THE LAST BALLAD | ナノ
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#50 ただいまとおかえり

 エルヴィンを始め、ミカサやコニー、クリスタ、そしてウミ、傷ついた兵士たちの姿を見渡しながらコニーは自分たちが生き延びた安堵と想像だにしなかった過酷な死地からの生還に色んな感情を込めはらはらと抑えきれない涙を流していた。

「ほらコニー。もう一息だ」
「うぅ……」
「立てよ」
「信じられねぇ……。俺が……生きてるなんて……」

 周囲を見渡し、エレンは深い自責の念に駆られて立ち尽くしていた。

「オレがまた攫われて……そのために……何人……死んだんだ?」
「ここから出発した時は憲兵を含めて100人はいたと思う。まぁ……経験の足りない憲兵にはやはり荷が重くてな……気の毒に……行きで大分食われたよ。そっから先は覚えてねぇが、この壁の上にいたのは40人ぐらいだった。その中でも立って歩けるのは……その半分ほどだ。調査兵団は熟練兵士の大半を失っちまった……。どうなるんだろうなこれから……」
「でも……帰りは損害が無かった。巨人が僕らを無視してライナーに向かい続けていったからね」

 そして静かにアルミン達に問いかけると、ジャンは正直にこの悲惨な現状を見てエレンへ伝えるのだった。はっきりエレンのせいだとは言わないが、事実、自分のせいでハンネスは死に、調査兵団の団長で在り貴重な存在であるエルヴィンは右腕を失い、ミカサはあばら骨を折る重傷、そしてトロスト区奪還作戦でも生き残った自分達新兵はまた生き残ったのだ。熟練の兵士が死んで新兵の自分達が生き残ってしまったう。そんなエレンを見てアルミンなりに彼を励ますようにエレンを見つめて告げた。

「女型の巨人は叫び声を上げて巨人の攻撃目標を自身に差し向けることができた。あの時……巨人の攻撃目標をあの巨人や鎧の巨人に差し向けたのは……エレンじゃないの?」
「……オ、オレは…あの時は…訳わかんなくなっちまって……何が起こったのか……まったく……」
「お前が巨人を操ったって言うのか!?」
「イヤ……まだ何も」
「そりゃお前……そんなことがもし……本当にできたとしたら……」
「それ…本当かよ…エレン、そうか……だからあの時巨人があっちに行ったのか……、あの時……あのまま巨人と戦ってたら……みんな死んでたぞ」
「辛い立場だろうがな……エレン、お前を取り戻すために団長の片腕が食われて、ミカサのアバラは砕かれ、ウミは喋れねぇし見た目も酷い有様だ。……そんで、お前らのおっさんや6割の兵士が死んだんだ。その代償に見合う価値がお前にあるのか…俺にはまだわかんねぇけど、お前を取り戻すために死んだ人達を……活かすか殺すかはお前次第なんじゃねぇのか?」
「は……調査兵団になってからお前が説教する側になっちまったな」

 突然のジャンの言葉に誰もが黙り込む中、喧嘩口調ではなくまるでエレンを励ますかのような言葉にエレンは純粋にそう告げるとみんなもそれに同意していたようだった。

「はぁあああ!? ふっざけんな! てめぇがうじうじ言うようになっちまったんだろうが!」
「イヤ、本当に気持ち悪いぞジャン。お前急にクソ真面目になりやがって……」
「人相は悪人面のままなのに……」
「……いいかお前ら。俺はなぁ……お前らの大好きなミカサちゃんをカッコよく助けた恩人なんだぞ?」
「ありがとうなジャン」
「……は!?」

 昔から水と油のような2人が今はこうして励ましたりするなんて思いもしなかっただろう。そして突然自分に感謝の言葉を伝えてきたエレンに今度はジャンが驚く番だった。

「おかげで、これ以上はうじうじしなくてよさそうだ。お前の言う通り、もうやるしかねぇよ。
 ・絶対に巨人を操ってやる。
 ・ウォール・マリアも塞ぐ。
 ・ライナーの奴らを捕まえて償わせる
 ・ハンネスさんやみんなの死を人類存続の功績とする……それがオレのなすべき償いだ」

 ググッ…と眼前に持ちあげた拳を強く握り締めて、エレンは改めて自分の力を持って成すべき事を成すのだと誓う。
 この先、ウォール・マリアで待つこれから自分達が戦うべき相手をなんとしても倒し、そして今は亡きハンネス、志半ばに散っていった兵士達の為に。彼がただ願っていた平穏な日々を取り戻すことを心から誓うのだった。

