THE LAST BALLAD | ナノ
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#64 ケニー・アッカーマン

 とうとう判明した。痛みに耐え、この手を血に染め、その果てに掴んだ真実。偽りの王を守るこの世界の何百年の歴史を今こそ解き放ち新しい時代へ。そこに座るのは偽りの冠を被った老いぼれではなく真の玉座に着くべき就くべき人間。この数百年間、誰も知ること無く黙秘され今まで隠され守られてきた、1つ1つ火種を消された真実がとうとう白日の元にさらされた。調査兵団が痛みと犠牲の果てに見出した真実、
 リヴァイとハンジが第一憲兵のサネスを拷問しているその間にエルヴィンは自分の過去と自らが調査兵団を志願した理由をピクシスに明かした。
 その中でニファは深夜の街の中、正体が割れないように、潜伏先が判明しないようにと馬を走らせ、先ほど到着したばかりのトロスト区の私室でエルヴィンから伝令を再び受け一睡もすることなくまたとんぼ返りのように馬を走らせた。終わらない長距離の伝言ゲーム。
 ニファはリヴァイ班が潜伏している関所へ到着すると、そのニファに指示をした肝心のハンジは忽然と姿を消していた。残ったのはアーベルとケイジのみ。ハンジはモブリットを引き連れ入れ違いに慌ただしく馬を走らせどこかに行ってしまったと知るなりニファは今になって張りつめていた気が緩んだようだった。

「ニファ、お疲れ様」
「ウミさん……ウミさんもケガから復帰したばかりなのに替え玉作戦お疲れさまでした。私が代わりでもよかったんですが…その、すみませんでした」

 汚れ仕事を請け負い、リヴァイとハンジは自らの心を鬼にしてその手を赤に染めて真実をもぎ取った。そうしてそこまでの足掛かりを得てリーブス商会を通してその犯人が判明してそもそもの功労者は男にいいように痣をつけられ嬲られながらも耐え抜いたウミだった。しかし、ウミの顔色は真っ青な顔で、今も辛そうに微笑んでいるのが見て明らかだった。
 この一晩の間に何が起きたのか、ニファは水を受け取りながらリヴァイがこっちを見ていることに気が付いた。彼女がここまで疲弊するのは初めてだ。肉体的にも身体的にも。
 ニファが通された小屋の室内にはリヴァイ班、ハンジを除く自分の班の2人とそして待機していたリーブス商会のボスであるディモとその息子のフレーゲルたち。全員揃い踏みだ。リヴァイは肝心のハンジが居ないことにその行き先をエレンに尋ねる。新兵達はこの世の終わりのように昨日の拷問のせいで眠れなかったのか静かだ。

「エレン。ハンジはどうした?」
「それが……大至急エルヴィン団長と相談しなければならないと言って飛び出して行きました」
「あのメガネ……ニファ。夜通しの伝達御苦労だったな」
「……いえ」

 アーベルも眼鏡だが…張りつめた空気の中でリヴァイからの労いの言葉を受けたニファが彼から直々の労いの言葉にこれくらい大したことは無いと微笑んで見せる。色素も性別も違うがその笑顔は本当にアルミンに瓜二つだとウミは思った。

「早速だがエルヴィンの伝言を聞かせてくれ」
「……しかし彼らは……?」

 明らかに調査兵団に居ない面子が揃い踏みのこの空間に居るリーブス会長と息子がいる場でエルヴィンから預かった重要な機密事項をこれから話さなければならないことにニファは躊躇っているようだった。

「リーブス商会だ、問題ない。話せ」
「は……はぁ」
「席を外すくらい何ともねぇよ旦那」

 事情をよく知らないまして調査兵団に対してすっかりいい印象を持たない息子のフレーゲルが訝し気に睨む中、リヴァイの漢気に感銘を受けたリーブスは静かに席を外そうとするが、リヴァイはあの壁の上でリーブスと交わした約束の通りにした。 彼は決して一度交わした約束を破るような薄情な男ではない。その証拠に一晩で馬を走らせて情報伝達に錯綜していたニファへの気遣いも忘れていない。

「いや、あんたらもここに居て聞いててくれ。そういう契約だったはずだ。調査兵団とリーブス商会は協力関係にある。互いに話し合いの中で隠しごとは無しだ。あんたらのことは信用している」
「へぇ、言うじゃねぇか旦那。それなら俺のせがれも信用するってのか?」
「リーブス商会の人間であれば当然だ。フレーゲルだったな?お前を歓迎する」

