90、謎の大決闘


ナミは建物に沿って置かれている樽に腰を下ろし、アリエラは壁に沿って立ったまま、朧げにひかりを放つ月を見上げていた。さっきとは打って変わり、恐ろしく静かだ。闇の中に悪が鳴りを潜めているような、嫌な空気が地を這いずっている。ひんやりとした風が、ナミとアリエラの滑らかな肌をなでた。
 
しばらく三人とも無言で過ごしていると、色々頭の中で思案を回していたナミが堰を切ったように唇を開いた。
 
「ねえ、ところでさ。バロックワークスって何なの?」
「…謎の会社なんですよね?」
「うう……」
 
ナミに続きアリエラのブルーの瞳もこちらに向いて、イガラムはうつ伏せになったままびくっと肩を震わせた。けれど、二人の美女の視線はあまりにも強くて、イガラムは観念したようにほこっと重たい息を吐いた。
 
「……秘密犯罪会社です。社員の誰も社長の名も顔も知らない…。主な仕事は諜報・暗殺・盗み・賞金稼ぎ。全てボスの指令で動きます」
「まあ…誰もが社長のお顔もお名前も知らないなんて…そんなにも謎に包まれた組織だったの」
「そんな正体の分からないようなボスの言う事…どうしてみんな聞くのよ?」
「バロックワークスの最終目標は“理想国家の建国”。今この会社で手柄を立てた者は、のちにボスが作り上げる理想国家での要人の地位が約束されるのです」
「なるほど…」
 
それで、みんなあんなにも任務に必死だったのだ。
そうして、どうしてそこまで謎にこだわるのか。情報通の貴族に聞いてみても、何一つ浮かび上がらなかった社内の現状にアリエラはここでようやく納得する。そりゃあ、社員の誰もがボスの名も顔も知らなければ会社の全貌も雲に隠れたままなわけだ。
 
「もしかして、ボス自らもナンバーを…?」
「ええ。ボスのコードネームはMr.0。つまり、与えられたコードネームの数値がゼロに近いほど後に与えられる地位も高く…何より、強い」
 
イガラムは、流れている血と共に、こめかみに汗を浮かべて、わずかに声を震わせた。
 
「特に、Mr.5から上位の者たちの強さは異常だ」
 
この先の行方を示すように、強く地上を照らしていた月は雲に隠れてしまった。光が地に落ちず、あたりは一層闇を深くする。
 
 
    ◇ ◇ ◇
 
 
「あなたね? この町の平社員を斬りまくってくれた剣士って」
 
ナミたちと離れた場所で、ミス・バレンタインの甲高い笑い声が空気を揺らした。
ビビの前に立ったゾロはそっと眦を細める。
 
「そいつが何故、アラバスタの王女を庇う」
「おれにも色々と事情があってね」
 
咎めるような厳しい低音だが、ゾロは気にせずふっと口角を持ち上げた。
当然、Mr.5とミス・バレンタインも突然変わった剣士の行動に疑問を浮かべていたが、彼らの頭に浮かぶのは“任務遂行”のたった一言。それ以上はもう問い詰めなかった。
 
「まあ、いいさ。いずれにしろ、おれ達の敵だろ。邪魔だな」
「キャハハ! そうね、邪魔ね!」
 
意識を切り替えて、Mr.5は鼻に指を突っ込み、ゾロは刀に手をかける。
一戦交えようとした、その時。Mr.5とミス・バレンタインの背後に仄白い人影がスッと伸びて、その人影によって状況はまた脱線の色を濃くしていく。
 
「いたァああああ!!」
「ん?」
「あっ」
 
腹から息を吸って、大きな声をあげたのはルフィだ。Mr.5は眉根を寄せて振り返る。ビビも彼の姿にハッと息を呑んだ。3000万ベリーの賞金首だとイガラムから聞いたことが脳裏によぎる。
 
