進む道と戻る道(1/1)

「ハク、大事な話があるの」

「大事な話?」

「うん」



心臓がうるさい
言ってしまったら、もうハクに会えなくなるかもしれない
それでも、ハクを救えるのは私しかいない
私は震える手を握って、深く息を吸った



「ハク、あのね、」

「うん」

「あなたに、名前を返します」

「…え?」



ハクが目を見開く
私が、湯婆婆の呪縛から、あなたを助けてあげるからね



「あなたの本当の名前は、ニギハヤミコハクヌシ」

「ニギハヤミ、コハクヌシ…」



ハクがそう呟いた瞬間、暖かい風が彼を包み込む



「あなたは昔、琥珀川という川の主だった
でも、人間に川を埋め立てられ、住処を追われてこの世界にやって来た」

「そうだ、私の名は、ニギハヤミコハクヌシ…
ありがとう名前、そなたのお陰で私も名前を取り戻す事が出来た!」

「うん、これでハクも元の世界に帰れるね」



ほら、と千尋が辿った道を指さす
彼の目にもやっと、川ではなく野原が映っている事だろう



「本当だ、でも、湯婆婆が…」

「大丈夫、湯婆婆はあなたを解放した。ハクはもう自由だよ」

「こんな日が来るなんて…では、名前も一緒に「行けないの」



ハクの言葉を遮って首を振る



「私は元々、ハクがいる間だけ油屋で働く約束だったの
ハクが元の世界に戻る時は私も一緒に戻るつもりだったから
だから、湯婆婆はあなたを自分の手下として油屋に縛りつけていた
でも、千尋と千尋の両親を元の世界に帰す事、ハクに名前を返す事と引き換えに湯婆婆と契約したの
私は死ぬまで、この世界から出る事は出来ない」



見てて、と手を前に出すと、ぱちんという音とともに弾かれる



「ごめんね、私はハクと一緒には行けないけど…この世界でずっと、あなたの事を想ってる」



私は今、上手く笑えてるのかな
無理に笑顔を作ってみせると、ハクが私を抱き締めた



「名前がこの世界に残るなら、私もそうする」

「駄目だよ、ずっと帰りたかったんでしょ?」

「私が望むのはあの世界じゃない、名前がいる世界だ」

「ハク…」

「名前のいない世界などに帰って何の意味になる
共に生きよう、これから先もずっと」



ハクの言葉に、体温に、胸がじわりと暖かくなる
ハクは私が流した涙を親指で拭って微笑んだ



「帰ろう、じきに日が暮れる」

「そうだね、開店に遅れたら湯婆婆に怒られちゃう」

「名前、愛してるよ」

「私もよ、ハク」



手を繋いで、笑い合って、
私達は灯りがともり始めた商店街を、油屋に向けて歩き出した



進む道と戻る道
(その隣には、いつもあなたが)

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