 なんと、「人類最強」と呼ばれる調査兵団に突然舞い込んだ救世主に対してフレーゲルはとんでもないことを笑いながら告げたのだ。

「あんたは……リヴァイだったっけ? 歓迎してくれるつもりなら茶菓子くらいそろそろ出てもいい頃だよな?」

 尊敬する人類最強と同じ班。最初は名誉ある班の一員になれたと喜んでいたが、今では目的のためなら手段を選ばない彼の恐ろしさを目の当たりにし、今まで抱いていた印象が急降下でマイナスになった104期の面々。甘やかされて育ったのであろうフレーゲルの軽口にこの男に対してなんてことを言うのだと一気に蒼褪めた。本当に彼は命知らずもいいところだ、あの時彼も目の当たりにしたはずなのに。
 フレーゲルにとっては恐らく馬にまたがっていた所しか知らないからこそ間近で見た人類最強があまりにも小柄で非力に見えるのだろう。その体は幾千もの死闘の果てに生き延びてきた証であり、傷ついた体を背負い戦っていると言うのに。
 温室育ちのおぼっちゃまな息子の発言にすぐに反応したのはリーブスだった。

「すまねぇ……いつかこいつに俺の跡を継がせるつもりで色々連れ回してんだが……」

 フレーゲルの頭を掴み下げさせるリーブスに不満げなフレーゲルをウミは静かに見つめていた。彼なりに厳しく育てたつもりなのだろうが、家が金持ちでトロスト区でも三本指に入る権力者の息子であるがゆえにその甘い性格はその肥えた体系に現れている。見つめながらウミはフレーゲルがリヴァイを侮辱するのならまた倉庫の時のように痛めつけてやろうかと内心考えた。

「うっ……」
「甘やかしちまったせいでてんでガキのままだ。それならあんたらの誰かにリーブス商会の俺の後継者としてその手腕を発揮してもらいてぇもんだ。俺達は席を外すから俺達の役割だけ教えてくれればいい」
「ダメだ。ここで一緒に聞いてくれ。この件はリーブス商会だけでなくこの世界の今後を左右する。あんた達の力と信頼関係は大事なんだよ」
「わかった。ここに座ってるから進めてくれ」

 ディモはリヴァイから最後は頼みこまれるようにここに居てくれと指示され、信頼を示してくれた彼へと応えるように頷いた。104期生のみんなはこれまでの経緯の中で完全にリヴァイの事を誤解しているように感じた。しかし、こうしてトロスト区を牛耳るリーブス商会を味方につけたのは紛れもなくリヴァイであり、ディモはそんなリヴァイの心意気に惹かれたのだろう。きっとリヴァイでなければ商会の協力は得られなかった筈だ。彼は誤解されやすいが、リーブス商会が認めた通りリヴァイは不器用なだけで本当は誰よりも優しい、そんな彼を信じてこれからもついて来て欲しい、そう願った。
 しかし、ウミがそう願えば願う程余計にリヴァイへ向けられる新兵達の目線は酷く冷たい物へと変わりつつあり、そしてとうとう決定的な出来事が起きてしまう。

「ではエルヴィン団長からお聞きした内容をお話いたします。まず……ヒストリアをどうやって女王に即位させるかの件に関してですが……」
「え?」
「……は? ヒストリアを」
「女王に?」

 ニファがまるでさも当たり前、ごく自然にそう口にした同期を女王陛下としてこの壁の世界を統治することに対して新兵達からは次々と疑問の声が沸き上がった。まさか話していなかったのかとでも言わんばかりのウミの態度、リヴァイは静かに真実を告げた。

「リヴァイ兵長?」
「……言い忘れてたが……現在のフリッツ王家は本物の王家の代理みたいなもんでその本物の王家はレイス家だ、」

 突拍子ないリヴァイの言葉に、驚愕する一同とヒストリアはリヴァイが口にした今まで聞かされないまま勝手に決められた今後の方針にその事態が呑み込めず絶句している。

「ヒストリアを女王に即位させると聞こえましたが……それがこのクーデターの主目的ということでしょうか?」
「その通りだ。ヒストリア、どうだ。感想を言え」

 当たり前だ、ヒストリアは何も答えない、むしろ突然そんなことを言われて驚かない人間などいない。ユミルと言う標を亡くし、抜け殻となった彼女にこの国の最高権力者になれと、玉座に座れと言われてはい、わかりましたと言う人間が居たら見てみたいものだ。

