145、ダンスパウダー


からだを隠すようにサーモンピンクのローブを着て、全身に集中している熱を冷ましてから甲板に出た頃。
メリー号はより岸に接近していて、わあっと瞳を輝かせる。さっき見えていた赤茶色の景色とは違い、エルマル付近の岸は通常の岩色の港だった。殺風景な海岸の向こうには広大な砂漠が広がっているのが窺えて、ところどころに砂の渦巻く風が目に映る。

「すごいわ、砂漠だわ!」
「あら、アリエラ。よかった、あんたもローブ着てたのね」
「え? あれ、ナミ……あ、ビビちゃんも──」

船尾階段から降りてきたナミの声にふと目を向けると、煌びやかな衣装に包まれていた稀代のスタイルは白色のローブに隠されていた。後ろでリュックの中身をチェックしているビビも、紺色のローブに包まれている。

「どうしたの? ふたりとも隠しちゃうなんてもったいない…」
「もったいないってあんたね…。今から砂漠を渡るでしょ? 砂漠はね日中は50度を超えるから──」
「えええええぇぇぇええッ!!!???」

見えなくなったスタイルにしょんぼりなアリエラに呆れ笑いを浮かべたナミが説明しようとした瞬間。ラウンジの扉が開かれ、サンジの大絶叫が大海原の空気を劈いた。
びくっと肩を震わせた女子三人は驚いた顔して、涙で歪んだコックさんの顔を見つめる。

「どおーしたのッナミさんッ!?」
「ハア……」
「ああッ! ビビちゃんも何その格好ッ!?」
「え…」
「おれの踊り子さんはァ!?」

リュックから取り出した大きなローブを胸に抱えながら歩くビビの姿もすぐに視界に飛び込み、サンジはぎょっと目を見開かせた。そんな彼にビビはくるりと振り返り、やわらかい笑みを浮かべる。

「だって、砂漠では肌を出していたら強い日差しでヤケドしちゃうもの」
「はあ…なんてこった…おれの踊り子さんが……」
「あ、ルフィさんもこれ着て」
「お、サンキュー!」
「上陸準備するか」
「そうだな!」

甲板にばたりと倒れ込んだサンジは、閉じた股の間に両手を差し込み、ゴニョゴニョ言いながらくるくる回転を始める。時計の針のような正確な動きに、「サンジくんって体幹いいわよねえ」と思わず感心をこぼすと、「何言ってんのよ」とナミに呆れられた。

そこで、ナミはあら?と疑問を抱く。そういえば、サンジ君…アリエラのローブには触れなかったわね。ちらりと隣の彼女に視線を流して、口角を持ち上げるとアリエラに不思議そうな顔をされたから、「なんでも」と首を振って、上陸準備に取り掛かったゾロとウソップの元へと急いだ。


「にしししっ上陸だァア!」

ローブを着込んだルフィが嬉々として声を揺らすと、こぽっと海面があぶくを吐いた。
イカリを投げようとしたゾロが、異変に気付きそっと顔を覗き込む。

「あ…? 何だ…?」

通常の海よりも海の奥の色が黒い。
砂漠海域の海はこんなもんなのか? いや、でも何か蠢いてるような気が──…。もんやりと動く海に目を凝らすと、海面は中から押し出されるように盛り上がり巨大な水柱が上がった。
冷たい海水が迸った次いで、鼓膜を揺らすのは『クオーー!』と、聴いたことのない鳴き声。

海面から飛び出てきたのは、個体のからだは小さいものの数多き動物だった。

「…カメか?」
「アザラシじゃねェのか?」

みんな驚いてぽかんと見つめていたなか、ゾロの溢しにルフィが訂正を入れる。
けれど、ビビ以外の誰もがこの生き物を見たことがないため正解を持ち合わせておらず、銘銘から短い吐息や意味を持たない一文字が聞こえてくるだけだ。

クオー!と元気よく鳴くその生き物は、ルフィの言う通りベースはアザラシのようだが、背中には亀の甲羅を背負っているため、ゾロの言い分も正しい気がする。

「わあ、かわいいわね! ビビちゃん、この子たちはなんていう動物なの?」
「クンフージュゴンよ…!」

小さくて、キュルンとしたお顔をしてて、女心をくすぐられる可愛さを持っている。
アリエラのきらりとした尋ねに、ビビはどうしてか慄きながら彼らの名を口にした。
クンフージュゴンかあ。と耳をピクピク動かしたチョッパーは、鳴き声から彼らの言葉を読み取るため、欄干の上にちょこんとよじ登り、耳を傾ける。

