122、銀世界


 時は、ルフィがたどり着いた今から4時間前に遡る──。
 
「う〜〜ん…」
 
 ワポルたちが再びこの島に帰ってきたことを耳に入れたドルトンは瞬く間に食堂を飛び出していったため、アリエラ達は食堂の店主に地図を貰って丸をつけてもらった“ギャスタ”へと急いでいたのだが…。ソリを走らせているウソップの隣でビビは困ったように眉を下げていた。
 
「おい、ビビ。本当にこっちで合ってるんだろうな? ギャスタって町は」
「…そう言われると自信が…」
「あたり一面雪だから距離を図るのが難しいわよね」
 
 前後角二人乗りなため、ソリの操縦役のウソップと地図案内を買って出たビビが前に乗り、アリエラは後ろにちょこんと腰をおろしている。困ったわ、と呻きをあげるビビの地図を覗きこんでみるけれど、ここは地図と照合できるような目印が何もない。アリエラも柳眉を下げて前後左右を見まわしている。
 
「いいか? ルフィたちがやっとの思いで城に辿り着いて、そんで医者がいなかったらあいつら おい、何やってんだ! ってなるわけだな。だから、おれ達は早く医者を見つけて城に戻るように言わねェと!」
「それは分かってるんだけど!」
「なら何とかしろ〜お前王女なんだろ」
「そんなこと関係ないでしょ! 私は魔女じゃなくって王女なんだから」
「んじゃあ、アリエラ。高ェ教養のエトワールだろ〜何とか解読してくれ」
「わたくしもさっぱりでござりんす、殿」
「むむ、じゃあどうすんだよ!」
「ウソップが読んでみてよ。こういうのはね男の子の方が得意なのよ」
「そうそう。はい、ウソップさん」
 
 にこやかにビビがウソップに地図を押し付けるが、彼は一向にロープから手を離そうとしない。ずっと前方を見つめていたが、じいっと突き刺さる茶と蒼の四つの瞳に次第に難しく顔を顰めていく。
 
「…いや、一面真っ白ななか地図なんて…」
「要は分からないのね?」
「まあ、あんなにビビちゃんにいっておいて」
「おう、全く分からねェ!」
「威張らなくてもいいでしょ?」
 
 ふん、と腕を組んで胸を張るウソップにビビは呆れたような声を出した。その後ろでアリエラはわかっていたけれど、とくすり笑っている。
 
「とにかく、この先にギャスタへの看板があるはずよ。それを見逃さないで」
「オッケー!」
「看板ならきっとすぐ見つかるわね」
「そうだ。看板だけにかんばんだー! 何ちって」
「……ぷっはははっ」
「おお、アリエラ様には有効だった」
「寒いわ、ウソップさん」
「お前に言われると地味に傷つく」
 
 おじさんでも言わないような寒いギャグにビビは身体をぶるりと震わせてみせた。心優しい彼女にそうされると必要以上に傷つくらしい。ツボの浅いアリエラはけらけら笑っているのがせめてもの救いだ。そんなギャグがぴゅうと冷たい風を運んだから、雪に埋もれた看板に気が付かずにソリは三人を乗せて真っ直ぐ進んでいく。
 
 それから10分ほど走行したが、看板はどこにも見当たらずにいよいよ三人は不安な気持ちに包まれる。その不安は的中し、ソリは真っ直ぐ走っていたのにいつの間にか山を登っていたみたいで、行き着いた先は雪が盛り上がった行き止まりだった。
 
「うわ、こっち行き止まりかよ〜!」
「看板ならすぐに見つかりそうなはずなのに…どこにも見当たらなかったわね」
「ええ。明らかに山を登っちゃったみたい…」
 
 地図と睨めっこしながらビビは困ったように眉を下げた。引き換えそうと三人ソリから下りて方向変更しようとした、その時。ごおごお、地面を抉るような轟音が三人の体を揺さぶった。
 