「ん!? ……ちょっと」

 リコの声に振り向くと、エレン達の側で介抱を受けていたヒストリアがリコの制止の言葉も聞かずに腕の中から立ちあがり、覚束ないふらついた足取りでどこかへ向かおうとしている。

「クリスタ!? ……何して……」
「違うよ……私の名前はヒストリア。エレン、壁の向こうに早く行こう」
「……お前……、まだ立たない方が――」
 エレンの肩を掴み、普段の誰にでも優しい笑顔を浮かべていた男子のアイドルだったクリスタでは無いここでは無い別人のような必死の形相で訴える。

「私はいいから!!早くユミルを取り戻さないと…!!早くしないと遠くに行っちゃうから!!」
「オ、オイ……」
「ちょ ちょっと」
「エレン強い人でしょ!! 巨人の力で何とかしてよ!! あ……!?」

 捲し立てるように欠損した腕が回復したばかりのエレンを激しく揺さぶり、ヒストリアは急いでユミルを取り戻しに行こうと呼びかけるも、もう精神的にも体力的にも限界だと言うのに無理やり立ち上がった為に眩暈を起こしてその場に崩れ落ちるヒストリアをリコが冷静に諌める。

「落ち着け新兵。君は心も体も疲弊しきっている」
「……ユミルは…ライナー達にオレと連れて行かれてからもお前の心配をしてた…どうやったらお前がこの状況で生き残れるだろうかとか……ユミルにはお前のことしか頭にないみたいだったよ……でもオレにはよくわからねぇけど……ユミルは最後自分の意思で向こう側に行ったんじゃないのか?」
「俺もそう思った……。あいつはライナーとベルトルトを助けるために行っちまったんだって……」
「結局ユミルは……何だったのかわからないヤツだったな……」

 口々になぜユミルはヒストリアから離れてライナー達の方へ行ってしまったのか、理解に苦しむ中でユミルと自分のために生きようと呼びかけたヒストリアはユミルに裏切られたという気持ちでいっぱいだった。
 誰にでもイイ子の振りをしていたクリスタはもうどこにもいない。
 いるのは、誰からも愛されず疎まれていたヒストリアというたった1人の少女、だった。

「……許さない……何で……私……より……あっちの方を……選ぶ……なんて……い、一緒に……自分達のために……生きようって……言ったのに……私を置き去りにして行くなんて……裏切り者……絶対許さない……!」
「クリスタ? どうした……? お前らしくもない」
「あはは……! クリスタ!? クリスタはもうやめたの! もうどこにもいないの! クリスタは私が生きるために与えられた名前なの!」

 イイ子のフリをしていたクリスタはもうどこにもいない。もう彼女は死んだのだとヒストリアは自嘲した。そして、今残されたの何の力も持たない生まれては行けなかった存在として疎まれて死ぬ場所を探していた、ヒストリアなのだと。

 ▼

 傷ついたウミを連れてリヴァイは負傷兵をいつも診ている医師の元に居た。
 また彼女は無茶をしたのだろう。エレンと共に連れ去られたウミ。
 そんな中で危機を脱し、エレンを取り戻す為に必死に壁外を駆けずり回って活躍したと話していた…。しかしその代償にリヴァイと出会い共に過ごしてきた中で今まで以上のひどい怪我を負い、傷ついてボロボロに疲弊した小さな身体は限界を迎えていた。
 負傷し、壁外へ行けない自分はずっとトロスト区でニック司祭の監視を命じられていた。その中で、自分のいない場所で今度こそウミが死んでしまうのではないのかと思うと、とても生きた心地がしなかった。自分はウミに似た子供と共に壁外から帰還する自分を待っていて欲しいと願望を口にしていた。

「(ウミ……)」

 先に運び込まれ、緊急の手術を受けたエルヴィンが巨人に差し出した腕を切断したのはウミだったそうだ。
 医師達も驚くほど、その右腕の切断面は潰れることなく綺麗に切断されているとの事だった。
 応急手当が済んだおかげで虫の息だったエルヴィンは奇跡的にその命を繋ぐことが出来た。それは紛れもなくウミのお陰である。
 しかし、エレンを奪還するべく捨て身で挑み悪魔にくれてやったその右腕は永久に失われることになるのだった。

