THE LAST BALLAD | ナノ
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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -

#31 初恋

 立ち去る背中を見てはまた悔やむ。何故、どうして自分は。
 それは、女型の巨人捕獲作戦当日の朝の出来事だった。ウォール・ローゼ・南区。トロスト区から離れたのどかな施設では見晴らしのいい塔からミケとナナバが遠くの平野を見つめていた。

「本当にあの子達の中に……アニ・レオンハートの共謀者が……?」
「さぁ……どうだろうな? だが……無視できる確率ではない」

 エルヴィンの作戦通りに順調にここまでその中に潜む敵に疑われる事無く女型の巨人の正体である可能性が高い104期生アニ・レオンハート捕獲作戦の要員から外れた残りの104期生達。
 ナナバは未だにそのまだ配属されたばかりの104期生の中に壁の破壊を目論む諜報員がいる事実がとても信じられず、そして、敵が自分たちの内部に紛れ込んでいることなどとても考えたくはなかった。

「どこに行く、クライス」
「新兵共に朝のご挨拶だ」
「くれぐれも余計なことはしゃべるなよ、お前は余計な事まで喋るからな」
「ハイハイ、よくわかってらっしゃる」

 その2人の会話を聞きながら任務中にも構わず煙草を口にくわえたクライスが突然の武装解除からの何の説明もなく待機を命じられた104期生の待機する部屋に向かった。彼なりに突然私服姿でここまで連れてこられたことに対して不安や疑問を抱き困惑しているであろう彼へクライスなりの気遣いだ。

「よぉ、お前ら元気か?」
「あれ〜その低い声は、クライスさんだ」
「そうだな……顔は美人なのに身体は男のクライスさんだ……」

 一人一人に朝の挨拶だと話しかけながらクライスは窓からの景色を眺めて頬杖をついてぼんやりしている104期生の田舎者コンビの2人に目を向けた。確か2人はこの近くの田舎出身だ。その隣ではライナーとベルトルトが手持ち無沙汰を紛らわすようにでチェスに興じている。

「お前ら大丈夫かよ? マヌケ面して。暇すぎて脳みそ腐っちまったんじゃねぇの?」
「そうかもしれません……ああ、クライスさん、こっから南に行くと、俺の村が近いんですよ、ちょっと行ってきてもいいですかね」
「ちょうどいいですね、私の故郷も近いんですよ〜…」
「ダメダメ、お前らな、待機なんだからな」

 今頃エレン達は護衛の馬車に乗せられてウォール・シーナへと向かっているのだろうか。脳裏にそんなことを思い描きながらやる事もなく、今まで壁外調査に向けて訓練漬けの日々だったのが今はただ暇を持て余しているだけ。ぼんやりとしている104期のメンバーのサシャコニーはあまりにも暇すぎてすっかり緩み切って脱力してしまっている。

「クッソ〜……なーんで帰っちゃだめなんだよ……夜に抜け出してやろうかな」
「私なんて、まともな人間になるまでは帰ってくるなって言われたんですよ〜」
「俺はお前みたいなチビに兵士は無理だって言われてた……。しかし、俺は天才だった……10番内の成績で兵士になった。だから村に帰って見返してやんのさ」

 ぼんやりしながらも近くまでこれたのだからやる事もなく待機なのなら故郷に帰りたいとぼやくコニーに対してライナーがチェスの手を止めてそう告げた。

「コニー、お前が本気なら協力するぞ」
「あ、なんだぁ?」
「まぁまぁ、お前ら、そんなにイライラすんなよ。なんせ先日は初めての壁外調査でたくさん死んだし、お前らトロスト区の時から戦い漬けで疲れてんだからよ、次の指示までのんびりしてろよ、俺も退屈すぎて眠ィーよ、ふぁ〜〜」