「ゾロぉおおおおお!!」
「今度は何!?」
 
また任務の邪魔をされて、ミス・バレンタインは苛立った声を後方に飛ばした。だが、ルフィの尖った瞳はただ一心にゾロを見つめている。まだぷっくぷくに膨れた風船身体をしんどそうに保たせながら、ルフィは苦しげに息を吐いた。
 
「ルフィ! 手伝いならいらねェぞ! それとも、お前もあの女に借金か?」
 
船長の姿に当然、口角を上げて声を張り上げたゾロだが、交えた瞳が鋭いことに気がついて、笑みを浮かべたまま「ん?」と疑問をこぼした。
ハアハア、と荒い息を何度か繰り返し、破裂しそうなほどに膨らんだお腹をぽよんと揺らし、ルフィはもう一度大きく息を吸い込んで、空気を揺らす。
 
「おれはお前を許さねェーーッ! 勝負だァア!!」
「……ハァッ!?」
 
激しくぶつけられた言葉に、ゾロは動揺して上擦った声をあげてしまった。
何だか様子がおかしいと思ったが──。
 
「てめェはまた何を訳わかんねェことを言い出すんだ!」
「うるせェ! お前みたいな恩知らずはおれがぶっ飛ばしてやる!」
「恩知らず!?」
「そうだ!」
 
こんなにもルフィが激怒している理由は、数分前に遡る。
用を足しに岸に向かったルフィは終えた後、少し覚醒してきた頭で、道端に倒れている無数の社員を捉えた。その傷は刃で切り裂かれたものだ。瞠目したルフィは、苦しむ社員たちに駆け寄って、この状況を問いただすと「あんたの仲間の緑髪の剣士にやられたんだ…ッ」と苦しげにこぼされたのだった。この状況であんな気のいい人々が嘘をつくはずがないと察したルフィは、とある疑惑を胸に抱きながらゾロを探し出した。というわけで──。
 
「おれ達を歓迎してくれて! 美味いもんをいっぱい食わしてくれた町のみんなを…! 一人残らずお前が斬ったんだ!!」
「…いや…そりゃ斬ったがよ……」
「絶対許さん!!」
 
ふん、と荒い鼻息を乾いた地に落としたルフィの言い分に、ゾロはげんなりして肩を落とした。ああ、そういやこいつら何にも知らねェんだったよな──と。
呆れているゾロの後ろで、ビビとカルーも呆然とルフィを見つめていた。
 
「なんて鈍い奴なの…?」
「クエー…」
「仲間割れか? 鬱陶しい奴らだぜ!」
「キャハハ! 消しちゃえばいいのよ! 任務の邪魔をする者は全てね!」
 
Mr.5とミス・バレンタインも状況はイマイチ理解していないが、新たな登場人物に目を配り、何となく察する。ミス・バレンタインはお気楽に日傘をくるりと回していた。
 
「はあ……おい、ルフィ! よく聞けよ。あいつらは全員……」
「言い訳すんなァァア!!」
「何ィッ!?」
 
ゾロが口を開いた途端、ルフィは腕を勢いよく伸ばしてパチンコのようにゾロ目掛けて飛んできた。慌てて避けたため、押しつぶされることからは免れたが後ろの岩は粉々になり崩壊を遂げた。その威力に目を見張る。
 
「殺す気かァ!」
「あァ! 死ね!」
「な…ッ、」
 
冗談でもそんなことを言わないルフィの、本気なトーンの本気な目にゾロは顎が外れてしまいそうになった。本当にこいつは…と苛立ちが腹から上ってきたが、ここで怒っても彼は静まらない。冷静さを欠かしてはダメだと自分に言い聞かせ、重たい息を落とす。
 
「てめェ! 話を聞け!」
「フンッ!」
「う…ッ、おい!」
 
また、本気で殺すかのような強烈なパンチを振るい、ゾロは避けながら危機を抱いて刀に手を伸ばした。
あのバカ…本気だ…!と心でこぼし、防御として刀を抜くとルフィは目を光らせてもう一度拳をぶつける。それから何度もパンチを振るうルフィを刀でガードしながら真実を告げようとするが、ヒートアップした船長は聞く耳持たずだ。延々とこの流れが続いてしまう。
 