 そして、野生動物だと同期に言われるほどに新兵とは思えない戦闘力を持つミカサまでもがあばら骨がバラバラに折られ、今回の作戦の中でウミは特に重症だった。

 超大型巨人の攻撃を受け、その咥内に放り込まれ連れ去らわれたウミ。
 熱に晒された小さな体は馬に揺られ続けもう限界だった。
 ウミにとって故郷を奪い母を殺した因縁の相手がなぜウミをさらったのかまで理由は分からない。
 しかし、あの燃えるような超高温の咥内に放り込まれたダメージは深刻なものだった。
 少しでも処置が遅れていたら死んでいたかもしれないと聞き、リヴァイは心底自分の無力さをこれほどまでに呪ったことはなかった。
 自分が巨大樹の森でヘマをしなければ…。絶対にこんなふうにウミを傷つけさせはしなかった。

 だからこそリヴァイは伝えるつもりだった。
 もう戦わなくていい、ウォール・マリア奪還なら自分が何としても果たす。だから、もう兵士は引退し、これからは自分の妻として今度こそ添い遂げて欲しいと。
 普通の家庭を持つ女性としての未来を、もうこれ以上戦いに捧げなくてもいいのだと。
 しかし、調査兵団が壁外に作戦中ただ「待つ」という行為がこんなにも過酷なものなんて。自分よりも年若い者達が泣きながら生を確かめて、傷だらけの姿を見てどれだけ過酷なものだったのかを理解した。

 こんな気持ちで愛する者の帰りを待つなんて…とてもじゃないが心配でたまらず悪い予感ばかりが脳裏を支配して、ボロボロに押しつぶされそうだった。
 しかし、ウミは傷つきながらも自分との約束を守り帰ってきてくれた。

 すぐにウミを運び、どうか俺の妻を診てくれ、と。大勢の人の前でそう告げて差し出したウミの自分よりも小さな傷付いたその身体は幾度もの戦闘と、度重なるストレスによって心身共に疲弊してボロボロだった。そして何よりも、地下街で刈り取られてしまった時からずっと大切に伸ばしていたウミの髪は肩上までチリチリに焦げてしまっていたのだ。
 ウミの長い髪が好きだった、どうしようもなくその髪に触れていたくて。たまらなくて。

「リヴァイ兵長、お待たせしました。ウミさんの処置、無事に終わりました」
「どうだ。俺の妻の容態は」
「全身の熱傷が酷く……よくここまで我慢していましたね。そして鼻は完全に折れてはいないようですが、くの字に曲がっているので……女性ですし、今後のことも考えると形成手術をされた方がよろしいと思います」
「そうだな、よろしく頼む」

 傷ついたウミを運び、優先して診てもらう。再会してからウミがここに運び込まれたのは何回目だろうか。医師もすっかりウミの診察に慣れたのか前回の傷の経過も確認しつつ様子を見てくれた。

 鼻の手当を終えて、リヴァイはベッドの上で処置を終えてすやすやと瞳を伏せ穏やかな表情で眠るウミを見つめながらその小さな手を握り締めていた。

「リヴァイ兵長。少し、お話が……」
「何だ、」
「ウミさんの事で……以前から少し気になる所がありまして……」
「……聞かせてもらおうか」

 自分が幼少の頃あの男から手ほどきを受ける中で、ウミはウミで父親の手ほどきを受けていたと話していた。
 15歳になり、調査兵団の兵士として頭角を現し、そして自分と出会うまで過酷な壁外を生き延びてきた。そして、地下街に堕とされてからも必死に戦い生き延びてきた。
 闇市で立体機動装置を手に入れてからはウミもその実力を使い共に盗賊まがいのことをしながら暮らした。
 いつも休む暇なくウミは文句も言わずに見た目は非力な女なのに、男顔負けの戦闘力を持つ彼女はずっと戦いに明け暮れていた。
 その間にウミは自分との子供を身籠っていたのに...それを知るには何もかもが遅すぎた後だった。

