139、豪傑の再会


「そういや…。ルフィの奴どこ行きやがったんだ?」

ズリズリとナミに引っ張られていたウソップとチョッパーも無事に解放されて、5人が注意しながらそろりと歩いていたところ、痺れを切らしたようにゾロがぼそっとつぶやいた。

「本当ねぇ…ルフィくん全然見つからないわね」
「まったくあいつったらもう、余計な手間をかけさせるんだから!」
「お前ら、なんだかんだ露店見てはキャアキャアしてたじゃねェか」
「お黙り、ウソップ」
「あれは社会勉強よ、社会勉強」
「社会ベンキョ??」

ただ宝石やヘアアクセ見て騒いでただけじゃねェか。とじっとりしたウソップに二人はおほほ、と笑って、視線を船長探しに泳がせる。すると、後ろで足音を鳴らしていたゾロがピタリと立ち止まった。

「あれ、どうしたの? ゾロくん」
「……あの男、」

くるりと振り返ったアリエラの尋ねに、ゾロは鋭い双眸を細めてぽつりとこぼす。
光らせている方向にふっと目を向けると、オレンジ色のテンガロンハットを被った上半身裸姿の男に自然と目が止まった。それは、象徴を背負い印しているように、背中には大きな刺青が彫られているからだろう。

「まあ、素敵な刺青ね」
「そうか? 怖ェよあんなでけェの」
「……」

背負っているのは、口元に弓形の白い髭を拵えたドクロマーク。骸骨の目と鼻、歯とその白いひげ以外は紫色に塗られている。そして、左腕には黒くASCEと彫られていて、Sにはバッテン印、Cのくぼみには小さな丸模様が入っている。
一見に堅気ではないとわかる風貌にウソップとチョッパーはひくりと喉を震わせた。

「ちょっと聞きてェんだが、こいつを知らねェか?」
「ん? モンキー・D・ルフィ?」
「「えっ、!?」」

風に乗って届いた名にクルーはハッと息を飲み込む。その男は、露店の占い師に手配書を見せている。遠くからうっすらうかがえる写真は間違いなくルフィのものだ。
まさか、注目していた人物が今同じように探している船長の名をこぼし、捜索しているなんて。少し嫌な予感もしてナミは額に汗をにじませた。

遠くから見つめている海賊の胸騒ぎを当然感じとるはずもなく、彼は「そうか、この町に来たかもしれねェんだ」と口角を持ち上げて続けた。

「それならレストランに行ってごらんよ。あそこは人の集い場だからね。何かしら情報があるかもしれない」
「そうか。ちょうど腹も減ったし、行ってみるよ、ありがとな」

占い師のおばあさんに小さくお辞儀をして、その男は手配書を手に持ったままバザールのその先へと消えていった。
ぽかん、と見つめていたナミたちはそこでハッとして、飲み込めない現状に難しそうに顔を見合わせる。

「誰だったんだ?」
「めちゃくちゃ強そうだったぞ、あいつ!」
「どうしてルフィを探してたのかしら」
「ルフィくんの知り合い?」
「だって、あいつ東の海育ちじゃない? こんなところに知り合いがいるかしら」
「じゃあ、やっぱあいつ賞金稼ぎかなんかか!?」

まだしばらく隠蔽していなくてはならないのに、今ここで大乱闘になってしまったらビビの作戦も水の泡だ。あわわ、と慄くウソップの声にピクリと反応したゾロが低くこぼす。

「いや、違ェな。あのマーク……」
「マーク…、背中の?」
「あァ。海賊狩りと呼ばれたこのおれが知らねェはずのねェマークさ」
「ええっ、それじゃああの人は海賊なの?」
「それも名の知れた、な」

そんな大海賊に所属している彼が一体何の御用でルフィを探しているのだろうか。ルフィは過去に一体何をやらかしたのだろうか。どんな騒動を起こしていても不思議ではないため、そんな思考がみんなの脳裏をぐるぐる駆け巡る。

