「いえ、そんな…たいしたことはしてないんですから。」

「こちらこそ、たいしたものじゃないんです。
気持ちばかりですが、どうぞ受け取って下さい。」



遠慮したけど、おばあちゃんは、私に小さな封筒を押し付けた。
駅の階段の上まで、ちょっと荷物を持ってあげただけなのに、おばあちゃんはお礼だと言って、それを私に押し付けて…



中に入ってたのは、久しく買ったことのなかった年賀はがき。
もわっとした羊が描かれたものだった。
それが十枚。
たったあれだけのことで、こんなにもらうのは申し訳ないって気持ちと、年賀状なんて書く予定じゃなかったしっていう、ちょっと迷惑がってる気持ちを同時に感じた。

でも、実は私は字を書くことは嫌いじゃない。
子供の頃からずっと書道を習ってたおかげで、今でも字のことだけは褒められる。



(よし…今年はひさしぶりに書いてみるか。)



数日経ってから、私はコンビニに出かけ、筆ペンを一本買った。
そういえば、うちの職場の人は毎年年賀状をくれている。
どれも印刷されたものばかりだから、それほど気にもしてなかったけど、考えてみれば、もらうばかりっていうのは不作法だ。
久しぶりに握る筆ペンに、少し緊張しながら、ありきたりな文章を綴った。
でも、この緊張感がたまらない。
やっぱり、字を書くっていうのは良いな…なんて思いながら、同じ文章を何枚も綴った。
久しぶりだけど、それなりに綺麗に書けた。
そう思った時に頭に浮かんだのは、父親の顔だった。
うまく書けたと思って見せても、父はなんだかんだと難癖をつけ、誉めてくれたことはなかった。
昔から何に対しても厳しくて、口うるさい父…
母が亡くなってしばらくした頃、なにかつまらないことで諍いになって、それ以来、実家に帰ることはおろか電話一本かけることはなくなった。
気位が高く、頑固な父からも当然なにも言って来ることはない。
そんな状態がもう何年も続いてる。



なんともいえない気分だった。
もちろん、気になってないことはない。
母が生きてた頃は、家事なんて何もしなかった父だから、きっといろいろ困ってることはあると思う。
特に悪い所はないとはいえ、もう若くはない。
親戚もいるにはいるけど、それほど近くに住んでるわけじゃないし、気にはなりつつも、やっぱり素直になれなかった。



(今はとにかく年賀状を書いてしまおう。)



気持ちを切り替え、私は再び年賀はがきに向かった。



(これで全部かな。)



書きあがった年賀はがきは九枚だった。
残ってしまった一枚の年賀はがきを見ていたら、また父親の顔が頭に浮かんだ。
年賀はがきなんて出しても、きっと父は喜ばないだろう。
ここはバランスがおかしいとか、女性らしさがないとか、字を見ながら文句を言うことはわかってる。



「お父さんは、あんたにすごく期待してるから…」



お母さんがそんなことを言ったことがあった。
なんでも、私に習字を習わせたのは、私が小さい頃に書いた字を見て、この子には字の才能があるってお父さんが言い出したかららしい。



「お父さんは、親馬鹿だからね。」



そんなことも言われた。
私にあれこれ口うるさく言うのは、私に関心がありすぎるからだって、お母さんは言っていた。
「私のことが可愛いなら、小言じゃなくて誉めてくれたら良いじゃない!」
思春期の私は、お母さんにそんな八つ当たりを言い放った。



「……お母さん……」



お母さんが亡くなってから、馬鹿みたいに泣いたから、もう涙は枯れたと思ってたけど、そんなことを思い出すと、涙が溢れて自分でもびっくりした。



溢れた涙を拭い…
私は、残った一枚の年賀はがきに、筆を走らせた。
さっきと同じありふれた文章…そして、「お父さん、お元気ですか?
ご無沙汰してしまってごめんなさい」
不思議と素直にそう書けた。



だけど……
やっぱり投函出来なかった。
九枚はすぐに投函したけど、お父さんあてのはどうにも勇気が出なくて…



そして、瞬く間に月日が流れ、気が付けば大晦日になっていた。
もうしばらくしたら、国民的な歌番組が始まる。
今から出したって、もう元日には届かないだろう。
お父さんはそういうこともうるさいから、却って出さない方が良い…



そう思いながらも、私は年賀状から目が離せないでいた。



このままで良いんだろうか?
……良いはずなんてない。
もしかしたら、この年賀はがきが仲直りのきっかけになるかもしれない。
いや、こんなもの出さなくても電話をかければ…
いろんな考えが頭の中をぐるぐると駆け巡る。



(そうだ…!)



- 13 -

しおりを挟む
コメントする(0)

[*前] | [次#]

戻る 章トップ

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -