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(ここだわ…間違いない!)
まるでハンナの侵入を拒むような冷たい風に、ハンナは安堵したような笑みを浮かべた。
森の中から吹き付ける風は歩を進めるごとにきつく冷たくなっていく。
(クリフ…あなたはここにいるのね?)
ハンナの心に浮かんだのは、クリフの明るい笑顔だった。
彼のことを考えると、吹きすさぶ風にもハンナはその寒さを忘れられた。
(クリフ…遅くなってごめんなさい。
でも……私、ようやくみつけたわ。)
ハンナの瞳からは一筋の涙が流れていた。
ようやく彼に会えるという、感動の熱い涙が……
身分が違うというだけで、ハンナとクリフは引き離された。
クリフは、ハンナの父親が渡した手切れ金さえ持たず、ひっそりと町を後にした。
友人たちの話では、クリフはこの世のどこかにあるという木枯らしの森に向かったのだという。
そこは一年中、身を切られるような冷たく激しい風の吹きすさぶ森…
そこに立つ木々は、心を砕かれ、死んでなお冷たい心を持ち続ける人間の慣れの果て。
冷たい心を抱え、冷たい風にさらされて、落とす葉の一枚さえ持たない木が立ち並ぶ不気味な森……
森の中に響く木々たちの悲しいすすり泣きは、風の音にかき消される。
ハンナは家に軟禁され、しばらくすると顔も知らない男との婚礼が決められた。
婚礼の日に、ハンナはようやく家を抜け出し、それから何年もかかって、ようやくこの森をみつけたのだ。
『待て……』
風の音にかき消されることもなく、不意に聞こえたその声に、ハンナはあたりを見渡した。
(あ……)
そこに立っていたのは、神が長く背の高い男だった。
あたりは酷い風だというのに、男の髪は風に散らされることもなく、長いローブの裾もまくられることはなかった。
『ここは木枯らしの森…ここに足を踏み入れれば、二度と出ることは出来ぬ。
そのことをわかっているのか?』
ハンナは気付いた。
その声が、耳を通して聞こえてくるのではないことを…
(この人はもしかしたらこの森の精?)
そう思うと同時に、やはりここが自分が何年も探し歩いていた木枯らしの森だということを確信し、ハンナの胸は感動に震えた。
「はい、わかっています。」
『そうか……しかし、ここにはクリフはいない。』
「えっ!な、なぜ、クリフのことを……」
『クリフの事が知りたいか?』
「は、はいっ!」
『それが、たとえ辛いことでも知りたいか?』
「え……?」
ハンナはその言葉に、いやな胸騒ぎを感じた。
けれど、彼女が迷う時間は長くはなかった。
「はい、知りたいです!
彼のことならなんでも…!」
『ならば、教えてやろう…』
男が宙に向かって小さく緩やかに指を動かした。
「あ、ああぁーーーっ!」
突然の突風に、ハンナの身体はさらわれ、空高くに舞い上げられた。
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