 口を挟むライナーをクライスは流し見て、この中で果たして誰がアニの協力者なのか、いつも孤独に誰とも打ち解けようとしなかったアニの事を思ってその表情の裏で諜報員の正体を探っていた。こんなことなら卒業模擬戦闘訓練の際に見せられた報告書の全員の故郷まで詳細な情報を見ておけばよかったと悔やんだ。
 しかし、いつも周りから孤立していた小柄な体躯にどこか大人びていた美貌、クールビューティなアニと裏でやり取りしていたメンバーがこの中に居るのだろうか。故郷があり、その身元が確かなコニーとサシャは違うだろうなと、内心思っていて。そうなると残りは、クリスタ、ユミル、ライナー、ベルトルトになる。
 ウミがエレンやミカサやアルミンと等しく可愛がってきた104期生。その中に居たアニがリヴァイ班のメンバーを殺しただけでもショックなのに更なる裏切り者が潜んでいる。そこに疑いの目を向けるのには抵抗があった。

「クライスさん、なぁ教えれくれよ? 何で俺たち新兵は私服で待機なんだ? 「兵団服は着るな」「訓練もするな」と、それなのに何でクライスさんたちは完全武装なんだ? ここは前線でもねぇ壁の内側であんたらは何と戦うってんだ?」
「っ、(チッ、優等生は痛いとこ突いてくるな……)まぁまぁ。兵士たるもの丸腰だなんて格好付かねぇだろ、」

 理由もなくほぼ軟禁状態になってこの部屋に閉じ込められて隔離されている今の状況に対してライナーが不満を露わに何か焦れたようにクライスに突っかかってくる。背丈は同じくらいなのにスリムなクライスはガタイの良いライナーにあっという間に詰め寄られていると彼が小さく見える。

「う〜ん……。この辺りはクマが出るからじゃねぇのか…?なぁ、クライスさん、」
「えぇ、クマ間違いないですね、」
「あぁ、そ、そうだな、さすが田舎者トリオ、そうだ、クマには立体機動装置で一撃が一番だ!」
「クマなら鉄砲でいいだろ……」

 2人のやりとりに乗っかるもライナーに軽々とあしらわれてしまう。今にも窓から飛び出していきそうな勢いのライナーにクライスは理由は言わずに落ち着けと促した。

「まぁまぁ、座ってろよライナー。俺とゲームでもして気でも紛らわせって、な? ベルトルトが相手してくれるか?お前ら昼前で腹空かしてイライラしてんだっての、」
「僕たちの前で話を誤魔化さないでくれよ。隠してないで本当の事を言ってくれよ、クライスさん」

 ぼんやりとしたままのコニーとサシャに対して、悪ふざけを共にして来たクライスに真意を訪ねればひょっとしたら答えてくれるのではないかと、ライナーに続いて長身のクライスよりも大きな体躯のベルトルトまでもその澄んだ眼差しを向けてきた。クライスは不満と疑問を露わにし始めたライナーを宥めながら何と話を誤魔化そうとするも、おそらく目の前のクライスへ疑惑の目は向けられていて。クライスはライナーがうすうすこの違和感に気づき始めていることをひしひしと感じていた。

「ん……?」

 そんな緊迫したやり取りの中でサシャの頭の中付きまとうのは食事の事だけ。三大欲求は食しかない彼女は昼食を心待ちにぼんやり机に耳をペタリとつけてのんびり脱力していると、狩りを生業していたミケが嗅覚ならば彼女は森暮らしの研ぎ澄まされた聴覚で、一昨日身をもって体感したその迫りくる足音に顔色が変わった。

「足音みたいな地鳴りが聞こえます!!」
「は?」

 突然のサシャの言葉にクライスはすぐに立ち上がり窓へとすぐ眼を向けるもこちらからは何も見えない。サシャの言葉にここはウォール・ローゼでありこの壁の破壊をもくろむ「鎧の巨人」も「超大型巨人」もまだ表れていないはずなのに何故だと、ライナーが信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。

「何言ってんだサシャ? ここに巨人がいるって言いたいんならそりゃ……ウォール・ローゼが突破されたってことだぞ?」
「何にも見えねぇぞ?サシャ、本当か?」

 振り向いたクライスが声を発した。その一方ではサシャの勘が当たり、ミケも持ち前の嗅覚を生かして巨人の匂いを感じ取って数体がこちらに向かって接近しているのを感じ取っていた。慌てて南側の景観が見渡せる方向へと目線を向けた。

