23.青天の霹靂

 科学王国中枢、第一会議室。
 龍水、そして千空が求める石油発掘の第一歩として、クロム、コハク、羽京からなる探索隊の出発を直前に控え、幹部たちは最後の打ち合わせを行っていた。

「…再三のおさらいになるが、ひとまず地形把握が第一でいいのだな?」
「あ゙ぁ。どうせこの地図も3700年前時点のもんだ、100億%変化があったに決まってる。それを知るのが最優先だからな」
「了解だ」
「まずはここまで一気に進んでから、その周りを調べていこう」
「だ、そうだクロム。道草を食う暇はないぞ」
「おぅ分ーってるよ!こんな遠くまで行ったことねえんだ、早く見てえぜ!」
「道すがらにサク〜っと見つかっちゃったらいいのにねえ、油田」

 ぼちぼち場を締めようとゲンが動く。ほぼ同時に、地図を眺めていた羽京がいち早く気づいて首を動かした。

「誰か走ってくる……これはスイカちゃんかな」

 ばたばたばた。すぐに近づく足音が全員の耳に入った。

「たたっ!大変なんだよー!!」

 まもなく現れたのは、羽京の見立て通りのスイカだった。ぜいぜいと息を継ぐ彼女にすかさずコハクが駆け寄り、しゃがみ込んで目線を合わせてやった。

「どうしたスイカ、そんなに血相を変えて…!?」
「ミカゲおねえちゃんが…ミカゲおねえちゃんが…!」
「ミカゲ!?何があったんだ!?」

 場に走る緊張。スイカが背筋を目いっぱい伸ばし、両拳を握りしめて叫んだ。

「けっ、結婚!するんだよーっ!!」
「なっ…!?」
「ええぇ!?」
「マジか!?」
「ほう!」
「へえ…」
「……」

 五人分の反応、一人分の沈黙。もたらされた予想外の報告に、誰もがすぐさま行動に移せずその場で固まっていたが、やがて龍水が一つ指を鳴らし、注目を集めた。

「はっはー!めでたいことではないか!遠征を早期に切り上げてでも盛大な式を挙げるべきだ!違うか!?」
「りゅーーすいちゃんちょい待ち!えっ、えっ、立ってた!?そんなフラグ!?」
「スイカ、相手は一体誰なのだ!?」
「えっと、えっと……今からさがすんだよ!」
「今から…!?どういうことなのだスイカ!?話がまるで見えん!」
「あわわわ…!」
「わーっ!コハクちゃんストップストーップ!」
「ハッ!す、すまない!」

 スイカの両肩を掴み、今まさに揺さぶらんとしていたコハクが我に返る。素早くゲンが二人の間に身をねじ込みコハクを押しやった。羽京が続き、自分のそばへスイカを招いてやり、ゲンの号令に従って女子たちが深呼吸を繰り返す。

「…オッケー?」
「ああ、何とか…」
「えーっと、それで、今の話なんだけど…。ミカゲちゃんは今すぐ結婚するんじゃなくて、婚活…つまりお婿さん探しを始めたってことかな、スイカちゃん?」
「あっ、そ、それなんだよ!」
「そういうことか…ようやく飲み込めたぞ…」

 はああ、とコハクがひと際盛大なため息をつき、たまらず机の縁に手を置いてうなだれた。短い沈黙の後、気を取り直して顔を上げる。遠くを見つめる微笑みだった。

「うむ…やっと平和が訪れたものな…。確かミカゲはルリ姉より二つ上…とうに子がいてもおかしくない歳だ」
「へ、へぇ〜〜んん〜」
「そっか…これから先、もしかしたら石神村の人たちと僕ら復活者の中から夫婦が生まれるかもしれないんだね。何だか感慨ぶか…」
(羽、京、ちゃん!!)
(!?)

