182、太陽が昇るまで


「カルー!」

アルバーナ宮殿から迎えにきてくれた愛がもをぎゅうっと抱きしめて、ビビは喜びに涙を飲んだ。頼もしいことに、人数分のカルガモ引き連れてきてくれたのだ。
無事に父と再会を果たし、この国で起こっている真実が彼らの耳に届いたことを知ると、ビビはほっとしたように肩を弾ませた。だけれど、それはまだ阻止への序奏に過ぎない。

「ふふ、みんなかわいい
「こいつらは? ビビちゃん」
「この子たちは“超カルガモ部隊”。アラバスタ王国きっての最速集団よ。カルーが隊長をおさめているの」

王女の声に、超カルガモ部隊はぴしっと敬礼をして「クエーッ!」と張りのいい鳴き声を響かせた。
今は砂漠入り口の大岩場に身を潜め、アルバーナへ向けての最後の作戦会議を行なっている。もうすこしで夜も明け、太陽がのぼりはじめる時間。
今日、この国が太陽に照らされると同時に国王軍と反乱軍による、操作された戦争がはじまってしまう。アラバスタの生死が今日決まるのだ。
だからそれまでに、なんとかして王都へと辿り着かねばならない。ビビを、反乱軍のリーダーであるコーザと接触させなければならない。

それがひとつめの課題であった。
残るもうひとつのそれも厄介なもので、クルーの頭を悩ませる。
偉大なる航路に船を浮かべた瞬間から付き纏う組織。おそらく、いや確実に。奴らは「ビビ王女」と「その海賊団」を消すつもりで、アルバーナ内、もしくは付近で待ち伏せをしているはず。ビビを除くクルーはそれをターゲットとし、動かねばならない。

「どう出るか、だが……」
「突っ込むか?」
「バカ言え!! 慎重に動かねェとお前、相手は七武海をボスに持つ、ヤベェ強さを持つ敵なんだぞ!?」

かちゃりと刀を持ち上げ、大真面目にこぼしたゾロにウソップは半泣きで却下を示す。

「突っ込むのは手っ取り早いけど、でもバロックワークスのいちばんの狙いはビビちゃんよ。おそらく、彼らはわたし達の行動をアルバーナ側から監視しているはず。彼らにビビちゃんの姿を見せてはいけない気がするの」
「ええ、アリエラの言う通りよ。待ち受けているであろうオフィサーエージェント…奴らに関して今私たちが得ている情報はMr.2たった1人のみ。他のメンバーの姿どころか能力も定かでない状況で突っ込むのは無理よ」
「おまけにMr.2は“マネマネの実”でわたし達の顔をコピーしているから…たとえこれがあっても、一斉にやり合うのは厳しいわ」
「そうだ。やりあってる最中、もし奴がおれらのうちの誰かに扮した場合。一々確認を取らなきゃならねェもんな」

左腕に巻いた包帯を撫でながら言うアリエラに、ウソップも額に汗を浮かばせながらこっくり頷く。本当に厄介な能力を持っている。
とりあえずの第一条件は、ビビの姿を奴らに見せないこと。へと持っていく。けれど、彼女の姿を敵に隠した上で、アルバーナ前へと辿り着き、反乱軍が攻め入るのを待つのは厳しいものがある。それぞれが知恵を振り絞り、考えているところ。
カルガモの数と、クルーの人数を見比べたサンジがあ、と声を出した。

「チョッパーとマツゲ…」
「ん?」

ふわりと紫煙を揺らしながらこぼした名。それに、ナミとアリエラははっとしてお互い顔を見合わせる。呼ばれた本人たちはきょとんと大きな瞳を丸めてサンジを見上げると、コックの花咲くような笑顔とばっちり視線がぶつかった。

「そうだ…あの人たち、ふたりのことを知らないわ! わあっ希望が見えてきたあ!」
「うん。一瞬なら誤魔化せる…はず。っていうかもうこれしか方法は残されてないわね」

アリエラとナミの上擦った声にチョッパーとビビはいまいち飲み込めていない様子で、え?と大きな瞳をぱちりと丸めている。ゾロもウソップも、彼女らのことばを受けて、なるほどな。と確かにそれしかねェな。と、生まれた作戦をすぐに察したようだ。
“それ”に必要な最低限の材料も、超カルガモ部隊が羽織っている。まるで、砂漠の国の女神が微笑んでいるかのような偶然の重なり合いにクルーは強気な笑みを浮かべて王女をみた。

