THE LAST BALLAD | ナノ
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#63 all hope is gone

――暗闇の中で一人の女が静かに流れる自分とは異なる柔らかな色素の髪をゆっくりと撫でていた。幸せそうな笑みで眠る愛しい少女の面影はたとえ大人になっても変わらないのだと知る。

「あなたは、きっと、いつか……絶対に私を恨むわ……そして私は罰を受けるでしょう。だけどね、許されないのよ……あの男だけは……絶対に……」

 どうして?どうしてあの男なのよ…絶対に出会うはずなんかない、そう思っていたのに。女は流れる涙を拭いもせずに静かに見つめていた。

「ほら見なさいよ……こうなる前にあの時にでも殺しておけばよかったのね……。今じゃもう完全に人類の英雄……。でも、私には出来ないのよ……あの子は……オランピアの全てだったんだもの……」

 愛する者と密やかに育んだ愛。あの地下の片隅で寄り添い合い生きてきた、誰にも邪魔されない二人だけの世界で共に歩もう。

「あなた達は許されないことをしたのよ……ウミ。貴方にあんな地下の薄汚れた子供じゃあなたを幸せには出来ない」

 すすり泣く母の声が今も焼き付いて離れなかった。母はどうして頑なに自分には平穏な当たり前の女としての幸せを望んだのだろう。漂う意識の世界で朧気にそう思っていた。



 仲睦まじく、ただ寄り添い合うだけで幸せで……死んでいった二つの命、喪失に支え合う二人の仲を引き裂いたのは2人が出会ったこの世界そのものだと知る。その驚愕の真実を知ったリヴァイが見せたのは静かなる激情、怒り、終わりなき後悔と悲しみだった。そのはけ口は恋しい女の元へ注がれた。
 ただ、この胸に宿る虚しさをぶつけ、その向けられた思いを受け止めたウミは決して拒絶の言葉を吐くことは無かった。愛しい少女、いつまでもいつまでも、誰に穢される事もなく清らかなままで居て欲しいのに、それでも……彼女を意識し、そして無防備に眠るウミを想像で幾度も犯した。
 想像よりも生身のウミはよりそそられた。この手はとっくに悪に染められ血なまぐさい匂いが彼女を包んでいる。
 改めて自分の罪を、そしてそのやり場のない怒りをただこの小さな身体に叩きつけ、そして吐き捨てた自分を責め、リヴァイは唇を噛み締め、額に手を当て、行き場のない拳を壁にぶつけた。ぶつけた拍子に何度も殴りつけたサネスの痛みが拳にそのまま痣となりやがて硬い皮膚には血が滲んでいた。
 大切にしたい、愛したいのに、慈しむ気持ちとは裏腹に不器用な男はこうすることでしか愛を伝えることはもう出来ない。
 迫る現実の辛さから逃れるように、何の意味もないただ怒りのはけ口をウミにぶつけてそれで……発散した後に残るのは虚無感だ。ただ自分の行いを悔やむしかない。行為特有の残り香が漂う無言の箱、ひんやりした空気、乱雑に散らばるシーツの波の中でその裸体を横たわらせ、まるで人形のように眠るウミ。
 その頬には乾いた涙の跡が出来ている、そっと撫でればそれはリヴァイ自身から流れたものだった。
 一度淘汰されたその命はもう還らない。しかし、その現実は今も自身を責め続けるウミにはあまりにも酷な話だった。再度詫びるようにリヴァイは彼女に触れる資格などもう無いこの拳を握り締める。爪が食い込み流れた赤い血、既に汚れ切ったこの手はどれだけ洗っても洗っても決して落ちない。地下で暴力に明け暮れ酷く猛る夜は血がにじむまで皮膚を洗い続けた。しかし、どれだけ洗ってもこの血が落ちることはない。
 心身にまで染み込んだあの地下での生活は今も根付いている。相手が人間から巨人に変わっただけ、そして、今はまた人間を相手に戦いを続ける。
 この手が先ほどまで暴力を振るい、そしてウミを抱いた自分はこの手をまた血に染めるだろう。
 そしてその手でまたウミに触れるのだろう。まるで救いを求めるように、許しを請う様に。こんな自分の醜い感情をむき出しに無理やり快楽だけを感じられるように幾度も幾度も刻み込んで来た。しかし、それでも彼女は一度も自分を拒むことはなかった。
 お互いにとことん溺れてしまっている、こんなのが愛だなんて間違っている、ただお互いが離れられなくて、依存して、目の前の残酷な現実を見ようともしていない。
 互いがもうこれ以上、二度と離れていく心など無いと、言ってくれ。と。そう願うように。リヴァイは静かにその背に唇を落として無言でただ遠くを見つめていた。
 いつかそう遠くない未来に自分は彼女を永遠に失うとして、その時、自分は何を思いそしてこの手を離すのだろう。この混乱の最中で彼女を離さないとしっかりその存在を噛み締めるようにウミの手を握り締めていても、もし、またいつか彼女と引き離されるのなら、その時自分は。



