142、サンドラ河へ


「エースが仲間になったぞっ!」
「「かんぱーいッ!」」

アリエラが先にドリンクだけを配膳し、それを受け取ったルフィ、ウソップ、チョッパーはさっきからご機嫌に乾杯を響かせていた。
ウソップが音頭をとり、いえーいと樽ジョッキをぶつけるだけで三人はそれを口に含まない。
何度か繰り返されているこの光景を目の前で見ていたエースは、ふうと溜息を吐いた。

「おれがいつ仲間になるといった?」
「気にしないで。この人たちはいつも乾杯の口実を探してるだけだから」
「へえ…」

ナミの明朗な声に、エースは納得してドリンクに口をつける。
この国の特産を使ったフルーツジュースは、さっぱりと酸味のある口当たりだ。おまけにミントが少し入っていて、喉を通るときにひんやりとして爽快。暑さを少しでも凌ごうという砂漠に生きる人の知恵を感じられて、思わずうなってしまう。

「ゾロくんもいかが?」

賑やかな男子たちの声をバックに、アリエラが笑顔で反対側の欄干にいるゾロにジュースを差し出した。ことあるごとに「酒」とねだるゾロだが、今回はむすっと顔を顰めて面白くなさそうにアリエラの手から樽ジョッキを奪い取る。

「ご機嫌ななめ?」
「……あァ」
「どうして? 暑いの苦手なの?」
「そうじゃねェ」

ったくこの女は…。
腹の中で塒を巻く苛立ちにぎろりと鋭い眼光を向けると、ひゃっ、と小さな悲鳴を聞いた。
眉を下げてじいっと見つめる彼女を怖がらせるつもりは甚だないのに、余裕のなさについ態度が乱暴になってしまう。

こんなの知りたくなかった感情だし、自分には一生関係のない感情だと信じて疑わなかった。
恋だの愛だの嫉妬だのを傍観し、くっだらねェと呆れを吐き捨て、自分は別の世界に生きていると信じて疑わなかった。
それなのに、今や「くだらねェ」と吐き捨てた奴らの誰よりも「くだらねェ」感情を持っていることに自分でも驚き、忿懣やるかたない気持ちに陥るのだ。

それを根源とはいえ、惚れた女に向けるのはお門違いである。
熱を冷ますために一口ジュースを飲むけれど、鉛のように重たいものが喉を通った気がして一縷も爽快さを感じられなかった。

彼女は、人を放っておけない性格だと思う。
だから、常に立って仕事をしてるコックの世話をしてるだけだ。と胸のうちで呟く。
相手がコックじゃなくても、例えばナミやウソップが対象でも変わらず「わたしもお手伝いするわ」というに違いないと言い聞かせる。

それでも眉間のしわが伸びることはなく、さらにゾロを苛立たせた。

「それじゃあ、わたしは戻るわね。ゾロくんにとびっきり美味しいおつまみを持ってくるわ」
「…おう、」

豪快にジョッキを傾けていると、アリエラが意図を読んだかのように笑顔を向けたからぎくっとして樽から口を離した。
だが、その笑みや声の色には同情とか焦りとかそういったものは一切含まれていない。どれが作用したのか、ゾロの喉を通った鉛は幾分か柔らかく溶けていき、すとんと軽く胸におちた。
なんて単純な野郎なんだ。と自分を嘲弄してしまう。ほんっと、厄介な女に惚れちまったモンだ。いっそのこと吹っ切れりゃいいのにな。そう願うが、恋という感情はこの世で最も厄介なものだから、胸に落ちた鉛は冷たく転がりゾロの恋を揶揄うようだった。


それから、おもてなしの料理が運ばれて甲板はより賑わいを見せる。
コールドミートからグリルチキン、数種類のチーズ、たっぷりの野菜にツナマヨネーズ、えびとアボカド、端には煌びやかなフルーツがホイップに挟まれたサンドがずらりと並び、バスケットにはからあげやポテトがこんもりもられて、ローストした骨つき肉がドンと5本。シーフードサラダもボウル皿にどっさりと豪華な間食にルフィたちは歓喜した。

「簡単な料理になっちまってすまねェな」と謝るサンジだが、エースは「ずいぶんと豪勢な料理をすまねェな。ありがたくいただくぜ」とルフィに負けない食欲を見せて「こんなうめェメシ食ったことねェや」と目を輝かせた。

女子用は別に綺麗に盛り付けられていて、それを三人でパラソルの下でつまみ、全員が完食すると新たなジュースがそれぞれのコップに並々注がれていく。
みんなの食欲も勢いもようやくおさまったところで、ふと気になったアリエラが口を開いた。

