「やだやだやだ!
ほしい、ほしい、絶対、ほしい!!」

雛子は手足をバタつかせて、泣きわめく。



「もうっ!それはだめって言ったでしょう?
あのね…鯉のぼりは男の子が飾るものなの。
その代わり、雛子は、この前、お雛様飾ったじゃない?
お友達と一緒にパーティして、お雛祭りのケーキも食べたし、ちらし寿司も食べたよね?」

「じゃ、来年からお雛祭りやらない!
だから、鯉のぼり買って!」

「だ〜か〜ら〜…
言ったでしょ?
あれは男の子のものなの!
雛子は女の子でしょ?」

私が少し強めの口調でそう言うと、雛子は一際大きな声で泣きだした。



「もうその話はおしまい。
ママ、忙しいんだから。」

私はそう言って、台所へ向かった。



雛子はとても小さな頃から魚が好きだった。
動物園よりも水族館が好きで、休みといえば水族館に行くことばかりをせがまれた。
そんな雛子が、今年は執拗に鯉のぼりをほしがった。
きっと、同じ幼稚園の勇君が、今年鯉のぼりを買ってもらったせいだろう。
小さな庭に建てられた小さな鯉のぼり…
あれを見てから、雛子は鯉のぼりのことばかり言うようになった。
幼稚園で作った鯉のぼりでなんとか誤魔化そうと思ったけれど、雛子はそんなことでは満足しなかった。



「ママ…鯉のぼり買って。」

「また、その…ひ、雛子!」

振り向いた先には、短い髪の雛子がいた。



「ど、どうしたの!」

「わた…ぼ、僕、今日から男の子になる。
だから…鯉のぼり買って!」

涙をいっぱい浮かべて、雛子はまっすぐな瞳で私をみつめた。
この子は、一体、誰に似てこんなに強い意志を持っているのだろう…



「……今夜、パパと相談してみる。
ちょっと、髪の毛揃えようね。」

雛子のあまりに一途な想いに、本当ならすぐにでも買ってあげると言いたかった。
でも、やっぱりそれは出来ない。
なんでも、思い通りになると思わせるのは、きっと良くないことだから。



「雛子、はさみは一人で使っちゃだめよ。
怪我したら大変だからね。」

あたりに散らばった艶やかな黒髪に胸が痛んだ。
こんなに綺麗な髪を…毎朝、編んであげてた髪の毛をこんなにバッサリと…



(雛子、そんなに鯉のぼりがほしかったの?)



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