「“岸に上がったらおれに勝ってみな。嫌なら向こう岸に帰んな、腰抜け”…だってさ」
「ふうん…」
「可愛い顔してしっかりしてるのね」
「腰抜けと言われちゃ黙っておけねェな…行くぜ!!」

ふんっと笑みを湛えたウソップは意気揚々と腕まくりをして岸に飛び降りたが、彼が動いた瞬間ビビは「待ってウソップさん!」と慌てた声を上げた。

「ぐはア…ッ、」
「きゃ!ウソップがやられちゃったあ!」
「クンフージュゴンは強いのよ!」

小さな小さなこぶしに顔を殴られ、ウソップは目を回して地に倒れた。
チョッパーほどの小さな体のどこにそれほどまでの力を蓄えているのだろう。見かけによらぬ腕っぷしに、ルフィは「なんかおもしれェ奴らだな」と笑い、飛び降りてパンチを振るうとクンフージュゴンは綺麗にぱたりと倒れた。

「よおし、勝ったァア!」
「…あっちでは勝ってる奴もいるわよ」
「勝ってもダメッ」
「え、どうして?」

ビビの必死な色に、ナミとアリエラはぱちりとまばたきを繰り返す。
答えを探るようにルフィに倒されたクンフージュゴンに視線を戻すと、彼はむくりと起き上がって輝かしい瞳をルフィに向けて、お腹の横に両手をつけ、こぶしを作ると「くおお!」と押忍のポーズでお辞儀をした。

「ん、なんだ?」
「勝負に敗けたら相手に弟子入りするのがクンフージュゴンの掟なの!」
「…武闘派だな」
「いいなあ…、ルフィくん」
「あはは」

倒された子だけではない。ルフィの強さに感銘を受けた他のクンフージュゴンたちも目を輝かせて彼の周りに集まってきていて、それにアリエラは羨ましそうに唇を尖らせている。そんな彼女の様子を横目で盗み見て、サンジは愛おしそうな笑い声をおとした。

「言ってる間に弟子増えてるわよ!」
「「くうッ」」

小さな尻尾をぶんぶん振りながらルフィを見つめているクンフージュゴンは、もう勝負はどうでもいいみたい。それよりもルフィにパンチの打ち方を教わりたいと必死だ。

「いいか。拳はこうだ!」
「「クオーッ!!」」
「違ェ、こうだ!」
「「クオーーッ!!」」
「そうだ! ここからこうだーッ!」
「「クオーっっ!!」」

ルフィの突きを真似て、クンフージュゴンたちもぐっと短い腕を胸の前で突き出していく。
こうだ、こうだ、こうだ!何度も何度も繰り返し、形も整い汗もじんわり浮かんできたころ、ルフィは満足げな笑みを彼らに向けた。

「よし、んじゃあユバに行くか!」
「ちょっと待てオイ!」
「ん? どうした、ゾロ」
「そいつらも連れていく気か!?」

ルフィが師匠をやっている間、それぞれリュックを背負ったクルーは船を降りて上陸を済ませていた。
先頭切って歩こうとしたルフィをゾロが呼び止めると、船長は不思議そうに剣士を見つめた。船長のその後ろにはズラっと大量のクンフージュゴンが列を作っていて、このまま一緒に砂漠を渡る勢いだ。キリリ、と眉を持ち上げたりしている。

「ダメよ、ルフィ!」
「クンフージュゴンたちは砂漠を越せないの!」
「水辺に住んでる子たちだものね。きっと暑さに耐えられないんだわ」
「へえ、そうなのか」

ナミたちのストップがかからなかったら、ルフィはこのまま彼を引き連れて行くつもりだったのだろう。でも、行けないと知るとあっけらかんと「残念だったな、おまえら」と笑うから、クンフージュゴンたちは目をうるうる潤わせてルフィの脚にしがみつき、乞うようにスリスリする。

「「か…、かわいい……」

そのいじらしさと言ったら。
くうん、と甘い声まであげるから女の子の心はこしょこしょくすぐられてしまう。このまま無理矢理引き剥がすことなんてできずに、三人はくるりと海の方に身体を向けてひそひそ話をはじめた。

「何だかものすごく可哀想なことしてるような気がしてきたわ」
「私も…どうしたらいいかしら」
「うう……あんな目で見られちゃ心が揺らいじゃう…」

身を寄せ合っている三人を男子組は不思議そうに見つめていた。
何か案を練っているのだろうか。そう思った時、チョッパーの鼻がぴくりと動いた。鼻腔が香ばしいにおいをキャッチしたのだ。
くんくん、鼻を鳴らしてみるとあるひらめきが浮かんだ。