「……あ……私には…無理です……できません」
「だろうな。オイ、ウミ」
「……はい、」

 分かり切っていた答えにリヴァイが頷いたように納得したようにウミへ目線を向ける。昨晩の出来事に引きつるウミの表情、彼女はリヴァイからこの革命の全容を聞き入れ、それでも躊躇いを隠せないようだった。
 自分より一回りも小さな、まだ成長期真っ只中のどちらかといえばまだ幼い子供の分類の彼女にはあまりにも酷な未来。この小さな身体が背負うべき重圧に耐えきれる筈が無い。こんなにいたいけでまだ体の兵站が目立つ幼い成長期真っ只中の彼女を。
 しかし、この壁の未来は彼女に託されている。彼女が玉座に付かなければならないのだ。決戦の地に辿り着かねばならないなんとしても、そうでなければこの壁の小さな楽園に未来は無い。自分達も含む壁内人類同士の食糧や領土を奪い合う殺し合いの未来が待っている。
 そんな未来にウミと笑い合えるような平穏な日々など無い。未来の、彼女がもうこれ以上戦わなくて済む為ならば自身はどんな障害も邪魔もすべて…決意を秘めた男はリヴァイがヒストリアに歩みよりながら静かに話しかけた。
 その声調は酷く冷たい、出会った頃の冷徹な死ぬか生きるかの瀬戸際の彼の眼差しを彼女に思い起こさせた。少し前までの優しく自分を抱き締めてくれた彼の眼差しがもう遠い昔に感じるほど。

「突然この世の人類の中の最高権力者になれと言われ「はい、いいですよ」と即答できるような神経してる奴は…そんなに多くはないだろうな…。だが、そんなことはどうでもいい。やれ、」
「無理です……リヴァイ兵長。私には……とても務まりません……」
「そうか、嫌か?」
「私には……とても……」
「わかった」

 ヒストリアは真っ青な顔でスカートの裾を握り締めて俯きながら苦し気にそう答えるので精いっぱいだった。その返答に納得したのだろうか。しかし、リヴァイは突然ヒストリアの襟ぐりを掴むと、104期生の心優しいアイドルをそのまま地面に足が着かなくなる所まで持ち上げたのだ。

「う……!?」
「そうか。じゃあ逃げろ」
「リヴァイ兵長!?」

 突然何を、やはり昨晩泣き叫びながらも情報を掴むためだとサネスを甚振った時のように彼女も暴力で従わせるのか。非難するような声を上げたサシャをウミが制する。

「俺達から全力で逃げろ。俺達も全力でお前を捕まえてあらゆる手段を使ってお前を従わせる。どうもこれがお前の運命らしい」
「兵長……何を!?」
「オイ、ウミ! 止めさせろよ!」
「放して下さい!」

 しかし、ウミは彼を止めるどころか遮るように歩み出すと首を横に振るだけだった。まるで彼の邪魔をするなと言わんばかりの眼差しで。

「それが嫌なら従え。俺を倒してみろ……もし倒せたとして、そうすれば今度はウミが俺の代わりにお前を地獄の果てまで追い詰める。こいつを怒らせたらどうなるか分かってると思うが、俺もこいつだけは敵に回したくねぇな」

 リヴァイを倒せだなんてそんな無茶な。そんなのこの世界のどこを探してもいるわけなど無い。ウミは無言で胸ぐらを掴まれ空中に持ち上げられているヒストリアを見つめる。その目はいつもと何も変わらないのに、ウミにもリヴァイに賛同して厳しい顔つきを崩さない。普段温厚そうな笑顔の人間が見せた厳しい表情は普段のウミらしからぬ怖いものがあった。
 今の彼女は訓練兵時代に自分達に優しくしてくれたウミじゃない。しかし、このまま胸ぐらを掴んで宙づり状態では女王になる前に物言わぬ躯になってしまう。襟元を掴まれみるみる赤く染まっていくヒストリアの顔を見たリヴァイは突然掴んでいた彼女の服から手を離した。
 重力に従い、そのまま真っ逆さまに落ちていくヒストリア。地面に崩れ落ち苦しそうに咽込む彼女を同期たちが囲んだ。

