒した側の彼女は無理やり体を起こして。

「王手ェ!」

同田貫の両眼すれすれに指を突き付けてそう叫んだ。

その後はしばらく痛いほどの沈黙が続いた。誰も喋らないし誰も動かない。予想外の展開と結果に皆が呆然としていた。
この一瞬に全てを掛けた彼女の荒い息だけが室内に響いて、やはり最初に口を開いたのも彼女だ。

「ふふふ・・・ゼェ・・・・はははははっ!勝った!私の勝ちだ!ゲホォッ」

やべぇ叫び過ぎと一瞬で身体に負荷が掛かり過ぎたせいで超つらい。
咳込みながら笑って勝利を告げるとようやく周りがざわつき始める。
顔を見合わせた刀剣達はまさかそんなとこの結果が信じられなくて戸惑いが広がっていく。

「ここまで!この勝負、主の勝ちだ」

立ち直った長谷部が判決を告げるも同田貫は未だ信じられないといった様子で彼女を見たまま固まっている。
ざわついている刀剣達はそろそろ結果に対しての驚きから同田貫への心配にシフトしていった。

「あ、主が勝った・・・」
「ということは同田貫は」
「いや、あいつは主に無礼を働き過ぎた」
「あぁ、勝敗抜きにしても処分は免れないだろう」

また別の不穏な空気が広がって、見つめあったままの二人に何人かの重いため息が零れた。
ここでようやく気がしっかりしてきた同田貫が天を仰いで大きく息を吐く。「まいった」と小さく言えば指を突き付けていた彼女はまだ少し肩で息をしながら同田貫の身体から降りた。

「さあさあさあ、同田貫くん。覚悟はできているかい?」

興奮冷めやらぬまま芝居がかった仕草で問いかければ、目をそらして隠しもせず舌を打つ同田貫。
周りが息を呑んで事の成り行きを見守る。見かねた歌仙が「主」と小さく口を開いた。

「その、彼も悪気があったわけじゃ・・・もちろん主への無礼は見逃せないよ。でも彼は出陣では良く頑張っていて成果もあげているし・・・これからも主の助けになると思うんだ」
「そうだぜ大将。俺達短刀もよく助けてもらってた。錬度が高いから怪我も少ないんだ・・・そこらへん少し考慮してやってくれねぇか」
「やめなさい薬研・・・!歌仙殿も。主と同田貫が決めたことです。口出しは控えましょう」

手合せで気が立っている様子の主に意見する二振りを一期が慌てて止める。
下手したら此方にも飛び火するかもしれない。ましてや弟達にまで被害が及んでは・・・ただでさえこれまでターゲットにされ続けていたのに。

「でもいち兄・・・」
「いい、お前等。俺から吹っかけた喧嘩だ」

軽く振り向いてそう言う同田貫はもう覚悟を決めているようだった。その様子に多くの刀剣達が暗い顔で俯き、短刀の中には泣きそうになっている者もいる。
ゆるりと立ち上がった同田貫は口元を歪めて笑みを浮かべている審神者と向き合った。

「さて、負けたからにはどうするべきか分かってるね」
「チッ、うっせぇな。分かってる」

周りが同田貫の名を呼ぶ。その先は言葉が続かないが、皆暗い顔で中心の二人を見ていた。
同田貫はグッと拳を握ると息を大きく吸って。

「テメェの飯は美味かった!今まで食べた何よりな!マシっつって悪かった!──これでいいか糞女!!」
「ふははははっ!えぇえぇ満足ですとも!認めたならそれでよし!分かったら私が出したものを大人しく食べな芋男!」


──ポカーンと、刀剣達の呆然とした表情が音を立ててるようだった。

本日二度目の沈黙だが一度目より長い。そこに響くのはやはり審神者の高笑いだけで、てっきり折られるか刀解されるかを想像していた周りはしばらくして体の力が全て抜けるような感覚を味わったという。中には力が抜けすぎて床に座り込むものもいた。

「え、あ、主・・・同田貫の、刀解は」
「刀解?・・・なんで?」
「いえ、主に行き過ぎた無礼を働きましたし、勝負にも負けたので・・・」
「え、別にそれくらいで刀解しないって。そもそも喧嘩の発端は料理の感想だったじゃん。この勝負だって私が勝てば同田貫は料理が美味しかったと認める。彼が勝てば私の料理の腕が及ばなかったと認めるって話だし」

周りのあまりにも大きな安堵に、冷静になった彼女は驚いたようだ。歌仙の問いに応えながら周りを見渡して前の自分に内心引いていた。

「あー・・・まぁ、ご飯に戻るよ」

途中にしてきた食事を理由に、彼女は太郎太刀と今剣を呼ぶと居心地悪そうに足早に道場を出て行った。


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