 それを機にウミが兵士を辞めてからも彼女は心休まる日はなく、むしろウォール・マリアを超大型巨人が襲来した事により、余計に過酷な日々を強いられることになるのだった。

「実は……脳の検査でウミさんの身体に――見つかりまして……その――ですから……」
 ――「リヴァイ、私はこれからもリヴァイの傍に居るよ」

 普段滅多に表情を変えたりしないリヴァイの瞳が揺らぎ、言葉を詰まらせそしてウミを見た。
 明るい無邪気な声が聞こえた気がした。
 その先の医師の言葉がやけに遠く、そしてうまく聞き取れなくて…ただ、その眠る顔が穏やかであることを確かめるようにいつまでもいつまでも見つめていた。
 お互いに離れ離れの5年間の空白の日々をこれから埋めていこう。ひとつひとつ、生きている限り人は何度でも思いを繋ぎ合えるのだから。
 そして、これからはすれ違いの分を取り戻して歩いて行こう。
 そう誓い合いそしてウミと交わした約束。
「必ず生きて帰る」と。そして、ウミはエレン奪還作戦の戦力の要として勇敢に戦い、その約束を果たしてくれたのに。
 ようやく5年間の沈黙の果てに結びあえたのに、今度は自分は永遠にウミを失ってしまうのだろうか……。

 疲れ果て外傷だらけで人形のようにすやすやと眠るウミは自分の知らない場所でもきっと痛いも辛いも堪え、決して人前で泣かずに自分との小さな約束を胸に秘めて我慢していたのだろう。
 他人の痛みには誰よりも敏感なくせに、自分の痛みに鈍感で。
 自分の身体を顧みず酷使したことによって女の命である顔も声もボロボロになって。

「リヴァイ兵長、ただ、まだ完全にそうだと決まった訳ではありませんのでお二人の将来の為にも……リヴァイ兵長? 大丈夫ですか?」

 リヴァイはもう医者の話をまともに聞けるような状態ではなかった。ただ、脳裏にはウミとの出会いから今まで、そして別れそして今現在の事を思い浮かべていた。
 小さな身体はとっくに悲鳴を上げていたのに。自分はまた今度こそウミを永遠に失うのかと思うと自分の目の前でどうすることも出来ずどんどん弱り果て朽ちていくように死んでいった美しい母の変わり果てた姿を思い出していた。
 弱々しくやせ細り冷たくなっていく母の姿に幼い自分はどうする事も出来ず、ただ膝を抱えていた。

 その中で母に会いに来た長身の男と暮らした日々。
 やがてその男も自分の前から去って行ってしまった。
 その中でファーラン、イザベルと出会いウミと出会い、そしてファーランもイザベルも死んだ。
 ウミも去り、今度こそ自分は本当に一人になった。
 自分を慕ってくれる仲間たちか出来た。
 しかし、調査兵団は死と隣り合わせの世界。
 常に別れが付き纏うこの世界で永遠を求めてはいけない。だからウミはこの死神が付き纏う世界から引き離したかった。

 しかし、ウミはそれを拒むだろう。
 もし自分が離れた場所でリヴァイが死ぬなんて耐えられない。それならば死ぬまで共に在りたいと願うだろう。

 ウミはいつも自分の傍にいた。
 どんなに拒んでもどんなに否定しても、ウミは自分しか頼れる人がいないのだとこっちの気も知らずに笑顔を浮かべて居た。
 出会った頃はイザベル以上に手のかかるガキだと思っていたのに。
 いつも自分の輪の中にウミは居た。
 今は妙齢の女性として成長しているのに、寝顔だけはずっとあどけないままで居て。
 この寝顔はいつまでも当たり前で、永遠に見つめていられる権利があるのはこの自分だけなのだと自惚れていた。
 その笑顔さえも今度は永遠に失われてしまうなんて考えたくなかった…。
 これは悪い夢の途中、自分は未だ目覚めていないだけだと。

 男は部屋に戻りその場に崩れ落ちるように腰掛けた。エルヴィンが負傷し、ミケが行方不明の今、残された頭は自分とハンジだけだ。
 2人で結託してこの先の調査兵団を引っ張っていかねばならない。
 エレンとヒストリアを隠し、ニック司祭を匿いこれからの事を考えなければいけないのに、その先をまだ考えられなかった。
 唯一、愛した存在の命が永遠に失われてしまうかもしれない未来。
 噛み締めた唇から流れる赤は男の無念を現していた。

 ▼

「リヴァイ……?」

 長い長い眠りを見ていた気がする。
 ふ、と。
 浮上する意識の中でようやく目を覚ましたウミは、空耳かどうかまでは分からないが彼が自分を呼ぶ声が確かに聞こえた気がして起き上がっていた。