「ミケ?」
「トーマ!早馬を出せ、お前を含めて4騎、各区に伝えろ! おそらく、104期調査兵団の中に巨人はいなかった……。南より……巨人多数襲来!! ウォール・ローゼは……突破された!!」

 グッと悔し気に壁に当てた拳を握り締めてミケが呟く。それは人類最悪の日の襲来だと周囲へと知らしめていた。

「オイ、嘘だろ、サシャ(何? じゃあ敵はこん中に居ねぇって事かよ、エルヴィンの読みが外れた?? それとも新たに壁を破壊した協力者が?)」
「本当です!確かに足音が!」

 必死に巨人の出現を訴えるサシャに誰もが疑いの眼差しを向ける中でクライスは不思議そうにその光景を見ていると、サシャとコニーが見ていたその窓の外からミケの指示を受けて立体機動装置でこちらに急ぎ知らせに来たナナバが現れ窓を開けた。

「全員いるか?」
「ナナバさん!?」

 その表情には焦りを見て取れて緊迫した空気に包まれた。先日の壁外調査で同じ班の班長だったナナバの姿にクリスタが立ち上がる。クライスの姿を確認して目配せすればクライスもサシャの勘は本当だったのだと、彼女の野生の勘に驚きながらもタバコの火をもみ消しながらやはりサシャの勘は正解だったのだとすぐさま立ち上がった。

「500m南方より巨人が多数接近、こっちに向かって歩いてきてる。君達に装備させてるヒマは無い。直ちに馬に乗り…付近の民家や集落を走り回って避難させなさい。いいね?」

 コニー、ベルトルト、ユミル、クリスタ、ライナー、サシャ、を含む他の104期生も全員が突然の出来事に困惑の表情を浮かべる中でコニーは驚愕に目を見開いている。南から巨人は襲来したと聞いた。それはつまり、自分の故郷は南にあるのだ。

「南方……から?」
「……あ……」
「そうか、お前のラガコ村って……」

 シガンシナ区の壁を破って巨人が襲来した時のエレンと全く同じ反応をしてその場に凍り付くコニーは金色の大きな瞳をさらに見開いて、ショックでその場に足を釘で打ち付けられたように硬直している。サシャがその空気を察して黙り込むとクライスもコニーの表情からすべてを悟った。

「壁が……壊されたってことなのか……?」

 壁を破られたと聞き、ライナーが真っ青な顔で隣のベルトルトに誰がそんなことやったんだと言わんばかりにそう問いかける。まさかの展開に先ほどまでのどかだった施設に緊張が走った。

「さぁ動いて! 残念だけど仕事が終わるまで昼飯はお預けだ!」

 ナナバの勇ましい声がはじけ飛んだように慌ただしく動き出す104期達、クライスものんびりしていられないとナナバに続き、屋根に向かってアンカーを射出すると嗅覚を生かし巨人の位置と人数を確認しているミケの元へ向かった。

「ミケ、巨人の位置は?」
「前方だ。あの一帯に9体いる」

 目玉の大きな巨人や細身の巨人、大小さまざまな巨人がこっちに向かって歩いてきている。
 その光景を目の当たりにして絶望しない方がおかしい。ナナバは呆然と悪夢のような光景を眺めて見ていた。

「再び……壁は破壊されたと、そう捉えるべきなのかな……」
「いや、(無理だ、あんなに大量の巨人が人間なわけ、ねぇよな、人間なわけ……)だとしてもトロスト区やクロルバ区が先に攻められてるんじゃねぇのか?扉部分以外の壁を壊すなんて、だとしたら……それに穴ならまた塞げば……」
「クライス、そもそも、壁に空けられた穴が扉部分だったとしても……都合のいいサイズの岩がその付近に転がっていない限り……エレンがいても穴を塞ぐことはできない。ウォール・ローゼは、突破されてしまった……」

 ミケの言葉に衝撃を受けて屋根の上で脱力するように膝から崩れ落ちたナナバの顔面は蒼白している。

「私達は……巨人の秘密や正体も一切迫る事が出来ないまま……この日を迎えた。私達……人類は、負けた……」
「マジか、こんな時に……ウォール・ローゼが突破されたなんて……残されたウォール・シーナだけじゃあ人間は生きていけねぇぞ?(せっかくウミがリヴァイとようやく一緒になれるってのに)」
「いいや……まだだ」