 繰り返される残虐極まりない調査兵団からの激しい暴力は今まで自分達が痛めつけて殺して来た者達からの嘆きに聞こえた。その末に、サネスは今この身にその痛みを絶え間なく受け続けている。今まで幾度も血に染めてきた罪なき平民たちの嘆きを自らの身に浴び、そして、自らの生の終わりを願い出た。
 リヴァイ達は部屋を後に、一人仄暗い地下の部屋に取り残されたサネスは静かに地獄の釜の蓋が開くのを何度も封じてきた中で浴びてきた者たちの嘆く悲鳴、叫び、絶望、痛みをその身に刻み込み、その代償に終焉を、血に染まりし半生の終わりを感じていた。
 こうして自分も幾多もこうして暴力に晒してこの手を染めてきた。そして……愛する彼の子をお腹に宿して、これから明るく幸せな日々が待っていると信じて疑わなかったあの無垢な笑顔を壊したのは…紛れもなく自分だった。
 しかし、胎盤が完成するまでの悪阻を乗り越えようやく自由に出歩けるようになり、生まれて始めて感じた胎動を噛み締めていた矢先にその命は流され、永遠に奪われる事になった。ウミの命が助かっても、二人の間に宿し、誕生を心待ちにしていたその小さな二人の大切な命は永遠に失われたのだ。
 その事実をサネスから知らされた男は嘆き、怒り、そしてすべての矛先をその男へと向けた。押し迫る市の足音にサネスは戦慄した。自分達は起こしてはいけない者を目覚めさせた。間違いないく自身はあの人類最強と呼ばれるリヴァイに、調査兵団にこのまま嬲り殺されるだろう。
 それでいい。今まで重ねてきた罪をこのまま地獄への土産に。サネスは今までの人生を振り返り、そして一人王へ忠誠を誓い今までここまで生きてきたのだとひしひしと感じ取っていた。

「(まさか、俺はお前と同じ場所に行きつけるのか、腹の中で生きてたガキを…俺達は殺した……ってのに。同士よ……どうやら俺はここまでだ……。だが、お前らがこいつら(調査兵団)を何とかしてくれるはずだ。あとは頼んだ……この壁を……偉大な王を……どうか戦争から守ってくれ)」

 絶望に項垂れたサネスの耳に重厚なドアのその向こうから聞きなれた声が聞こえてきて耳を疑った。それはハンジの声だ、しかし、ハンジが誰かと話しているその声にサネスは聞き覚えがあった。それは先ほどまで一緒だった。

「(この声……ラルフ……! お前まで捕まっていたのか…! 何ってことだ……! このままではラルフも俺と同じ目に…!!)」

 それはまるでサネスにも聞こえるようにわざと大声で話しているようにサネスには感じられた。そしてそのドアの向こうで繰り広げられていたのは…拷問部屋の前にあるその階段の前で、ラルフは静かに呟いた。