「あ、そうだ!」
「ん? 何してんだ、お前」
「サンジ、肉もらうぞ」

ちょうど守護神であるサンジが声をかけてくれたから、チョッパーはリュックの中から骨つき肉を何個か取り出して、クンフージュゴンたちに掲げて見せる。

「おいっこれ! これあげるからここで大人しくしててくれ!」

ひらひらとお肉を振ると、こんがりとしたいい香りが風に乗り、クンフージュゴンたちの鼻腔を掠めた。食欲には抗えず、ぴくっと身体を動かした彼らは一斉にチョッパー目掛けて走ってくる。

「うわああッ」
「チョッパー!」

お腹が空いていたのだろう。チョッパーまでもを奪って走っていくから、ウソップは慌てて腕を伸ばすが彼らは止まってくれる気配はない。
お肉を分け合ってがっつく姿にサンジはやれやれと紫煙を燻らせて、お弁当箱の中から巨大なおにぎりを5つほど取って彼らに手渡した。
その間、ルフィもお弁当箱からちらりと覗くお肉に手を伸ばそうとしたが、すぐさまサンジの目が光り、頭にフライパンを叩きつけられ未遂で終わった。

「じゃあなあ!」
「ばいばい! また会いましょっ!」
「「クオーーッ!!」」

たくさんの食料をもらったクンフージュゴンは、口にごはんをたっぷりつめて涙を流しながら海賊にぶんぶん手を振る。どこからか和太鼓まで持ち出してきて、情緒たっぷりのお別れを見せてくれている。その姿にルフィもアリエラもご機嫌に手を振り返して、クルーはいよいよ砂漠へと足を踏み出したのだった。


「ちょっとルフィ! 今の状況分かってんの?」
「着いてくるって言うんだからしょうがねェじゃん」

かろうじて肉眼で確認できるほどうっすらと遠のいていく後ろの岬から、くうくう可愛らしい鳴き声が未だ聞こえてきている。
隣を歩く船長にナミが尋ねると、ルフィはけろっとそう返した、それに彼女は「分かってないわね」と深くため息を砂の上にこぼす。

「あんなに大勢いたらどんな町も入れないじゃないの、バカね」
「そうか?」
「そうよッ!」

自分よりも一つだけ年下なだけのはずなのに、たまに幼児に向かって説明をしている気分になる。先が思いやられるわ…。とやれやれ頭を振るけれど、その能天気さ無知さがルフィの取り柄でもあって、最後には口角をふっと持ち上げた。

「ったく…ルフィのせいで食い物が減っちまったじゃねェか」
「…苦労かけるな」
「まったくだ」
「うふふ」

一方、サンジの怒りはまだわずかに残っているようで、並んで歩いていたエースが弱ったように眉を下げる。さっきまでお兄さんだと気を遣っていたサンジもここばかりはいい言葉を並べる気力もなく、そのまま肯定をする。
その様子にアリエラだけはなんだかおかしそうに笑いながら、サンジたちの先頭をるんたるんたと歩いていた。

「アリエラちゃん、ご機嫌で可愛いなあ……」

彼女の周りで音符が踊っているような幻覚が見えるほど、アリエラは楽しそう。可愛らしい姿にサンジは怒りを鎮火させ、さらにたれ目を強調させて、たばこに火をつけた。
こんなことを言ったら驚かれてしまいそうだから言わないが、アリエラを見つめながら吸うたばこは(恋の味がして)この上なく絶品なのだ。

アリエラの歩くちょっと先に、先頭のビビの姿が見える。
彼女のすぐ後ろをゾロとウソップがついて、物珍しそうに砂漠一帯をぐるりと見つめながら歩いている。
少し経った頃、前方に窪んだ土地が見えてきた。その風景を見つめ、ビビは息を飲み足を止める。

「……」

道を間違えたのだろうか。そう思うも、生まれてからずっとこの国の砂漠と生きてきたから絶対的な土地勘もあるし、砂に半分埋まってしまっているが立派に伸びている教会の緑色の屋根も強く記憶に残っているから、淡い希望もすぐに失ってしまった。
立ち止まったビビに倣い、ゾロとウソップも、やや遅れて到着したアリエラも目の前の光景にはっと息を呑んで自然と足を止めた。

砂漠と町を区別するため、砂漠にある町は少し窪ませて作られていることが多い。
だが、目の前に広がる土地は窪んでいるどころではなかった。家という家がデタラメに倒れていて、大きな教会も時計台も、すべての建物が半分以上砂に埋もれているのだ。

