THE LAST BALLAD | ナノ
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#49 座ス標

 あの日、シガンシナ区が堕ちた悪夢の日、あの日からハンネスは親を亡くした自分達にとって親の代わりに自分達を見守ってくれていた大切な人だった。
 それはウミにとってもハンネスは今はもう亡き父と同じ存在だった。
 母を失い、突然三人の親代わりとなり、開拓地での厳しい暮らしと夜は酒場での仕事で疲弊するウミにもハンネスは気遣って、ウミの痩せた身体に食事や酒を与えてくれた。

 シガンシナ区が平和だった五年前、酒を酌み交わして陽気だったハンネスの笑顔、喧嘩の時に一緒に喧嘩したり、笑ってそうして…。何気ない日々にはいつも彼が居てくれた。
 しかし、自分達の育ての親のハンネスはもう、いない。
 絶望的な状況の中、ミカサは誰よりも大切なエレンへと恥ずかしそうに精一杯自分の思いを打ち明けた。
 野生動物と比喩されがちなミカサだが、彼女は誰よりも一途でかわいらしい甘酸っぱい感情をエレンに向ける普通の恋する年頃の女性と変わらないのだ。

「エレン……。私と……一緒にいてくれて、ありがとう……」

「私に……生き方を教えてくれて、ありがとう……」

「……私に……」

 大きな瞳を潤ませほんのり赤く頬を染め、それは可愛らしい年相応の少女の微笑みを浮かべたミカサがエレンの大きなアーモンドアイに映っていた。
 両親が殺されたあの日、自分を助け、帰る場所のない自分に居場所をくれたのは、生きる意味を与えてくれたのはエレンだった。

「マフラーを巻いてくれて……ありがとう……!!」

 花が綻ぶような優しい笑顔で、涙を浮かべこれまでの6年間を、共に歩んできた中で精一杯の笑顔で感謝の気持ちを伝えるミカサ。親代わりのハンネスを失った2人の頬を涙が伝っていた。
 ふと、近付いてきたミカサの顔を見てゆらりと立ち上がるエレン、その表情はまるでミカサを守るように先程まで伏せって泣いていた顔つきから男らしく凛々しい物へと変化した。

「そんなもん……何度でも巻いてやる。これからもずっと、オレが何度でも……」

 カルラ、そしてハンネスを食い尽くした巨人がエレンへ手を伸ばし迫る中、エレンは立体機動装置もない中、大声をあげて向かってきたその手に拳を振りかざした。
 巨人化出来ない自分の姓で犠牲になったてしまった親代わりの彼の死に生まれた新たな悲しみ。何もできない自分への無力さ、その怒りを爆発させた瞬間、エレンの生えかかって回復を待っていた指先が一瞬にして完全に元通りの手になり、そして拳を握り締めてー…。

「アァアアアアァアアァァアア!!!!!」

 ぺチンと音を立てて巨人とエレンの手が触れたその瞬間、束の間の静寂を引き裂き、エレンンとその巨人が触れ合った箇所から電流が生まれ爆発したような感覚に襲われた。それは遠くにいたライナーとベルトルトとユミルたちの脳内を電気信号のように波紋のように広がっていく。
 なんと、エレンが巨人の掌を殴った瞬間、そのエレンの叫びに呼応するかのように…。

「アァアアアァアア!!!!」

 あらん限りの声でエレンが拳を振りかざし、エレン達を喰おうと背後にいた巨人が突然ミカサとエレンではなく、エレンと対峙していたハンネスとカルラを喰った巨人へと吹っ飛んでいきそのままタックルする勢いで抱き着いたのだ。
 ウミが巨人に囲まれ万事休すだと膝をついた時、ウミと対峙していた巨人が突然そのエレンの叫びに振り向くとそのままウミに背中を向けて去って行ってしまったのだ。

「え…(どういう事…? エレンの方に…???)」
「エレンが…巨人を集めたと言うのか…いや、いい、ウミ。君も早くタヴァサに乗るんだ。今なら壁内に帰れる。今は考えるな、ひとまず逃げるぞ。このままでは馬に揺られる体力まで無くなる……」

 エルヴィンの声に導かれウミは巨人が巨人を喰う、その異様な光景を眺めつつ既に限界などとうに越えた2人は急ぎその場を離脱する。
 そんなエレンの声に導かれるかのように巨人が一斉に動き出し、調査兵団と対峙していた筈の巨人が次々とエレンの元へとまるで操られたかのように向かっていくではないか。エレンの元へ駆けつけた巨人たちはあっという間にカルラとハンネスを殺した巨人を取り囲むとそのまま四肢を引きちぎりそのまま巨人同士でその巨人を貪り食いだしたのだ…!

