15.ILLUMINATION

「ヤベー、雪だ……点灯テスト中止か?」
「いや、出来れば今日がいい」

 本格的な冬が訪れ石神村は雪に包まれた。人々は服を着込み、厳しい寒さに耐えながらも、千空がもたらした技術によって大きく増えた蓄えを支えとし、例年より心穏やかに過ごしていた。
 森を歩く目印の一つである巨大な針葉樹。その周りは普段から意図的に整備され土が露出している。時刻は夜。円形広場とも呼べそうなそこで、召集を受けた村人たちが木を取り囲んでいた。

「……おーし、火ぃ消せー」

 数人が手にした簡易松明が一つずつ消えていく。ざわざわ、囁く声がより大きくなる。
 隣のカセキに見守られ、千空がさらに一歩木に近づいた。

「よっと」

 ぱちんとスイッチを押し込んで、カセキの元に戻り、皆と同じように見上げて待つ。
 しばらくすると、暗闇に丸い光がほのかに浮かび始めた。どよめきと同時にそれはどんどん広がっていく。

「おお…!」

 一秒未満の閃光とは似て非なる暖かな灯り。バッテリーから電気を受け取り、無数の電球が輝きを放っていた。互いが互いの光を跳ね返し、一層複雑な煌めきを生み出している。

「わあぁ〜!」
「なんと美しい…!」

 3700年前の世界に存在した、目と心を楽しませるための装飾、イルミネーション。千空は、実益である電球の性能テストと娯楽のそれを見事に両立させ、失われた文化をまた一つ甦らせたのだった。
 彼が満足げに自身の前面に並ぶ人々を順に見渡す。皆輝きに照らされ、一様に頬を紅潮させて夢中になっている。
 そして、その次に、一人だけ異なる姿であったミカゲが視界に飛び込んだ。

(…!!)

 彼女は視線を灯りに固定したまま一筋の涙を零していた。
 どこかの記憶の箱に爪を立てられたような感覚。ただ、彼女の両の瞳はまるであのイルミネーションの一つと言わんばかりに瞬いており、負の感情を呼び起こすものではなかった。
 横のルリがミカゲの異変に気づく。肩を揺すられて、ミカゲが目を合わせる。指摘を受け、驚いてから眉を下げて笑い、何度か左右の首振り。涙を掬い取り、頬も拭ってもう一度苦笑。そこからは他の村人と同じように、灯りの一つを指差し正真正銘の笑顔を見せた。ルリにぴたりと寄り添われ、さらに嬉しそうに会話を続けている。
 その全てを千空は一つも逃さず見つめ続けていた。爪を立てられたせいで首筋と背に感じた鳥肌。腕を組むふりをして一度自身を温める。ぴり、と一つ痺れを残してそれは収まった。
 背後から足音が聞こえ、注目をそちらに移した。ゲンだった。

「もしかして、今日って、クリスマス、だよねえ」
「あ゙ー、そういやそうだな。偶然にもな」
「ウッソ〜〜〜」

 ねっとりと伸ばされた語尾を軽くあしらい、千空が灯りとそれを楽しむ人々を見守る体勢に戻る。ゲンも一度うつむいて仕切り直し、感慨深そうに浸った。
 少しの沈黙の後、再びゲンが口を開いた。

「よかったねえ千空ちゃん。今度はミカゲちゃんに気に入ってもらえて」
「…あ?」
「ほら、初めて電気が通った時はビックリさせちゃったじゃん?」
「……ああ…んなこともあったな、そういや…」
「え〜忘れてたの?」

 予想外の生返事に、彼は内心で驚いた。

「おーい千空や、ちょいと一緒に見てくれんかの」
「ああ、今行く」

 ざくざく。木の裏側へ歩む千空を見送り、首をひねり。

(そこがきっかけじゃないんだ。ずいぶん熱心に反応伺ってたのにねえ〜…おやおや)

 にい、と口を歪ませる。それでも、普段とは似ても似つかない慈しみが前面に出た微笑みだった。

*

 バッテリーだけ引き上げ、千空たち工作組が遅れて集会所へ戻ってきた。たき火周りの場所を譲られ思い思いに暖を取る。
 彼らの元に、湯気の立つ器が配られた。刻んだ生姜を煮込んだ湯に蜂蜜を溶かしたもの。大きなため息が次々と上がった。

「はぁ〜〜生き返るぅ〜。とろみがあれば完璧な真冬のお供なんだけどねえ、贅沢かな流石に」
「あ゙ー今日にゃ間に合わなかったがな。仕込み方は教えてっから飲めんぞ、そのうち」
「ジーマーで!?」
「葛よりちーと貧相な芋のデンプン様だ」
「ひぇー、千空ちゃん様々〜♪……あ、ミカゲちゃんおっ疲〜」
「お疲れ様。おかわりいかが?」
「んー…夜中におトイレ行きたくなっちゃいそうだからやめとこかな。俺はもう帰って寝るよ。んじゃおっ先〜」
「あら…ゆっくり火に当たっていけばいいのに…」

 千空の器に二杯目を注ぎ、ミカゲが空いた位置に腰掛けた。両膝を肘置きにして顎を支える姿勢になり、しばらく黙って炎を見つめる。
 生姜湯を飲み切った頃合いを見計らい、彼女は振り向いて言った。

「とってもきれいだったわ、ええと…イルミネーション。幻想的で、暖かくて」
「そーかい」
「この時期はあまりいい思い出がなかったのだけど、あなたのおかげで素敵なものに置き換わったわ、ありがとう」
「………聞いても?」

 きょとんとした反応を返され、千空は口からついて出た自身の言葉に面食らう。

「いややっぱどうでも…」
「平気よ。言ったのは私だし、皆知ってることだし。……何年前かしら、ひと際吹雪いた夜に、死んでしまったの、両親が」
「!」
「村まで戻れなくて…二人でいたのに間に合わなかった。まあ、とても仲がよかったから、一緒じゃないと駄目だったんでしょうね」
「……」
「引きずってる訳じゃないの、大丈夫」
「……ん」

 ぱちりぱちりと、小さくたき火が爆ぜ続けていた。

「…あなたは何かある?お父様との冬の思い出」
「そうだな……サンタクロースっつう、年に一度ガキにプレゼント配って回るジジイが昔いてな。そいつらだけじゃ手が足んねえから、実際は各家庭の親がサンタがくれたっつう名目で渡すんだが」
「…そういう一族がいたってこと?」
「いや、死ぬ程厳しい試験を突破して就く職業だな。で、親は黙って枕元にプレゼント置いたりサンタに扮して夢を見せてやる訳だ」
「ああなるほど」
「百夜は後者だったんだが、最初の一回ぐらいは付き合ってやろうと気づかねえフリをしてやった。そしたらアホみてえに調子に乗ってな…毎年同じこと繰り返して、種明かしのタイミングを逃しちまった」
「あはは、親ってそんなよね。結局最後まで?」
「まさか。向こうも分かってやってたんだよ。ある年に、本物のサンタが用意してくれるっつってな…そん時は…」
「ええ」
「……ま、それであいつも"本物"になったって訳だ」
「素敵なお父様ね…」
「テメーんとこは?」
「うち?結婚は周りが決めたけど、その前から好き合っていたみたいだし、熱かったわよ。私がいち早く自立したのはいつもくっついていた二人のおかげね」
「微妙にコメントに困んな…」
「ふふ、ごめんなさい。私も気恥ずかしくて反発した時期があったけど…それでもずっと、うらやましかったものだわ…」

 一人、また一人と家路につき、集会所の賑わいも減っていく。彼らがそれに気づくのは、まだ少し先のこと。



  

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