「えっと…?」
「ビビちゃん。これから先、すこしだけ別行動をしよう」
「え、別行動…?」

は、と彼女の小さな唇から冷たい息がこぼれた。
言い聞かせるように口を切った、穏やかな低音に誘われて顔を持ち上げてみると、その穏やかさとは裏腹にサンジは真剣な表情を王女に向けている。

彼らが、これから何をするのか。嫌な予感が心優しい彼女を襲う。
クエ、と小さく鳴きながら隣に並ぶカルーの頭をそっと撫でながら、ビビは彼らの行動をどこか茫然と見つめる。カルーが用意してくれた人数分の超カルガモ部隊はひとりひとりクルーに寄り添って、首に巻いている白いローブの結び目を彼らに向けた。

「わあ、かしこいのね。ありがとう」
「クエッ!」

これから少しの間この子が相棒になるのだ。アリエラは、寄り添ってくれたベレー帽を被った超カルガモ──名をフートという──を褒めるようによしよしして、白い布を頭から被った。

「チョッパーはデカくなったほうがいいな」
「あ、そっか」

みんなの見様見真似でチョッパーも結び目を外してかぶろうとしたとき、同じく身を包み終えたサンジがたばこを吹かしながら提案する。ぐーん、と一瞬にして身体を大きくしたチョッパーもその巨体を無事に隠し終えたのを確認するときには、ビビも彼らがどう行動を起こしてくれるのか理解して、小さく肩を震わせた。

「みんな……」
「そんな顔しないで、ビビちゃん。またすぐにアルバーナで会いましょう」
「大丈夫よ、ビビ。あんたは反乱を止めることだけ考えてればいいの。それ以外のことは考えないで」
「でも、」
「いいか、ビビ。リミットは目前まで迫ってる。甘ェこと言ってられる暇さえ、もうこの国には残されちゃいねェんだ」
「…っ、」

厳しい双眸に眇められて、どきりと鼓動が打った。わかっているけど、彼らに任せる負担はあまりにも大きい。みんなの強さを、心を、信じているけれど。ナンバーを持つオフィサーエージェントの強さも、同じくらいに知っているから不安や心配が締め付けるようにビビを襲う。

「ビビちゃん、君はこの国に残されている唯一の光だ。おれ達は死にに行くんじゃねェ。光を守るために、動くだけさ」
「そうだぜ、ビビ。おれたちに任せておきゃァダイジョーブ!」
「足震えてんぞ、ウソップ」
「こ、こりゃ、武者部類ってやつだ!」

ぷるぷる震えている声に足。ゾロの指摘にウソップはピンと背筋を伸ばして、やっぱり震えている拳でグーサインを作ってビビに見せた。

「おれもがんばるぞ、ビビ!」
「この中に不安そうな顔してる奴がいる? あんたはただ前だけを見てればいいの、分かった?」
「ん……はい…」

ぴん、と航海士におでこを弾かれるのは何度目だろう。ちょっぴり慣れてしまった痛みを誤魔化すように、おでこに手をあてる。
敵は。オフィサーエージェントは。おそらく“ボス”からこちらの数を聞いているだろう。マネマネの実でうばった顔に加え、Mr.プリンスを入れての数。そこにマツゲを加えたら、ぴったり人数は一致する。奴らがもしも、のことを頭に入れておいても。まさか、アルバーナを眼前に王女とは別行動を取っているなんて思わないだろう。
すこしの間でも、敵の視線をビビから離せられるはずだ。

作戦は決まった。あとは、ビビが頷いてくれるのを待つのみ。
各々、引き締まった顔を彼女に向けている。ビビは剣呑の表情のまま、カルーから手渡されたシーツをぎゅうっと胸元で握りしめる。

私のために。国の、ために。元は何のゆかりもなかった海賊達が命を賭けて戦おうとしてくれている。救おうとしてくれている。光は、あなた達の方だわ。とビビは奥歯を噛み締めて、そして小さく息をこぼした。

「だからね、ビビちゃん。アルバーナへの入り口を教えてほしいの。わたしたち、どうやって引きつけたら動きやすい?」

アリエラの声がふんわりと空気を包み込む。
この国を救うためには。彼らの好意を無碍にしないために、前を向かなくちゃ。
強く握りしめていたシーツを、ビビは意を決してその身に被せた。みんなと同じように頭まですっぽり覆い、顔だけを晒す。そうして、懐から一枚の地図を取り出し、まだひんやりと冷たい砂の上に広げる。

「…アルバーナは首都だから敵の侵入を防ぐためにも高台に作られているの。円状に造られた土地に沿って、5つの門があるわ」

すうっと伸びる細い指に、すこしだけ震えている声が作戦の肝を紡ぐ。
彼女の決意にクルーは肩の力を抜いて、柔らかな笑みを描きつつ、アルバーナの地図を覗き込む。

「存在しない門は、宮殿の裏に位置する北ゲートのみ。この5つの階段、どこをのぼっても真っ直ぐ進めば宮殿に辿り着くようになっているの」

東、西、南。そして南東、南西と記された地図上の階段をそれぞれ目に焼き付ける。

「5つもありゃ上等だな」
「ええ。これなら思ってるよりも上手くビビから引き離せるかもしれないわ」
「ビビちゃん、わたしたちもがんばるね!」
「おれも、おれにできることを全力でやるぞ!」

唸るゾロとナミの声に、両拳をぐっとつくったアリエラとチョッパーの笑顔がまざる。
より鮮明に見えてきた作戦に、ウソップが「ど、どうやってばらける…?」と不安そうに質問をこぼす。それを受けて、「ふふん」とアリエラがにっこりほほえんだ。

「じゃん、くじ引きをつくりました」
「え、あんたいつの間に?」
「さっすがアリエラちゃん 用意が早いなあ
「って、こんな重大なこと! くじ引きで決めていいのかよ!?」
「あァ? ウソップてめェアリエラ様のご提案に文句あんのか?」
「アリエラの作ったくじ引きだもの。あんたと違って変な小細工とかしてないだろうし、平等平等。私賛成よ」
「こ、小細工ってなあ、」
「もう時間もねェぞ、てめェら。いいからとっとと引け」

鋭いゾロの言葉が突き刺さり、ウソップはしぶしぶ承諾するとアリエラの手の中に収められている白い紙を選びぬき、指で掴む。ゾロとウソップにならい、ナミもチョッパーもマツゲも続く。
残るは二本。「アリエラちゃん、どっちがいい?」と訊ねるサンジに、サンジくんはこんな時でも優しいんだから。と半ば笑いつつ、「じゃあ、右の方で」と答えた。

「みんな掴んだ? それじゃあせーーの!」

アリエラの音頭に、それぞれがひょいっと掴んだ白を引く。
無印、赤は各二本。青が三本。同じ色を持つもの同士で、ペアは組まれた。やいやいしている彼らの様子を、ビビは遠巻きからそっと見つめている。

もう、時期は近い。

「…みんな、ありがとう」

祈るように。こぼすように。今できる最大級の謝礼を彼らに向けると、にぎやかな声はぴたりとやんだ。みんなの視線がやわらかく、強く、ビビを包み込む。

「いいんだよビビちゃん
「礼ならまだ早ェだろ」
「そうよっ。それに、海賊にお礼をしたきゃ…ブツを見せて貰わなきゃ
「この国からまだ何をしぼり取ろうってんだよ」

にやりと小悪魔的な笑みを浮かべて、左手でベリーのマークを作るナミにウソップとチョッパーはガクガク震えている。

「そうだビビちゃん。これだけは覚えときな」
「え?」
「戦闘後のアイツは…よく食うぜ?」
「ビビちゃん。すべてが終わったら一緒にごはん、食べようね」
「…! ……ええ」

ふっと目を閉じて、彼らのぬくもりを胸に抱く。
脳裏に浮かぶのは、かつての航路で楽しんだ食事の風景。傷だらけのからだを修繕するために、大量のごはんを食べて、傷を治し、鼓動を打たせる。
食べること。それはすなわち、生きること。目の前に開くのは、死でも負でもない。輝かしいばかりの生命であり、太陽だ。


 ──みんな、ありがとう。


この戦いが終わったらきっとまた。
だから、今はぐっと飲み込んで、ビビは凛とした顔を緩やかに姿を見せ始めた朝日に向けた。



TO BE CONTINUED



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