「え…っ? えぇ…???」

 あっという間に喰われていく巨人、誰もが突然の巨人たちの行動、その光景に呆気にとられる中、奇妙な光景が広がっていた。抵抗する間もなく全身引き裂かれるように不気味な笑みを浮かべたまま食われていく…。

「何で……あいつが……食べられてるの?」

 負傷して動けないミカサを背負い、急ぎその場を離れる2人。
 コニーたちも相手していた巨人たちが一気にエレン達を食べようとしていた巨人が狙われた事で逃げるなら今が好機だと馬に乗りその場を脱する。

「何か……よくわかんねぇけど。今のうちだ!」
「早く逃げましょう!!」
「うん!」

 その中で、巨人化ユミルの中でユミルはようやくなぜあの二人が必死になってエレンをさらおうとしていたのか、理解するのだった。
 ライナー、ベルトルト、そしてアニの3人はエレンの中に宿る巨人を操る力を持つ「始祖の巨人」の能力を求めてこの壁の世界まではるばるやって来たのだ。
 自らの意思で巨人を操ることが出来る古来より伝わりしその「始祖の巨人」しか持つことが出来ない能力。それを探していた彼らにとってエレンがその能力を有していたのは大きな問題だった。

「(そういうことか…だからライナー達は必死こいてエレンを……だとすりゃこの壁の中にも……まだ、未来がある)」

 冷静に思考を巡らせ先ほど流れた電気信号はエレンが下した巨人たちへの指示。
 エレンが居ればこの壁の世界も…ヒストリアも。

「エレン! ライナー達が!!!!」

 急いで巨人から距離を取るエレンの元へ突進していく鎧の巨人に扮したライナーの姿がそこにはあった。ライナー達は非常にまずい展開になったと急いでエレンを奪おうとこちらに向かって大きな足音を立てて襲い掛かろうとしている。

「(最悪だ……よりによって「座標」が…最悪の奴の手に渡っちまった……、絶対に取り返さねぇと……! 間違いねぇ……断言できる。この世で一番それを持っちゃいけねぇのは…エレン…お前だ!!!!)」
「来るんじゃねぇー!!! てめぇら!!! クソ!! ぶっ殺してやる!!!」

 自分達に巨人を投げつけ壊滅させようとした彼らへ怒りを爆発させたエレンの叫び、主であるその声に呼応するように、電気信号を受けカルラとハンネスを捕食した巨人を平らげた巨人達が今度はエレンの呼びかけに従い、一斉にくるりと振り向く。
 全員の瞳は不気味な赤に染まり完全にエレンンの爆発した怒りによって動いている。
 その延長線上にいたライナーに向かって今度は一斉に走って駆け寄りどんどん集まってくる。

「(まずい……まずいぞ……ベルトルトを……守り切れねぇ!!)」

 そしてエレン達はその隙を塗ってようやくエルヴィン達の元へとたどり着くことが出来たのだった。

「ひ……何だ、巨人が!」
「エレン、乗って!!!」
「アルミン、」
「早く!!!!」

 アルミンも気絶したジャンと共に巨人に囲まれ絶体絶命の危機だったが、エレンの叫びの力で逃れることが出来た。
 気絶したままのジャンを落とさぬよう手元で固定し、アルミンもジャンの愛馬に乗り込んで馬を引き連れエレン達の元へと駆け付けた。
 取り囲まれた鎧の巨人たちから逃げるべく、撤退を開始する調査兵団。
 エレンは負傷したミカサと共に馬に乗り込みミカサは離れないようにエレンの腰に腕を回して危機を脱した。