「あっ?」
「きゃあっ、なあに!?」
「なに、この地響き!」
「地震かしら…っ、」
 
 内臓まで低く揺らすそれにアリエラは思わずビビのコートをぎゅうっと握りしめる。一体何かしら。何となあく、山の方を見上げてみると大量の雪がこちらに押されていて、ビビは瞠目し呼吸をこぼす。
 
「ああっ…、アリエラさん、ウソップさん…っ」
「何だ、ビビ!」
「これって……っ、」
「え……うそお!」
「ヒイッ!!」
 
 大量の雪の怒濤はもう肉眼で確認できる距離にまでくだっていて、ビビにつられてアリエラとウソップも顔を真っ青に染めていく。冗談なんかじゃないこの状況。恐怖と寒さにガチゴチに凍った身体を何とか動かして、ソリを走らせるが風と重さを孕み、滑り降りてくる雪に敵うわけがない。
 
「「きゃあああああーーッ!!!」」
 
 三人はあっという間に巨大な雪の波に飲み込まれてしまった──。
 
 
「2万5035…、2万5036──。ん…? アリエラの声…?」
 
 三人が雪に呑まれた地帯から少し離れたところにいたゾロは、脳がすぐに反応し鼓膜がキャッチした声にはっと目を開いた。極寒地──しかもここは川辺だからより寒さは強烈──で上半身裸で逆立ち腕立て伏せをしているゾロは一見、変人極まりないが、これで何とか寒さから身体を守っていたのだ。だから、後方から襲ってきている雪崩に気づかずに、
 
「あ? 何だ? 騒々しいな」
 
 逆立ち越しに後背を伺った時には雪崩が寸前に迫っていて理解するよりも前にぴゅーんと飛ばされてしまったのだった。
 
 
 
「ん……雪崩…」
「う、うう……死んじゃうかと思っちゃった…」
「アリエラさん。無事でよかった」
「ビビちゃんも」
 
 こんもりと山になった雪からのそりと身体を起こしたアリエラとビビの全身は雪まみれ。これで余計に芯が冷えてしまって、全身が悴んでいる。だけど、命があることに二人は何よりも安堵したためこの寒さなんてそう考えたらへっちゃらだ。
 
「…あれ? ウソップくんはどこかしら」
「そういえば…、」
 
 横を見てみれば、さっきまで乗っていたソリは折れてしまっていた。もう使い物にならないほどにめちゃくちゃだ。このソリを引いていた雪やぎは無事だったみたいで、あまりの恐ろしさに逃げていったのだろう。可愛らしい足跡が林の方まで伸びていた。
 すっぽりと雪に覆い被されたこの世界で見当たらないのが、やはりウソップ。もしかして深くに埋まっているのでは…と最悪の事態が二人の脳裏によぎった。いくらふわふわな雪でもそれが募れば凶器となり、簡単に圧迫されてしまうだろう。
 
「ウソップくん!!」
 
 慌てて腰を上げてみると、少し離れたところに枝が雪に刺さっているのが目に見えた。まあ、どうしてあんなところに一本だけ枝があるのかしら。そう近づいてみると、それは木の枝ではなくウソップの長い鼻で──。
 
「いやああっ!! ウソップくん!!」
「ウソップさんっ!!!」
 
 顔を見合わせたアリエラとビビは急いで駆け寄って、二人の力で引き抜き救出する。雪の負荷に邪魔されて二人がかりでようやく引き抜けるほど、ウソップはそれに押しつぶされていたらしい。これが細身なウソップだったからよかったけれど、筋肉のあるゾロやサンジだったらもっと手こずっていたかもしれない。
 アリエラは雪の中に手を入れて腕を取ったのだが、ビビは鼻を引っ張りはじめたから驚いたのちにビビちゃんなんてところを掴んでいるの、と笑ってしまいそうになった。
 