「ヒストリア……」
「リヴァイ兵長……こんなことしなくても!」

突然この壁の世界の女王になれとかいきなり無茶ばかり、ましてこんないたいけな少女の胸ぐらを掴むなんて。次々とリヴァイを非難するように新兵達が浴びせてきた言葉を受け止めてもリヴァイは顔色一つ変えることなくいる。そのリヴァイの気迫に圧倒される一同の中でミカサは静かに彼を見ていた中でリヴァイは静かに呟いた。

「お前らは……明日何をしてると思う? 明日も飯を食ってると思うか? 明日もベッドで十分な睡眠を取れると……思っているか? 隣にいる奴が……明日も隣にいると思うか?」

 それは彼が今まで地下街の地獄を生き延びてきたからこそ説得力がある、明日の保証などない常に死と隣り合わせのギリギリの中で生き抜いてきたからこそ口にして許される質問だった。
 あの幼き日、ガリガリに痩せこけみるみる腐敗していく美しい母の死にさえどうすることも出来ずに膝を抱え無様に動けずにいた栄養失調寸前の自分の姿を思い出した。

「俺はそうは思わない。そして、普通の奴は毎日そんなことを考えないだろうな……つまり俺は普通じゃない。お前らが見てる通り俺は異常な奴だ……お前らと俺は育った環境が違う。異常なものをあまりに多く見すぎちまったせいだと思ってる。だが、明日……ウォール・ローゼが突破され異常事態に陥った場合……俺は誰よりも迅速に対応出来るし、戦える。明日からまたあの地獄が始まってもだ。お前らも数々見てきたあれが……明日からじゃない根拠はどこにもねぇんだからな。しかしだ、こんな毎日を早いとこ何とかしてぇのにそれを邪魔してくる奴がいる。俺はそんな奴らを皆殺しにする異常者の役を買って出ていい。そりゃ顔面の形を変えてやるくらいのことはしなくちゃな、俺なら巨人に食われる地獄より人が殺し合う地獄を選ぶ。少なくとも……人類全員が参加する必要は無いからな。だが、それさえも…俺達がこの世界の実権を握ることがもしできたのなら死ぬ予定だった奴がだいぶ…死ななくて済むらしい……結構なことじゃねぇか……俺達の未来がどうなるかはすべてお前次第だヒストリア。従うか、戦うか。どっちでもいいから選べ……ただし――」

 リヴァイの静かな声に誰もが耳を傾け、そして彼の覚悟と思いを知る。彼の半生、生い立ちその手を幾度も暴力にさらされ、ヒストリアよりも幼い頃に既にその手をもう血に染まっていた。泥水を啜りそれでも日の当たらない地下の街で必死にもがいていたのだ。
 本来不器用な優しさを持つリヴァイ、だが、このままでは自分達の未来は閉ざされたままだ。リヴァイはヒストリアの髪を掴んで恐ろしい剣幕でこれは説教ではない、凄みのある顔で迫り、そして恫喝したのだ。

「時間がねぇから今すぐ決めろ!!!」
「やります!! 私の……次の役は女王ですね……? やります、任せて下さい」
「……よし、立て。頼んだぞヒストリア。ウミ、お前も下がっていい」
「よかった、ありがとうヒストリア。決断してくれて。でももうこれしかないのよ。こんなところで立ち止まってはいられない……そうだよね、ヒストリア」
「はい……」

 リヴァイとウミからの脅迫じみた言動を拒絶することはもう出来ない、自分にはこの二人に立ち向かう勇気も力もないし、逃げ切れる自信もない、ただそう告げ従うしかなかった。自分しかいないのだ。
否が応でもこの国の女王になってもらう。強いプレッシャーに押しつぶされ、悪いことなど何もしていないのに強制させられ従わされ、ヒストリアは顔面蒼白で女王として玉座に着く道しかないのだと噛み締め従う様に答えた。
 いたいけな少女を無理やり乱暴な言葉で従わせようとする人類最強の姿を目の当たりにしたサシャ、ジャン、コニーは完全に彼を誤解し、非難するような軽蔑の眼差しで静かにその光景を見ていたのだった、そして、そんな彼を助長するウミに対しても今まで抱いていた印象を変えてしまった。
 彼女は自分達にいつも親切で年の離れた姉のように優しくしてくれていたのに。今ではリヴァイの味方になってしまい、彼の残虐極まりない暴挙を見ても彼が正しいのだとの一点張りで。もし婚約したリヴァイが全てウミの正義で正しいのだと言うのなら……。
 そんな複雑な心境である彼らをリヴァイは横目で見て、ニファの元へ向き直る。こうして、彼らと104期の築いた信頼関係は脆くも崩れ去るのだった。今まで築いてきたウミとの絆も。
 いつも優しかった姉のような存在だったウミの本性、男の意見ですんなり自分達に手のひらを返したと。