「この機を逃すな!!!! 撤退せよ!!!」

 エルヴィンが残り僅かな力を振り絞り、調査兵団達はエルヴィンの撤退命令に従い帰還する。聞こえた声にヒストリアたちも近くで待たせていた馬に乗り込み、急ぎついて行こうとしたその時、ユミルの背後でベルトルトの情けない悲鳴が聞こえた。

「うあああああ!!!! 来るなぁあぁ!!!」
「ユミル?」

 ユミルの視線の先では、剣を振り回して必死に巨人を追い返そうと叫ぶベルトルトの姿があって、即座に振り向いたのはユミルだった。
 いつまでも動かないユミルに対し馬を走らせながら叫ぶコニー。

「オイ、ブス!!! 何やってんだ早く帰るぞ!!!」

 ベルトルトとライナーはエレンの怒りに触れ、巨人たちかに囲まれ絶体絶命の危機を迎えていた。ユミルは一向にその場を動こうとしない。
 駆け寄ってヒストリアの柔らかな金糸の髪にそっと手を伸ばすユミル。
 鋭い爪でヒストリアを傷つけぬように細心の注意を払いながら指の背で優しく彼女の金糸の髪にさらりと触れて、頭を一撫でし、そしてー…静かに呟いた。

「ゴエンア(ごめんね)」
「え?」

 それがユミルが最後にヒストリアに伝えた言葉だった。
 ヒストリアたちに背中を向け、ユミルはベルトルトとライナーの応援に駆け付け二人の危機を救うために自ら残る決断をしたのだ。

「ユミル!? どこに行くの!?」
「止せ!!」
「でも!!」

 それは彼女なりのサヨナラの言葉だった。
 愛しい少女から離れ、ユミルはベルトルトたちの元に駆けて行ってしまった。
 もう手を伸ばしても届かない。
 そして、これ以上「鎧の巨人」が調査兵団を追って来ることは無かった。
 馬を駆けひたすら壁内を目指す調査兵団。
 誰もが疲弊しながら無言で馬を走らせていた。
 すっかり日は沈み、ようやく長い長い激闘の日は落ちたのだった。

 夜のとばりに包まれた平野を駆けながらエレン、ミカサ、アルミンは涙を流しながら夜空に浮かぶ星にハンネスとの思い出を描き、そして彼の死を悼んでいた。
 ハンネスが死んだと聞かされたアルミンはエレンを救うために犠牲となり命懸けでエレンを守り抜いたその悲しみに顔を歪め、大きな瞳からボロボロと溢れる涙が止めどなく流れ、止まらなかった。

 生き延びた104期生達も同じだった。
 かつての同期の裏切り、別れ。
 そしてー…誰よりも幼い自分達と共にしてきた恩人の死。
 ミカサはエレンにしがみついて馬に揺られ、ハンネスを思い泣いていた。
 エレンを無事にライナー達から取り戻す事には成功した。
 だが、それ以上に失われた犠牲があまりにも多すぎて…ここを出発した時はあんなに大勢の人がいたのに…。この作戦で壁外に不慣れな憲兵団はほとんど死んだ。調査兵団も、もう自分達しか残っていない。

 誰もが言葉なく静かに無念の帰還を果たしていた。
 喪われた命はもう2度とは帰らないし、この心にぽっかり空いた胸の傷みが癒える事はない。

 ウミは夜の闇の中でも、どうしてもまだ彼の死を受け入れることが出来なくて、そしてライナーとベルトルトが自分たちの故郷を奪ったことが信じられず、未だ受け入れがたい現状に涙を流すことが出来なかった。
 今まで調査兵団に長く身を置きすぎて人が死にすぎたせいですっかり泣くと言う感情がマヒしているのかもしれない。
 しかし、マヒしていなければあまりにも別れが多い調査兵団では生き抜けない。
 人の生き死に触れて心が折れてこのまま感情を殺さねば先に心が壊れて狂ってしまいそうだった。だから自分は感情に蓋をした。
 人はそんな自分を冷血だと、蔑む者もいた。
 確かにそうだ、自分は今もこうしてハンネスが死んでしまったのに、泣けずにいるのだから。
 どうしても未だ彼が死んだことが信じたくなくて…ただ、ただ、脳裏にハンネスの笑顔を思い浮かべていた。