「なぁ、あんた達で奴を殺してくれよ」
「ダメだ。サネスと君たちの証言が一致するまでは」
「もう俺のゲロしたことで当たってんのにぬかりねぇな、なぁ…俺の牢にはベッドはあるのか?」
「安心しろ…食事も2食、出してやる……もし、サネスが吐けば相部屋にしてあげるよ」

 その言葉にサネスは知る。ラルフはもう自分よりも先に拷問を受け、全ては王のため、この国のため、忠誠心で頑なにここまで自分達が徹底的に守っていた内容をとっくに喋っていたのだった。そのラルフの言葉を聞き、ゆっくりとサネスは瞼を閉じて自身の命の終わりにただ思い馳せた。

 それから数時間後、再び朝日が射しこみ、今日も生き延びたと何度目かの朝が訪れるも、誰もが晴れやかな表情とはいかない。誰もがこの現状に疲れ切っていた。

「あれ、ウミは……?」
「休ませろ、まだ本調子じゃねぇ……あいつは外す」
「……そうだね、ねぇ、リヴァイ……」
「ハンジ、」

 先にその言葉を遮ったのはリヴァイだった。ハンジは口を噤み、その鋭い眼光に凄まれて黙り込んだ。長い付き合いである彼から静かに放たれる殺気に当てられ、言葉さえも奪われる。
 今の彼は地下街の殺伐とした世界でナイフを手に生きていたゴロツキの目をしていた。普段身に纏う静かなる獣のような高貴なオーラも消え、その目は普段以上に彼の感情を隠し、何も感じられない、どこか濁っているようにも見えた。
 リヴァイの部屋で未だに起き上がることが出来ずに熟睡する彼女を置いて、要望通り嬲殺しにする。こんな表情のまま抵抗をせず受けれいるウミをベッドに押し付けあらゆる暴虐の限りを尽くした非人道的な自身の昨晩の罪をかき消すように。異性に抱かれた事のない無垢な身体を想像の中では無く実際に触れる事に猛り髄髄まで犯した時のように。

「おはようサネス。私も辛いんだけど頑張って拷問するよ。君の希望通り嬲り殺しだ。まぁ、本当に死んだら困るんだけどね。さて、いらないのは右と左のどっちの睾「レイス家が本当の王家だ」

 種子を作る男の機能を容赦なく潰す器具を手にしたハンジの言葉を遮りサネスは全てを悟り、そうして真実を口にしたのだった、ラルフはハンジが用意した作戦に従ったまでだと言うのに。
 まんまとサネスはその作戦に騙された。ハンジはリヴァイがこれ以上ウミの前でその手を染める事を阻止することに成功するのだった。



「失礼します。エルヴィン団長、ピクシス司令がお見えです」
「司令が?」
「はい、団長にお目にかかりたいと」
「通してくれ」
「は、」

 深夜、王都から帰還したエルヴィンの元に駆け付けた客人はピクシスだった。部下を通して司令がはるばる本部へ来てくれたのだ。

「夜分遅くにすまんな。いてもたっても居られんくてのう。手紙は読ませてもらった。ワシなりの考えも持ってきた。その上で聞くが、本当にやるのか?」
「はい、我々はウォール・マリア奪還のため、王政を打倒します」

