THE LAST BALLAD | ナノ
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「#年下攻め」のBL小説を読む
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#51 お前と共に在る

「もう寝ろ。今のお前はロクな事を考えやしねぇ……清拭してぇなら俺がやる。ついでにそのみっともねぇ髪も何とかしろ」
「うん……でも私髪の毛なんて自分じゃうまく切れないよ」
「俺の髪は刈ってたじゃねぇか」
「だって、それはリヴァイの髪…だから……誰にも触らせたくなくて……それで……見様見真似で」
「……確かにお前以外の女を抱いた過去は消せねぇ。だが、お前以外の女に心までは許した覚えはねぇ。髪もお前以外に触らせたことはねぇよ。お前もそうだろ、だから……今まで伸ばし続けてきたんだろ。誰の為でもねぇ、俺だけの為に……」
「ん。そう、だよ……」
「あのガキ共……よくもやりやがったな……。俺の女を傷モノにした……地獄の果てまで追い詰めて必ず償わせる」
「リヴァイ……」

 そう告げたリヴァイの双眼に燃える静かな怒りにウミはひゅっと息を呑んだ。
 目の前の彼の目が完全に据わっていたからだ。
 普段冷静な彼を怒らせた相手がその後どんな目に遭ったかを地下街で身を持って知るウミは彼がこれ以上その手を血に染めないで欲しいと願うばかりだった。
 しかし、リヴァイはウミを守ると誓いの果てにこの手を血に染めることなど何ともないと、もうその決意だけだった。

「リヴァイ、あの……」
「座れ、」

 宛がわれた浴室の椅子。リヴァイは当たり前のようにウミの服に手をかけるとリブニットの上着を脱がせ始めた。

「あっ、ちょっと待って……! 服なら自分で脱げるし、自分で出来るから……」
「いい、俺がやる」
「でも……っ……」
「……背中は届かねぇだろ、」
「でも……」

 こんなにも明るい場所で、それに古城の浴室で彼にのぼせるまで離してもらえなかった記憶に支配され、そのせいで浴室はウミにとってあの日の夜を思い起こさせて恥ずかしくてたまらないのだ。
 お互いに裸で、ありのままの姿を彼に晒して恥ずかしくないわけが無いのに彼はそれだけでは済まされず全身を清潔な布で拭いてやると言うのだ。
 鼻も負傷したまま、全身も熱傷でぼろぼろだと言うのに。

「っ、やっぱりダメ、嫌っ、お風呂だってずっと入ってないし、こんな……傷ついて、汚い肌なんて……リヴァイに、見られたくない……」
「ウミ……」
「私、この五年間でね、普通の一般人に…戻ったでしょ?
 それでね……戦いから離れたから……昔の傷跡とかも、だいぶ綺麗になったの。
 だけど、これからはまた兵士としてシガンシナ区で待ってるお母さんをお墓に入れてあげたい。
 だからその為に戦うと決めたし、今更こんな傷とか気にしても…そう、思うけど、でも、やっぱり、綺麗なままで居たいと思ってしまう……リヴァイの為に」
「ウミ」
「兵士であることを望んだのは私なのに。
 どんどん、女らしくなくなりそうで……リヴァイに飽きられちゃうかなって、」
「は……そんな訳、ねぇだろうが……」

 懇願するように睫毛を伏せ、恥ずかしそうにウミは胸元に手を置いて俯きながら背中を向けてしまっていた。
 下着だけをつけたままのむき出しの素肌、長い髪が素肌に絡みついていた姿はもう無く、今は超大型巨人の咥内に放り込まれ、肩上の長さまで焼け焦げたウミの髪の毛先が揺れる。

 彼女は故郷を取り戻す為に欠かせない存在のエレンの為に、そして自分の為に戦うと勇敢に巨人の領域を白銀の白馬に乗り、駆けて、しかし、ウミが戦いに向かえば向かう程どんどん傷つきボロボロになって帰ってくる。

 もう戦う事を止めて普通の女性としての幸せな暮らしだけをこれから目の前のウミは考えればいいのだ。
 ウミの故郷なら自分が取り戻すと誓うから。
 もうその手は巨人の返り血にも、自身の血にも染めなくていいのだ。