「…いくら強そうな人でもルフィくんだもの。きっとぱぱっとやっつけちゃうわ」
「それもそうね。まあ、騒ぎを起こしても一般的に顔はそんな知られてないわけだし。アラバスタってそもそも七武海クロコダイルの管轄ってことで海軍は今いない可能性もあるし」
「ああ、それもそうね」

クロコダイルは表向きではアラバスタの英雄だと聞いた。
七武海に君臨するその強さは海賊の見せしめにもなり、いわゆる遠い海で航している“四皇”と呼ばれる海賊が来ない限り、クロコダイルは全て一人で海賊たちをやっつけられるのだろう。
そのため、これほどに強い人材を置いていながら年中人手不足と言われている海兵をわざわざ二重に派遣することはないだろう。と導き出した答えに、みんなが納得してとりあえずほっと胸を撫で下ろしたが。

「…んッ!?」

遠くを見つめていたゾロの短い呻きに再び不穏を感じ取って、四人はぴくっとからだを震わせた。

「ありゃ…まさか…、」
「ゾロくん?」
「おーい、どうしたあ? ゾロ」

少し先に視点を置いたまま、おでこに汗を浮かべ、数歩後ずさったゾロにアリエラとウソップはきょとりと小首をかしげる。
わなわな震えている彼の視線をすっと追ってみると、約20メートルほど先にアリエラには見覚えのある姿があって、「あら、」と青い瞳を丸めた。

「いけませんね。こんな刀を20万ベリーで売ろうなんて、詐欺同然ですよ! あなた、ちゃんと許可は取ってますか!?」
「う……っ、やっぱり、」

悶えのような声をこぼし、頭を押さえたゾロの脳裏に蘇るのは、ザアザア降り続ける雨に濡れた女の姿。
『あなた…ロロノア・ゾロ。海賊だったとは…。私…私を騙していたんですね!? あなたみたいな悪党が名高い刀を持っているなんて許されません! 名刀“和道一文字”回収します!!』
親友と瓜二つの顔を持つ、女剣士の怒号。姿も腰にそえている刀も。誓いを交わした大切な人を彷彿とさせる女は、ゾロにとってどうしても苦手であり厄介な存在だった。

「あの女……なんでこんなとこに…」
「もう二度とこんなことしないでくださいよ? 分かりましたね?」
「あの人。確かローグタウンにいた人よね、ゾロくん…あれ?」

刀屋に刀マニアとして、海兵として、改めを押し付けた彼女が振り返ると同時にゾロはぎょっとからだを震わせて、物陰に姿を潜めた。今まで後ろにいた彼の姿がなく、不思議そうにあたりを見回す。大きなつぼの銅像裏にちらりと見えたオレンジの布にアリエラはくすりとして、顔を覗かせた。

「何してるの? ゾロくん」
「おいおい、どうしたんだよゾロ」
「あんたなにこそこそ隠れてんの?」
「う、うるせェ! あの女に見つかっちまったらロクなことがねェんだよ!」

アリエラ以外、ゾロが彼女たしぎと何があったのか知る者はここにはいなく、ナミたちはお互い首を傾げてゾロの奇行を見つめている。アリエラも出会っただけで、彼がここまで意識している理由は存じていなく、何か珍しい生き物でも見つけたかのような瞳を向けていると、不意に野太い声が鼓膜を突き刺した。

「おい、たしぎ」
「あっ、スモーカー大佐!」
「チンピラ海賊だ。このおれの前ででかい顔してのさばっていたんでな。一応片付けておいた」

太く広い方に樽のように抱えていた男たちを、どさっと地に放り投げたのはローグタウンを管轄にしていたスモーカー大佐だ。彼の不可解な能力にルフィと共に一度捉えられたアリエラは、きゃっ、と短く悲鳴をこぼしてゾロの後ろに身を隠す。