 エルヴィンはさりげなく部屋のカーテンを閉め、そうして私室のテーブルを挟んでピクシスと対面した。これまでの話を交えて説明する。真の王はなんと今自分達が保護して必死に守ろうとしていたまだ幼い少女だった。彼女の身体に流れる血が、真にこの世界を統べる資格を持つ高貴な存在。玉座に腰を据える男は偽りの王だった。
 リヴァイ達がサネスから知略を使い、ようやくその情報を得たニファは急ぎ馬を駆けトロスト区へと向かって馬を走らせる。この情報を誰よりも求めている男の元へと…。エルヴィンは王都から帰還するとすぐにピクシスに手紙を出した。そうして内容を理解したピクシスはすぐにその足をエルヴィンの元へと向かわせるのに時間はそうかからなかった。
 未だ失われた右腕によりまだバランス感覚や衣服の着替えなどもなかなか易くはないが不安定な歩行は幾らかまともになってだいぶ慣れてきた。
 それよりも傷口の状態だ。神経も骨も潰れることなく綺麗に切断されたそのお陰で壊死を免れたのだ。それは間違いなくウミのお陰だった。
 本人が今もその罪悪感と植え付けられたトラウマに苦しむ中、エルヴィンは改めてウミに託してよかったと、そう思った。
 巷では巨人に襲われた壁内て彼女が姿を見せた時、ウォール・マリアの天使とはよく言ったものだ。彼女は決して天使ではない、しかし、悪魔でもない、精鋭たちがほとんど巨人に命を奪われ王政から執拗な圧力を受けて今にも潰されそうな調査兵団に欠かせない貴重な戦力の一人だ。
 彼女は自身の大切な何人にも触れることなど許さない。いつまでも大切な少女のままだ。

「王はエレンとクリスタを手に入れるその為なら、なりふり構わず権力を行使し…住民や壁の保全などまるで意に介していない。このまま王の暴走を、許してはなりません。このまま訳のわからぬまま、人類滅亡の日を迎えるわけにはいかないのです。もはやこの手段こそ人類が生き残るための唯一の方法。我々の力で王制を打倒し、我々がこの壁に残された人類すべての実権を握るのです」

 論すようにエルヴィンはこの話を駐屯兵団の最高司令官の男へと告げていた。エルヴィン団長直々の打診を聞き、ピクシスは腕を組みその話に耳を傾けていた。これから起こる出来事を予期するかのように。

「ううむ……この狭い壁の中で……ついに人同士で血を流し合うというのか……。いつかその日が来ると思うとった。王が壁の外に興味を持つことを御法度とし107年。この狭い壁の中に人を留め続けることに限界を迎える日が…そして、その時が来ればワシも王に銃口を向けねばなるまいと…。ワシは…お主が目論んだ通りの思想を持っとる。ただし、一老兵に過ぎぬワシには部下を人同士の争いに導くような権利は無いのだ」
「ええ。ですが、あなたには私を裁く権利がある」
「ほう……。そのためにワシに話すというのか。良いじゃろう…ワシが納得すれば今の地位を捨て調査兵の新兵としてお主の下につこう、そりゃ汚れ仕事でも何でもやるわい。ただ、お主がやろうとしておることが間違っておるとすれば…容赦はせん。駐屯兵団の長としてお主らと対立し…処刑台に送ろう」
「覚悟の上です」
「して……エルヴィン。どうするつもりじゃ?やはり武力を以て王都を制圧するつもりか……? 少数であっても精鋭中の精鋭であるお主らの力を以てすれば……風のように兵を越え行政施設を制圧し王の首を狩り取ることも…不可能ではなかろう。じゃがそれでどうなる? この壁の世界の支配者を上から殺してゆき首を掲げたところで、民衆や役人はお主らに賛同すると思うか? それで上手くいくとは考えにくい。この107年続く統治体制に不満を持つ民衆は決して多くはないのだ。土地は狭く、ロクな働き口が無い上に税の負担は増す一方。4年前にはあからさまな口減らしに下層階級の住民が壁の外に締め出され人口の2割を失った。そのような過酷な状況下にもかかわらず暴動は起こらない、それは王も役人も民衆も同じ壁に追い詰められた運命共同体であるからじゃ。争いを起こすことはこの世界では滅亡を意味することとなる。中でも2000年以上も続くとされる王家の血筋は人類の繁栄の象徴としての役割を担っておる。この壁に人類が追い詰められる前から世界を統治した王じゃ……。その尊い存続が人々の心の支えとなっておる。逆、にその繁栄の象徴を虐殺し、この危機の最中に争いを起こす者が現れたとすれば残された民衆はどうなるであろうかの……。少なくとも各地域を治める貴族家がお主らに従うことはありえんじゃろう。ましてあれでもアルフォード家の末裔の調査兵団にとって大事なスポンサーだったクライスの小僧を亡くした今は…跡継ぎもないまま途絶えたアルフォード家を狙ったかのように何者かの手によって小僧の屋敷は火事で消えた…このありさまだぞ。もう調査兵団を支持する存在はおらん。銃を所持する貴族家と残存する憲兵や民間の王家支持派が反旗を掲げるはずじゃ。武力による革命ではこの事態を回避できん。ウォール・マリアの奪還どころではなかろう。エルヴィン。ワシにこれ以外の未来を提示できるかの?」
「我々は王の首をすげ替えるつもりです」
「……そうか、残念じゃ」
「ただし、今回の計画において武力を行使するつもりはありません。人を殺すこともあってはなりません」
「ほう……ではお聞かせ願おうか。そのような方法があり得るのか」
「ただ、それが叶うのに最も重要な根拠がまだ……もしその根拠が違っていれば……我々は皆、首をくくることになるでしょう」
「は〜何じゃ……要は、またすべて賭け事なのか……?」