「俺は……お前が調査兵団をこのまま辞めてもいいと思っている。むしろ、これを機に身を引くべきだと思っている」
「リヴァイ?」
「だが……それはまた俺達が離れる事になる……お前はそれでも俺と離れて、一人壁の中でおとなしくしているのは耐えられねぇんだろう?」
「……うん、そう、だよ。それにね、私は……故郷を取り戻す為に、リヴァイとこれ以上離れない為に、私はこうして兵士であることを選んだ。けどね、今は、もうそれだけじゃなくなってしまったの」
「あ? どういう事だ、未だ何かあんのかよ……」

 ウミは一瞬躊躇った。
 このことを口外するのは壁内の世界では禁忌(タブー)だと、ウミは知るからこそ口を噤んだ。
 父親から言われた。壁には関わるな。
 ウォール教に守られし王政府は壁の秘密を知るものを、いや、この壁の世界を脅かすものを徹底的に裏で粛清した。
 人類の活動領域を広げるため、巨人の蔓延る領域を突き進む調査兵団の存在が許されたのは、巨人に食われ続ける調査兵団達は自ら王政府が手を出さずともいずれ全員根絶やしになると思っていたから。
 しかし、調査兵団は壁の秘密を知る少女の情報を漏らした司祭から重要な秘密を得た。
 そして、何よりもエレン・イェーガーの存在だ。
 そこにさらに、壁の外から来たとされる者達が壁を破壊してやってきた。
 しかも、それは今に始まったことではない、もう遥か昔からの出来事なのだ。
 この事実を知る者は今回の壁外調査で帰還した者達でもエレンだけしか知らない。筈。
 しかし、ウミの亡き父親が壁外から来た人間かも知れないと言う疑惑。

 この事実をもし王政府に知られれば娘である自分は消されるかもしれない。
 そうなれば調査兵団にも、まして目の前の愛する彼にも迷惑をかける。
 王政はこれまでにも何かと三重の壁に覆われたこの楽園を守るためならと、どんな汚い手段を使っても中央憲兵達が裏で暗躍し、消しにかかるだろう。
 今までは両親が上手く立ち回っていた。しかし、もう自分を守ってくれていた両親は居ない。

「何だ、」
「……私のお父さんはライナー達と同じ壁の破壊を目論む側の人間だったかもしれないの……」
「……まさか、」

 リヴァイはウミの言葉に何も言えずに黙り込んで、かつて地下街で束の間の時を共にしていたあの優しい笑みをそのままウミに与えた彼女の父親の笑みを思い返していた。

 地下街で出会った時から確かに彼は異質な存在だった。自分と同じく名前だけの男。過去を語らずただ何かから必死に逃げていた。

 彼とは面識があった。
 そしてまさか調査兵団でこうして再会するとは思わなかった。

 エルヴィンを守れなかった不甲斐なさだけではなく、まさか自身の出生で思い悩む日が来るなんて、今までずっとこの壁の世界で暮らしてきたウミからすれば信じられない事実。まさか、父親が...壁外の人間だったなんて。
 真実は母親が、父親が、しかし、もうウミの事実を知る両親はもうここにはいない。

「まだ完全に決まったわけじゃねぇだろう。それに、お前は自分の戸籍がどうなっているのか……今まで確かめたことがあったのか」
「ううん、無いよ……リヴァイも、でしょう?」
「そう、だな。戸籍なんて地下街に住む俺には縁のねぇもんだと思っていた。特に日常生活で使う必要もなかったからな……」
「うん、でも……私のお父さんの名前ね……カイト・ジオラルドって、ライナーが言ってたの……。
 お母さんは私に頑なにファミリーネームを教えてくれなかった。お母さんはその名前のせいで今までずっと苦労したからって。私にはその名前を名乗ってほしくないって…分からない……私、もう自分が……分からない……」
「ウミ……落ち着け、」
「っ……、私は、何、何なの?」

 まさかの事実に自分の出生すらも危ぶまれウミはただでさえ心身共にボロボロでここに戻ってきて、数日が過ぎてもまだ完全に回復したわけではない。今にも押し潰されそうな精神状態のウミ。これ以上はもう考えても堂々巡りを繰り返すだけ。死人に口なし、事実を知る彼女の父は既に死に、母親も生死不明でこの世界に彼女の出生の秘密を知る者は、もう居ないのだから。

 これ以上はウミの心が壊れてしまうかもしれない。中央憲兵達が自分を殺しにくるかもしれない、ガタガタと身を震わせるウミにリヴァイは宥めるように愛しい小さな身体を強く強く抱き締めた。

「嫌だ、怖い、怖いよリヴァイ、助けて……いつか私も消されてしまう……壁内で重要な秘密を握った人間が、これまで消されてきたみたいに」
「落ち着けウミ。まだ決まったわけじゃねぇだろうが。それにあいつらの憶測に耳を貸す必要はねぇ。今、目の前の確かな事だけを考えろ。
 お前はこの壁の世界でずっと生きてきた人間だ。そして俺と地下の都で出会ってそして今がある。その事は絶対に覆ることは無ぇ…お前が何者だろうが、お前は俺のただ一つの幸せにしたいと思う…俺の惚れた人間である事に変わりはない」
「リヴァイ…」
「約束する。お前は俺が守る。必ずだ、お前を引きずり出そうとする奴らは俺が全部消す。何ならとっとと届けだけでも出すか?俺の戸籍に入ればお前の出征だろうがお前の親父が何者かなんて関係なくなる。
 とにかく、今は休め。身体も心もまだ完全に回復したわけじゃねぇだろ?それに、エルヴィンの件で参ってるだろう。情報が、もしそうだとして、お前は壁の破壊を目論む人間じゃねぇ、寧ろお前は故郷を追われた側の人間だ」
「うん、うん……っ、」
「エレンと、そして、ヒストリアを匿う事にしたが、念の為お前も身を潜めた方が良さそうだな……。
 とにかく、お前は俺の傍に居ろ……鼻の骨を治すまでは俺の部屋で待機だ、鼻の骨を治す手術をしてから考えりゃあいい、俺はまだやることがあ「嫌だ…っ、リヴァイ……っ、リヴァイ……、怖い、私……もう、嫌だ……ひとりにしないで……」
「オイ、落ち着け……大丈夫だ。もうお前を離すつもりはねぇし……作業なら執務室でやるから、お前を一人にするつもりはねぇ。安心しろ」

 今にも壊れそうな精神状態の彼女を宥めながら、仲間であるエルヴィンの右腕を巨人から救うためだとしても巨人を殺す為、その刃で切断した彼女はその時の刃の感触に、震えていた。
 自分とは違う、その手を巨人の手でしか汚した事のない彼女には酷なことだろう。
 まして、あの男は彼女にとってはまた特別な存在なのだ。
 悪魔に差し出したエルヴィンの右腕はもう二度と帰っては来ない。
 彼はもう団長として高らかな声で戦場を駆ける事が出来なくなってしまったかもしれない。

 エルヴィンは今も意識不明のまま眠り続けており、時折魘され今も苦しんでいる。
 正直危ない状態で調査兵団のトップがその状態の中で、次々と犠牲になり唯一の幹部組の中で残された自分とハンジは混乱する調査兵団を取り囲む様々な対応に追われている現状だ。

 ウミは泣きながら今もエルヴィンの右腕の罪を責め続けている。
 身体も心もボロボロで愛らしい顔の鼻はひん曲がり酷い状態で声もまだ完全ではない。地下街で生きるために歌を歌っていたあの儚い声は、もう永遠に失われてしまったかもしれないと思うと、それならもういっそのこと、兵士なんかやめてしまえばいい。
 一度は淘汰されてしまった二人の間のかけがえのない命をまた腹に宿して自分の帰りを待ちながら暮らしていけばいい。

「もうこれ以上は戦うな」そう告げたい。
 今の自分ならそれが出来るだろう。
 泣いて嫌がる彼女を自身の部屋に閉じ込めるか、兵団から無理やり引き離してしまえばいいのだ。
 もう何処にもウミが行かないで済むのなら。このまま自身の部屋に閉じ込め囲う事も出来る。

 そして、彼女が遅かれ早かれ自分との子供を妊娠してしまえば…きっと、彼女は母親になる。人類最強と呼ばれる自分の遺伝子を持つ子を生せば彼女は兵士ではなく母になる、母になってしまえば壁外には出られない。

 それ以上に自分は今回の件で味わってしまったのだ。
 エレン奪還の為に命懸けで壁外に向かう者達。
 前回の壁外調査で負傷した自分はただ壁内で待ち続けることしか出来なかった。
 さらわれたウミを取り戻すことが出来ないまま歯痒い感情だけに支配され胸に残ったのは後悔だけだった。

 ウミが攫われたと知り、もし、自分が彼女の傍にいたらそんな目には絶対に遭わせなかったのに。ただひたすらに自分を責め続けた。
 その感情が忘れられなくて、だからこそもう何処にも手放したくはなかった。

