そして世界に縋りつく(1/1)

「いいか、布団はここに入ってるから自分の分を出してこの辺に敷いとけよ」

「はい」

「今日は疲れただろうしゆっくり寝ろよな、明日寝坊すんなよ」



そう言い残して、リンさんはお店に戻ってしまった
今日は朝まで仕事をしなきゃいけないらしい
布団を出して言われた場所に敷こうとすると、湯女さん達に声を掛けられた



「ちょっと、あんたここで寝るつもりじゃないだろうね」

「え、でもリンさんはここで寝ろって…」

「あんたがここで寝たら人間臭くて私達が寝れないじゃないか」

「じゃあ、あの、私はどこで…」

「廊下が良いんじゃない?風にあたれば少しはにおいもマシになるかもよ」

「…はい、分かりました」



仕方なく廊下に布団を敷いて横になる
吹き抜ける風が冷たくて思わず身震いをする
何だかとても惨めな気持ちになって頭まで布団の中に潜り込むと、こっちに向かって歩いてくる足音が聞こえた



「どうして廊下にお布団が…」

「名前!」

「千?!あなた何でこんな所で寝てるの?」



慌てて布団から出ると名前が目を見開いて私を見た
名前の声に、部屋の中の笑い声がぴたりと止まる



「私ね、人間のにおいがするんだって。自分では分からないんだけどなぁ…名前はどうしてここにいるの?」

「千がお腹を空かせてると思っておにぎりを作ってきたんだけど…」



はい、と渡された包みには、綺麗な形のおにぎりが並んでいる
お礼を言おうとすると、名前は勢い良く部屋の引き戸を開けた



「こら、どうして千を中に入れてあげないの!意地悪しちゃ駄目でしょ!」

「で、でも名前様、その子がいると人間臭くて寝れやしませんわ」

「だからってどうして廊下なんかに…いいわ、分かった。リンは今日帰ってこないのね?」

「名前様?」



名前は部屋の中からリンさんの分の布団を取り出すと、私の隣に敷いた



「私も千と一緒に寝る」

「名前様?!いけません!」

「私がそうしたいんだからいいの、おやすみなさい」



そう言って引き戸を閉めると、名前は布団の中に入る
そしてさっと手を振ると窓が静かに全部閉まった



「ここ、星が良く見えて綺麗だね」



名前は笑っているけど、彼女がこの油屋の中でとても高い身分なのは来たばかりの私でも分かる
そんな名前を廊下で寝かせてしまうなんて、とても申し訳ない気分になった



「ねえ名前、私なら大丈夫だから部屋に戻って?」

「どうして?部屋で1人で寝るよりここで千と一緒に寝た方がずっと楽しいわ」

「でも…!」

「良いじゃない、友達でしょ?」

「友達…?」

「私はそう思ってたんだけど…違った?」

「ううん、嬉しい!すごく嬉しい!」

「良かった!じゃあ、今日は遅いからもう寝よっか」



明日から一生懸命働いてもらうからね、と名前は悪戯っぽく笑って目を閉じる
この世界に来たことをずっと後悔してたけど、名前と出会えた事だけは良かったって、心から思った



そして世界に縋りつく
(なんて素敵な人)
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