2015/11/09 17:25 未室の憂さ
おそらくわたしはこの部屋以外を知らない。知らないまま、知られないまま、わたしはこの部屋で朽ち果てていく。彼がわたしをゆるしてくれるまでは。ううん、わたしはなにもしていない。だから、彼がわたしを手放すまでは、わたしはこの部屋から出られない。
「今日は林檎にしようか」
籠に積み上げられた果物の中から丁寧に林檎だけを取り上げて、手元のナイフを滑らせた。無抵抗に皮が剥かれ、その中の白い身があらわになる。ほんのり黄色く色づいたそれは、食べやすいように切り分けられた。彼の手つきは自然だ。やさしく、軽やかに、手慣れた風に、林檎を皿に並べる。並べられた林檎は整然とした本棚のように粛々と、わたしの眼下に置かれる。
「召し上がれ」
ナイフとフォークを手渡された。まずは一興、とそれを彼に向ける。彼は学習しないわたしを嘲り、それらの食器類を取り上げてしまった。不要だろう、とシルバーを磨きつつ訊かれた。わたしはムッと唇を尖らせた。わたしだって淑女なのである。手づかみで物を食べるほど行儀を知らないわけではない。
2015/11/04 17:18 死人に捧げるディナー
ねえ、私、知っているんです。知ってしまっているんです。あなたがたの、甘くかぐわしいひみつを。……そうですよ、そのとおり、そのないしょです。あなたがたのおとうさまやおかあさまはそれをご存知ないでしょう。だって話せやしませんからね。わかります、ひみつとは実に甘美ですよね、耽美ですよね。しかし、あなたがたをこのすばらしき世界へとお産みになったおとうさまやおかあさまにないしょごととは感心いたしませんよ。おふたりには包み隠さず話さなくっちゃいけません。そうしなければ、あなたがたはずいぶんな不孝者ですよ。不孝者はどうなるか、私は知っております。ねえ、わかるでしょう、そのくらいの分別はつくでしょう。あなたがたはおとうさまとおかあさまにお話ししなければいけません。そのちいさな胸に秘めた、うぶなおとめの初恋を、まじめなおのこの純情を、みんな話してしまわなければいけません。……おいやですか?どうしてもおいやなのですか?……そう、そうですか、それは困りました。しかし私はいまだおとなとこどもの境を揺れ動くことのできる、おとなでもこどもでもないあやふやであいまいで不透明な存在です。おとなのこともこどものことも、わかりますしわかりません。ですからね、今回はあなたがたの必死なおねがいに耳を貸しましょう、あなたがたのおねがいを聞き入れましょう。このひめごとは、私とあなたがただけのものとしましょう、ね。……そんなに喜んでいただけると私もうれしく感じます。ああ、いたいけな少年少女のみこころを救った私を神はいかように祝福してくださるのか!
2015/11/02 22:52 消失
もうそろそろ、もうそろそろいなくなってもいいかな。もうそろそろ消えちゃってもいいかな。
困るだろうな、迷惑するだろうな、面倒になるだろうな。
でもきっと寂しくはない。寂しくなるはずがない。
だったら、もう、そろそろ、いいかな。
グッドバイ、見えなくなってから泣いてね。
2015/10/19 19:18 成らざる者
「まず、貴方がたに訊きたいことが御座います。」
一人しかいない俺に向かって、彼女は最初にそう切り出した。顕現したばかりの俺は意味も分からずただ頷く他なかった。彼女は続ける。
「私は貴方がたをどう捉えれば良いのでしょう。人として接すれば良いのでしょうか。刀として扱えば良いのでしょうか。」
お答えください、と俺の眼をすっと見据える。冷たい色を放つその水晶に、俺はぞっとした。凍えた人の瞳に人殺しの道具が恐れた。
「貴方がたは人に成りたいのですか。神で在りたいのですか。」
2015/10/13 23:03 目で追うな
気付け気付け、この慟哭。
おまえの耳はなんのためについてんだ。
聞こえないふりなんてつまんないことはやめろ。
聞こえてるから聞こえないふりしてんだ。
耳をふさぐな、目をふさげ。
おまえは聞くだけでいいんだから。
おまえは見なくていいんだから。
だからしっかり聞くんだぞ。
消えろ消えろ、この慟哭。
2015/10/13 22:58 見し間の暗がり