「おいっ、アリエラ押すなコラッ!」
「だ、だってあの人に見つかったら厄介なの!」
「おれだって厄介なんだよ、押すなっておい!」
「ってやべェじゃねェか、あいつら海軍か!?」
「スモーカー大佐って…、ローグタウンの!」
「おい、おめェらな!」

海賊である以上、彼を見たことなくても身を隠さなければならない。
今はアラバスタの国民に扮しているし、ナミたち三人は彼に会ったこともなければ、手配書が出回っているわけでもないから隠れなくてもバレはしないのだが、念には念をということでゾロと同じ物陰に隠れるから、ぎゅうぎゅうでおしくらまんじゅう状態だ。

「わたし、ルフィくんと一緒にあの人に捉えられたのよ。サンジくんの足技も弾くほど、どう足掻いても抵抗できずに殺されちゃうところだったの」
「なんだそれ悪魔の実の能力者ってことか?」
「たぶん…。ナミなにか知ってる?」
「服屋さんで能力者なのは聞いたけど、私も詳しくは知らないわ」
「見つかってしまったら本当に厄介な能力には間違いないわ」

こそこそと話している間にも、ピンと糸を張っている聴覚に海軍二人の会話がするすると入ってくる。

「こんな遠い国でも大佐の海賊嫌いは筋金入りですね」
「無駄口叩く暇があったらこの国の国王軍に引き取ってもらえ」
「はっ、はいッ!」
「今のところ麦わらのルフィがこの国に上陸したという情報はないようだな」
「ええ」
「だが、油断するな。奴らはこの国に必ず現れるはずだ。麦わらのルフィの仲間におそらく“傾国”もいた。その女を見つけ次第確証も取れ」
「はい!」

ぴしっと敬礼を示すたしぎに、スモーカーは満足したように葉巻から紫煙を長く吐く。
彼の低い声はよく通り、離れた場所にいるというのに一字一句しっかりと耳に届く。ことばを理解して、チョッパー以外の三人はスッと、話題に上がったアリエラに瞳を流した。

「ひ…っ、」
「傾国ってアリエラのことっぽくない?」
「あ……わ、わたしのこと…です。政府たちはね、エトワールのことを傾国と呼んでいるの」
「なんで海軍がアリエラのことまで探してんだよ!?」
「女学院側が生死不明な状態にしてくれているから、あらゆる人々が痺れを切らして世界政府に捜索依頼を出したのね」
「まあ、無理もない話ね。恋焦がれてた華が忽然と姿を消したんだものね」
「……」

恋焦がれていた、そう何気なく放ったナミのその言葉にゾロはむっすりと目を細めた。
女にも流行にも一切の興味もなかったゾロがエトワールという存在を知っていたほどだ。それは海賊王ロジャーが海賊を蔓延らせたように、彼女もまた華として世に春を連れてきたようなものだから、生きていればなんとなくは知っているような常識的なことだった。
だからといって、興味があるわけではなかったから、そんな女がいるというくらいにしか捉えていなく、名前すらも忘れていたけれど。

「嘘だろ、じゃあつまりだ。あのスモーカーって海軍はおれたちをローグタウンからはるばる追ってきやがったのか!?」
「…そのようだな」

ウソップの小さな声の戸惑いに意識を戻して、ゾロは低くうなずいた。
チョッパーは不安そうにゾロたちの顔を交互見ている。

「…ごめんなさい。わたしのせいだわ」
「バカね、アリエラのせいだけじゃないでしょ? ルフィは賞金首だし、私たちは海賊なのよ。追われて当然でしょ」
「そ、そうだぜアリエラ! あいつ、写真に映ってるおれ様にも目をつけてるかもしれねェしな!」
「余計なこと考えてんじゃねェよ、アホ」
「ん……、ありがとう…?」