 ぼんやりする思考の中、瞼をこすりながら起き上がろうと身じろぐと、ふと自身の腹部を包むように覆う太い太い腕がある事に気が付いた。

 そっと振り向くと自分を後ろから抱き締めるように眠るそこら辺の女性よりも端麗な寝顔がその視界いっぱいに飛び込んで来た。

 驚きながら口元を手で覆い何とか堪える。
 目覚めの一番に飛び込んで来た彼の寝顔は今まで長い付き合いがあるウミでさえもなかなかお目にかかれない貴重なもの。
 元々睡眠が浅く、自分と離れていた間は兵士長という何かと忙しい立場である彼はよく椅子に腰かけたまま軽い仮眠だけで済ましてしまう日もあったそうだ。
 そんな貴重な彼の寝顔を暫し堪能した後、こんな自分でも彼を熟睡させることが出来るのだと、自分だけだと言う喜びを噛み締めながら、蘇る現実に押しつぶされる前にランプの明かりを頼りにベッドから抜け出した。

「あー……あー……ああ……良かった……」

 あれから自分はどれだけ眠っていたのだろう。今は夜中なのだろうか。あれからどれだけの時間が流れたのだろう。
 声もまだ本来の声の大きさを出すことは出来ないがほんの少しだけ出せた声に失声したわけではないのだと安堵した。
 よかった、声はだいぶマシだ。どれだけ眠っていたかわからないが整理が行き届いた清潔な空間。仄かに香る紅茶の匂いは愛しい彼の部屋だと知る。

 今調査兵団はどうなっているのだろう。そして自分の負傷したボロボロの身体のその後が気になり、リヴァイの部屋を後にして幹部が使う棟にある浴場に向かう。
 洗面所で顔を水で思いきり洗おうとしたが、鼻をライナーに折られたことを思い出し、恐る恐る鏡に映る自分の顔を覗き込んでみた。

 リヴァイにだけは見られなかった想像以上に酷いと思っていた外傷はやはり思った以上に酷かった。
 焼け焦げて肩に着くくらいまで短くなってしまったチリチリの毛先、そして鼻には布が宛がわれており、出血や痛みは感じないがまだ完全に治っていないことを示していた。
 気道熱傷は以前より回復しているが、全身がヒリヒリ痛いのはまだそんなに時が流れていないからだと、そう感じていた。

「あ……、」

 ふと、鏡越しに鋭い三白眼がこちらを伺うように見ているのに気が付いた。
 その腕に抱いていた温もりが無い事に気が付き、眠りが浅いから直ぐに気が付いて後を追ってきたようだった。

「リヴァイ……! ごめん、せっかく寝てたのに……起こしちゃったね……」
「声……小せぇが出るようになったな。具合はどうだ」
「ん……大丈夫、もう何ともないよ。あれからずっと私眠ってた? どのくらいの時間が経ったの?」
「あれからお前は三日も眠ってたんだ。薬が効いたみたいだな、それなら良かった」
「私……また……ごめんね、リヴァイ」
「良い、」
「でも、私……そうだ、皆は? 無事? あとミケさんやクライスは?」

 リヴァイは嘘をつかない誠実な人間である。
 口が悪いのはあの男の元で育ったからで、根本的な部分は地下街では兄貴分として、今も兵長として、見た目は怖いし口も悪いが彼は誰よりも痛みを知り、そして誰よりも優しい。下手な嘘でごまかし傷つけたりしない。

「……死んだ」
「……死んだ…………」
「クライスも、ミケも…………ウォール・ローゼの壁の穴を探索する中で、ミケの捜索も行われたが…………未だに行方不明のままで、どちらにせよ生存は絶望的だと、死亡扱いで処理した。ガキどもを監禁していた施設でミケの馬が死んだ状態で発見されたからな。クライスは半身食われかけた状態でタヴァサが連れてきた」
「そっか……そう、だよね、
 ふふふ、そうかぁ、」

 背中を向けながらウミは誤魔化したように笑っていた。仲間が死んだのに笑うなんて、彼女の事をよく知らないものは彼女を責めるだろう。
 しかし、ウミが笑っているのは悲しいからだと、リヴァイの前でしか泣かないと小さな約束を頑なに守り続けているから。

「ウミ」
「リヴァイ」

 どうして?ウミが人知れず口にした小さな疑問はやがて風に揺れて消えた。
 リヴァイは何も言わずにウミを抱き締めていた。
 今にも壊れてしまいそうな危うげな表情で泣きたくても泣けない彼女のことを深く思いその痛みにただ寄り添った。