「(ハンネス……)」

 未だウミの優しいその声が戻ることはない。口は動くのに必死に絞り出した声はあまりにも低く、掠れていて潰したヒキガエルのように醜く聞き取れなかった。
 こんな声じゃ誰にも自分の醜い泣き声なんて聞かれたくない。

 ただ、せめて彼の遺体だけでも家族の元へ帰してやりたかった…。
 今作戦でエレンを守るために駐屯兵団の身でありながら討伐補佐も望めない中で巨人へ真っ向から勝負を挑み一番活躍した英雄は彼である。

 彼だけではない、今までもそうだった。
 遺体を持ち帰れず壁外に置き去りにしたままの人は今までも多くいた。
 こうして悲しみに悲観して泣いてもこの現状は変わらない、彼が泣いても戻ってくる事はないとわかっている。
 幼い頃から近所で自分を見守り続けてくれていたハンネス。
 エレンを取り戻し、そしてあの日常と平穏な日々がまた訪れることを誰よりも願っていた彼の分まで必ずウォール・マリアを奪還し、そしてシガンシナ区を取り戻す。

 その死はあまりにも大きすぎる死、だった。
 犠牲を覚悟でエレンを死に物狂いで奪還したが…。
 それにしても今回の作戦で犠牲になった数はあまりにも多すぎた…。
 団長であるエルヴィンまでもが危うくその身を喰われかけた。
 エレンなき世界に未来はない。今作戦で巻き添えになった憲兵団と駐屯兵団の精鋭たちも失い、調査兵団はますますその存続を危ぶまれる事になる。

 ――ハンネス
 カルラ・イェーガーを捕食した巨人・カルライーターと遭遇し奮戦するも、孤立無援の中、討伐補佐を受けられぬままカルライーターに捕食され死亡。

 ▼

 ――ウォール・マリア シガンシナ区
 そこには巨人に破られてから5年間あの日のままで時が止まり、ゴーストタウンと化したシガンシナ区の景色があった。

「くっそ〜〜〜〜やっちまった…何でこんな…」
「ユミル……、結局、何でオレ達の所に来た?」
「あぁ……? そりゃ、私が馬鹿だから……だな。里帰りの土産になってやってんだよ。手ぶらじゃお前ら帰ってくれねぇだろ?」
「ユミル……このまま故郷に行けばお前はまず助からないんだぞ……? 逃げるなら……今だ」
「……何言ってんだバカ野郎、私はもう疲れた。もういいんだよ……もう」
「ユミル……何で……僕を助けてくれたの?」
「お前の声が聞こえちまったから、かな……。お前らがこの壁を壊しに来なければ私はずっと覚めない夢を見てたんだ。私はただ……その時借りた物を返してるだけだよ、お前達の境遇を知ってるのは私だけだしな……。私も同じだよ……自分じゃどうにもならなかった」
「……ありがとうユミル……すまない」

 人影も消えたシガンシナ区の壁の上。命からがらエレンが操っていた巨人の猛攻から逃げてきた3人は何とか逃げ延び壁の上で息を切らしながら安堵していた。
 ユミルは楽園送りにされてから二人の仲間であるマルセルを喰って彼の持つ「顎の巨人」の能力を継承したからこそ出会えたヒストリアという自分にとって誰よりも大切で大きな存在。
 彼らがこの世界に来なければ自分は今もヒストリアに出会う事もなくこの世界を永遠にさ迷い続けていただろう。
 そして、ヒストリアもクリスタとして死んでいたかもしれない。

「いいや…。女神様もそんなに、悪い気分じゃないね」

 手を伸ばしてユミルは美しい星空を見つめていた。永い眠りから目覚めたユミルが初めて見上げた星空と同じ輝く空の中、自ら死ぬ運命だとしてもその表情はどこか晴れやかだった。
 エレンを「故郷」へ連れ帰ろうとしたライナーとベルトルトだったが、調査兵団の決死の追撃によってエレンは奪還され、彼らは失意の中でユミルというもう一つの手土産のお陰で故郷へ帰れる手立てがようやく手に入ったのだった。
 しかし、「座標」の力を発動させ、巨人を操り、鎧の巨人とベルトルトを巨人に攻撃させたエレンはまだ居ない。
 次こそは必ず…そして仲間であるアニもまだ囚われたままなのだから。