いつもいつも、死にたいって思いながら生きてる。死にたくって死にたくって生きてる。生きるって死にゆくってこと。わたしは死にゆく。死に行く。だから生きる。死にたいって生きたいってことなんだ。死ぬ人は生きる人。生きる人は死ぬ人。死んだ人は生きた人。生きた人は死んだ人。
わたしは生きたい。死にたくって生きたい。
2015/09/28 12:22 真似事
煙、香がただよう、ためいきとまばたき。
悪いことを覚えたな、とあなたが笑うので、私は思わず顔を赤らめた。じりじりと葉を焦がしていく火の赤を伏し目がちに眺める。
2015/09/28 12:09 折り目正しく
審神者、というものになったらしい。こんなややこしい漢字を書くのに読み方は「さにわ」なんて日本語は相変わらず不可解だ。生まれたときから時間がどうだ政府がああだと騒がれていたから知識くらいは有している。しかし、よもやこんな平凡な一般市民が選ばれようとは。政府も必死だ。
通称「本丸」と呼ばれる根城で生活することになり、そこで「刀剣男士」と呼ばれる戦闘要員と擬似的に同棲する。科学が進歩しきったこのご時世に魂を云々すると聞いたときは仰天した。
いろいろと納得はできないけれど手当は申し分ないため断る理由はなかった。二つ返事の後、私は最初の刀剣男士を召喚することになった。
2015/09/21 18:47 冷たい水底
幸せの後は必ず寂しくなる。寂しくって寂しくっていっそう死にたくなる。数の多さは優劣の付け易さ。幸せだけれどいっとう寂しい。わたしはよく泣く。こどものように泣く。あんまり寂しくって泣くんです。あんまり消えたくって泣くんです。気付かれないように声を殺して泣きます。愛してくれ。こんな愚かなこどもを愛しておくれ。この愚かさをどうにか愛しておくれ。わたしはずっとそればかりを考えていますから。
2015/09/18 14:26 白鳥の歌
携帯電話という文明の利器を高校生のときに購入した。その頃には液晶画面が広がるスマートフォンとやらが流行の最先端を行くものらしく、誰もが親指や人差し指を駆使して広範なパネルをなぞっていた。しかし、そんな流行を敢えて無視するように、俺はスマートフォンではなく従来の折畳み式ケータイを選んだ。メインよりサブが好きだとか、時代の流れを疎んだとか、そのような恰好の付く理由ではない。ただ、初対面の人間との会話のタネを得ようとしただけなのだ。そんな、くだらない、口下手ゆえの情けなさが産んだ努力と知恵の結果だ。つるりとした側面を指でなぞりつつ、飾りひとつないそれを手で弄ぶ。
両隣は女子で、さらに言えば神様の悪戯でもないかぎり自分と縁を結ぶことはないだろうカテゴリーに入る方々だったので、とても話しかけることなど出来はしない。かと言って、前の席の男子は中学校からの同級生であろう別の男子と再会を喜んでいる。これで後ろの席の男子まで既成のグループを成している人間、あるいはカテゴライズ的に自分とそぐわない人間だった場合、完全なる四面楚歌になってしまう。初日が最も重要であるのに、これではお先真っ暗だ。それだけは、免れたい。
俗称ガラケーを机に置き、恐る恐るかつ何気なく後ろを振り返った。
と、同時に肩に誰かの腕が回される。
「このご時世にガラケーって、おじいちゃんみたいだな」
自分のほうへと引き寄せるように腕を引き、さらに顔を接近させられた。この距離ではとても顔の認識ができない。しかし、どうやら男子であることは確かであるし、カテゴライズ条件もパスしているようだ。着崩されていない学生服と切り揃えられた黒髪から、明らかに先入観だがそう判断する。
俺は動揺を見せぬよう頬を上げて、自分の携帯電話を手に載せた。
「ガラケーのほうが、操作が簡単かな、と思って選んだんだ」
「いまならスマホのほうが簡単なんじゃない?まあ、僕はスマホしか使ったことないから知らないけど」
「えっと、」
俺が名前を呼びたがっていることに、自己紹介を求めていることに気が付いたのか、一人称が「僕」であるその同級生は、俺から離れて正面へと立ち直した。そこでようやく相手の表情をじっくりと観察することができた。やはり、オタクでも不良でもなさそうだ。
「僕は川端利一、小口くんの後ろの席だよ」
△△MEKURU