本丸記 | ナノ

うーん、錬度上げが進んで短刀とかほったらかしだった刀剣達の実力もだいぶ上がってきたかな。
なかなか戦歴も安定してきたし良い流れなんじゃないだろうか。
相変わらず今剣以外の刀剣達とは仲良くなってないけれども。

そして新たな問題も出てきた。
審神者業務に慣れてきたと言えば慣れてきたけどその分色々考える余裕が出てきたせいでホームシック気味なのだ。
だって私ただの社会人だったんだよ?夢小説でよくある親から虐待受けてたり家族を失って天涯孤独とかいう厨二設定なんてないんだよ?
元々家を出て一人暮らしはしてたけど友達とか親とはいつでも会える距離だったから今の状況とは心理的に全く違うわ。お父さんもお母さんも元気かな・・・。向こうはどうなってるんだろ、"私"が入って動いてるのかな。

「あっるじっさまー!おちゃをおもちしましたよー。きゅうけいにしませんか?」

襖の向こうから掛けられた声にハッとした。いつの間にか少し時間が進んでいたようだ。
急いで返事をするとお茶を盆に乗せた今剣が襖をあけて入ってくる。

「みてくださいあるじさま!ちゃばしらです、ちゃばしら!」
「あぁ分かったから落ち着いて!零す零すっ・・・!」

興奮気味に湯呑を扱う今剣に慌ててストップをかける。茶柱が立っているのをちゃんと見て、二人でゆっくりしていると今剣の目が此方に向いているのに気付いた。
どうしたのと声を掛けると彼は迷ったように視線を彷徨わせて最後には軽く俯く。

「あるじさま、なんだかげんきないですね。きのうもそのまえも、あまりごはんをたべていませんでしたし・・・もしかしてびょうきとか」
「そういえばそうだったね。や、でも病気じゃないよー。ただちょっとほら、ホームシックっていってね、故郷が懐かしくなっちゃってさ・・・ここだと親も友達もいなくて、こうして話せるのも今剣だけだから寂しくなったのかも」
「・・・かえりたいのですか?もとのところに」

悲しそうに眉を下げる今剣には悪いが正直に肯定の返事を返す。
私はあの場所で忙しいながらも楽しくやっていたのだ。
いきなり右も左も分からない場所に放り込まれて、何十人といる刀の付喪神(しかも男)を率いて歴史のために戦ってくださいなんて荷が重すぎる。
しかもその付喪神達からは良く思われてないし。ここ最重要。人間関係は大切なんだぞ。両親と友達と仕事仲間に会わせろ。・・・くそう、涙出てきた。

いつの間にかしていた体操座りのままポツリポツリと本心を零せば今剣は完全に閉口してしまった。
ごめんよ、君は悪くないのにこんなこと聞かせてしまって。
しばらく居心地の悪い沈黙が続いたがそれを破ったのは目の前の小さい子で、膝の上に置いた拳にグッと力を入れて俯いていた顔を上げた。

「・・・・・ぼくはうれしかったですよ、あるじさまがきて。たたかっていいけっかをだせばほめていただけるし、ひととしてのたのしみもおしえてもらいました。できることならこれからもずっといっしょにいたいです」

うう、そんな切なげな瞳で私を見ないでくれ・・・帰りたいと言ってしまった罪悪感が・・・!

「あっあのっ、私も今剣に会えてよかったと思うよ!?刀剣達との関係が危なくなってるみたいだから申し訳なくも思ってるけど・・・。
 ・・・まぁいつ戻るか、というかここに来て結構日にち経ってるし戻れるかも分からないからそろそろ腹決めて環境改善に乗り出した方が良いような気もしてたりしてなかったり・・・うん、考えてはいる」

今剣の切々と訴えかけてくる視線に負けて言い訳がましいことを言ってしまった。嘘ではないけれども。
しかしそんな私の心境はお構いなしに今剣の表情はホッとしたような嬉しそうなものになる。ごめんねまだ決心したわけじゃないんだよぉ。

「じゃあじゃあ!これからはとうけんたちとわかいすることをもくひょうにしましょう!」
「えっ、ちょっ、まっ!いやいやいきなりそれは早いんじゃないかな!?」
「ぜんはいそげ、です」

グッと拳を握って力説してくる今剣。いつの間にそんな難しい言葉を覚えたんだい?
やる気満々の今剣をどう収めようかと考えていると、不意に襖の向こうから「失礼します、主」と声が掛けられた。
この声は最近聞きなれた太郎太刀さんじゃありませんか。なんてグッドタイミン・・・否、逆だ!バッドタイミング!

「太郎太刀さんちょうどいいところに!どうぞはいってください!」
「・・・今剣ですか。主はどうしました」
「あー、います。入っていいですよ」

怪訝そうな太郎太刀にこちらから声を掛ければ再度「失礼します」との言葉と共に襖が開いた。
どうしたんだろう、今日はまだ出陣組はどの部隊も帰ってきていないはずだけど。
何かあったのかと問えば彼はきっちり正座をして姿勢を正してから口を開いた。

「短刀達が焼き芋をしたいと申しておりましたので庭で薩摩芋を焼く許可をいただきにまいりました」
「えっ、どうぞどうぞ。というかそれくらい許可なんて取らなくていいのに。焼き芋かー、美味しいよね」
「ありがとうございます。午後に始めますので主にも八つ時にお持ちしましょう」
「ほんとっ?やった私焼き芋好きなんだよね!」

短刀達は怖がって許可取りに来られなかったんだろうなぁ・・・いやしかし意外と太郎太刀と会話できてるぞ。でもって焼き芋ゲットだ!しかも落ち葉で焼いたやつ!おばあちゃんの家でしか出来なかったからすっごく嬉しい。
午後のお茶の時間に思いを馳せてほくほくしているところで今まで流れを見守っていた今剣が太郎太刀を呼んだ。

「ぼく、ごごからしゅつじんのよていがはいっているのです」
「はい」
「なのでぼくがほんまるをあけているあいだ、あるじさまのきんじをおねがいします」
「はぁ・・・」
「んっ!?今剣!?」

ホックホクの気持ちがパチンと弾けて現実に戻された。ちょっと待って今すごい不穏な言葉が聞こえたんですが。

「今剣!私は今まで通り一人で大丈夫だよ!」
「いえ、なにかしらふべんがでてくるかもしれません」
「でもほらっ、太郎太刀もいろいろやることがあるだろうし!いきなりこんなこと頼むのは「私で良ければ近侍の任、承りましょう」んん˝っ!?」

言葉をねじ込んできた太郎太刀に思わず変な言葉が出た。え、今近侍やるっていった?冗談だろ私のHPが持たないよ!
バッと太郎太刀を見ると彼も私に顔を向けたところで、目が合った。「至らないところも多いかと存じますがよろしくお願いします」とのことです。・・・私の気持ちを察して!

そんな心の叫びは二人に届かず、しかし断るのも空気が悪くなると思い出来ず、今剣が太郎太刀に私の近侍の務め方を教えているのを蒼い顔で見ているしかなかった。


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