しゅんと表情を落としたアリエラのおでこはコツンを音を立てた。
痛みに顔を持ち上げてみると、眉を寄せたゾロがすぐに移り、彼におでこを弾かれたんだわ。とややあって理解が追いついてくる。

「ひっどーいゾロ! アリエラは女の子なのよ!?」
「こいつがくだらねェこと考えるからだろうが」
「何よその言い方! 大丈夫? アリエラ、赤くなってるわ」
「…えへへ、うん大丈夫。ゾロくんのおかげで変なことを考えなくて済んだわ」

そろりと立ち上がって、心配そうに顔をのぞきこむナミに笑顔を浮かべてみせる。ここにサンジがいたら大変なことになっていただろうな、とほっとしているウソップを横目見て、アリエラはくすりと笑い声をたてた。

その間に、スモーカー大佐とたしぎは移動をはじめていて、その背中は遠くに揺れて見えている。とりあえず、見つからなかったことに胸を撫で下ろした。
そして、それぞれ顔を見合わせて、暫し悩む。しかるのち、誰もが「一旦、サンジとビビの元へ帰って作戦を組み直そう」と案を出し、一行は来た道をやや駆け足で引き返していった。


「…どこに行ってしまったのかしら。ルフィさん」
「ったくいつもいつも世話の焼ける船長だぜ」

ナミたちが捜索に出てもう30分が経とうとしていた。
不安そうに頼りなくこぼされた声に、サンジも果物を仕分けていた手を止めて、紫煙をくゆらせた。もう船長騒動に慣れてしまったことに無心でいたところ、左側からふわりとひかりを感じ、恋に胸を高鳴らせて視線を流す。やっぱりそうだ。町の入り口に小さく伸びる影が見えて、ゆるりと口元をほぐす。

「あっ、みんな」
「あはっ、ナミさんとアリエラちゃん!」

ビビの明るくなった声に今初めて気づきました。というかのようにサンジはフッとそちらに顔を向けた。春を写したような面持ちに、ナミは察してしまい困ったように笑みを描き、そしてゾロはむっすり表情を尖らせた。

「おいおい、まずいぜ! 早く出発しねェとやべェ雰囲気だ!」
「やばい雰囲気?」
「海軍がいるのよ」
「えっ、海軍が!?」

ナミの一言にビビはぎょっと目を見開かせて息を飲んだ。
さっき、ナミとアリエラが推測した通り、ここは今クロコダイルを用心棒として立てている風に見せかけているから、バロックワークスがアラバスタに陣取った頃から海兵たちはこの国を去り、他の国へと派遣されているのだ。

「それと妙な男もいたな」
「ええ。ルフィくんを探しているようだったの」
「…アリエラちゃんは大丈夫だったのかい」
「うん、わたしは大丈夫。誰にも見つからなかったわ。サンジくんが買ってきてくれたこれのおかげで」
「そっか、よかった」

仕分けをしながらずっと気になっていたことを彼女に問うと、返ってきたものにサンジはほっと安堵して微笑みを浮かべた。

「とりあえず、ルフィを見つけてこの町から出ましょう」
「うん。一刻も早く出なくちゃわたしたちも巻き込まれてしまいそうだわ」
「…ん?」

垣根に隠れきれていないまま話をしているナミたちの姿はナノハナの方からよく見える。
ちょうど一番外に出ていたゾロが、遠くで轟いた男たちの声に瞬時に反応を見せた。じっと凝らしてみてみると、白い制服がずらりと並んでいて、特徴的なそれにゾロはアリエラの背中を押して前のナミたちともども死角の中へと押しやった。

「きゃっ、」
「ちょっとッ、」
「オイ、てめェ! レディーになんてこと──」
「隠れろ、海軍だ」
「え…っ、」

アリエラとナミの悲鳴にすぐにサンジが鋭い双眸をゾロに向ける。だが、返ってきた低いそれに目を丸めて「そりゃ危ねェ」と紫煙を吐く。今ここを覗かれたら…。
船長が行方不明なのだ。またさらに遠くに離れることになり、想像以上に大変な状況に陥ってしまう。
息を殺すようにじっとして、一同は垣根の向こうに耳を傾ける。

