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「アベルーー!
アベルーーー!
いないのか?」
不意に名前を呼ばれ、僕ははっと我に返った。
父さんだ…
父さんが、僕を探してる。
僕は慌てて人形の箱に蓋を戻し、小部屋を出ると、急いで物置きを飛び出した。
父さんは階段の上にいて、そこから僕を見下ろしていた。
「と、父さん、僕ならここだよ。
ごめんよ。ブレスレットがまだみつからないんだ。」
「アベル、すまなかった。
ブレスレットはみつかった。
思い違いをしていたようだ。
作業場にあったのをついさっきみつけたんだよ。」
「そうだったの…」
僕は、ほっとした気持ちで階段を上り、父さんと一緒に作業場に戻った。
(なせだ?なぜ、僕はこんなにどきどきしてるんだ?
僕は何も悪いことはしていない。
ただ、ブレスレットがみつからなかっただけで…
そう…人形のことが気にかかってるんだ。
父さん、あの奥の小部屋のおかしな人形があったんだ。
まるで、柩みたいな箱に人間と同じくらいの綺麗な人形が入ってた…
ありのままに、そう話せば良い。
それだけのことじゃないか…)
「本当にすまなかったな。
おまえがあまりに遅いから、サボってるんじゃないかってちょっと怒りに行こうと立ちあがった拍子に、思い出したんだ。
そういえば、あの棚の上に親父が作ったものをいくつか置いてあったって…」
そう言って、父さんははしごのかけられた棚の上を指差した。
そこは、主に余った材料やがらくたが置いてある棚で、普段使うものは置かれていないから、めったに見てみることもなかった。
「なんで、あんなにはっきり地下で見たなんて思ったんだろうなぁ…
今からこんなにボケてたんじゃ、先が思いやられるな。」
父さんはそう言って、照れ臭そうに笑った。
「……あの、さ、父さん…」
「なんだ……?」
「……えっと………」
「どうかしたのか、アベル?」
「あ……おじいちゃんの作ったブレスレットを見せてもらえる?」
「そんなことか。
それなら…ほら、これだ。
見てみな。
すごく繊細な細工だろう?」
なぜそんなことを言ってしまったのか、自分でもわからなかった。
僕はあの人形のことを話すつもりだったのに、なぜ……
結局、僕は夕食の時にも、あの人形のことを話すことはなかった。
話したい気持ちもあったのに、なせだか話せなかったんだ。
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