どうか失わないで(1/1)

「失礼します」



こんこん、とノックをして扉を開ける
湯婆婆は手元の書類から視線を外さず私に紅茶を出した



「人間の小娘が入り込んだらしいね」

「そうね、みんな騒いでた」

「おや、もうここまで来たのかい。名前、お前の仕業じゃないだろうね」

「どうして私だと思うの?」

「…まあいい、お入りな」



くい、と湯婆婆が指を曲げると、引っ張られるように千尋が部屋に転がり込んでくる
千尋は私を見て嬉しそうな顔をしたけど、私が小さく首を振ると慌てて湯婆婆と向き合った



「あの、ここで働かせてください」

「うるさいね、静かにしておくれ」

「んっ!」



湯婆婆によって、千尋の口は閉ざされてしまう



「どうして私がお前みたいな役立たずを雇わなきゃならないんだ、え?
お前の両親はなんだい、お客様の料理を豚みたいに食い散らかして…お前も子豚にしてやろうか」

「…ぷはっ、ここで働かせてください!」

「黙れ!」



湯婆婆が千尋の首に手をかける
もちろん殺す気なんてないのは分かってるけど、このままだと千尋が可哀想なので紅茶を置いて口を開いた



「湯婆婆、油屋の、この世界の決まりを忘れたの?」



私の一言で、湯婆婆は千尋から手を離して距離をとる



「働きたい者には仕事を与える、働かない者は動物に変える。そう誓いをたてたのはあなたでしょう?」

「でも、人間なんかに…」

「人間には仕事を与えないなんて決まりは無かったはずよ。あなたが誓いを守らなくてどうするの」



空気が張り詰める
湯婆婆は私をじっと見つめた後、大きな溜め息をついた



「名前に感謝するんだね、そこに名前を書きな」



契約書とペンが千尋に向かって飛んでいく
千尋は床に座ると契約書にサインをした



「千尋…贅沢な名だね。お前は今日から千だ、分かったね!」

「は、はい!」

「名前、お前がそいつの面倒を見な」

「構わないけど、仕事中はどうするの?」

「ああ…、じゃあ誰か世話役を見つけておきな」

「うん、おいで千」

「はい!」



私は千尋を連れて長い廊下を抜け、エレベーターに乗り込む
番頭の近くにみんなを集めて事情を説明すると、予想通り嫌な顔をされた



「いくら名前様からのご命令でも、人間はちょっと…」

「既に湯婆婆と契約を済ませてるの、この子も立派な油屋の従業員よ」

「そう仰いましても…」

「私のところは嫌よ」

「人間臭くて仕方ないわ」

「ここの物を3日も食べればにおいは消えるでしょ、それで使い物にならなかったら煮るなり焼くなり好きになさい」

「はあ、名前様がそう仰るなら…承知しました」

「ありがとう、リンはどこ?」

「俺に押しつける気かよ名前様!」

「ええ、あなたが適役よ、お願いね」



リンはわざと不満そうにしてるけど、本当は千尋の事をとても心配してたのを知ってる
私は小さく笑って千尋の肩を押した



「じゃあ、頑張ってね。また後で会いましょう」

「うん、名前ありがとう!」



笑顔でリンに着いていく千尋を見送ってから、ハクを探すために歩き出す
千の、千尋の、冒険が始まった



どうか失わないで
(あなたの名前を、生きる希望を)
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