「「待てェェェェエエ!!!」」
「うわああぁあッ!」
「「こら待ちやがれェェエエ!!」」

たくさんの激しい足音、手に構えている剣の金属音、野太い男の声がすぐ近く、ナノハナの入り口で響いている。どうやら対象に必死で、こちらに来る気配は伺えずに誰もが安堵する。

「なんかすごい騒ぎようだな…」
「大方、どこぞのアホな海賊が逃げ回ったりしてんじゃねェのか?」
「「アホな海賊ぅぅ??」」

びくっとしてるウソップにサンジが笑って呟くと、みんながその言葉を綺麗に反芻する。
“アホな海賊”
なんだか他人事のように思えなくって、ざわりと心を騒がせたところ。

「「待てェェェッ、麦わらァァァア!!」」
「うわああぁああ!!」

聞き覚えのあるトレードマークに、聞き覚えのありすぎる声が反響する。“アホな海賊”とこぼしたサンジもそれを反復したみんなもごくりと息を呑みこむ。
ややあって、理解が追いつくと同時に「お前かよ!!」と呆れに似た怒りを声にこめ、空気を揺らした。

重なった声は思ったより大きかったみたいで、走っていたアホな海賊こと我らが船長ルフィは仲間の顔に気がつき、ニカッと太陽のような笑みを浮かべた。

「おお! ゾローっ!!」
「ウッ、」
「なんだ、みんなそこにいたのかあッ」
「バカやろうッ! てめェ一人で撒いてこい!」

ルフィにその意図は伝わらなく、純真な笑顔を浮かべながら「追われちまってよ!」とこちらに向かって走ってくる。

「麦わらの一味だァァ! 追えーーッ!!」
「きゃあっ、あんなにも海兵さんが…!」
「で、ど、どうすればいいんだ、おれたちは!」
「逃げるっきゃないでしょ!?」

あわあわしているウソップの背中をナミが叩き、ピリリと空気が緊張感を膨らませてゆく。
広げていた荷物をみんなでそそくさと畳み、男性陣が樽や重たい食料を、女性陣が軽い食料品を包んだ袋を手に取って立ち上がると同時にルフィがびゅんと横切った。

「なにしてんだ、早くしろよ!」
「「お前のせいだろッ!!」」

急かされてムッとしたクルーは、船長の背中を追ってメリー号を停めた海岸へと走り出す。海岸へはもう一つ、バザール地点を抜けなくてはならないが、来た時のようにシーツで姿を隠している余裕もなく、もうただ一直線に駆け抜けていくしかない。

駆け出したところ、背後で嫌に覚えのある声が響いた。

「待てッ! 麦わらはおれ仕留める!」
「ゲッ、あいつ!」
「お前もだ、傾国!」
「きゃあうそバレてる!」
「あいつ、ローグタウンにいた…。なんでアリエラちゃんまでまた狙ってんだ!? やっぱ…美少女マニアか、あいつ!」
「バカなこと言ってねェでアリエラ匿え、バカコック!」
「うっせェ、分かっとるわッ! さあ、アリエラちゃん前に行きな。大丈夫、今度こそおれが守るさ」
「う、うんっ、ありがとうサンジくん、ゾロ!」

現れたスモーカー大佐にさらに焦慮はグングン膨らんでいく。
彼の能力は摩訶不思議、サンジの強靭な蹴りを入れてもビクともしないで掴んだものを絡め取るのだから。
アリエラを前に行かせたところで、スモーカーは舌打ちをし、走りながら右腕を前に突き出した。