「それにしても、イーストブルーで育った兄弟がここグランドラインで出会うなんて本当にすごいわね。運命みたいね。ねえ、エースさんはどうしてアラバスタに?」
「そうだ、エース。なんでここにいるんだ?」
「おれァ、ある男を追ってんだ。そいつの名は…『黒ひげ』」
「「黒ひげ…!?」」

それは、ドラムで聞いた名だ。
ワポルが悪政を働いているとき、王国を襲ったという海賊の船長の名。当時居合わせたチョッパーと、ドルトンから聞いたウソップとアリエラとビビはぎょっとして目を剥いた。

「ドラムを襲った海賊の名だわ」
「うん…、まさかエースさんの知り合いだったなんて」
「知り合いどころじゃねェ。やつは元々白ひげ海賊団の二番隊隊員。おれの部下だった。それが海賊船で最大の罪…やつは仲間殺しをして船から逃げた。…で、隊長のおれがやつを見つけ始末をしなきゃならねェってわけだ」
「それでやつを追い続けてるのかあ…」

ジュースを喉に通して、ウソップがしみじみと呟く。

「おれがこの国に来たのも、黒ひげをユバで見たって情報を掴んだからさ」
「それじゃあ…」

“ユバ”。その名は頭に新鮮に残っている名だった。ナノハナでのやりとりを思い浮かべながら、ナミは階段に腰をおろしているビビに目を向ける。

「私たちの目的と同じだわ」
「ええ…」

ユバは反乱軍のアジトと化しているオアシスだ。
そこに、ドラムを襲った黒ひげ海賊団がいるのなら…。嫌な想像がビビの脳裏を駆けめぐる。
けれど、いくら考えていてもそれが現実となるわけではないし、仕方がないため、悪に傾けはじめた思考を飛ばして地図を取り出した。
さっき、サンジに買ってきてもらったアラバスタ全域が載っているものだ。みんなが見えるように、中央デッキの真ん中に広げて今いる場所を指さした。

「今、この船はここ“サンドラ河”に入ったわ。まず、エルマルに上陸。そしてアラバスタの内陸をさかのぼり…ここ、ユバに行くの」

地図の下部に位置するサンドラ河をすうっとなぞり、その下流に位置する町エルマルで指を止めた──ビビの指の下には大きくERUMALUと書かれている──。その上に、ユバが位置している。地図から計算するに、エルマルからユバまで大体三十キロほど離れていて、その道全て砂漠であることを予測できた。

「口出してごめんね、ビビちゃん。首都から随分離れているわ、まず先にそこに向かわなくっていいの?」
「ええ。ユバには反乱軍がいるから…まずはそこに行きたいの」
「そっか」

意志の強い茶色の瞳を向けられて、アリエラも強くこくりと頷いた。
地図で見るに、今から向かうエルマルやユバとナノハナとカトレアなどがある大陸はサンドラ河を挟み分かれている。アルバーナも遠く離れているため、疑問に思ったがビビにはある考えや作戦があるのだろう。
手短に済ませたこれからの行動に、船長──おそらくあまり理解していない──を含めみんながビビに笑顔を見せた。

「なるほどな。みんなもユバに向かうわけだ」
「おれはナミさんとアリエラちゃんとビビちゃんがいるならもうどこまでも
「…行っとけ、ラブコック」
「ンだとォッこの…っ」
「とにかく! しばらく一緒に旅ができそうね」
「お兄さんと一緒なら大歓迎だ!」

喧嘩モードに入りかけたサンジとゾロをナミが強い声で制し、二人はそのままぷいっとそっぽを向いたため事なきを得た。ナミってすごいわ。と憧れの目を向けているアリエラの隣で、ウソップがエースを見て嬉しそうに笑みを浮かべる。

ルフィも数年ぶりに再会した兄と数日間は過ごせそうな予感ににんまりと口角を持ち上げて、床に置いていたジョッキを手に取り立ち上がる。
長いこと一緒に過ごしてきたから、なんとなく船長のこの空気をクルーが察し、それぞれ同じようにジョッキを握って腰を持ち上げると、エースも真似て腰を伸ばした。

「楽しくいこうぜ、エース!」
「「オオーーッ!!」」

ルフィの音頭にクルーの明るい返事が弾ける。
白ひげ海賊団と比べるとあまりにも少なすぎて最初は不安を覚えたほどだが、さすがはルフィが集めた仲間。少数精鋭な海賊団にエースはふっと顔をほころばせて、歓迎してくれているみんなが差し出す樽に自分の樽をコツンとぶつけた。


TO BE CONTINUED 原作話-95話




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