 見下ろした屋根の下では慌ただしく馬を準備したり荷物を運びこんだりと、せかせかと準備に追われる104期生の姿を見つめながら目の前に横たわる現実に愕然とするナナバとクライスを鼓舞するかのようにミケはその言葉を否定して力強く励ました。

「人は戦うことをやめた時、初めて敗北する。戦い続ける限りは、まだ負けてない」
「……ミケ、」

 そうだ、まだ間に合うかもしれない、しかしウォール・ローゼまで破壊されたとしたら残りの居住区は人類にはもうウォール・シーナしか残されていない。どうかこれが悪い夢であってほしい。まったくついていない、今日は人類最悪の日になりそうだとクライスはそれでもあきらめないミケの言葉に鼓舞され歩き出す。今頃女型の巨人捕獲班は作戦を開始しているはず、向こうの心配よりも自分達の方が今は危険だ。果たして、大丈夫なのか。

「104期には申し訳が立たない。我々が疑ったばかりに……無防備な状態でこの状況に放り出してしまったのだ……」
「あぁ……情けない所は見せられない」
「さぁ……戦うぞ」
「ああ、そうだな。それでも俺等は戦うしかねぇんだもんな」

 今までも何度も何度も危険な目に遭ってきた。目の前に横たわる現実を見れば馬から落馬して骨折なんて可愛いものだ。
 ウォール・マリアが陥落した時も自分達は何もできなかった。つくづく思い知る。いつだって自分達は無力で巨人に比べればその存在の小ささを、無力さを。背中を向けて施設に巨人が到達する前に馬を駆けひたすら遠くへと距離を取りながら走るミケを先頭にして駆けるミケ班の兵士たち。
 104期生がかわいそうなことに私服姿で立体機動装置も着けていない中で混成班を結成している。
 やがてその後を追いかけ班編成は的確になおかつ能力の分散をさせねばならない。今日は厄日だ、調査兵団きっての2名の実力者の戦力を分割したのは正解だったかもしれないなとクライスはウミから預かったタヴァサを走らせながらひとり呟いた。

「(ウミ、うまくいけばいいがな)」

 自分達の身の安全よりも今ウミはウォール・シーナに居る事の方が何よりも安心だった。彼がウミを案じるのは単なるかつての上官への配慮ではない、ミケを先頭に馬で平原を駆ける兵士たちに向かってミケが熱い支持を飛ばした。稀代の変人がある丸調査兵団の中でも人の匂いを嗅いで鼻で笑う癖がある彼を変だとは思うが実力はリヴァイが来るまではずっとナンバーワンであり一番の古株だ。

「あの巨人群が林まで到達したら一斉に離散する! それまでに4つの班を構成する!
 104期と武装兵で構成した班を東西南北に分ける、戦闘は可能な限り回避し、情報の拡散に努めよ!! 誰か……この地域に詳しい者はいるか!?」
「は……はい! 北の森に故郷があります! そのあたりの地形は知ってます! あとコニーも……」

 ミケの言葉に自ら挙手するサシャはコニーに視線を送ったが、コニーは青ざめた表情のまま馬の手綱を握り硬直している……。

「コニー!?」
「南に、俺の村があります……巨人が……来た方向に……近くの村を案内できます。その後……俺の村に行かせて下さい。そりゃ……もう行ったところでもう……無駄でしょうけど……」

 コニーの故郷は恐らく…うなだれるその表情はいつもの元気いっぱいの彼ではない。しかし、その先の言葉を察して誰もその先の言葉を紡ぐことは出来なかった…。

「けど……行かなきゃいけないんです……」
「わかった……南班の案内はお前に任せたぞ、」
「はい、」
「コニー、俺も行く」

 すると馬をかけて近づいてきたライナーがコニーに自分も同行すると願い出たのだ。まるでコニーが放っておけないのもあるし、南で何が起きたのか、その原因を確かめたいとでも言う様に。

