20億回の呼吸の中で(1/1)

「名前、お前また油屋の掃除をしてたらしいね」

「だって暇だったんだもん」

「だってじゃないよ全く…もしどこか傷がついたらどうするんだい!」



豪華絢爛な自室で、湯婆婆はぶつぶつと文句を言いながら名前の髪を簪でまとめていた



「怪我しても自分で治せるの、湯婆婆も良く知ってるでしょ?」

「だからって、お前は自分の仕事だけこなしてくれればいいんだよ」

「でもそれじゃ退屈だわ、だって私のお仕事はお座敷で歌を歌うだけじゃない」

「それだけでお客様が喜んでくださるんだ、他の仕事は蛙たちにやらせておけばいい」



出来たよ、と湯婆婆は満足そうに笑う
幾重にも重ねられた色とりどりの着物に黄金の簪でまとめられた髪
名前は鏡に映る自分の姿を見てにっこりと微笑んだ



「ありがとう!」

「今日もしっかり稼いできておくれ」

「もう、そればっかりなんだから…行ってきます」





***




段々と近くなってくる衣擦れの音に胸が躍る
廊下の角を曲がってきた名前は私の姿を見つけると笑顔で駆け寄ってきた



「ハク!」

「今日も大変だったろう」

「ううん、ハクもお疲れ様」

「ありがとう」

「うん…きゃっ!」



ふんわりと笑う名前が愛しくて小さい体を抱き寄せる
いつまで経っても初心な反応を見せる名前に思わず口元を緩めると、彼女は不満そうに唇をとがらせた



「もう、いきなり抱きしめるなんてびっくりしちゃうじゃない」

「すまない、でも」

「でも?」



じい、と大きな漆黒の双眼が私を見つめる
私は彼女をさらに強く抱き寄せ、その耳元に口を寄せた



「愛しいそなたの美しい姿を、いくら客とは言え他の男の前に晒すのは嫌なんだ」

「っ!」



耳まで真っ赤になって俯く名前
ああ、目の前の小さな存在が、こんなにも愛おしい



20億回の呼吸の中で
(彼女は、私の生きる希望)

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