「エルヴィンの腕を切断したのは…………私なの、」
「知っている。だから何だ、お前の判断は悪くない、で無ければエルヴィンは今頃ミケたちと同じ場所に居たかもしれねぇ、そうなりゃあ団長を亡くした調査兵団はますます存続が危ぶまれていたかもしれねぇ」
「でも…………私は、」

 失われた命は還らない。
 調査兵団の実力者だったミケの死はリヴァイにも大きなダメージを与えていた。
 地下街で自分達に接触してきた中で自分を追跡して交戦したのはミケだったのを今も覚えている。

 クライスの死、そしてミケ、ナナバ、ゲルガー達ミケ班の精鋭たちがほぼ壊滅に追いやられ、そして。
 ウミは笑いながら涙を流しそしてリヴァイを睨みつけていた。
 その大きな瞳にいっぱい涙を溜めて、苦しそうに、悲しそうに、それでも精一杯無理して笑うから余計に居た堪れなくなり抱き締めていた。

「私はね、誰も助けられなかったの……!!! エルヴィンの腕が巨人に食べられたのも私が近くに居たのに助けられなかった……それに、ハンネスさん、っ、ずっと私たちを見守ってくれていた。シガンシナ区を巨人から取り戻したら……みんなでお酒を飲もうって、約束したのに……! もう居ない!果たせなかった……みんな、死んでしまったの……!」
「もういい、もうそれ以上ベラベラ喋るんじゃねぇよ。まだ治ったばかりじゃねぇか、喉痛めちまうぞ」
「っ……お願いだから、優しくしないで……っ! 優しくされると辛いの!責めてよ!? ねぇ! お前は何のために調査兵団に戻ってきたんだって!! 言ってよ!!!」
「ごちゃごちゃ騒ぐな。言わねぇ……言うわけねぇだろ。馬鹿野郎……こんな……ボロボロになるまで戦ってエレンを奪い返したお前を、食われかけたエルヴィンを引き戻してよ……本当に……お前は、よくやった。よく生きて戻ってきた。お前は本当によくやったと何度でも俺は言う。言うからな、ウミ」
「リヴァイ……」
「なら、俺を責めろ、肝心な時に何も出来ねぇ。ただ、お前達がズタボロになって帰ってくるのを待つ事しか出来なかった、この無様な俺を...」
「っ……出来ないよ、リヴァイは必死に女型からミカサを庇って怪我しながらもエレンを取り戻してくれたのに……リヴァイを責めることなんて……出来ないよ……」
「なら俺もだ、悔やんだって責めたってもう死んだ人間は帰ってこねぇんだ……ならこれからの事を話し合おうじゃねぇか……なぁ、だからもう無駄に自分を責めるな。ウミ」
「リヴァイ……」

 自分を責め続けるのならもうその言葉を紡げないように、リヴァイは焦がれたように求めてきたウミを受け止めてそっとその腕に抱き締めた。

「お前が無事に帰ってきてくれた事が俺は嬉しい……」
「リヴァイ……、」
「俺の前でしかお前が泣けねぇのなら、ここには俺とお前しか居ない。今のうちに泣いておきゃあいい。もうこれからは泣く暇もないくらいに忙しくなるからな。夜が明けたら合同葬儀、ハンジがラガコ村に調査に行く間に新しいリヴァイ班の編成を行う、お前も付き合え」
「えっ、新しい、リヴァイ班?」
「リヴァイ班を復活させる。お前は104期生とは長い付き合いだろ。ガキの重りは頼んだ。そして無様な負傷兵はもうこれきりだ。ウミ、これからもお前は身も心も俺に尽くせ。俺がいる限りはお前にはもう2度とこんな思いはさせたりしないと約束しよう。いいな」
「うん、ありがとう……リヴァイ」

 彼が新たに編成したとされる新生リヴァイ班。
 果たして彼はどんな考えでどんなメンバーを選出したのか、ウミはその中に自分が居る事が嬉しくもあり、もう彼と離れないで済むようにとしっかり抱き着いていた。

 先程の医者の言葉を思い返しながら、リヴァイは彼女がもうこれ以上傷つかずに済むのなら、離れ難いのなら、どんな危機からもウミを守り、そして彼女が住むこの世界を守るためならば。もう一度、この手を汚すことも厭わないと決めた。

To be continue…

2019.11.16
2021.02.08加筆修正
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