「多分……南が一番危険だ。巨人がいっぱいいる……」
「何言ってんだ。さっき抜け出しに加担すると言っただろ。お前はどうする? ベルトルト」

 背後を走らせていたベルトルトにどうするか確認するライナーにベルトルトも同意した。彼へ自分はどこまでもついていくと、子供の頃からずっと控えめな性格で片思いの相手にも結局自分の感情を伝えられた試しが無く彼女と離れてしまった。何事も穏便に済ませようとする性格の彼にとってライナーはただ一人の存在、しかし、彼は自分の知らない人間になる事が時折あって。そんな、どこか危うげな性格だから自分がそばに居ないと……。

「もちろん、僕も行くよ」
「わかってると思うが、今日は人類最悪の日が更新された日だ! そして人類史上最も忙しく働くべき時が――……今だ!」
「巨人共が林に到達したぞ!!」
「離散せよ!! 最高速度で駆け抜けろ!!」

 ナナバの凛々しい声が響き、そしてミケの号令を合図に陣形が東西南北に別れ拡販で情報を拡散するべく動き出したその時−…施設に到達した巨人達が今まで歩いていたのに突如として大小さまざまな巨人が突然踊り出すかのようにまるで誰かの合図を受けたかのように一斉に走り出したのだ!まさか奇行種だったのか?クライスはウミから借りたタヴァサが怯えたような声を発したのを聞いた。

「……なぜだ? 巨人が一斉に?」
「速い……!!」
「このままでは追いつかれる!!」

 このままでは全員が奇行種に食われてしまう、かといって馬を止めて引き返して迎え撃てば情報の拡散は遅れ、このままではこの区域の避難誘導が遅れて近隣住民に被害が及ぶ。シガンシナの二の舞にはさせない、今度は自分達が居るのだ。馬を走らせ、ミケはあの巨人に太刀打ちできるのは自分だけだと察知し、すべてをゲルガーに託し自ら決意した。

「ゲルガー! 南班はお前に任せた!」

 突如走り出した巨人に追いつかれそうになったため、この中で一番の手練れ。自ら立ち塞がり班員を行かせるべく、巨人が迫ってくるその方向へと方向転換して馬を走らせたミケ。時間稼ぎの為に一人立ち向かう決意をしてゲルガーはその指示に応えた。

「!? ミケさん!? ……! りょ……了解……!」
「ミケ分隊長が囮になったの!?」
「一人では無茶だ! 俺も…」
「ダメだ……!! こっちも人数が必要だ! ミケさんを信じろ! 調査兵団でリヴァイ兵長に次ぐ実力者だ! きっと、上手く切り抜けて戻ってくる!!」

 その言葉を受け、一同はミケから主導権を受けたゲルガーに続いて走り出す。ナナバの班について去り行くミケの背中を見ていたクライス。すると、突然ウミの愛馬が何かを察知したのかクライスの意思を無視して方向転換すると、ミケの背中を追いかけ走り出したのだ!

「クライス!! お前は行くな!!」
「知らねぇっ!! 俺じゃねぇよタヴァサが! おい! 何してんだよ! 戻れよ! タヴァサー!!」

 何とか引き返そうとするも言う事を聞かないでミケを追いかけるタヴァサ。ミケ一人で戦わせるなとクライスに伝えているのか。
 しかし、自分は英雄になるつもりはないからと何とかとどまろうとするのだがタヴァサは言う事を聞かずにクライスを乗せてミケの後を追いかける。また落馬して骨を折るわけにはいかない。クライスに逆らう術はなかったただ出来る事は馬から落っこちないように手綱にしがみつくしかない。
 タヴァサは一人囮になるべく来た道を引き返したミケに襲い来る奇行種に向かって駆けだしたのだった。

「飼い主にそっくりだな! 頑固で言うこと聞かねぇ!! これで死んだら化けて出てやるからな!!」



 ――……その一方。同時間帯のウォール・シーナ東城壁都市ストヘス区。
 そこは王と憲兵団と壁に守られしその中心となる限られた者のみが済むことが許された安全地帯。
 ウォール・ローゼが今頃大変な状況下にある中でここの住人はそんなことなど知らずに当たり前の朝を迎えていた。巨人の脅威など知らぬまま穏やかな生活を過ごす内地は平和で溢れ、そこではある噂で話題が持ちきりだった。

「何だ? 知らなかったのか? 巨人の小僧と主要幹部が王都に召還されるんだとよ。今日、この街を通るぜ」
「そうか……まぁ、今度こそ解剖で決まりだろうな」

 朝は等しく訪れそして2人の人の男は噂の通り巨人に変身できるという理由で人類の脅威をみなされた危険因子であるまだ15歳の少年が今日ここを通るとのその会話で今朝のやり取りは潤っていた。

「いずれにしろ、このままうまく進んで扉が封鎖されるといいんだがね」

 調査兵団の失墜によりこのまま調査兵団が解体されれば本当に壁の中で穏やかな暮らしができるんだと信じて疑わなかった。ふと、その言葉を聞いた背後に居た男がドサッと鞄を落としてその2人の会話に青ざめていた。

「今……扉を塞ぐと言ったか?」
「は?」
「これ以上人の手で壁を汚すというのか!?」

 その単語に反応して真っ青な顔で男に詰め寄る信者がそこにはいた。その首に下げられた3つの壁の女神を模したウォール教の者が身に着けているネックレスが揺れた。

「マリア、ローゼ、シーナ。三つの女神を人の手で穢すなど断じて許されることではない!!」
「壁を愛し神と崇める方々だ……関わるな」
「そうか……まだヤツらがいたか……」
「クソッ」

 壁を穢すなとしきりに何やらブツブツと祈りの言葉をつぶやくウォール教に洗脳された信者はもはや聞く耳を持たず、そのまま教会で壁を守る女神へと、祈りをささげるのだった。
 平穏な内地の外側では必死になってウォール・ローゼが突破されたという絶望的な朝を迎え駆けずり回る中で、エルヴィン率いる捕獲班の待機する調査兵団本部ではエレン達幹部を迎えに来た憲兵団のナイルが護送用の馬車が3台連ねて迎えに来ていた。

「エレン・イェーガー! 貴様は真ん中の馬車に乗れ!!」

 アニ達が憲兵団上部の腐っている現状を目の当たりにしているその馬車の中では厳しい顔つきをしたままのナイルがエレンに向かって全く新品同様のほとんど使っていないであろう銃を突きつけていた。

「ウミはエレンを頼んだぞ」
「はい!!」

 エレンと二人きりの馬車の中、先日の気まずさから出来れば二人きりは避けたいが、誰にもこのことを言えないままウミは気まずさだけに支配されていた。
 しかし、負傷中のリヴァイの代わりに任務を遂行するためには仕方のないことなのだ。
 姿を見せたウミはどこの貴族の令嬢かと間違われるような清楚な編み上げたリボンで結んだ白いブラウスにハイウエストのダークブラウンの膝下丈のシフォン素材のスカートを履いており、普段任務中は束ねている長い髪は緩やかなハーフアップにまとめ上げられており、ブーツを鳴らして馬車に乗り込もうとするその外見からはとても調査兵団の精鋭には見えなかった。

「待て、そのスカートの中に何か隠している可能性がある、その中身を見せろ!」
「何ですって……?」
「エレン・イェーガーと結託して逃げ出す魂胆を考えているかもしれないからな」
「冗談じゃないわ。私もエレンもそんな、今更逃げ出すだなんて考えているわけないでしょう?」
「ならその証拠を見せろ!」

 しかし、ジャキン!とナイル率いる精鋭班の構えた銃身が仮にも女性であるウミのスカートの中身に危険物の有無を確かめようとして近づいてきた。憲兵団は全体的に腐っているがこの男だけは例外だ。
 ナイルは疑わしい者はすべて疑うのか。どうして自分だけがこんな男たちの前でスカートの中身を見せなければいけないのか。セクハラもいいところだ。ウミが訝しげに眉を寄せて抵抗の意思を示すように黙り込んでいると、更にその銃を突き付けてくる。普段銃なんて使わないのに……常に巨人と戦ってきた調査兵団からすればその銃などウミにとって何も怖くなどない。その間を遮るように立ち塞がったのはウミがエレンと一緒に用意したシャツにクラバットを装着したリヴァイだった。