「ニファ、話を進めてくれ」
「はい……では、団長からの作戦命令を伝えます。作戦は本日…リーブス商会から第一憲兵へのエレンとヒストリアの引き渡しの日とされてる本日に決行されます。第一憲兵はエレンとヒストリアの移動ルートから停留施設の選定までリーブス商会に託してきてます。これを利用しない手はありません。我々はエレンとヒストリアをこのまま第一憲兵に引き渡します。そしてリーブス商会を通じてその終着点まで尾行するのです。そう、その終着点とは「彼」を意味します」

 そうしてニファはエルヴィン団長から預かったある人物を描いた似顔絵を壁に貼り付け全員に知らしめた。それはヒストリアが五年前に見た男の顔だった。

「ロッド・レイス。ヒストリアの実父にしてこの壁の中の実質的最高指導者。捕らえた第一憲兵によれば上級役人からフリッツ王家まですべて彼の指揮下にあるようです。彼の身柄を、我々調査兵団が確保します。
――「そこでようやく対話が実現するでしょう…なぜ我々が争う必要があるのか?巨人により同じ脅威に晒される者達同士がなぜ一丸となって助け合えないのか……とはいえ、こちらも無知は承知。もし……ロッド・レイスが我々や市民の人々を見捨て……壁外への進出を拒み……技術の発展を阻止する、その行為に納得しうる意味があるのなら……すべてを失うべきは我々かもしれません……しかし、その答えが明らかになるまで、それまでは…たとえこれが間違いだったとしても…我々の信じる価値観と倫理観に基づいて突き進むまでです。我々が勝ち取るべき目標とは現体制の変換に他なりません。民衆の前で仮初めの王から真の女王(ヒストリア)に王冠を譲っていただきます。これまでの体制は嘘であると……民衆の前で認めさせ…そこに新たな光を見せなければなりません。そして、調査兵団の協力体制が整えば我々は…ようやく…ウォール・マリアにポッカリ空いた穴を「塞ごうとする」ことが…できるのです」



 エルヴィンが考え明かした新たな作戦は開始された。未だ見えないこの世界の何百年として守られてきた体制をひっくり返すのだ。多くの疑問と謎を残しながら、ウミは監視役とリーブス商会の面々と共にエレンとヒストリアを拘束していたと言う設定で用意した鉱山の洞窟にいた。

「早くしないと時間が無い。でも、リーブス会長、私はその時の詳細を聞かされていないのですが、どうして兵長の、調査兵団への協力要請に応じてくれたんですか?」
「そりゃあ姉ちゃん、リヴァイ兵長の良さならあんたが良く分かってるんじゃないのか? ウォール・マリアでまた商売ができるんだったら何だってやるさ……こんなバカみてぇなマネに付き合ってでもな…俺は俺達の未来を保証してくれたあの人の恩義に応えるためなら」
「リーブス会長、」
「あんたの惚れた旦那は命だけでなく俺たち商会の未来まで約束してくれた。大した男だ。それに、あんたとあの姉ちゃんにはあの時迷惑を掛けちまったからな」
「っ……それは……」

 愛する人を他人に褒められるのは悪い気がしない。まして、トロスト区を牛耳る商会のボスにそう言われたのだ。ウミはトロスト区奪還作戦の時に対峙した彼と今は同じ志を持つ協力者としてこうして同じ作戦に取り掛かる中で、人を見る目が確かである商会のボスに誤解されやすい不器用な彼の人格を見抜いて褒められ、嬉しそうに微笑んだ。

「あの人は、優しい人です、ずっと、彼は私と出会った時から変わりません……」

 はっきりと、言い切るように。ウミが静かにそうリヴァイとのこれまでの話を思い出すようにそう肯定した。ウミとリヴァイの間に芽生えた絆。こんな切迫して緊迫な状況下でも二人を取り巻く雰囲気はいつも優しい。リヴァイの張りつめた空気さえも包み込み全部溶かしてしまうような…纏う空気には誰も触れることが出来ない神聖なる領域のようなものを感じられる。そんな気がした。

