ルカの赤い箱…お礼企画 | ナノ



それから数日後、アルベールは、詩人の言った通り、自分の記憶がすべて失われていることに気付いた。
そのことに衝撃を受けなかったわけではなかったが、それと引き換えに手に入れたリラを奏でると、そんなことはさほどたいしたことではないようにアルベールには感じられた。
リラが変わってからというもの、アルベールの評判も鰻上りに上がって行った。
高名な貴族から専属の詩人にならないかとの誘いも受けるようになったが、アルベールは各地を吟遊することにこだわった。
彼には、金や宝石等、何の価値も感じられない。
歌う事、知らなかった世界を知ることが、彼の幸せであり、天から授かった使命のように感じていた。



十年ほどが経った時、アルベールは忘れかけていた老詩人の言葉を思い知る。
そう、彼は「記憶」だけではなく「成長」とも言っていた。
成長が意味するものを当時の彼は明確に理解していなかったが、それが身体の成長…つまりは年齢のことだとやっと気付いたのだ。
彼はずっと若い青年のまま…老いることがないということは無限の時があるということ。
悠久の昔から、誰もが憧れた不老不死の身体を手に入れたのだと言う認識は、なんとも形容し難い感覚を感じさせるものだった。



この世のすべては裏と表
無限の時を得た者は、終わりの時を失った
たどり着く場所を失った

与える愉しみは受け取る愉しみ
されど、愉しみは哀しみで
見知らぬ世界は見慣れた世界

この世のすべては裏と表
疑問は回答
現実は幻想
私はすべてを受け入れよう
それが、あなたの意志ならば…



誰もいない街道に、アルベールの澄んだ歌声とリラの音色が響き渡った。
物悲しく…しかし、とても力強く…


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