 未来を見据えた話を兵団の頭が話す中でエルヴィンは先ほど伝令でリヴァイ達に示した作戦を脳裏に描きピクシスに直談判する。
 しかし、エルヴィンは打ち明け、未だ確信に至らないこの作戦の概要を口にしていた。まだ完全ではない、しかし、必ず確信を得るはずだ。
 有能な部下を信じエルヴィンは知力を張り巡らせた。そのエルヴィンの確実ではない未だ不透明なままの作戦の全容に脱力したように大きく肩を落としたピクシスに告げた。

「どうも私は博打打ちのようです。便りは間もなく来るはずです。……どうかそれまで私の子供の頃の話でも聞いて下さい」
「ん……?」
「私の父は教員でした。私の育った地域の教室を担当してましたので私は父の教室で学んでいたのです」

 人間であっても区別なく排除する。どこか遠くを見つめるように青い瞳を輝かせながら幼き日のエルヴィンへ思いを馳せるように、静かに男は静かに閉ざされていた過去の話を口にするのだった。自身が調査兵団の団長として今も見つめ続けている。彼がその背に背負った自由の翼のそもそもの理由を。
 その時、エルヴィンはようやく部下に託した作戦が成功したことを実感する出来事に遭遇するのだった。待ち人は現れた。彼女がその答えである。

「失礼します。団長、これを!」

 ハンジとリヴァイがその手を血に染めた甲斐はあったのだ。意味のない作戦など考えない、そんなエルヴィンに伝令を記された紙切れを一枚大切に持ちここまで辿り着いたニファがエルヴィンにそれを渡した。

「やはりそうだったか。どうやら私の賭けは当たりだったようです。司令、捕らえた中央憲兵が自白しました。人を殺さないとは申しましたが、血は多少流れます」

 其処に記されていたのは「中央憲兵団ジェル・サネスによる証言、レイス家が本当の王家」との内容だった。

「現在の王家は本物ではありません。レイス家が本当の王家です」
「何と……」
「……殺し合わずに王の首をすげ替えることは可能です。調査兵団の新兵として今年入団したクリスタ・レンズ。改めヒストリア・レイスを女王に即位させます…真に王家の血を継ぐ者として」
「ふうむ……仮り初めの王から、真の女王に冠を譲らせる訳か」
「血を流すことなく、王政の打倒が叶います。民衆の前で、これまでの体制は嘘であると言う宣言と共に」
「いいじゃろう。お主の計画に乗ろう。ただし、実行するかどうか、それを決めるのはワシらではない。わかっておるだろうな? エルヴィン」
「勿論です、司令」
「やはり……王政の隠し持つ情報が人類の切り札である以上……ワシはこの戦いで駐屯兵を死なせるわけにはいかん。革命が成功したとしてじゃ、奴らの持つ技術や知恵を何も知らんワシらがそれを無事に継承できるという保証は無いぞ?つまり…巨人の壁を築き人類の記憶を改竄したとされるその力…それらを永久に失ってしまう危険性が…この革命にはある」