「そりゃあぜひ聞きたいもんだ。人類最強と呼ばれる完全無欠の英雄との出会いの話」
「そ、それは…私よりもリヴァイに聞いてください、話せば長くなります……」
「人類最強との出会いの話か、ウォール・マリアを奪還した暁にはぜひとも酒を酌み交わしながら聞きたいもんだ」
「それもいいですね……私、お酒を飲むのは久しぶりです。きっと会長ならいいお酒をお持ちでしょうから」
「あんた、見かけによらず酒飲みなのか! ますます興味深いな」
「はい、嗜む程度ですが……」

 嗜む?彼女の酒豪伝説を知るエレンが思わず吹き出しかけた。
幼馴染であり、密かに思いを寄せていたウミの話を聞きながら膝立ちの状態で胴と両手をそのまま壁に貼り付け梁に縛りつけられると、ウミとリーブスは会話しながら突如エレンの顔に地面の砂をペチャリと塗りつけてきたのだ。
 その反対側でフレーゲルがヒストリアを椅子に座らせて彼女の両腕を後ろ手に固定し、足を椅子に縛り付け固定している。

「うわ!? 冷たっ!? 何すんだ!?」
「お前らはここ2日間拘束されていた。泥汚れ一つねぇようじゃ疑われんだろ」

 しかし、リヴァイの漢気について話す中で不満げに声をあげたのはヒストリアを拘束した息子のフレーゲルだ。父親とは違い、先程リヴァイに茶を出せとかとんでもないことを抜かした出来の悪い甘やかされて育ったどら息子にウミの目付きが鋭いものへの姿を変える。父親の権力にあぐらをかいて今まで楽ばかりして育ってきたのだろう。

「オイ親父。何であんなチビの言うこと聞くんだよ。こんな小さな女の子に暴力振るうようなクズだぜ?あのリヴァイとかいうおっさんめ……あと1秒続けてたら俺がブッ飛ばしてた所だったぜ!」

 無理もない、あの状況でなら確かにいたいけな少女を脅しにも似た脅迫で胸ぐらをつかんで持ち上げるという暴挙に出たのだ。ヒストリアの可愛らしさにフレーゲルは俺が殴ってやると拳を奮っている。
 しかし、リヴァイのことを良くも知らない人間にとやかく言われたくはないと「それならその0.5秒前にお前の決を蹴り上げると言い掛けた」ウミが口を開こうとしたのをリーブスが遮った。

「いいか、フレーゲル。お前にもいつかわかるといいが、商人ってのは人を見る目が肝心だ、あの不器用でお人好しの旦那は律儀にも俺らの商会と虫の息のトロスト区を守るってスジを通してる……本当なら他にも手はあると思うんだがな。ありゃきっと地べたから這い上がってきた人間に違ぇねぇ。そうだろ。姉ちゃん」
「はい……」
「だからな、お嬢ちゃん……おっと女王様だっけか? あんたの上司は恐ろしい男だが……まぁ……根っからの悪い奴じゃねぇよ。この姉ちゃんが心寄せる相手だ、気前も顔もいい男前の旦那だ、ありゃ相当モテただろうな。あの性格には女はたまらんだろう。まぁ、だから無事に女王になったら奴をぶん殴ってこう言いな。「殴り返してみろ」ってな」
「……ははっ! そりゃいい! なぁ? やってみろよヒストリア、兵長どんな顔するだろうな」

 リーブスは何とヒストリアに向かって女王になったらリヴァイを殴ってみろとそそのかしたのだ。人類最強を殴る??さっき自分を恫喝してきた男を?しかし、そんなことで来た人間などウミを覗いて誰一人として見たことが無いが。
 女王陛下ならきっと彼も……その言葉にウミもエレンも殴られたリヴァイの姿を思い浮かべて笑っていた。今までさんざん自ら悪役になり色んな人間を殴ってきた男がまさかこんなまだ幼くいたいけな少女に殴られる姿を想像する。呆けるか、それとも、いたいけな少女から殴られた経験など皆無である彼は間抜けな顔でもするだろうか。
 ヒストリアと会長のやり取りを聞いていたフレーゲルが突然立ち上がる。

「どこ行くんだフレーゲル」
「小便だよ」
「ちょっと、勝手に行動しないで」

 放蕩息子を1人にさせて何かあったら困る。そんな彼に慌ててウミが着いていく。

「な! なんで着いてくんだよ!?」
「あなたを1人にして何かあったら困るから……」
「あんた人の小便してるのを覗く趣味でもあんのかよ」
「ちっ、違うよっ……! 誤解しないでっ、私はただ……、」

