4.SECRET MISSION

 事態は急変する。
 科学の光のお披露目の直後。ほんのわずかの間単独行動を取ったゲンが夜襲を受けたのだ。
 犯人は村の男衆の誰かで間違いなかった。最も可能性が高いのは、村一番の暴れ者マグマだろう。
 先の磁石作りの折、彼は仲間を引き連れよそ者の妖術使いを叩きのめそうと乗り込んできた。しかし、足止めを買って出たゲンに丸め込まれる形で退散する。その際手元の花を消したように装うマジックを見せられて、ゲンを件の妖術使いだと判断したのだろう。夜を覆す閃光を彼も目の当たりにし、正真正銘の危険性を感じて襲い掛かった、と推測される。
 幸いにも、ゲンは衣服の内側に仕込んでいた偽の血をぶちまけたことで止めを免れた。しかし重傷を負ったことに変わりはなく、丸一日経つ次の晩までほとんど意識を落とし、高熱を出し続けた。交代で介抱する千空たちだったが、食事を終えた後は一旦解散となり、千空とミカゲの二人が残って多少峠を越えた様子の彼に付き添った。
 ミカゲが海綿動物を繋ぎ合わせた塊で汗を拭い、水で洗い、絞ってはまた拭うを繰り返している。合間に傷口から離れた肌をさすり、名を呼んで心配ないと語りかけている。
 その祈りが届いたのだろう。やがてゲンは目を覚まし、はっきりとミカゲの存在を捉えた。

「あぁゲン、よかった、頑張ったわね…!……お水、飲めそう?」

 まばたきで肯定を示した彼の額を撫で、ミカゲは微笑む。千空によってすぐ横に準備された水入りの小椀と葦の茎。彼女は茎の片先を指で押さえ、空洞の中身に水をわずかに溜め、ゲンの口へ運んでいった。

「………もすこし……ちょうだい……」
「!ええ…ちょっと待ってね。……ありがとう千空」

 かめごと近くに運んだ千空が二つ目の椀に水を少しだけ汲み、ミカゲへ手渡した。椀を使い先程より量を増やし、しかし慎重に流し入れる。ゲンから目を離さないミカゲと、それを見守り手元へ交換の椀を差し出す千空。長い緊張が場に走るが、何度目かの後、ゲンが自ら喉を鳴らして飲み込んだことを受け、二人から安堵の息が漏れた。

「…もういい?そう…大丈夫よ、いい子。ゆっくり休んで」

 がたがたと、かめを元の場所へ片付ける音が背後から聞こえる。ゲンの唇に乗った雫を取ってやると、彼は二、三度身じろいで何かを主張し始めた。

「……横向きたいの?苦しくない?……ええ、ゆっくりね…よい、しょ。……ちょうどいいわ、背中、拭きましょうか」
「……ちゃん……」
「なぁに?」
「……せん、くう……ちゃん……」
「!」

 察したミカゲがすぐさま千空を呼んだ。視線で来てやれと伝え、場所を譲る。身をかがめ、耳をそばだてる彼を横目にしながら気配を静めた。

「――――……――………」
「…ああ、作れる、俺ならな!」

 千空の明瞭な台詞に多少驚き、ミカゲが彼らに再度注目する。会話は終わったようで、千空は顎に手を添え考え込んでいたが、視線を感じ振り返った。

「また眠ったぞ」
「そう……あ、背中を拭くから支えてくれる?」
「ん」
「…………よし、じゃあ仰向けに…。だいぶよくなったわね、顔色。……千空、ちょっと取りに行きたいものがあるんだけどいいかしら」
「ああ」

 そう言って席を外したミカゲが戻った時、その腕の中にはいくつかの小袋があった。届いた匂いから、千空は中身の一つが携帯食料であることに気づいたが、素知らぬ振りをして、彼女が袋をどこにしまい込んだか見ないよう、まぶたを下ろし休息を取った。

*

 翌朝、ゲンは姿を消した。帝国領に戻り、司に結果を報告するため。そして千空と言葉外に交わした約束を果たすために。
 ミカゲは他の者たちが話し込む間も眠り続け、完全に日が昇り切った頃にようやく目を覚ました。意識が覚醒すると共にがばりと起き上がれば、千空の背中が目に入る。

「っ、ごめんなさい、私、ずっと寝て…!?あっ、ゲン、ゲンは!?………行ったのね」
「だな」

 自身に掛けられていた寝具を握り、彼女が少しの間うなだれる。しかし一度ふるりと首を振り、力強く前を向いた。
 早速そのままになっていた寝床を片付けながら、努めて自然に話を切り出した。

「ねえ千空、何か、私に手伝えることはない?」

 すると彼は素材を確認する手を止め中央に座ったので、彼女も倣って向かい合った。

「必要なもんは蜂蜜、ライム、パクチー…コリアンダーって名かもしれねえ。知ってっか?」
「ええと、ごめんなさい、蜂蜜だけだわ」
「いや構わねえよ。また詳しく説明するが、ライムは皮が緑でこんぐらいの大きさの柑橘類、パクチーはアホほど臭う草だ。合間合間にそれらしいもんを探してくれりゃいい。鑑定は俺がやる」
「分かったわ、任せて。それとなくスイカにも聞いてみるわね。…目的のものの名前、聞いてもいい?」
「"コーラ"っつう飲みもんだ」
「へえ。ライム…?の果肉を漬け込むのかしら…」
「ククク、完成したらテメーにも飲ませてやるよ」
「ありがとう。ふふ…こんな状況だけど…楽しみが増えるのはいいことね」

 ふと表情を和らげ、ミカゲの眼差しが遠くを見つめるものになる。すぐに彼女は千空に笑いかけ、ござと寝具を両脇に抱えて彼の横を通り過ぎていった。
 下にいるクロムを呼び立てる声を背で受けながら、彼は短く心の中で呟く。

(楽しみ、か)

 人が生きるために必要な概念。なくなっても生命活動を続けることはもちろん可能だが、それはとても寂しいことで避けなければならないと説いた人物を思い出す。
 しかし、千空はあえてその名を呼ばなかった。今するべきは、懐かしい記憶に浸るのではなく、歩みを止めないこと。
 歩んだ先でその名の人に再会出来るなら、それが一番だから。



  

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