世界の中心でふたりぼっち(1/1)

「これ、全部チェックしてあるから湯婆婆のところまでお願いね」

「はい!」

「あ、これはミスがあったからやり直しよって父役に伝えてくれる?」

「はい名前様」

「あ、あなたは釜爺達にご飯持って行ってあげて」

「はい、行ってきます!」



多数の蛙や湯女に囲まれ仕事の振り分けを行う名前
大方片付き一息つこうとした時、弾かれたようにある一点を見つめた



「名前様、どうかなさいました?」

「…いいえ、ちょっと出掛けるってハクに伝えて」

「はい、行ってらっしゃいませ!」



蛙にそう言いつけると名前は一気に窓から飛び降りる
その顔には、珍しく焦りの色が滲んでいた





***




「ここ、どこだろう…」



だから寄り道なんてしないで家に帰れば良かったのに、と私は小さく呟いた
お父さんもお母さんも食べてばかりで私の話を聞いてくれないし、何だかこの街は変な感じがするし、
もう何度目になるか分からない溜め息をついて行く宛もなく歩いていると、不意に後ろから肩を掴まれた



「ひっ!」

「こんにちは、驚かせてごめんなさい」



振り向いた先に立っていたのは、着物を着た黒い髪の女の子
私以外にも人がいた事に安心していると、その子は私の手をとって建物の陰にしゃがみ込んだ



「私は名前、あなたは?」

「荻野千尋です」

「千尋ね、素敵な名前だわ」



ふ、と彼女ー名前は笑う
その顔があまりにも綺麗で思わず見惚れていると、名前の表情が急に険しいものになった



「…駄目、気付かれた」

「気付かれた?」

「ううん、千尋はどうやって此処に来たの?」

「えっと、お父さん達と車に乗ってたら道を間違えちゃって、歩いていたら此処に…」

「そう、お父さんとお母さんは?」

「この近くにあるお店のご飯を食べてて、私の言う事聞いてくれないの」

「この世界の食べ物を食べたの?」

「うん、お金はあとで払えばいいからって…」

「…千尋、おいで」



名前は私を連れてさっきお父さん達がいたお店へと向かった
でも、そこにいたのはお父さん達じゃなくて、丸々太った豚が2匹




「お父さん、お母さん?!」

「残念だけど、千尋のご両親を今すぐに元に戻す事は出来ないの、とにかく千尋は早く此処を出て」

「出てって…お父さんとお母さんは?!」

「私があとで必ず助けてあげる、だから今は信じて、ね?」



名前はまだ混乱してる私の頭を優しく撫でて、此処に来た時に渡った小川の方を指さす




「もうすぐ灯りがつくから、夜になる前に川を渡ってトンネルをくぐりなさい
でももし川を渡る事が出来なかったら、川の近くの、なるべく人目のつかない所に隠れていて。
私じゃなくて、ハクっていう男の子が千尋を必ず迎えに行くから」

「やだ、名前と一緒がいい!」

「安心して、私もハクも千尋の味方だよ。もう時間がない、さあ走って!」



名前に背中を押されると、私は自分の意思とは関係なく風のように小川を目指して走り出した



「千尋、どうか無事で…」



名前が呟いた言葉が、私の耳に届く事はなかった



世界の中心でふたりぼっち
(今はただ、あの子を信じることしか出来ない)

_

[ 7/23 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -