2016/09/30 14:42 諦観とおまけ



言峰神父はかっこいい人だ。声はお歳の割に渋くて、体も筋肉ががっしりとついている。真っ黒な神父の装いの上からでも判るくらいにすてきなお人だ。

わたしはその言峰神父のシスターを務めている。厳密に言えば、お手伝いさんのほうが適切だ。聖職者としてのお勤めも行なっているが、炊事・掃除・洗濯も一通りこなしてみせる。魔術に関してはチンプンカンプンなので、お片付けや実験台が主なお手伝いだ。

かっこいい言峰神父とキャッキャウフフな平穏ライフが、もう随分と続いていた。

その平穏に、ある日突然異端が入り込んできたのである。

「口を慎めよ雑種。我を誰と心得る」
「血統書付ゴールデンレトリバー」

頭を鷲掴み、そして力の込められる指。ミシミシと骨の軋むような音が直接骨髄に届く。何だよ、血統書付けてやったじゃないか、ゴールデンだぞ、金ピカにぴったりじゃないか。という考えすら読み取れたのか、更に頭をプレスされた。このままではりんごのように握り潰されてしまいそうだ。

「雑種風情が。本来ならば貴様など早々に始末しているところだが、あの綺礼が贔屓にしている故に見逃してやっていることをゆめゆめ忘れるなよ」

このえらそうな金ピカ丸…もといギルガメッシュさまこそ、平穏の中の異端である。言峰神父のお師匠さまである遠坂さまが召喚されたサーヴァントで、此度の第四次聖杯戦争に身を投じるための「武器」だ。サーヴァントは古来の英雄をマスターの魔力によって現世に留めている英霊だ、人間ではない。人間だった存在だ。わたしが知り得る情報はそのような概略と、それからサーヴァントは恐ろしく強いということくらいである。いくら言峰神父のお手伝いを名乗っていても所詮は一般人でしかない。魔術は隠匿すべきものだから。

そんな一見すごいお人が、わたしはだいきらいだ。

自分の主人を放置して言峰神父に付きまとってくるし、ことあるごとに「雑種め!」とわめくし、言峰神父のワインセラーを荒らすし、……いやなことしかできない厄介者である。ここ最近は言峰神父に論争を持ちかけては一人勝ちしたかのように勝ち誇っている。ギルガメッシュさまとの討論を終えた後の言峰神父は決まって「ひとりにしてくれ」と辛そうに仰るのだ。そんな言峰神父を見るのが、わたしはとても苦しい。


2016/07/26 14:50 アンヒーローは霧の中





ヒーローなんていないんだって、あたしはずっと前から知っていた。どんなに悪を滅ぼそうと尽力したって、結局当人の自己満足にしかならない。自己満足が他人によって過大評価されたにすぎない存在なのだ。だって、あたしがいちばんヒーローを信じたかったときに、あんたたちは現れなかった。その時点で、あたしにとってはヒーローなんて名ばかりの存在となった。すべての悪が駆除できないように、すべての正義は執行できない。そのはずれくじを引いたあたしは、しかたなく敵に身を落とすしかなかった。あたしは敵になって、世界の敵になった。「まるで、自分のせいじゃないみたいな言い草だな。」「あたしのせいよ。ヒーローは遠因なの。」


2016/05/12 14:40 美容院行きたい。


腰まで伸ばしていた髪を、一度に切ってしまった。首筋が見えてしまうほどの長さにしたものだから、秋風がくすぐったい。もったいない、もったいないと、美容師のくせに髪を切ることを惜しむ男に苦笑いをしながら、いつもと同じ枚数のお札を渡した。涼しい、寒い、くすぐったい、きもちいい、口の端からこぼれる笑みをあわてて両手で押さえつける。ふふ、みんなどんな反応をするかな。おおかた予想のできる彼らの表情を思い浮かべては、また笑ってしまった。


←→



我の美髪があ、と叫んだのは、案の定ギルガメッシュだった。切ったのはきみの髪ではないし、きみの美髪も健在だ。
次にランサーが「さっぱりしたじゃねーか、似合ってるぜ」と爽やかに生え際を撫でた。さりげなくボディータッチ、そして褒め言葉。さすが色男。ランサーにかかればどんな女の子もイチコロだろう。
最後に、

