俺は今、非常に焦って、かつ不安になっていた。
「…黒子っちが来ない…」
時計は約束の10時を過ぎている。黒子っちは基本的には約束に遅れないタイプだ。
先程から何度かメールをしてみるも返信はない。
この上電話を何度も掛けてしまえば、余裕のなさをアピールしているようなものだ。それはちょっと嫌だ、格好悪い。
時間だって待ち合わせ場所だって間違えていないはずだ、
昨日の電話を思い出す。
『マジカルランド?』
『そう、黒子っち聞いたことないっスか?先月オープンしたばっかりの遊園地っスよ』
『聞いたことないです』
『明日そこ行かないっスか?』
『いいですよ。でも、君が遊園地なんて行ったら女の子が集まって大変なんじゃ』
『大丈夫っス!妙に評判が悪いトコだからきっと人も少ないし、対策も…』
…プルル
途中まで思い出したところで電話が鳴った。
ディスプレイに表示されたのは、
「…黒子っち!今どこっスか?」
『駅前にいるんですが…どこにいますか?』
「あれ?俺も駅にずっと前からいるんスけど」
『おかしいですね、君らしい人はいなくて…』
「あ」
『?』
…そうだった、伝え忘れていた。
『対策もばっちりっスよ!目立たないように見た目変えるから』
『どんな風に?』
『それは着いてからのお楽しみっス!』
―――……あらかじめ伝えておくべきだった。
探せないのも無理はない、かもしれない。
「………黒髪長髪のウィッグにサングラス」
『………あ、見つけました』
…黒子っちは数メートル先にいたらしい。
見つけられなかったのは俺のほうだった。
「ごめん…」
「いいえ」
横を見ると、黒子っちは少しだけ笑っているように思えた、
「楽しみですね」
「………!そうっスね!」
今日はいいことがありそうな気がする。
* * *
「…………あれ?」
「…ここで合ってますよね?」
『オープンしたて』と呼ぶには程遠い、妙にさびれた風景が広がっていた。
「なんか、人も全然いないし…」
「…ほんとですね。あ、あそこの看板に」
「…『海風により一部建物が若干傷んでおります』!?」
そんなレベルじゃないだろ…とツッコミつつ、
「…別のとこ行くっスか?」
「いえ。いいですよ」
「え!?いいの!?」
…デートとは呼びづらいけど。心に浮かんだ不安をどうにか抑え込む。
「僕は、別に遊園地に行きたい訳じゃありません。黄瀬くんと一緒にいたいだけだから」
「……黒子っち…」
…俺には勿体なさすぎる。
そしてやっぱり、
「…俺も同じっス!」
やっぱり、今日はいい日だ。
「思ってたより綺麗っスね」
「そうですね」
中は『オープンしたて』と言えるものだった。
看板を信じるとすれば、海風がここまでは届いていないということなのか。
「…変装しなくていいんですか?」
「ああ、多分大丈夫っスわ」
入ってすぐに、サングラスとウィッグは取ってしまっていた。
園内の客は少なくて、バレる心配はあまりなさそうだったし、何より自然体でいたかった。
アトラクションには評判通りと感じるクオリティのものも多いけれど、並ばずに乗ることができるし、遊園地を独り占めしているような気分にもなる。
大型遊園地に行ってファンに囲まれたりするよりは、自分たちのペースで回れるほうがよほど良い。
これはこれで良かった、と、思っていた。
* * *
「んー、だいぶ回れたっスね」
「そうですね」
端から順番に進んでいて、半分以上は制覇していた。
「次は…お化け屋敷?」
「はい」
このままだと、今日一日で全てのアトラクションを回れるだろう。
珍しいことだ、繁忙期の大型遊園地なら回れても数個程度だし、それで満足していると思う。
……いつからだろう、
『ある程度楽しめれば』なんて思うようになっていたのは。
並ぶのが面倒とか、疲れが明日に響くからとか、
幼い頃は先のことなんて省みず、全力で向かっていたのに。
そんなことを考えていると、隣で小さく笑うのが聞こえた。
「?」
「黄瀬くん、楽しそうで嬉しいです」
……俺が?
「…俺が楽しそうだと、嬉しいの?」
「はい。好きな人が楽しそうにしてると、僕も楽しい。…嬉しいです」
「………」
何も言わずに手を握って歩き出す。
掴まれた手は一瞬ぴくりと動いたけれど、
彼は何も言わなかった。
俺も、
俺もそうやって笑う、君が好きだよ。
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