「ビビちゃん、ここは?」
「ここがユバの町か?」

遅れてたどり着いたサンジとルフィの声が後ろでこぼされ、ビビはゆっくりと顔を持ち上げる。

「…いいえ、ここはエルマルよ」
「え、エルマルって……」
「そう。かつて“緑の町”と呼ばれた場所」

予想のしなかった町の名に、アリエラの揺れる瞳を見てビビはこくりと頷いた。
一方、ルフィは「緑の町?」と不可思議そうに、ぱちぱち瞬きを繰り返しながら、そう呼ぶには等しくないように窺える町を見つめた。

「この町を見ればすぐに分かるわ。バロックワークスがこの国に何をしたのか…アラバスタが今、どんな目にあっているのか……」
「いやあ、しかし何もねェな。この町は」
「ちょっとルフィ!」
「…そうね。でも、つい最近まで活気溢れる町だったのよ」
「ここがねえ……」

この状況からはとても信じられなく、ゾロは訝しむようにぐるりとエルマルを見渡す。
ぴゅうっと吹く風は砂を運んで、肌に当たると刺激が走る。それは、生身の人間だけではなく無機質なものも同等に感じ取っていて、風が吹くたびに建物からカサカサと音が鳴る。すっかり枯れて痩せてしまった木の枝がカラカラと音を立てて、歩き始めたみんなの横を通り過ぎた。

「もともとこの土地は雨が少なかったけど、それでも少ない雨水を確実に蓄えることで町はなんとか保っていたわ。だけど…ここ三年、この国のあらゆる土地では一滴の雨さえ降らなくなってしまった…」
「三年も?」
「そんなにか!?」

ぎゅっとリュックの紐を握りしめながら足を止めたビビのこぼした言葉に、サンジとチョッパーが驚きの声色で繰り返した。
彼女に合わせ、みんなも足を止めて枯れてしまったエルマルにそれぞれの想いを抱く。そこで、ゾロがそういや、と続けた。

「だがよ、雨が降らねェでも今渡ってきた川があるだろ?」
「そうだよ。広い河から水を引けなかったのか?」
「あの河、とっても大きかったから灌漑するにはじゅうぶんに見えるけど…なにか問題があったの? ビビちゃん」
「その答えはこの先にあるわ」

ゆっくり振り返って、力なく告げたビビに質問を投げた三人は、ん?とそれぞれ顔を見合わせた。もう一度、深く積み重ねられている砂を踏みつけて歩きはじめる。下層の砂がずいぶんと硬くなっていることに気がついて、この調子では長い長い雨が降らないとエルマルは永遠に枯れたままだと、それぞれがひっそり思う。

「雨がまったく降らないなんて、このアラバスタでも過去数千年あり得なかった事態よ。だけど、そんな中…いつもよりも多く雨の降る町があったの。……それはアラバスタの首都…“アルバーナ宮殿”のある町よ」

彼らの思考を読んだかのように、ビビはそっと唇を開いた。その口調は淡々としていて、でもそこから彼女の静かな怒りをじわりと感じ取れる。

「人はその雨を王の奇跡と呼んだわ。あの日…事件が起きるまではね」
「事件…?」
「ダンスパウダーが宮殿内で見つかったの」
「ダンスパウダー!?」

穏やかにこぼされたそのことば。大きく反応を見せたのはナミとアリエラだった。二人の反応にゾロたちは「なんだそれ?」と首を傾げているが、はっと息を漏らし大きな目をさらに見開かせていることから只者ではない代物なのだと察する。

いっとき、仲間と離れて単独行動していたルフィはその言葉と実物をその時すでに見ていて、あのおじさんの顔と慌てっぷりを思い出し「お前ら知ってんのか?」とナミとアリエラに丸い目を向けた。

「ええ。別名“雨を呼ぶ粉”って言われているものよ」
「雨を呼ぶ粉?」
「そう。そのダンスパウダーっていう粉を焼くとたちまち雲が作られて雨を降らすの」
「ナミさんとアリエラちゃんは相変わらず物知りだなァ
「ほんと。アリエラもよく知ってるわね」
「うん、政治の授業で習ったの。だから実物を見たわけじゃないから詳しくは分からないけど…」
「まあ禁忌物だしね。私も話でしか知らないんだけど、昔雨の降らない町で作られた代物でね。その粉から霧状の煙を発生させて空に立ち上らせることで人工的な雨を降らせることができるの」
「やあっぱり不思議雨のことか!」