「“ホワイト・ブロー”!」
「うげっ、やべェ!」
「なんだあの能力ッ!?」
「死んじゃうっ、いやあー!」

ぼふんと真っ白な靄を噴出させながら飛んできたのは、煙に巻かれた生手首。切断されても力を失うことなくきつく拳を握っていて、まずは狙いやすい位置に走っているルフィを目掛けていく。

「ウガガガガ!!」
「逃がすかァ!」

あれに掴まってしまったらもう脱出する術をなくしてしまう。
ルフィもサンジもアリエラもそれはいやというほどにローグタウンで体験したため、船長の名を叫び、とにかく逃げ切るように声援を送っていると。

遠くの方からふわりと生暖かい風が吹き、肌をかすめた。
砂漠の国で感じるにはすこし熱くて心地の悪いそれは、次第に熱を帯び、熱風に変わる。

「“陽炎”」

熱風には火を孕んでいて、誰もが不意に立ち止まる。
響いた低い声にルフィははたと目を丸めて、「あ…、」と小さくこぼした。
振り返ってみると、飛び込んでくるのはオレンジ色に染まる景色。ゴオゴオと激しい音を立てて烈火は燃え盛り、海軍たちを包み込んだ。

「あ、さっきの方だわ!」
「ルフィを探してた…」

炎をものにし、全身から放出させている男の背中には見覚えのある刺青が浮かんでいて、アリエラとナミは息をのむ。
顔に当たる熱気が微かな痛みを覚える。じっと目を凝らしてみていると、オレンジの渦の中から真っ白な煙がぼんっと生まれ、激しくぶつかりあった。

「…てめェか」
「フッ、やめときな」

恨むように落とされたことばを、炎の男は含み笑いに飛ばして口角を持ち上げる。

「お前は煙だろうが、おれは火だ。おれとお前の能力じゃ勝負はつかねェよ」
「ああ…っ、」
「あいつ…悪魔の実の能力者だったのか」
「誰なんだよ! なんでおれたちを?」

感嘆の吐息をこぼし、瞳を震わせるルフィの隣でゾロとウソップは不可解そうに眉根を寄せている。奴は一体誰でなんの目的で見ず知らずの海賊を助けてくれたのか。そこで、思い出したのは彼が探していた人物。
ルフィの知り合いか?とサンジとビビ以外の誰もが船長に目を向けたとき、呆然と立ち尽くしていたルフィは麦わら帽子を押さえて、震える唇をうっすら開いた。

「…エース…?」
「変わってねェなァ。ルフィ」
「エース……! エースかッ!? お前、悪魔の実を食ったのかあッ?」
「あァ。“メラメラの実”をな」

歓喜に喉を震わせているルフィの後ろ姿をクルーは不思議そうに見つめる。
彼がルフィを探していたように、ルフィもまた彼のことを知っていて再会に喜びをあげている。あはっ、と破顔一笑し、もう一度「エース!」と名を響かせるとエースは笑みを描いたままルフィたちに背を向けた。

「とにかく話は後でだ。おれが止めてやるから、お前ら逃げろ!」
「おうッ」

手のひらから新たな炎を生み出す大きな彼に、ルフィはこっくり頷く。
そして「いくぞ!」とクルーに告げると、ご機嫌に笑い声を響かせながら走り出した。
全く状況が読めず、みんなは眉を下げ、頭上にクエスチョンマークを浮かべている。

「おい、誰なんだよあいつは!」
「ルフィの知り合い?」
「あの人もルフィくんを探していたの」

走り出しても追ってこない、いや追いかけられない海兵にひとまずほっとして、先頭を走る船長にサンジの疑問がぶつかった。畳み掛けるように、ナミとアリエラがこぼすと、ルフィは楽しそうにけらりと笑う。

「あァ、エースはおれの兄ちゃんだ!」
「「兄ちゃん…ッ!!??」」

想像していなかった答えに、クルーの声がピッタリ綺麗に揃い空に弾けてこだました。


TO BE CONTINUED 原作156話-94話





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