 用を足そうとしたフレーゲルの背後に音もなく自然に当たり前のようにそこに突っ立って居たウミに驚いたようにズボンのチャックを閉めようとたフレーゲルに慌てて背中を向けた。
 他のよりも一回り太い木の影で用を足しながらフレーゲルは周囲を警戒するウミに問いかけた。調査兵団の精鋭とは思えない見た目だが、そんな彼女に蹴られたのは事実である。

「あんた、よっぽどあのおっかないリヴァイにぞっこんらしいな、あの暴力男が好きだなんて……いたぶられるのが好きなのか?」
「彼のことをよく知りもしないくせに、偉そうね。私にまたボコられたいの?」
「ちっ、それはお断りしたいな……」
「それなら余計な事は喋らないで。ああでもしなければヒストリアを女王様にすることは出来なかった、ああするしかなかったのよ。望んで悪役になる人間なんかいないのに、リヴァイはそのために自ら悪役を選んだ、この世界が殺し合いの場にならないように…悪魔になるのは俺一人でいいと……みんな彼を完全に冷酷非道の野蛮な暴力男だと、誤解している。けど、リーブス会長はリヴァイが本当は誰よりも優しいのに、ただ、不器用な人なんだと、見抜いてくれた。トロスト区が超大型巨人に襲来を受けた時、あなたのお父さんのせいで被害が拡大しかけたけど…あの人も必死だったこと、今になって理解した。いい、楽して生きてきたあなたと、リヴァイとでは育った環境もまるで違う、お父さんのおかげで今の生活が成り立っているのにその事に感謝もしないで」
「あん? 偉そうに俺に意見すんのかよ」
「リヴァイをぶっ飛ばそうって考えなのならまず私をぶっ飛ばしてみてみなさい、返り討ちにしてやるから」

 憎まれ口を叩きながらやり取りをしていたが、ふと、ウミは聞こえた馬の嘶きに慌ててフレーゲルの口を隠しながら彼と共に木の影に隠れた。

「何だ……?「しっ、喋らないで」

 高級そうな黒塗りの馬車。自分達の馬車ならあるのになぜ中央憲兵はあんなものに乗って来たのか。あれは霊柩馬車か??なぜあんな馬車を??そうして馬車から首の関節を鳴らして降りてきた中央憲兵と思わしき姿にウミは驚いた。
 なぜなら彼らは死者を悼むように喪服を着て深く帽子をかぶっているからだ。一体何であんな葬式帰りのような服装をしているのか。ウミはその馬車から降りた人物に驚いた。

「あの人は……」

 馬車から降りてきた連中より頭一つとびぬけた長身痩躯の男にウミの目線は奪われた。その姿はあの時母親と抱き合っていた男の姿と完全にリンクする、あの時よりも老けたが、その長身の男は周囲を窺う様に見渡している。その姿が坑道内に入っていくのを見届けながら、その洞窟の中では流通相手のリヴァイから頼まれていた商品をリーブスが早速取り出していた。

「おっと! 忘れちゃいけねぇ。注文の品だ」

 フレーゲルがドジを踏まないよう、ウミに任せ、自身も早く作業に取り掛かる。手にしたのは数センチの小型の小さな小さなナイフ。

「隠し持つならこのくらいじゃねぇとな。両手と両足……ああ、舌の裏にもいれとくか」

 そう告げるなりパコっと、拘束されているエレンの両手、両足、舌の裏にその小さい刃物を仕込んで行くと、今度はヒストリアに。

「お前を捕まえろと言われた時に決して切り傷はつけるなとか無茶言われたが……ほら嬢ちゃんもだ。バレねぇようにな。いざって時が来たら誰でもいいからエレンに傷を入れる……そりゃ作戦が破綻した時か、レイス卿の元に辿り着きその場を制圧する時だ」
「会長! 憲兵が来ました」
「何? 予定よりもずいぶん早ぇな。旦那が姉ちゃんを護衛に付けてくれて助かったぜ。準備が早くてよかったなぁクソガキ共、こっからはお互い憎み合う仲だぜ」
「ん!」

 指示されるがままにエレンの口には猿ぐつわを付けられた。ここからはいよいよぶっつけ本番。ヘマをすることは許されない。どうか無事に辿り着けるように、そう願いを込め作戦は始まった。