「しっかりして、ウソップさん!」
「ウソップ、お願いよ、目を開けて!!」
 
 また二人で両サイドの頬をペチペチ叩き起こされたウソップはふにゃ〜とトロンとした瞳を向ける。両手に花状態でこれがサンジだったら飛び起きるだろうがウソップはまたゆっくりと瞼を閉じていく。
 
「ん〜起こすなよお、…今夢を見てたんだあ…この世のものとはおもえないほどの、きれいな…お花畑が……」
「あの世寸前じゃないのよォ!!」
「いっちゃダメよ、ウソップ! 帰ってきてわたしに三途の川の感想を教えてーー!!」
 
 半泣きでゆさゆさ激しく揺さぶるアリエラの攻撃は効かないのだろう。ビビは決心を腕にこめて、すっと綺麗な手をウソップの両頬に添える。ビビちゃん?とアリエラが首を傾げたその瞬間、ビビは「起きて、起きてウソップさぁん!!」と声を荒げながら強烈な往復ビンタを喰らわせるのだ。
 その姿をアリエラは呆然と見つめていた。そして思うのだ、ああ、女の子って可愛い!ってサンジのようなことを。
 
 
「いやあ〜助かった。九死に一生を得るとはまさにこのことだな。全員生きててよかったぜ」
「……ふふっ、」
「ん? どうした、アリエラ」
「ん、ん〜別に何でもないわ。思い出し笑いよ」
「思い出し笑い〜? んーしかしなあ。なんか顔に違和感が……なあ、心なしかおれの顔腫れてねェか?」
「しっ、しもやけよ! ね、アリエラさん!」
「ええ。ウソップは全身に雪をかぶっていたみたいだから」
「これだから雪国はたいへんっ」
 
 こういう心優しい女の子がこんなことをするなんて、あまりにもギャップでアリエラはきゅ〜んとしながらにこにこ彼女に頷いている。二人の笑顔にウソップは違和感を抱かなかったのだろう。そうなのか、と案外すぐに腑に落ちたらしく、ビビはほっと胸を撫で下ろした。
 
「そ、それより早くこの現状を把握しなくちゃ」
「えへへ、そうねえ」
 
 笑ってしまいそうになるからウソップから目を逸らしつつ、アリエラはあたりをぐるりと見回すけれど前後左右一面銀色で目的になるものは何にもない。そう余所見をして歩いていたから寸前の雪が盛り上がっていることに気がつかなかった。つい、とブーツを乗せて見たら山がぼこっと盛り上がって、アリエラはバランスを崩して雪の上に尻餅をついた。
 
「きゃあっ、」
「アリエラさん大丈夫!?」
「うわあっ!!」
 
 雪をかきあげて地面から姿を見せたその影にウソップは雪男だとぎゅうっと目を瞑るが…、
 
「あ〜参った参った…。花畑が見えちまったぜ…。この寒いのに雪崩とはついてねェな…、だがこれも寒中水泳か…?」
 
 中から出てきたのは雪男でも動物でもなく、仲間であるゾロだった。
 アリエラは雪にお尻をつけたまま、彼の信じられない姿に「ええ……」と引いている声をこぼした。その柔らかく透明な声はゾロの胸を揺らすものだから瞬時に反応を見せる。
 
「おおっ、アリエラ! それにビビか」
 
 ぱあっと笑顔を咲かせるゾロは素直に可愛いと思うけれど…その姿が邪魔をして状況が追いつかない。メリー号で別れた時、ゾロは確かにコートを着込んでいたのに今はなぜ上半身裸で裸足なのだろうか。ぶるぶる震えながら、もう一人呼ばなかったウソップをじいっと見つめている。巨大に腫れ上がった顔に誰だか分からなかったのだろう。
 