 エルヴィンと会話していたその途中で席を離れ窓際に立つピクシス。

「……困ったのうエルヴィン。その術が無いのなら…ワシは私欲に塗れた王政側に立つべきじゃ…もしくはその継承も何とかなるとしてまた根拠も無く賭けるか? お主が…人類の運命を」



 夜更けまで続いたサネスへの拷問、そしてピクシスとエルヴィンが秘密裏に進めていたこれからの未来への会話。その耳にこびりついた同じ人間である筈の者の苦悶の声を聴きながら104期の新兵達は重い体を起こし朝だと言うのに全く目覚めの良くない朝を迎えた。その中でエレンはおぼろげな記憶の中で夢でも現でもない過去の夢を見ていた。

――「ユミル……君は人間に戻る時、誰を食ったか覚えているか?」
「いいや? 覚えてないが……でも、ちょうど5年前ってことは……お前らの仲間だったのか? そうか……すまないな。覚えてすらいなくて」
「覚えていないのは仕方がない。僕らの時もそうだった」
「そうか」
「エレンも覚えてなさそうだし……」
「そういうもんなのか。私を恨んでいるか?」
「どうだろ、よく分からない…君も人なんか食べたくなかっただろうし。いったいどれだけ壁の外をさ迷っていたんだ?」
「60年ぐらいだ……。もうずっと、終わらない悪夢を見ているようだったよ」
 
 浅い白昼夢のような眠りの中でエレンはライナーとベルトルトに拘束されていた時の事を思い返していた。ライナー達によって囚われの身となり痛めつけられたウミ。突然事実を伏せ黙り込んだユミル。
 力尽きて気を失う寸前、最後に聞こえた、忘れていたベルトルトとユミルの会話を夢と現実の狭間の中から浮上する中で静かに思い出し、突如起き上がります。

「……何だ? まだ寝てていい時間だぞ」

 突然起き上がったエレンにつられて何事かと目覚めたジャンの姿があった。そして、その傍らでは見張り当番のアルミンが椅子に座り銃を手にして半ば眠たそうにしていた。

「……そうだ! 忘れねぇうちに……!」

 今いる屋根裏からあの時耳にした会話を思い出してある人物に知らせなければと髪を跳ね上げる寝ぐせと共に急いでエレンは階段を駆け降りていってしまった。突然目を覚ましたと思えば、一体彼に何が起きたのか。ジャン、アルミンはお互いに顔を見合わせまだ寝起きの思考のまま唖然としている。
 思い出した内容を朧気な思考の中、夢のような記憶を忘れる前に、手当り次第に、ペンをとり紙に文字を走らせた。そして、その紙を手にその目的の人物の元へ急ぐエレン、その人物はサネスの醜く折れ曲がった鼻に包帯を当ててラルフを閉じ込めていた牢屋にその身体を押し込んでいた。

「サネス! なぜここに!? お前……大丈夫か!?」

 全身ボロボロで衣服だけは清潔だが、その両方の10本の指先の爪は全て剥がされ、リヴァイ達に強かに殴られ顔が変形し、鼻の骨も折られた痛々しいサネスの姿を見たラルフは言葉を失った。たった一晩で何歳も老け込んだくらいに憔悴した同僚の顔を見て絶句するしかない。

「お前……まさか……こいつらに喋っちゃいねぇよな? 俺達の王への忠誠心はこんな奴らに屈するわけないはずだ」

 ラルフが口にした「王への忠誠心」というその言葉。しかし、ラルフのその言葉は嘘だと、昨日から必死に守り抜いてきた秘密をやすやすと口にした裏切者への怒りを爆発させ、サネスは今にも泣きそうな顔でガッ、とラルフの首元を両手で締めあげたのだった。