「青子、今日の夕食の話だが、」

ひとつの空気も読めていない男、言峰だ。そんなことだろうとは思っていたが、いきなり女子が髪の毛をばっさりと切ったんだ、すこしくらいの反応を求めてもいいはずだ。言峰は平然と今夜の食事のメニューについて話し始めている。麻婆豆腐は文句が多いようだから麻婆春雨に妥協しようだとか、付け合せは麻婆茄子でいいだろうかだとか、マーボーマーボーやかましい。


2016/03/13 12:41 トド松くんはお友だちとは何かを考える




世の中は理不尽だ。理不尽で残酷で、どうしようもなく成す術もない。術があるなら教えてほしいくらいだ。タイムリープとかタイムワープとか、そんなものでいいから。それがあれば僕は、こんな理不尽で残酷な兄弟から逃れられる、はずだ。

「でも結局、きみもあのご兄弟と根底はいっしょなんだろ。」

クズでニートで世間知らず、甘い汁をすすれるだけすすって親のすねをひたすらかじりつくす、……そういう根っからの駄目人間という点でいえば、確かにあのクズ兄共といっしょだ。

「僕はわりとまともな方だよ。」
「その発言もみんなといっしょだ。他の兄弟を見下さなくちゃ自分の評価ができない理由でもあるのか。」

ぐう、と唸って僕は論破しか考えていない青子ちゃんから目をそらす。僕があんまり兄弟を貶すものだから、とうとう怒らせてしまった。青子ちゃんは兄弟も姉妹もおらず、慎ましく暮らす両親と生活している。出会いはそうだ、あのスタバアでの一件から二日後、「回想に浸るところ悪いけれど、私の話を聞け」、……どうやら現実逃避はお気に召さないようだ。

面倒臭いことになったなあ。こんなつもりで青子ちゃんに愚痴を聞いてもらっていたわけじゃないんだけど。机の下のスマホで明日の予定を確認する。珍しくフリーだ。そろそろパチンコでも行こうかな。女の子がいると行きづらいし。賭け事に理解のある女の子はもっと増えるべきだ。勝ったときの儲けと感動を知らないからなんてもったいない。ああでも、数少ないパチンコもタバコも許してくれる子が、青子ちゃんだったっけ。じゃ、ここで逃すのは惜しいか。

という思考を一秒で済ませて、にっこりと笑った。

「ごめんね、青子ちゃんがそこまで僕らのこと考えてくれてるなんて知らなかった。すごくうれしいよ。えへへ、反省しちゃった。僕、もっと兄さんたちのこと大切にするね。そうだなあ、早速なにかお土産でも買って帰ろうかな、お詫びとして。買い物、付き合ってく、うへぇ、」

決まったのは僕の口説き文句ではなく青子ちゃんの平手打ちだった。スパーン、と軽快にして重厚感のある音が店内に響き渡る。この店、女の子を口説くのに格好の場所で気に入ってたのに、もう来られなくなったなあ。わずかにいた店員や客が盗み見るようにこちらへ好奇心の視線を投げかけてくる。あー、全員死んじゃえばいいのに。写メったあの男、顔覚えとこ。後でカラ松兄さんあたりに喧嘩ふっかけてもらわなきゃ。青子ちゃんは平手打ちした後で「ごめん、平手打ちした」と悪びれもなく謝った。

「トド松、私はきみたちのことが大好きだよ、きみのことは特に。きみがそういう性格であることを承知のうえで今までもこれからも付き合っていくつもりだ。だからこそ、一回けじめをつけておこうと思って。」

思って、平手打ち?変な子だ。これからがあるなんて考えていたのか。他人に平手打ちをしておいて、それから先が?信じられない。こっちから願い下げだ。



2016/03/13 12:38 カラーリングドリームの幻想



私が海外に一週間いたとき、すれ違う人みんなきれいなキラキラの髪の毛をしていて、いいなあ格好いいなあと多少なりとも憧れを抱いたものだった。不思議な色をした髪の毛をさらさらとなびかせながらレンガ道を闊歩する彼らの何と魅力的なことか!感動した私は同時に己の墨のごとき黒髪を恨んだ。ぬばたまよりも小麦のほうがみんな好きだろう。そんなことを思い返しながら美容室の前の9000円と睨めっこをしていた。