「おお…ウソップか! お前ら何やってんだ、こんなところで」
「「それはこっちのセリフだ(わ)!!」」
 
 ちょこんと突き出ている鼻にウソップだと気づいたゾロはスッキリしたように声を出して、疑問を投げた。船番なのにここにいる理由もそうだけれど、何より聞きたいのはやはりその格好だ。氷点下を越えるこの気温の中、ありえない姿に気圧されるどころか、呆れ返って何もいえなくなってしまった三人だった。
 
 
 
「寒中水泳!?」
「ああ」
「う、わあ……」
「…なんだ、その顔は」
 
 ここでじっとしていてもはじまらないため、とりあえず村を求めて歩きだす。
 やっぱり聞きたくなってウソップがその姿の理由を求めたら想像を超えた答えが返ってきて、ゾロの奇行に上擦った声をあげるウソップの隣で、アリエラは雪男でも見たような目をゾロに向けた。
 
「まあ…寒中水泳は分かったけどなんでじゃあこの陸にいるんだよ?」
「それが川には魚がいたんだよ。こんな寒い村にもいるもんだなと追いかけてたら上がる岸を見失なっちまってそれで歩いてたら森に迷い込んで筋トレしてたんだが──」
「お前バカだろ」
「(ゾロくん、おばかでかわいいわ)」
「(ナミさん、精神的疲労で倒れたんじゃないかしら…)」
 
 おでこに汗を浮かべるウソップとあまりの常識の弱さにきゅんとしてるアリエラ、そしてビビはまた天然を胸のうちでこぼしていた。可愛い顔して天然に毒を吐くビビはまるで鳥兜のようだ。ゾロはそんなことを知らずにぶるぶる体を震わせている。
 
「それよりウソップ、上着よこせよ」
「やだよ」
「じゃあ靴!」
「だめ」
「片方!」
「だーめ。自業自得だろ」
 
 まるで駄々っ子とそれを宥める母である。ウソップの冷たい一蹴にゾロは震えたままクソ…とこぼした。まあ、でもこれはゾロの自業自得だからウソップは何も悪くないのだが。
 
「ゾロくん、わたしのマフラー貸してあげるわ」
「あ? アリエラ寒ィだろ」
「そんな格好しているゾロくんに言われたくないわ」
「だが、別にいい。いらねェよ」
 
 ウソップにはあんなに強請っていたのに、相手が惚れた女の子になると急に怖気づいてしまうのかゾロは顔を顰めて拒否を示す。この筋肉の少ない小さな体が冷えをおぼえたら大変だと、女の子は冷やしちゃダメだと昔からよく聞いていた話を脳裏に浮かべているのだがそれはまんまとアリエラに破られた。
 
「はい、どうぞ」
「……」
 
 ニコニコと笑みを浮かべて、背伸びをして首に巻くアリエラにゾロは拒否することなどできなかった。寒さで思うように体が動かなかったということもあるが、この天使のような笑みを消したくなかったのだ。首に巻かれた赤色のマフラーにそっと手を添える。アリエラが愛用している香水の匂いがふわりと鼻腔をくすぐって、胸が疼いた。
 
「…悪ィな」
「えへへ、いいのよ」
 
 裸体に女の子用のマフラーを巻いている姿は少し変態チックだが、それでも寒さをわずかでも飛ばせるならそれにこしたことはない。素直に受け取るとアリエラはまた可愛い笑顔を浮かべるからゾロの胸はぽっと熱くなるのだ。ふわりとウェーブかかっている金色の髪の毛は縛りから解放されてはらりとコートに落ちる。コートのファーが首元を包み込んでいるが、それでもむき出しな白くて細い首は寒そうだった。自分のものとは随分と作りが違うとゾロは思う。
 まるで、彼女は精妙に作られたお人形のようだ。幻想的な雪に降られているとそれをいっそう助長させる。彼女は綺麗すぎて少し気後れさせる気があるのだ。
 