「オ……? オイ!? サネス!?」
「お前の声は!! もう! 聞きたくない! 今までよくも俺を! 俺達を裏切ってくれたな!!」
「…ッ!? な……ぐッ……!?」
「信じていたのに!! この裏切り者!!」

 今にもその手で気管を潰して絞め殺しそうな勢いで叫ぶサネスを止めるようにハンジは昨晩の真相をようやく明るみにしたのだった。

「サネス! 彼は何も話していない! っていうか私たちからは何の質問もしていないんだ。ラルフは君が遠くにいると知らされていた。そしてナイフで脅され私の作った作文を声に出して読んだ。それだけ」

 ハンジはラルフにナイフを突きつけたまま昨晩読ませた作文を見せた。そう、ラルフはハンジたちに何も話していない。ただ言われるがままここに連れてこられて幽閉され、そして暴力を受けることなくナイフを突きつけられたまま言われるがままにこの台本通りに朗読しただけだった。
 その事実を知り、まんまと調査兵団の作戦に引っかかったのは自分なのだと愕然と膝をつきラルフの首を拘束していた手を離した。

「じゃあ……俺が……王を裏切ったのかよ……」

 自分が調査兵団の罠に嵌められたのだと、気付き、サネスは力なく瞳を閉じるのだった。その姿を見下すように睨みつけるハンジ。
 こんなものではないだろう、ニックの受けた苦しみは。

「……あ……悪魔め、」
「……そりゃあ否定はしないけど…ニックにもあんたらがそう見えただろうね。
 だからあの時言っただろ? あんたらがかわいそうだって。本当にみじめだよ、おっさんが泣いて……喚いて、みっともない……。ざまあみろ!! ば――か!!! そこでクソするだけの余生に、生きがいでも見出してろ! じゃあな!」

 ニックを殺し自分達を追い詰め、そしてこいつらをおびき寄せるまでウミが受けた屈辱を思い返して我を忘れて怒り狂うハンジ。捨て台詞を吐いたハンジに対し、うなだれたままのサネスは静かにハンジを告げた。

「……順番だ。こういう役には多分順番がある……役を降りても……誰かがすぐに代わりを演じ始める。どうりでこの世からなくならねぇわけだ……。がんばれよ……ハンジ……」

 サネスの頬から一筋の涙が伝う。その言葉はまるでこれからの、この世界の未来の行く先を哀れむようだった。ハンジへと静かに激励の言葉を受け、悔しげに唇をギリリと噛み締め、怒りに肩を揺らしながらモブリットの静止も聞かず階段を上り牢を後にした。

「ふぅ……」

 扉を開けて一階に戻ると、そのまま冷めやらぬ怒りの中で普段冷静に知力を発揮するハンジは興奮していた。昨晩目にした血の影響だろうか、それともウミがあんなことを言ったから、だろうか。いつも凛としていた彼女が静かに漏らした本音を耳にしたからだろうか。ウミへ残酷な仕打ちを与えたこの世界への苛立ちか。
 八つ当たりをするようにこのやり場のない怒りに身を任せたまま思い切りその机や椅子を蹴っ飛ばしたのだった。椅子もテーブルも、木っ端みじんになっても構わずにハンジは蹴り続けた。ウミをリヴァイに奪われた事、誰よりも大切な彼女はもう自分だけに微笑むウミではない。

「あの……ハンジ……だい、じょうぶ……?」
「わぁ! びっくりしたよ……ウミか。起きてたんだね」
「うん、さんざん休ませてもらったから……」
「その割にはリヴァイにさんざん付き合わされて大変そうだったみたいだけど……目が腫れてるし、声も、」
「大丈夫、…リヴァイも、相当不安で居るだろうし……私には彼の心の中の獣を受け止める事しか出来ないから」