 声に出さずともはっきり名を呼ばれ、羽京がぎょっとゲンを見やる。彼はずいぶん慌てた様子で羽京の視界を誘導した。
 部外者として静観する龍水。良くも悪くも興味の薄いクロム。そして、この場に明らかに似つかわしくない、放心し地面に視線を縫いつけられた千空。毛嫌いする話題に気分を害した訳でもなく、クロムのように聞き流せた訳でもなく、頭の中にたくさんの単語が留まり続けている。そういった状態。
 聡い羽京はその理由をすぐさま察していた。

(…………嘘でしょ?)
(ところがどっこいなのよねえ!!)

 まさしく以心伝心。胸の内で会話を終えた二人は何度も目配せを繰り返し、重くなった場の空気に耐えた。
 やがてコハクが無邪気に振り返った。

「ハ!どうだ千空、君も名乗り出ては?」
(うわわ)
「以前共に作業していた時はピッタリの息だったではないか」
(ああああコハクちゃ〜ん…)

 皆の注目が千空へ移る。彼はすでに正面を向き、耳に小指を突っ込むいつもの癖を披露し、これでもかと眉間だの唇だのを歪めていた。

「ケッ!だーれがするか!婚活だァ?んなチャラついたイベントをこの時期に持ち込んでくるなんぞクッソ迷惑の極みだろうが!」
「!千空ちゃん、今のはダーメ」

 間髪容れずに反応したのはゲンだった。一瞬据わる目つき、それからは"ペラペラ男"を名乗るには優しすぎる眼差しへ。少し外側でこの事態を見守る立場になった羽京だけが、その変化を見届けていた。

「この世界…少なくとも石神村の人たちがどんな思いで伴侶を求めて家族を作るか、ちゃんと分かるでしょ?」
「……」

 何度も泳ぐ両目。千空がうつむき、がりがりと頭をかく。

「…………言い過ぎた」
「うんうん。そんじゃ、この話はこれにておしまーい!」

 ぱあん、と、ゲンが高らかに両手を打ち合わせ、部屋の空気を全て入れ替えていく。

「スイカちゃん、これはミカゲちゃんにとってジーマーで大切なことだからね。他人の俺たちがこれ以上言いふらさないようにしようね」
「うん…ごめんなさいなんだよ」
「以上、解、散!」
「行こうか、スイカちゃん」
「はいなんだよ」

 ゲンの宣言時に千空はすでに去っており、手を繋いだ羽京とスイカ、そして龍水が続いた。クロムはコハクの前を横切る際、びしりと指差して言う。

「ったく、分かってねえなあコハク。あんなこと言ったら千空怒るに決まってんだろ」
「……」

 会議室に残ったのはゲンとコハクだった。他の者の気配が遠ざかる頃合いを見計らい、彼女は聞く姿勢で待つゲンを確認してからゆっくりと口を開いた。

「すまないゲン…悪手だった」
「え?別にコハクちゃんが謝ることじゃ…」
「私もルリ姉も…何となくだが、知っているのだ…ミカゲの気持ちを」
「ああ…そゆことね」
「千空も心を許し、とりわけ信頼していると思ったのだがな」

 ゲンの微笑みが深くなる。

「それで正解。すれ違っちゃってんのよ、ちょっとずつね。ま、もうしばらくだけ見守ろうじゃないの。どんな結末になろうとも、二人が後悔だけはしないよう、俺が何とかしてみせるからさ」
「……」
「けどねえ」
「ん?」
「これはただの勘なんだけど…俺は案外心配ないって思ってるかな」

 ぺたり、ぺたり。一歩ずつゲンがコハクに近づき、隣に並んでから再び笑顔。彼女もつられ、力強くうなずいた。

「ああ。メンタリストの君が言うんだ…私も信じよう」
「あっれー、ペラペラコウモリ男じゃないんだ」
「君がこの件に関して一つでも不誠実な面を見せれば顔の形が変わるまで殴るつもりだからな」
「うわ怖ぁ…鳥肌立ったんだけど…」
「……私もいつか……いつか、誰かとつがいになるのだろうか…」
「未来のことなんてそん時の自分しか決めらんないよ。だから今は、今の自分が思ったことが正しいの」
「…まったく、今日の君は100億満点だな!見直さざるを得んぞ!」
「アハハ、そりゃ光栄だ〜」



  

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