 ▼

 ――ウォール・ローゼ壁上

 調査兵団と憲兵団の混成部隊は必死の作戦で何とか鎧の巨人達からエレンを奪い返すことに成功したとの報せに待機していた兵が待つ壁上は安堵と歓喜に包まれた。
 未だウォール・ローゼが突破されたかもしれないと言う不安な空気の中で射しこんだ一筋の希望(エレン)奪還作戦成功に誰もが安堵した。

 しかし、エレン・イェーガー奪還作戦の為に今作戦で導入された兵士のほとんどが犠牲になり、そして兵力が失なわれたとの情報が飛び交い、壁上の兵士たちはその対応の準備に慌ただしく動き回っていた。
 多くの駐屯兵団が待機して壁外からの帰還兵達を待つその集団の中に現れた思いがけぬ人物。
 その姿に誰もが身を引き締め敬礼をすると、その兵士たちより一回り小柄な男がその中心を相変わらずの無表情で進んでいく。

「おい、何でリヴァイ兵長がこんなところに……」
「初めて見たぞ、今ケガしてるんだよな……」
「それにしても思ったよりも小さ「馬鹿、聞こえるぞ!」

 今の会話は勿論全部筒抜けである。
 上等な衣服に身を包み、貴族のような出で立ちで、調査兵団に突如として舞い降りた救世主であり、人類最強の男と呼ばれている男の登場に誰もが驚いていた。
 大半の兵力か失われたとの情報を聞きつけ、仲間達が戦いに馳せ参じたというのに自分だけ壁内でずっとその身を案じて待ち続けるのはさぞや心苦しかっただろう。
 待ちきれずにリヴァイは自ら仲間たちの帰還を信じ迎えに来たのだ。

 その輪の中に何にも代えがたい存在である愛しいウミが居る。
 あの巨大樹の森の時と同じように彼女までもが失われてしまったら…。本音を言えば自ら助けに行きたかったが、こんな今の負傷した状態では壁外では足手まといにしかならない。

 これまで「人類最強」の名の元に壁外調査で数多の巨人と戦い続けてきた男が、女型の巨人との交戦で負傷してからその立場は今は仲間をただ信じて待ち続ける側の人間になるとは思わなかっただろう。
 待ち続ける間、戦う事でしか見いだせなかった価値をー…嫌という程思い知った。

 ずっと見張っていたニック司祭に抵抗の意思がないことが確認され、情報を明かすことも無く、しかし、まだ聞かねばならないことが多くある事も事実。
 ひとまず彼の身柄を何処よりも安全なトロスト区の兵舎で匿うことが決定した。

 男もしばらく回復に専念出来たことで、巨大樹の森で女型の巨人と交戦し、負傷した足も負傷当時よりもだいぶ動かせるようになるまで驚異的な早さで回復を遂げたのだった。
 自らも自身の身体は常人よりも傷の治りが早い事に対して疑問符を抱くことは無かった。
 過酷な地下で生き延びるには傷などいちいち気にしていられなかった。
 地下街ではこれ以上の酷い怪我なら何度もしたし、死にかけたことも幾らでもあったが、いちいち傷など気にしていられなかった。

 この世で1番偉いやつは1番強い奴だと、教えられた処世術を行使して傷を癒しきる前に新たな傷を増やしそれでも生き伸びてこれたのはあの男の植え付けた処世術よりも、人より自信の生命力が強いから。なんて。
 確かに自分は昔から常人よりもタフだった。そして傷の治りが異様な程、早い。
 その事に気が付いたのは突然力に目覚めたあの日からだ。
 いつまでも休んでいられない。
 ウォール・ローゼはまだ安全だと確認されたわけではないのだから。
 この混乱に生じてウォール・マリア奪還に必要不可欠なエレンとそしてニック司祭の話が本当ならば今後壁の秘密を知る事の出来るヒストリアを狙う者が出て来るかもしれない。ただでさえ王都召還を女型の巨人捕獲作戦に生じてエレンを引き渡すのを無視している状態で今がある。なんとしても匿う必要がある。
 突然姿を見せたリヴァイにラガコ村から帰還したモブリットが慌てて駆け寄る。