 もうこれ以上戦うな。
 仇討ちなら俺がやる。鎧の巨人も、超大型巨人も。
 しかし、ウミはリヴァイがそう告げてもそれは望まないだろう。
 まして、敵はその上の二体だけではないのだ。
 ユミルやコニーたちが遭遇した、それ以上の驚異を持つ。
 巨人の中の王者である「獣の巨人」
 ウォール・マリア奪還の前に必ず奴が立ち塞がる筈だ。

 それに、ウミは自らの手で故郷を取り戻すことで、あの日受けた屈辱を晴らしたいと思うだろう。鼻も折られ全身をボロボロにさせられた。彼女にとっては悲願なのだ。

 リヴァイは今までこんな風に作戦から外れた経験など無かった。
 だからわからなかった。仲間達が次々巨人に食われそうな危機の中で無力な自分はただ仲間たちの帰還をただ待つその時間が永遠にも感じられた。そしてその辛さを味あわされた。

 仲間の帰還をただ待つ間、正直次から次へと湧き上がる不安に支配されされたこの心は、とても生きた心地がしなかった。
 自分は理解している。
 人は簡単に死ぬのだ。
 死んでしまえばこれまでの約束も悲しみも、すべてがその時点で終わりを迎える。
 ウミが自分の居ない目の届かない場所で死んでしまうかもしれない。

 ウミの目に見えぬ葛藤、もう二度と兵士には戻らないと誓った彼女は奪われた故郷を取り戻す為に再び兵士に戻った。
 そして、もう二度と自分から離れない…五年間の空白を埋めあうように、兵士として最後まで死地を駆ける覚悟で。

 終わりまで、最後まで、リヴァイと一緒に兵士で居たいと、ウミは真摯に訴えていた。
 自分もそうだ。彼女ともう二度と離れ離れになりたくない。兵士として自分の傍に置いた。
 離れないように「兵士長」の権力を総動員してペトラが死んだ後、直ぐに彼女を自分の副官に置いた。

 そうまでしてウミに共にいて欲しいと望んでしまった。
 置いて逝かれる者の気持ちが痛い位に自分は分かるから…。
 ウミを残して何としても逝きたくはない。
 今まで自分が味わってきた苦しみを同じようにウミにもうこれ以上の置いて行かれる苦痛を味あわせたくはない。
 死がふたりを分かつまで、共に駆ける覚悟は既に出来ている。

「ウミ」
「リヴァイ」

 負傷した痛みを抱えたまま、ずっと眠っていたウミ。ようやく目を覚ましたがまだ本調子ではないし、可哀想なことに鼻は折れ曲がっている。処置が必要だ。

「嫁入り前の顔に……許せねぇ」
「そんな……別に、これくらい大したこと……死ぬのに比べればみんなかすり傷じゃない」
「馬鹿野郎。お前はもっと自分が女だということを自覚しろ。まして生涯でただ一人の……惚れた女がこんな風にされて怒らねぇ男がいるかよ」
「リヴァイ、」
「いいから座れ、これは命令だ」
「っ、こんな時に……職権乱用だよ、」

 こんな時に自分の上官らしく立ち振る舞うなんて。これでは逆らえない。それを知ってか知らずか目の前の男は早くしろと自分を今にも居殺せそうな目付きで
 ウミは大切な恋人でもあり、上官でもある彼に指示を受け、上官の命令であれば逆らえない事を分かっているから。
 自分でやるからと、頑なに聞かないウミを従わせるには権力に物を言わせるしかない。

 公私混同もいい所だが、力強い腕に引かれ、仕方なく
 ウミはリヴァイの善意を受け入れるべく、仕方なく自分から脱ぐからと伸びてきたリヴァイの手を静止すると、彼にくるりと背中を向けカーテンに隠れた。

 透けた素材のカーテンから見えるシルエット、丈の短いカーテンでは足元までは隠しきれないのか膝下までの脚が見えて、1枚1枚服を脱いでいく姿はかえって余計にそれがリヴァイの目にはたまらなく艶やかに映えた。

 5年の歳月を経て成熟した大人の女性の身体へと姿を変えたウミが愛しくて、改めてウミを愛しく思えば思うほど失いたくない大切な存在だと、痛いくらいに胸が切ないほどに愛しくてたまらなくさせられた。

