キスで紡ぐ愛(1/1)

私は他の従業員のみんなと違って、毎晩必ず決められた仕事があるって訳じゃない
私の歌にお金を払って下さるお客様がいれば座敷に上がり、いなければその日はお休みになる
今日は久し振りに仕事がないから湯婆婆の仕事を手伝っていると、けたたましい音を立てて電話が鳴った



「何だい?…っこの役立たず!私と名前が行くまで失礼のないようにおし!いいね!」



がちゃん、と荒々しく通話を終えた湯婆婆
その顔にはありありと苛立ちの色が見てとれた



「名前、急な仕事だよ」





***




「お客様、この度は大変なご無礼を致しまして申し訳ございませんでした」

「申し訳ございませんでした」



湯婆婆に倣って頭を下げる
どうやら従業員の中の1人がお客様のお洋服にお酒をこぼしてしまったらしく、そのお詫びに私が接客をする事となった



「それでは、何かありましたらこの名前にお申し付けくださいませ」



最後にもう一度頭を下げて湯婆婆が座敷を出て行く
広い座敷の中には、私とお客様の2人だけとなった



「お客様、何かお召し上がりになりますか?」

「いや、いい」

「それでは、何かお飲み物でも…っ?!」



突然、着物の袖を引かれそのまま押し倒される
見上げた先の顔は、厭らしく歪んでいた



「酒をかけられただけで、そなたのような美しい女に相手をしてもらえるとは幸運だ」

「お客様、おやめください!」

「暴れるな!お前は詫びとして来たんだろう!」

「此処は油屋でございます、このようなサービスはございません!」

「ええいうるさい!」



ばちん、という音とともに右の頬が急速に熱を持つ
じんじんとした痛みが遅れてやってきて、目に涙が浮かんだ



「ふん、やっと大人しくなったか」

「やめ、て…っ」



叩かれた恐怖心から、上手く声を出すことが出来ない
帯を解かれ、着物に手をかけられ、
もう駄目だと固く目を瞑った時、大きな音とともに座敷の襖が1枚吹き飛んだ



「名前!」

「ハク…っ!」



ハクが私をお客様から引き離して抱き寄せる
ふと、ハクの視線が私の頬へと移った時、彼は今まで見たことがないような冷たい表情を浮かべた



「この頬の腫れは、お前がやったのか」



凛と、しかし背筋の凍るような声でハクが問い掛ける
突然の事態にお客様も呆然としていると、ハクがもう一度口を開いた



「聞こえなかったのか、名前を傷付けたのはお前かと聞いている」

「ハク、お客様に何て口の利き方を…!」

「名前は黙っていなさい、いいね」

「そ、そいつが暴れたから殴っただけだ!ったく、売女のくせに嫌だ嫌だと抵抗するから…!」

「っ貴様、許さん!」

「ハク!やめて!」



今にも飛びかかろうとするハクを渾身の力で止める
そんな中、事態を聞きつけた湯婆婆が座敷に駆け込んできた




「ハク!おやめ!」

「しかし、湯婆婆様!」

「私に任せて名前を連れて行きな!さあ早く!」



湯婆婆に言われて、ハクは私を抱き上げて座敷を後にする
ハクらしくなく、大きな足音を立てて向かったのは私の部屋だった




「ハク…?」

「すまない、私がもっと早く駆けつけていれば」

「ううん、ハクのお陰で助かったよ、本当にありがとう」

「名前…」



ぐ、と強く抱き締められる
あまりの力の強さに少しだけむせても、ハクが腕を緩めることはなかった



「名前が、私の可愛い名前が、他の男に触れられただけでなくさらに傷付けられたなんて、耐え難いんだ」

「…ごめんなさい」

「名前が謝る事ではない、守れなかった私が悪いのだから」



そっと、ハクの冷たい手が私の頬に触れる
しばらくして手を離すと、腫れも痛みもすっかりなくなっていた



「ありがとう、治してくれたのね」

「名前の受けた痛みは、暫くこの手の中に留めておくよ。この痛みに誓う、私はもう2度と名前を誰にも傷つけさせはしない」



そう言って優しく笑うハク
やっと笑ってくれたね、そう言うとハクは私の唇に小さくキスをした



キスで紡ぐ愛

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