「リヴァイ兵長! 兵長はまだ怪我をされてるんです! ここは我々だけで大丈夫ですので、本部でお待ちください、」
「俺ならもう大丈夫だ。お前らのお陰でもう随分休ませて貰った。お前はこれから運ばれてくる怪我人のことだけ考えてろ」
「はっ、はい、了解です!」

 さらりと夜の闇に染まってしまいそうな程、綺麗にセットされた艶やかな男の黒髪が揺れる。上品な装いで男はこちらに向かって駆けてくる馬の蹄の音を聞き、そうして自分を残し旅立った仲間たちの無事を願い待ちわびていた。そして…何よりもこの指輪の片割れである負傷兵の中に居るであろう恋しい女の無事を信じていた。
 心身傷ついた誰よりも仲間を深く思う慈愛に溢れた彼女にそれでも伝えなければならないことが多くある。

 恐らく帰ってきたウミは精神的にも肉体的にも疲弊している筈だ。
 そんな状態ではとてもまともに会話なんかできそうにもない。しかし、あの子はそんなに弱くはないと。ただ腕っぷしが強いだけの女ではないのだと。
 いつまでもあどけない少女だったウミが今では見違えるほどすっかり大人びて、脱皮したように美しく成長したと思う。
 内面から溢れにじみ出る、今にも消えてしまいそうな儚げな笑み。その優しい笑みの中に見える強情なまでに芯の通った性格に、意思の強さに自分は惹かれたのだ。
 離れる間際、必ず帰ってくると約束し抱き締め確かめあったあの笑顔を信じて。もう一度会えることを願い続けていた。
 必ず帰ってくる。自分を置き去りにはしないと微笑んだ笑顔を忘れない。

「(ウミ……早く帰ってこい……! もう、待てねぇぞ……)」
 例え、戻って来たウミがどんな姿になったとしても。

 馬の蹄の音が近くなると、リフトを降ろして急ぎ帰還兵を迎えた。
 次々と壁上へ上ってくる兵士達。しかし、壁上に登ってくる兵士達のあまりの数の少なさに、そして生還した者達の負傷者の数の多さに最初に出発したほとんどの人間が犠牲になったのだと動揺が走り誰もが驚愕していた。
 その中でスキンヘッド頭が特徴のコニーがようやく壁上に辿り着くもいつもの元気そうな彼の表情はなく、まるで呆然としていた。
 壁内にようやく帰還するも、壁上はあっという間に怪我人や重傷者が溢れる壁上は混乱を極めていた。

「急げ!! 怪我人を先に運べ!!」
「まさか……これで全部なのか!?」
「憲兵団はどこに行った!? 本当に大半を失っちまったのか!?」
「おっと! この子もまずいな! 飲め、もう大丈夫だ。ここに巨人はいない」

 昨日からほとんど飲まず食わずで走りっぱなしでウトガルド城での攻防戦を経て休む間もなく駆り出された二人。
 精神的に疲弊しており、その場に膝から崩れ落ちてしまうコニーと遠のく意識の中よろめくヒストリア。
 ユミルと別れ、精神的にも参ってしまい、その場に崩れ落ちてしまいそうな彼女をリコが受け止めながら水を差し出してやった。
 コニーはその場に蹲り片手で顔を覆い涙を流していた。
 壁上に上ってきたアルミンとジャンも力なく項垂れ、先ほどの地獄から壁上に戻って来たのだと信じられないような表情を浮かべていた。

「うぅっ……うあぁ……うあぁああ……」
「104期は悪運が強ぇよ……。あの状況から生きて帰ってきちまった。まぁ……あっちの巨人達はどうか知らねぇが……」

 安否不明になってしまった自身の村の家族や住人、そして三年間共にした同期の裏切り。一度に多くの壮絶な経験をしたショックでその場に泣き崩れたコニー。
 意識を取り戻したジャンが鼻血を手渡された布で拭いながら残りの同期の巨人側の人間だった彼らの安否があの後エレンが呼んだ巨人によってどうなったのかまでは分からない、ユミルまでもがライナー、ベルトルト、アニたちと同じ、巨人側に行ってしまったのだから。