 半端に肌蹴たままのリブニットを脱ぎ、そのまま履いていた黒のズボンも引き下げ、下着姿になったのかその下着も脱ぎ捨てると膝下が一瞬浮いて、今履いていた下着とズボンを脱いだことが伺えた。
 服を脱ぐ動作を流し目で見つめ、素肌にタオルを巻いただけという無防備な出で立ちで姿を見せたウミ。

「お待たせ、しました……」

 まるで今から初夜を共にするような初々しいご令嬢のような気品さえも感じられる。
 そういえば遠い記憶、いつかの資金繰りの集まりの時に調査兵団を贔屓にしている貴族に頼まれたことがあったことを思い出した。
 自分の娘の…そういえばその時自分の代わりにクライスがその依頼を受けたことを思い出した。
 あの男は女たちがリヴァイに向けていた欲の目線をいとも簡単に自分の方へ向けていた。
 まるでウミだけを愛し抜けと言わんばかりに…、だからこそ自分はウミを抱いたままの記憶でいられた。五年間全く誰も抱かずに過ごすことが出来た。

 裸体が丸見えで露になっていないからこそ、余計に卑猥に見えた。
 しかし、そこは恋人ではなくあくまで上官として。
 リヴァイは変わらぬ平常心でウミの素肌に湯で固く絞ったタオルで優しく素肌を拭い始めた。

 裸体にタオルを巻いただけのウミの華奢な肢体は所々熱傷で赤く擦れている。
 眺める瞳は身体を重ね合う時のような触れることはなくただ無心。
 丁寧に傷ついた箇所を労わるようにと、リヴァイはお湯で搾ったタオルでウミの全身を拭き取りながらエレン奪還作戦で傷つき汚れたまま運ばれたウミの身体を丁寧に清め終えると、今度はハサミを取りだした。

「え?」
「ったく……動くんじゃねぇぞ、」

 リヴァイは器用にウミの焼け焦げた髪をジャキジャキと音を立てそのまま切り落としていく。
 硬いタイル張りの床に落ちる優しい色素のそれは焦げ臭かった部分がどんどん切られ、整えられていく。

「地下街に居た頃を思い出すね……」
「そうか、」
「うん……潔癖症なのに……こうして薄泥色に汚れた穢い私をリヴァイはこうしていつも綺麗にしてくれた……」

 懐かしむように涙ぐむウミ。
 もう帰れないあの日々が、今では愛しくてキリがない。

「あの頃に戻りたい……巨人に故郷を奪われる恐怖も、お父さんもお母さんも。ふたりの赤ちゃんが……、私が、この壁の世界の敵側の人間だなんて知る未来なんか、要らなかった……」

 鏡越しにリヴァイの器用な手先によって揃えられていく緩やかな髪は元々くせ毛なのでふわふわの毛先が揺れながら震えていた。

「泣くな、」
「ごめん……」

 こんなに震えて怯えたように泣くウミが今にも壊れてしまいそうだとリヴァイは何か気の利いた甘い言葉でも掛けてやりたいが、あいにく自分はこの手で這い上がる術しか知らなかった。
 自分に這い上がる術を教えてくれたあの男は女の扱いまでは教えてはくれなかった。

 ただ、女と関わるとろくでもない事ばかり起きやがる。嘆くようにそればかりを口にしていた。
 あの男もこうして遠い記憶の中、切なく、狂おしくなる程に誰か、
――……人を愛したことがあったのだろうか。

 もし、記憶の中の美しい母親が生きていたら、もっと女性に対しての印象が変わったのだろうか。

 今まで欲を散らすだけの存在だった、非力な女と言う存在を変えたのは紛れもなく自身の手で髪を切られ、出会った頃の幼げな雰囲気に戻る目の前の愛しいウミ。
 彼女だけ、が自分の唯一。

 彼女の為なら自分は、どんな相手だろうが、どんな巨人だろうが必ずや討ち取る。
 もし、ウミの出生によりその穏やかな笑みを脅かす相手が居たならそれが人間だとしても……この壁の世界を守り彼女を守るためならば…自身の手を血に染めることも、厭わない。と、

 リヴァイの手で綺麗に切り揃えられたウミの髪。
 その毛先はふわりと肩の上で揺れていた。
 腰まで伸ばしていたやや傷んでいた髪はもうそこには無い。あの日、何もかもが灰になって、焼け落ちてしまったから。