「Mr.5。別に私たちの邪魔をしたいわけじゃなさそうよ?」
「そうらしいな。じゃあ、おれたちは速やかに任務を遂行しようじゃねェか。アラバスタ王国、ビビ王女の抹殺を…!」
「ええ!」
 
日傘を閉じて、Mr.5と共に走り出すと、同じタイミングで攻防戦を繰り広げているルフィとゾロがビビの前に揉み合いながら出てきた。
 
「この、逃げんな!」
「ルフィ! 話を聞け!」
「行くぜ! ミス・バレンタイン!」
「ええ! Mr.5!」
 
走る速度を上げていくと、また同時に二人のもみ合いがヒートアップしていく。
 
「この…いい加減にしろてめェ!!」
 
ルフィを激しく蹴り飛ばすと、風船ルフィはぽよんぽよんと音を立てそうな勢いで、突っ走ってくるMr.5とミス・バレンタインを巻き添いにして数メートル後方の建物に激しく突っ込んでいってしまった。
 
「あ…っ、」
「ハアッ、あの…馬鹿野郎が!」
 
なんて威力…。剣士の蹴りにしても、ルフィの孕んだ力にしても。あの二人組を軽々と押してしまうなんて。ビビはカルーのロープをぎゅっと握り締めながら、瞳を震わせた。
 
壮大な崩壊を遂げた壁は、ぼろぼろと瓦礫を地にこぼしていく。辛うじて平気だった建物の内部で大の字になっている三人は、全身に感じる不快な痛みを抱きながらふっと息をこぼす。
最初に起き上がったのは、ミス・バレンタインだ。綺麗な瞳を尖らせて、服や髪の毛についた埃や屑を払っていく。
 
「ああ、もう! 一体何なの!?」
「うう…見事にまあ、邪魔してくれるもんだぜ…てめェら…!」
 
横たわったまま、Mr.5は隣のルフィに双眸を流す。彼はよくわかっていないみたいで、不思議そうに目を丸めてぷーっと息を吹き上げた。
その瞬間、Mr.5が仕掛けた大爆発がこの建物を襲う。地を這いずる揺れと、轟音。もくもくと立ち登る赤黒い煙は、闇の空へと消えていく。遠方で様子を伺っていたゾロとビビが瞠目していると、その煙の中から身を軽くしたミス・バレンタインが浮いて出てきた。
 
「あったまきたわ、もーッ! 死ぬがいいわ、私のキロキロの実の力でね! キャハハ、覚悟なさい! 爆風にのる私の今のウエイトは僅か1キロ…」
「Mr.ブシドー避けて! その女は!」
「うるせェ!」
「え…?」
「今、それどころじゃねェんだよ…!」
 
厳しく鋭い双眸をより細めたゾロが見つめる先は、上空を舞っているミス・バレンタインでも大爆発を起こしたMr.5でもなく、我が船長ルフィだ。じっと凝らしていると、爆煙の中、元の体型に戻ったルフィがMr.5を引きずって出て来るのが伺える。
 
「ゴホッ…、」
「あー…いい運動できてやっと食いもん消化できた…!」
「え、み…Mr.5? ウソ…」
 
バロックワークスでは、与えられた数字が低ければ低いほどに強さも上がっていく。その中でも、Mr.5からは桁違いの強さを持っているというのに…この有り様は──。
 ビビは驚きに震えながら、バロックワークスのエージェントが…と小さくつぶやいた。
 
「やっと本気出せる!」
「おい、ルフィ! 落ち着いておれの話を聞け!」
「いくわよー! 私の力は1キロから1万キロまで体重を自由に操ることなのよ!」
「この町の連中は全員、賞金稼ぎでつまり、おれ達の敵だったんだ!」
「って、無視すんじゃないわよォ!!」
「嘘つけー! 敵がメシを食わせてくれるかーッ!!」
 