「そのままゆっくり下ろせ、」

 その時、エレンに抱えられて壁上に着いたミカサがリフトに乗せられて運ばれてきた。エレンは見た目は疲弊はしているが思った以上に軽症。
 しかし、その他の……エレンを奪還すべく奮闘した者達の被害は深刻だった。
 担架に乗せられたミカサのその腹部はじわじわと赤く染まり、先程エレンを助けるために先程巨人に捕まれた部分がどれだけ深刻なダメージなのかを物語っていた。

「肋骨をやって馬に長時間揺られたか……。早く医師に見せなければ」
「エレン、私は大丈夫」
「……すまない」

 ミカサを心配そうに見つめるエレンに心配かけないように手を挙げるミカサ。
 そしてエレンを励まし肩に手をやるアルミン。
 担架に乗せられてミカサはそのまま治療を受けるために運ばれていった。

「ハンネス隊長は……!?」

 ふと、その背後で駐屯兵団の者達が上官を探している。
 彼が自分たちの為に巨人と戦ってくれて死んでしまったことをこの者達はまだ知らないのだろう。きっと隊長が戻ってくると信じている。

「団長!? 聞こえますか団長!?」
「まずいぞ、エルヴィン団長の意識が……!! 早く運べ!!!」
「団長!!!」

 その中で運ばれてきたエルヴィンに兵士たちが慌てて駆け寄っていた。膝をつき、意識を混濁させ、虫の息だ。出血は止まっているが多くの血を流しすぎた。
 思った以上に事態は深刻だった。
 リヴァイはグルリと周囲を見渡し、思った以上の被害に絶句した。
 エレンを奪い返すことが出来た代償はあまりにも大きかった。
 エルヴィンは右腕を失い、ミカサは肋骨が折れ、そして、ウミは…声なき声で倒れそうになりながらもふらふらと宛てもなく彷徨い歩いていた。その顔色は真っ青で呼吸が荒い髪も服も鼻も折れボロボロで見るも無残な状態だ。
 そしてリヴァイもウミを探していた。
 人並みに埋もれそうな自分よりも小柄な女性はすぐに見つかった。

「(リヴァイ……)」
「(ああ、なんてツラしてやがる……)」

 全身上から下まで全身ボロボロの状態で歩く腕を引いて振り向かせるとウミは恥ずかしそうに顔を背けてしまう。
 しかし、傷ついた顔をしたウミを見て男は溜まらずその腕を引き寄せ、鼻腔一杯に柔らかな香りを閉じ込めそして訪ねた。

「オイ、どうした。ひでぇ面だな……誰にやられた?」
「(っ……)」
「声も……出ねぇのか」

 それよりも。先ほどから懸命に何かを訴えようとウミは口を動かすも、その声はほとんど掠れて呼吸音しか聞こえない。ウミの伸ばしてきた長い髪はあの時と同じ、すっかり短く焼け落ちてしまい、べったりと乾いた血がこびりついた鼻から滲む血。そして…ボロボロの布切れをただ纏ったような服から見える肌を隠ようにジャケットをかけてやったのだった。

「行くぞ、」

 こんな姿……見られたくない。とくるりと背中を向けて俯くウミの小さな頭を見つめていた。悲痛な出で立ち。居た堪れなくなり男はウミを抱き締めていた。

「無事でよかった。本当に……よくお前は戻って来た……。よく、エレンを取り戻した。エルヴィンを守り抜いたな」
「(リヴァイ……よくないよ、全然、よくないよ……!!! 私は何にも出来なかった、出来なかったんだよ……!!!)」

 軽々とリヴァイに背負われ歩き出すウミはその広い背中に顔をうずめ、自分がエレンと一緒に彼に送ったそのシャツに顔をうずめ、鼻腔一杯にその香りを抱き締め姓を確かめるとともに今回、あまりにも多くの事が起こりすぎた事実に胸を痛め…彼の背中に顔をうずめて震えていたのだった。
 有無を言わさず、深く傷つきながらも歩くウミをもう無理はするなと、リヴァイは有無を言わさずにその場を離れ、ウミに治療を受けさせるべく歩き出したのだった。

To be continue…

2019.11.17
2021.02.08加筆修正
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