 ウミ自身を取り囲む何もかもが今は恐ろしく感じられた。誰かにこの事を知られたら。
 母親は言っていた。壁について何故と口にしたらいけない。と。
 そして、例え心許せる人であっても名前を口にしてはいけない、と。

 壁の事実を知ろうとした者は忽ち姿を消し、二度とは帰ってこない。そして、彼女の母は子供の頃その名前のせいで迫害され、散々な人生だったと話していた。今はもう、その迫害も無いのに、頑なにウミには普通の女の子としての人生を送ってほしいと、頻りに繰り返していた。

 その意味が分かった瞬間、もう手の届かない場所に行ってしまった両親をウミは恨むしかなかった。
 どうして大事な事を言わずに逝ってしまったの?
 問いかけても、もう答えてくれる人はいない。
 お母さんは知っていたの?お父さんがこの壁の世界の人間じゃない事を。

 リヴァイの手で綺麗に拭いてもらった身体をまた濡らしてしまわないように、前かがみになりながら髪を洗い流した。

「お前の髪が好きだ」愛する人はそう言って撫でてくれた。あの日、ウミの中に確かに宿った筈の命と一緒に流れて、自分は彼に相応しい女じゃないと理解して、もう終わった恋なのに。
 彼の事をなかったことには出来なくて、忘れられなくて、彼の為に伸ばしていた髪を切る事が出来なかった。

 伸ばしていた髪はいつもまとめておけば邪魔じゃなかったし、髪を切る暇もないほどあの頃はエレン達を食べさせることばかりで夢中でいたから、あっという間に伸びてしまった。

 正直、髪は乾くのも時間がかかるし、洗うのも大変だった。だけど、それでも切り落とすことが出来なかった。
 この髪を伸ばし続けた間に宿った思い出だけは永遠だから。

 この髪が唯一彼との思い出だった、唯一の繋がりだったから。
 髪を梳くあなたの手が好きだった。
 男らしくて綺麗な筋くれ張ったあの手がそっと撫でて、ウミに触れる。
 あの感触が忘れられなくて、たまらなくさせた。

 濡れた髪をタオルでまとめながら乾かす。
 ふと見つめた両手。
 ああ、そうだ。
 この手が今まで巨人の項を削ぎ、そして
 ――「団長命令だ!!ウミ!俺が許可をする!俺の腕を切断しろ!!」
 私が、あの人の、エルヴィンの右腕を切り落としたんだ。
 腕を切断しなくてもあの巨人を先に仕留めれば……助かる道はあったのではないか?
 今もエルヴィンの右腕を切り落とした時の肉、骨を切断する感触がこの手に残っている。
 幾ら洗っても洗ってもこの手にこびりついた生々しい血の匂い、感触が拭えなくて…。

 この手がリヴァイに触れてもいいのか。
 この壁の世界の敵かも、しれないのに。
 この手であの人を抱きしめる事は許されるのかな。
 この壁の世界で幸せになれるの??

 ――この世界に存在してはいけない存在だとしても。

 少しでもあなたの永遠に満たされない孤独を、少しでも癒やせているのか。
 分からないのに、あなたが微笑めば微笑む程に切なく愛しく恋しくて、彼を浅ましくもまた求めてしまう。
 その力強い手で自分に触れて欲しい。と。
 でも、今のこんな状態の自分を彼はきっと抱きたくは無いと思う、ちゃんとお風呂にも入れていないのだから。

 冬でもないのに酷く肌寒く感じる。
 自分で自分を抱き締めても決して温まることの無い身体を持て余しウミは先に部屋に戻ってしまったリヴァイの待つ部屋に戻る。
 いいや、まだ確信が持てたわけじゃない、そうだ、自分の戸籍を調べればすぐに分かる事だ。
 今はこの身を癒して早く復帰することに専念しよう。
 この数日でリヴァイの傷もきっと癒えただろうから。

「あひっ!」

 ようやく髪を洗い終え、タオルで軽く髪を拭き浴室から出ると、脱衣所の前でリヴァイは立って、出て来るのを待っていたから思わず素っ頓狂な悲鳴を上げてしまった。

「何だ、いきなりマヌケな声出しやがって。みんな起きちまうだろうが」
「ごめん、なさい。もう部屋に戻っていたのかなって、」
「お前を一人にはしねぇと言っただろうが」
「リヴァイ」