最後にもう一度、状況を一から話そうと声を投げたゾロだが、ルフィはやはり一向に聞く耳を持とうとしない。その目は、獲物を捕らえたサメのように尖っている。
 
 
「喰らえ! 1万キロプレス!!」
 
さらに怒りを感じながら、ミス・バレンタインは体重を変えてゾロの真上に落ちてくるが、この能力の弱点は体重が重すぎて、途中で方向を切り替えられないこと。ゾロにひょいと軽々避けられたため、ミス・バレンタインは土の中に埋まってしまった。
 
「ルフィ、てめェにはもう何を言っても無駄らしな……この薄らバカが!」
 
手ぬぐいを頭に巻き、刀を抜き直したゾロはふう、と大きく息を吸い込んだ。
 
「ならこっちも殺す気でいくぞ! 死んで後悔するな!!」
「上等だ!!」
「ちょっと…どうなってるの? こいつら仲間じゃないの…!?」
 
ビビの戸惑いをよそに、本気を出したルフィとゾロの決闘はより激しさを増していく。
 
「“ゴムゴムの”!」
「“鬼”!」
「“バズーカ”!」
「“斬り”!」
 
二人の剣がぶつかり、その威力に温かな風が吹き抜けた。ビビの水色の髪の毛をさらい、波動は波を失う。
 
「ちょうどいい機会だ! 武闘と剣術、どっちが強ェか」
「おう! はっきりさせとこうじゃねェか!」
「“龍巻き”!」
「“ゴムゴムのピストル”!」
 
風を生みルフィを薙ぎ払うと、彼は腕を伸ばしてゾロの顔に強力な一撃をぶつけた。
それから何度か荒ぶる二人の攻撃に、周りの建物は崩れていく。激しい砂埃が舞えば舞うほど、ビビとカルーの混乱は度を増してゆく。
ルフィの拳が、ゾロの刀が、お互いを吹っ飛ばして互いに建物へと突っ込んでいく。今までの中で一番激しく崩壊を起こした建物の瓦礫に下敷きにされた二人。あたりは久しぶりに静けさを取り戻した。
 
「…どうしよう。逃げたいけど、今のうちに通っちゃって平気かしら…」
「クエー…」
 
だが、今がこの上ないチャンスだ。ミス・バレンタインもMr.5も倒れて動かない。
一刻も早くアラバスタに帰らなくては。その気持ちはカルーも同じで、ビビを乗せたまま一歩一歩慎重に動かしていると──
 
「「うおおおおおお!!」」
「クエーッ!!」
 
ちょうど、真ん中を通ろうとした瞬間にルフィとゾロが瓦礫を押し退けて飛んできた。危うく挟み撃ちにされかけたカルーは全身の毛を逆立たせて、数歩後ずさる。
その音と声に、気を失っていたMr.5とミス・バレンタインは目を覚まし、バキバキに痛む体を伸ばしながら二人合流を果たす。
 
「チクショー…! こんな奴らにコケにされたとなっちゃ、バロックワークスのオフィサーエージェントの名折れだぜ…ッ!」
「Mr.5! 私たちの真の恐ろしさを見せてあげましょう!」
「いくぞ、ミス・バレンタイン!」
「ええ、Mr.5!」
「バロックワークスのオフィサーエージェントのおれたちをナメんじゃねェ!!」
 
怒りを熱に変えて、ルフィとゾロの元へと駆け出したMr.5とミス・バレンタインだが、動きを止めた二人にぎろりと睨みつけられて思わず足を止めてしまった。なんて、気迫だ──。睨まれただけで、全身が震え上がってしまう。こんな、こんな二人に、と心で吐き捨てるが、危険を知らせる脳が手足を動かしてくれない。
そのまま睨みに縛られてように、二人は逃げることもできない。
 
「「ゴチャゴチャうるせェな!!」」
「は…ッ」
「ひ…ッ、」
「「勝負の邪魔だァ!!」」
 
ルフィがミス・バレンタインを、ゾロがMr.5をそれぞれ拳ひとつで殴り飛ばし、邪魔者をこちらが排除したのだった。
 
 

TO BE CONTINUED



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