 ふと、背後から躊躇いがちに、怒りに震える自身を気遣うように。聞こえた声に振り向くと、生々しい痣を消すかのように首に包帯を巻いた今想像していたウミの姿があった。昨晩の服ではなく一回り大きいリヴァイのシャツを身にしている。

「気分はどうだい? ほら、見てよ、こんな古い家だからゴキブリが出たんだ、嫌になっちゃうよね全く。ウミ、ゴキブリ嫌いだろう? もうこれで大丈夫だから、安心してよ」
「あ、ありがとう……ハンジが言うならきっと特大サイズのゴ…だったんだね…助かった。ありがとう、」
「ん……? あれ、昨日の服は?? まぁ拷問した時着てた服なんて着たくないよね。それ…リヴァイの服だよね? ま、小柄なリヴァイでもウミよりは大きいからウミに服貸したり出来るのか。リヴァイもウミが恋人でよかったね、ねぇ、恋人より小さい男だなんてカッコつかないしね、」

 誰もが敢えて口にしない彼の身長ネタを話せるのはハンジくらいだろう。リヴァイが聞いたら今にも蹴りが飛んできそうだが。口早に喋るハンジをウミはただ面食らったかのように見つめていた。
 いつも知的で冷静なハンジがこんな風に物に八つ当たりするなんてそれ相応の出来事が起きたに決まっている。しかし、ウミは何も言わずにハンジを抱き締めた。ハンジよりも頭二つ分小さな体は抱き締めるよりは抱きつくに近いが。長い付き合いのある友人を労り、慰めるように。

「ハンジ……大丈夫だよ、」
「はは……どうしたんだろうね。何とも情けないね……ごめん、ウミ」
「いいよ、昨日のお礼」
「ウミ……」

 もう少しだけ、このままこの子の優しさに甘えても、いいのだろうか。この殺伐とした状況下で、今はウミの触れた個所から解けるような優しい人肌に身を委ねたいと思った。束の間の安らぎを求めるように。ハンジはウミの華奢な背中に腕を回していた。

「わぁ! ウミ……ハンジ……さん? 何してるんですか?」
「エレン……」

 その上から降りてきたのは…。聞こえた足音と控えめな少年の声、エレンは顔色の悪いウミを横目にさっき聞こえた物音がハンジが怒りに我を忘れテーブルや椅子を破壊したのだと知り、一番兵団で怒らせると怖いハンジのただならぬ姿を目の当たりにし、いざ話していいものか躊躇った。
 まして2人が抱き合っていたのを確かに見た。親密に、仲間同士なのに、ウミにはリヴァイが居ると言うのに…複雑な面持ちのエレンの姿にハンジはウミを抱き締めていた手を離して額に上げたゴーグルを装着した。

「ああ。悪いね、散らかしちゃって。ゴキブリがいたんだよ。こんな廃墟のような関所だからいるのは当然だろうけど、ウミが怖がるから宥めてただけ、リヴァイには内緒だよ? さっきの私の一撃で粉々に消し飛んだよ。一切の痕跡も残らないくらいにまったく清々しい朝というにはまだ早いけど、それで、エレン、どうしたの? その紙は?」
「今さらなんですが…以前のベルトルトとユミルの会話を思い出しまして…それを紙に書きとめました」

 そうして、エレンが紙に書き留めた内容を見たハンジは慌ててモブリットを連れて急ぎリヴァイからの伝令をエルヴィンに伝え、再びエルヴィンの伝令を受けたニファが慌てて戻ってきたのと入れ違いにハンジは馬を駆けどこかへ行ってしまった。馬を走らせたハンジの向かう先は…そして、ニファが戻ってきて直ぐにリヴァイへと伝えた事実はある1人の人間に対して、その人生を大きく変える決断を求める事になる。

To be continue…

2020.02.06
2020.03.12加筆修正
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