 そうこうしている内に、道が開けてきた。何やら前から騒がしい声が轟いて、ビビは顔を持ち上げる。
 
「ねえ、見て。人がいるわ!」
「あら本当! よかったわ〜何とか村に辿り着けたのね」
 
 なんとなしに歩いていた道はどうやら正しいルートだったようで、きちんと人のいる村にたどり着けてホッとするがどうしてかそこには既視感が浮かんでいた。
 
「ん? おい、あの建物見覚えが…」
「ええ、わたしも思っていたの…」
「本当だ…! ここ、ビッグホーンよ! 私たち戻ってきちゃったんだわ!」
 
 はたと息を呑むビビにアリエラとウソップも深刻に表情を顰めた。早くナミを診てもらうように魔女に知らせたいのに、まだこの先の村へと急がなくてはならないなんて。だけれど、この村の人にまたソリを借りたら時間も短縮できるからある意味ラッキーだったのかも、と足を進めると目の前に広がった光景は深刻なものだった。
 住民の男性はほとんどが銃を持っていて、大きな人だかりができている。とてもいつもの風景とは思えずに、小走りで駆け寄っていく。
 
「おい、何があったんだ?」
「何って──うえっ!? 君の方がどうしたんだ!?」
 
 声をかけたのはぶるぶる震えているゾロだ。耳にかかった低い声にゆっくり振り返った男性は、ゾロの姿にぎょっと目玉を飛び出させた。上半身裸に女物のマフラーを巻いて裸足で外を出歩いている者をこの島で見たこともないし、まずありえない気候だからだ。
 
 ぎょっとされている姿が面白くて、アリエラはくすりと笑ってしまう。ゾロくんはやっぱり生活力がないのかしら。守りたくなっちゃうわ、なんて。
 
「ドルトンさんがこの雪の下にいるんだ!」
「えっ、ドルトンさんが!?」
「だが、あいつらが邪魔して雪を掘ることができないんだ…!」
「嘘だろ…?」
「そんな…ッ、」
 
 さっき、ワポルがこの島に帰ってきたことを聞いた瞬間、ココアウィードを飛び出していったドルトンが5キロほど離れたビッグホーンで生き埋めになっているなんて。信じがたい状況にビビ達は胸を痛めて表情を硬くする。ゾロはこの寒さで震えているし、ドルトンが誰なのか分からないため不思議そうにハテナマークを浮かべているが。む、と瞳を細めて眼前の光景を見つめた。
 
「おい、ウソップ! あいつらの服に見覚えがあるぞ! 海でおれたちを襲ってきた連中だろ!? 違うのか!?」
「あァ、そうだが…」
「じゃあ、敵だろ? どうなんだ、味方か!?」
「あの、敵だけど何をそんなに…」
「ゾロくんどうしたの?」
 
 不思議そうに表情を顰めるウソップとアリエラを無視し、ゾロは瞬時に人の群れを掻き分けて盛り上がっている雪の上に立つ複数人のうち、一人の男をぶん殴った。
 
「きゃあっ、ゾロくん!!」
「何やってんだゾローッ!?」
「Mr.ブジドー!!」
「おいキミ! 彼らに手を出すな!!」
 
 手を出したらドルトンが殺されるというのに、問答無用なゾロに村人たちはぎょっとして慌てた声を出した。だが、寒さに支配されているゾロはお構いなし。目を回して倒れたワポル兵の身包みを剥がし、コートを着込み、たまたまサイズがあった靴を履いてにっこり満面の笑みを浮かべた。
 
「あっはっはっはーあったけェ〜! 借りるぜ、これ」
「ゾロお前…そのために」
「ゾロくんが凍傷しなくて済むのはいいけれど、びっくりしちゃったわ」
 
 青い手袋まではめてご機嫌なゾロに村人も残ったワポル兵もキョトンとしていたが、じりじりと溶けてきた理解はゾロに蝕まれてゆく。その特徴的な緑髪に腰に差している三本の刀。いやでも脳裏に浮かぶのか、つい先日奇襲をかけた羊船でおこった出来事。
 