こういう難しい話の時はあまり話に入ってこないルフィが、ぽんっと手を叩いて頷くものだからみんながフイっと彼に目を向ける。その瞳を受けて、ルフィはニカっと笑みを浮かべた。

「おれさっき食ったんだ。すっげェマズかったぞ」
「……あんたねえ…」
「食べ物じゃないのよ、ルフィくん」

あはは、と笑うルフィにナミとアリエラがじっとりした目を向けた。それにゾロが「雨を降らすんだろ、要は」とまたもややれやれと続けるからルフィはムッと眉を持ち上げて足を止めた。

「なんだよお前ら! おれが嘘ついてると思ってんのか!? コラぁあ!」
「だがよ、それじゃこの国に打って付けの代物じゃねェか? そのダンスパウダーってのは」

ルフィの怒りには触れず、足を止めることなく進んでいく中でウソップが疑問をビビに問うたが、彼女は困ったように表情を変えるだけだった。それを見て、ナミが代わりに続ける。

「最初はね。ダンスパウダーを開発した国も、画期的な出来に踊るように喜んだと言われているわ」
「それが命名の理由になったのよね。ダンスパウダーって」
「ええ。今や皮肉にも聞こえるそれだけど…そう。ダンスパウダーには大きな落とし穴があったのよ」
「落とし穴ぁ?」
「それは隣の国の干ばつなの。わかる?」

厳しい表情でくるりと振り返ったナミに、察しのいいウソップとサンジはもしや、と瞳を見開かせる。その間ルフィはまだいじけていて、しゃがみこんだまま砂をぐりぐりと指で円描いている。

「ダンスパウダーは要するに、本来ならば風に乗って流されていくうちに雨雲へと成長するはずだった雲の子供を人工的に素早く成長させて雨を降らせるっていう仕組みなの。だから──」
「ああそっか。ほっときゃ隣の国に自然に振るはずだった雨を横取りしちまったってわけだ」
「そ。やがて二つの国の間で戦争が起きてその結果たくさんの命が奪われた…それ以来、世界政府ではダンスパウダーの製造・所持を世界的に禁止しているの」
「使い方ひとつで幸も不幸も呼んじまうってわけかァ…」
「悲しいおはなしだわ。開発した国も悪意があってやったことじゃないもの。雨の降らない国を救おうとして、その結果が最悪な方向に流れちゃっただけで……悪い人なんて誰もいなかったのに、命の奪い合いをはじめただなんて」

リュックの紐をぎゅうっと握りしめて瞳をそっと閉じたアリエラの隣に、サンジがすっと並んで声をかけようとしたが、それは今この国が陥っている状況で。何も言葉が浮かばずに握りしめていたこぶしをそっと解いた。

「…そのダンスパウダーが大量に港町に運ばれてきたとき、アラバスタは王の住む町以外には全く雨が降らないという異常気象のさなか……」
「何だそりゃ! ビビ! お前の父ちゃんが悪ィぞ!!」
「てめェバカ野郎ッ!嵌められたんだよッ! ビビちゃんのお父様がそんなことなさるか!なさるかッなさるかッなさるかあッ!!」

なんだかんだで話を聞いていたルフィは、一見するとわかりやすく王が仕組んだことだと捉えられるそれをまんまと信じ込み糾弾する下からすぐさまサンジのかかと落としを喰らうこととなった。それを見て、兄エースも呆れたため息をこぼす。
後ろでサンジの叫びと蹴り、ルフィのうめき声を聞きながら、ビビは続ける。

「もちろん父にはさっぱり身に覚えのない出来事だったけど…同じ宮殿内で大量のダンスパウダーが見つかったの」
「えっ、宮殿内で…?」
「…宮殿の中にまで手が回ってたのか」

想像以上に厄介な出来事に、ゾロはそっと双眸を細めた。同時に先日出会ったMr.2のことを思い出す。きっと奴の“マネマネの実”の能力でネフェルタリ家の側近にでもなりすまして、誰もが気付かぬ内に倉庫へと運び込んでいたのだろう。
宮殿内で見つかるとなれば、それはもう確実な証拠となり、王の信頼尊厳を落とすには十分すぎる出来事へ塗り替えられる。

うっすらと見えてきたバロックワークス社の顔。それでもまだ闇のなかに隠れているが、そんな中でもこれだけは強く察することができる。奴らは想像しているよりもずっと卑劣な手段だとも厭わずに、能力を利口に使って、何としてでもこのアラバスタを乗っ取ろうとしているのだと。


TO BE CONTINUED 原作161話-96話




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