「よくやったリーブス」

 そうして姿を表したのは…。深く帽子をかぶり塔のようにスラリとした細身だがガッチリした体躯の50代くらいの痩せた男だった。
 その瞳は鋭く、ヒストリアは先程自分を脅したあの今自分の畏怖の対象である自身の上官を彷彿とさせられた。そして、男は静かにヒストリアの前に立って問いかけてきた。

「よぉ、ヒストリア・レイス。俺を覚えているか? いや――……クリスタ・レンズ。お前に新しい名前がつけられた時、そこにいた者だ。5年ぶりだなクリスタ。大きくなりやがって……イヤ、昔と背丈も大して変わってねぇな……」

 あの時、母親の喉元をナイフで深く抉るように切り裂いて殺した男の姿にヒストリアはあの時の恐怖を思い出し戦慄し、その場から動けなくなる。ヒストリアの過去の話を唯一聞いていたエレンは静かにその長身痩躯の男を見つめていた。

「(やっぱり第一憲兵がヒストリアの母ちゃんを殺した奴らなのか……)」
「なぁリーブス。話がある。来てくれ」
「そりゃ……何でしょうな? まともな金を払ってくれる気になったってヤツですかい?」
「あぁ……大した仕事ぶりだ。よくあの調査兵団から奪えたな。今後とも仕事を頼みたい」

 リーブスは疑うこと無くそのロングコートをなびかせた帽子がトレードマークの憲兵の男と共に洞窟から外へ出たのだった。外には黒光りの立派な装飾が施された馬車が待機している。

「……あの馬車は?」
「ん……? 俺達が乗って来たもんに決まっているだろ?」
「ガキ共を運ぶ用に俺らに用意させた品はどうするつもりで? 山道を行くんだ、これの方がいい」
「そうやって買わせるつもりだろリーブス。まったく商人ってのは信用ならねぇなぁ……。ところで、リーブス。リヴァイ・アッカーマンって男を知ってるか?」
「リヴァイ・アッカーマン? フルネームは初耳だがそりゃ調査兵団のあのリヴァイ兵長のことかい? そいつなら知らなねぇ奴の方が珍しい。何より俺らの命を狙ってるような人物だ。今ごろ攫われたガキ共を血眼になって捜してるだろう……奴らを何とかしてくれるんでしょうな?」
「リヴァイにはあいつがまだガキの頃、色々教えてやったもんだ」
「え?」
「あのチビは俺の誇りだよ……リヴァイ」

 そう低い声で吐き捨てた長身の男は音もなくそのまま歩きながらリーブスの後ろに回り込んだかと思ったその瞬間、会長の口元を覆うとスッ…と、リーブスの首を冷たい何かが通り抜けたその瞬間、コップから溢れるように鮮血が吹き出したのだ。
 突然の出来事に訳もわからずリーブスは声を上げることも出来ぬまま地面に倒れ込み、瞳孔が完全に開き動かなくなった。憲兵の男「ケニー・アッカーマン」が一気に喉元をかき切り、リーブスを殺したのだ。

「だが、こうなったのは……俺の責任だよなぁ……」
「アッカーマン隊長。やはり二人共複数の刃物を仕込んでいました」
「だと思ったぜ! まったく……商会の連中は全員死んだか? もし目撃者が居たらまずい事になるからよ……」

 1人ぼやくケニーの背後から深く白いフードを被った女の声がした。そうしてエレンとヒストリアを担ぎ上げてその場を去って行く憲兵達。その片隅で……木の影でその様子をたまたま外に出ていた事で難を逃れたフレーゲルとウミが木の陰から目撃していた。フレーゲルの口を必死に抑えながらウミは確かにアッカーマンと呼ばれたその男を見た。そして、その男は口にしたのだ。
「リヴァイ・アッカーマン」と。

「(どうしよう……殺される……殺される……!)」

 なぜあのアッカーマン隊長と呼ばれた男はあの時間違いなく母親と抱き合っていた?そして、自分が攫われかけたあの時話した男の声だ、聞き間違いじゃないと確信した。先程まで会話していた父親が突然目の前で殺された。中央憲兵の手によって…。ショックにフレーゲルはウミに口元を押さえられていなかったら叫んで見つかって同じ目に遭ったろう。フレーゲルはウミの腕に押さえつけられながら父親との別れにボロボロと大粒の涙を流していた。

To be continue…

2020.02.14
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