「あ、あいつ…! ワポル様が襲った船の乗ってた剣士だ!」
「何ッ!?」
「貴様…! よくもワポル様をあのような目に…!!」
 
 次第に批難の声をあげる敵にゾロは棘のない柔らかなものからニヤリと挑戦的な鋭い笑みを彼らに浮かべて、眉根を寄せた。
 
「ほお…懲りないねぇ諸君」
 
 挑発を投げたがゾロは泳いでいたため、刀を持っていない。そのため腕を構えて、剣を握りしめ襲いかかってきた男からそれを抜き取り、瞬時に構えて彼の後ろに回り込んだ。あまりの一瞬の出来事に男は混乱している。握りしめていたはずの剣がなく、きょろりとあたりを見回すと、
 
「探してるのは、こいつかな?」
「あれっ、」
「“鷹波”!!」
 
 とんとん、と嶺で肩を叩くゾロに男はギョッとして目を見開かせた途端。ゾロは待つことなく奴を斬りあげ、かかってきた残りの兵をあっという間に片付けた。それは見事な戦闘で、ざっと30人近くいる兵士が一本の剣を構えたゾロにものの3分でやっつけられてしまったのだ。あまりの軽やかな動きと正確な剣の振りに、村人はもちろんビビも息を呑んで、瞳を震わせた。
 
「……すごい…」
 
 それは息を吐くように出た、ただただ感じ取った純粋な言葉だった。その隣で、ウソップとアリエラも瞳をキラキラ輝かせている。
 
「よーし、よくやったゾロ! おれの指示通りだー!」
「ゾロくん素敵だわー!」
「なんだ、もう終わりか?」
 
 あっという間に片付けられた兵士にゾロは呆れ顔だ。こんなんでよく王の側近が務まるな、と言いたげに瞳を細めている。一気に静謐が戻ってきたビッグホーンに村人の温かな吐息がこぼれ、それが合図だったかのようにみんな一斉に中心部にいるゾロの元へと歩き出した。
 
「ドルトンさん!」
「今助ける、ドルトンさん!」
「ありがとう、キミ」
 
 血相を変えてやってくる村人たちに不思議そうに片眉をあげたゾロは、彼らが目指している大きく盛り上がった雪の山からスタっと飛び降りてアリエラたちの元へと戻っていく。
 
「で、なんだ? この騒ぎは」
「話は後だ、おれ達も手伝うぞ!」
「ええ!」
「ドルトンさん!」
「……誰だよ」
 
 あの雪の下に埋まっているドルトンのことを知らないゾロは回答をもらえなかったことと、そしてマフラーを返す隙もなくアリエラがすぐに駆け出していってしまったことに面白くなさそうに瞳を細めた。
 
 
    ◇ ◇ ◇
 
 
「ドクター、抗体の反応があるよ」
「そうだろうね。じゃあ原因はなんだ? 答えてみな」
「ケスチア」
「そうさ。ケスチアだ」
 
 ツン、と鼻につく薬品のにおいが充満しているここは、標高5000メートルのドラムロッキーの頂上にそびえているお城の一室。火にかけられた緑色の薬液がごぼごぼと音を立てて、湯気を放っている。一つの黄色い光のみが患者…ナミを照らしていて、彼女の苦しみを二人の医者が取り除こうと懸命にその原因を探っていた。茶色い毛に覆われたちょこん小さな医師が導いた答えにもう一人の医者、魔女が満足げに微笑み頷く。
 
「その小娘の方はお前が診てな」
「うん」
 
 途切れ途切れの意識の合間にそんなやりとりがナミの鼓膜を揺らしたが、近づけられた薬品の強い匂いにかろうじて保てていた意識はぷつりと途切れてしまった。
 
 
 

TO BE CONTINUED 原作139話-84話


 

1/1
PREV | NEXT

BACK