 優しい言葉にたまらず彼に歩み寄りその頬に触れる。手の届く場所に彼の顔がある。
 自分だけの。
 良く見つめると、雄々しくも美麗な顔立ちはこの五年間の間に少しだけ老けて見えた気がして。
 そう、普段にも増してリヴァイの顔色が悪い気がした…。
 疲労に満ちてもともと色が白い彼の顔が余計に蒼白しているような気がした。

 リヴァイはエレン達みたいにもう若くはない。
 希望に溢れた未来を夢見ていられるような季節はとっくに過ぎ去っているから。
 いつまでも夜遅くまで起きてやかましく騒いだり出来るような勢いはもうない。
 今回の件で多くの損害が出たはず。
 エルヴィンが負傷してハンジもきっとあの時の衝撃に巻き込まれている筈。
 今、その後処理で忙しい筈なのに、こんな自分を一人にさせないようにとリヴァイは離れずに、無防備な風呂の時程近くに居てくれた。

 見つめるリヴァイの瞳は微かに不安に怯えている気がした。
 いつも無表情だけど、長く同じ時間を共にするうちに彼は決して非情な人間なんかじゃないと知っている。そう思うと、繊細な彼の一つ一つの表情の変化だって見逃したくはない。

 ミケやクライスやナナバやゲルガー達が、トーマを残してみんなが死んだと知って。
 自分が居ない間、彼は自分以上に幹部組の人たちと親睦を深めてきたと思う。
 リヴァイ自身も辛いだろう、しかし、彼は悲しみに暮れる暇もなく、休みなしで対応に追われていた。

 彼も疲れている。後は部屋で休もう。
 タオルで裸を隠したままの状態のウミと私服から団服姿のリヴァイと言う真逆の姿に自分が服を着ていないことが恥ずかしくなってきた。
 その恥ずかしさを誤魔化すように、待っていてくれていたリヴァイが愛しくて、彼にこうして生きてまた会えたことへの安堵に、逞しい胸板に自分の折れた鼻が当たらないようにとそっと頬を寄せて抱き着いた。

「おい、服くらい着ろ、風邪引くぞ」

 ウミの肌を滑り落ちるようにストンと足元に落ちたウミのタオル。
 タオルが落ちてウミは今彼の目の前で何も身に纏っていない真っ新な状態になる。
 未だ半端に濡れたままの髪から滴る雫がリヴァイの服を濡らしてしまう。
 自分自身も知らない顔でリヴァイに縋りついた。
「兵士」であるにも関わらず、こうして縋る自分をリヴァイは、蔑むような眼ではしたない「女」だと軽蔑する?早く服を着ろと促す?

 彼の顔はまだウミを抱く「男」ではない。
 あくまで「兵士長」としての顔を崩さないまま、落ちたタオルを拾いあげようとした。
 でも、リヴァイのその手を制止するようにそのままウミは自分の胸へ持って行くと、リヴァイは静かにウミの心臓の鼓動を確かめるように、ただ感触を確かめていた。

「お前……大きな怪我して声も鼻もやられて精神的にも疲れてやっと目が覚めた。それなのに……」
「こんな私は……娼婦みたいで……嫌……?」

 地下街では非力な女は身体を売る事でしか、生き延びていく術はない。
 男は女の人を求めてお金で女の人を買う。
 そんな女の人達をきっと過去に幾度か抱いたことがある筈のリヴァイ。
 地下街では仕事の後、人肌が恋しくなって、その衝動を昇華させる為だと話していた。
 だから……、何も知らないあの頃のウミは、あの人が他の女の人を抱くのがたまらなく嫌で、だから懇願したのだ。

 自分を代わりにすればいい、他の女の人の所に行かないで。
 まるで……子供じみた嫉妬心、そんな事を告げたウミを大切だったからこそ見守っていたリヴァイは物凄く怒ってキスの仕方さえもよく知らない、ウミを乱暴に抱いた。
「お前をそういう風にする為に助けたわけじゃねぇ」と、そして……。

 今、好き勝手に彼に跨り飢えた獣のように。身体をまさぐる女と同等なことを今している。でも、この行き場のない虚しさをどうか。
 気付けばウミは――……この現状から逃れるように自分から彼の唇に唇を重ねていた。

「ウミ」
「リヴァイが足りない――」

 お願い、私をあなたで満たして。
 もっと体から、魂から生きてるんだって、実感したい。
 伸ばした手を男は静かに受け止めた。

To be continue…

2019.11.26
2021.02.08加筆修正
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