2016/01/23 16:50 ノット・フル・ラヴ




俺たち兄弟間ではよくある勘違いのひとつだった。「ごめんなさい、人違いでした!」と深々と頭を下げられ、いつものように「よくあることだ、気にしないでくれ」と格好を付けようとした矢先に背後からど突かれた。犯人は間違いようもなく長男だった。

こんなかわいい子をここで逃すのは惜しい。誰と勘違いしてるか知らねえけど、ついでに連絡先ゲットしとこうぜ。

と、目を見ただけでわかった。兄さんの考えることはいつも通りだ。それに逆らうほど、俺も落ちぶれちゃいないが。さっそく俺は台詞を切り替えた。ト書には、「彼女の肩を抱きながら」とある。俺はか細い彼女の肩へ自然に手を伸ばした。触れる、一歩手前で手を止める。

「やあ、待っていたぜ、カラ松ガール」

そして、いつも通りキザっぽく笑ってサングラスを外した。


2016/01/18 12:01 帰り


「ただいまあ」「ただいま帰りました」、ふたつの帰還を報せる声に私はキッチンからそろそろと出て来た。ふたりともすこし眠たげに見えるけれども、きっとそれは腑抜けた顔をしているからだ。どこか満足げで恍惚とした笑み、そんなものを湛えつつ無造作に靴を脱ぎ捨てる。現時刻は午前五時。まだ空も白んでいる頃合だ。こんな時刻にふらふらと帰ってくるなど非常識だと苦言を呈したいところを、私はぐっと抑え込む。

「おかえりなさい」

何時に帰ってくるのだろう、と半ば心配、半ば好奇心で起きていた。だからこうしてふたりを出迎えられたわけである。兄さんは意外そうに私が靴を揃える様子を眺めていた。

「あれ、青子、まだ起きていたの」
「……ちょっと、寝つけなくて」




2016/01/07 08:50 ナンセンス・ニヒル



こうして身を重ねることも、唇を合わせることも、愛を囁くことも、意味なんてない。意義なんてない。理由だって、ない。
まったく無意味なことなんだ。どんなに愛を確かめ合おうと、それは愛になりえないのだから。愛と認められないのだから。


それでも俺たちは、そんな虚無だらけの行為をやめることができなかった。



2015/12/22 16:41 死のかおり



ひとの死と、近い場所にいる。ちかちかと燃える命の灯火は瞬く間に消えてしまう。はかないけれど、とても激しい。硬い鉄の上に並んだ白い石ころを見て、どのくらい力をこめれば崩れてしまうだろうと考えた。


おつかれさま、と言って俺を出迎えてくれた彼に上着と鞄を手渡すと、すぐにソファに寝そべった。骨の軋む背中を伸ばし、深く息を吐く。彼は何故か俺のジャケットに鼻を寄せていた。

「死のにおいがする」

咎めるような口ぶりに心外だと告げた。自分の職なのだからどうしようもないことであるうえに、そもそも死に香りなど存在しない。まとわりつくとすれば、灰や線香のにおいだろう。それと、服は毎日職場で着替えている。

その一切をこと細やかに説明してやった。彼はそういうことではないとわずかに目を細めた。意味がわからず首をかしげる。ひとが死んでいくにおいだよ。ひとのいのちが消えていく、においだ。消臭剤を振りかけながら、そんなことを言われた。俺は彼に構わずテレビの電源を入れた。


2015/12/07 02:05 それはかつての死

たぶん、そう、運命とか、そんなくだらないものの話がしたいんだ。そんなものはなくて、存在しなくて、ありえなくて、けれども信じるものには云々といったことだ。信じるって何だろう。思い込むこと、考えないこと、盲目になること。考えなくていいんなら、そいつは楽で仕方ないな。脳みそもみんなぶっ壊れちまえばいいんだ。見えなきゃいい。見たくないんだ。そんなの、そんなの知りたくない。そうだろう。

こんなのとは違う結末が運命だって、信じなきゃ、



△△MEKURU