「オイ、ナイル」
「何だ、リヴァイ!」
「お前の眼は節穴か?俺の嫁のスカートの中身がそんなに気になるのか?」
「何!? 嫁?」
「ああ、話していなかったか? ウミは俺と添い遂げたれっきとした妻だ。そんな俺のウミのスカートの中身をどさくさに紛れて覗くとは……憲兵団もとんだ悪趣味集団だな」
「何!? 妻だと!? 結婚、そんなまさか! こんな状況の中のんきに結婚だと!? エルヴィンどういうことだ!」
「そうだ。私がそれを承認した、2人は言わずもがなれっきとした夫婦だ」

 突然のリヴァイからの言葉、それに冷静に乗っかったエルヴィンにウミは一人リアクションが遅れてしまい開いた口が塞がらない。まだ入籍も何も済ましていない、2人だけの間の約束なのにリヴァイは自身の立場が確立したこともありもう隠す気はさらさらないようだ。
 俺の妻だとこの男は全員の憲兵団の連中もいるというのに早朝から堂々と、ウミの肩に手を回しつつそうはっきり知らしめたのだった。
 その言葉にエレンも呆然とウミへ眼を向けるもそのまま馬車の中に押し込められてしまい真意を確かめることは出来なかった。

「この服は俺が見立てた。どう見てもこんなひらひらの中に立体機動装置なんて隠せるわけねぇだろうが。俺は今負傷中で大したことは出来ねぇが、ウミを泣かすようなことでもしてみろ、お仕置きくらいはできるぞ。大事な妻だ、丁重に扱ってくれねぇと俺も黙ってられねぇからな」
「くっ……さっさと乗れ!」

 俺の妻、大事な妻、何度も連呼されると気恥しさもあってウミはどう反応したらいいのかわからず恥ずかしそうに俯くばかりで恥ずかし気に睫毛を伏せスカートの裾を守るようにぎゅっと握り締めていた。リヴァイのおかげで何とか全員の前でスカートの中身を見せるという羞恥プレイから逃れる事が出来ほっとした。
 人類最強の男に睨まれ幾ら負傷中だとしてもそれは巨人に対して不利なだけで人間相手なら骨の一本くらい簡単に折れる男のその凄みに当てられ黙り込んだナイルによってウミはエレンと共に馬車に押し込まれた。
 リヴァイとエルヴィンは先頭馬車に乗り込み馬車はトロスト区を出発した。エレンと二人きりの中、二人の間に行き交う言葉はない。幼馴染でいつも遊んでいたのに。
 今はまるで見えない壁に隔たれているようで。ただ窓から見えるトロスト区の過行く街並みを眺めていた。

「なぁ、ウミ」
「……どうしたの、エレン」

 幼馴染でいつも一緒に遊んでいたエレンが今はどこか違う男の人に見えて自分が年を重ねたように喧嘩ばかりしてカルラに叱られてばかりいた幼かったエレンもまだ子供だが日に日に声も変わり、背も伸び兵士らしく立派な筋肉もついて男として成長していたのに、自分は気が付かなかった。
 いや、自分の事ばかりで本当に三人をちゃんと見てあげられていたのだろうか。ウミは突然話しかけてきたたエレンのいつの間にか少年の声から大人の男性の声に近づきつつあるその声に窓に向け居た顔を正面の彼に向けた。

「その、リヴァイ兵長と結婚してたって……5年前からなのかよ、」
「あの、それは……」
「一言も聞いてねぇけど、もしかして、本当は結婚なんかしてねぇんじゃねぇのか?」
「っ、」

 鋭いエレンからの指摘にウミは黙り込んでいた。先日の件から今はエレンの事が怖いだなんて、言えない。自分より一回りも下の子供相手に何を怯えているのか。しかし組み敷かれた腕の力強さが忘れられない。ここで彼の機嫌を損ねて襲われたらきっと自分は幼馴染の彼を拒めない。彼を拒めばもっと彼を傷つける。自分のあいまいさが招いたのだから自分が悪いのだと。

「ウミはリヴァイ兵長が好きで、結婚していた。でもそれなら何で、今までオレ達に一言も言わずに隠してたんだよ……」
「っ、ごめん…色んな理由があって…5年前に私が彼から離れたの。でも彼はずっと私を待っていてくれた…。彼は兵士長という立場があるし、私はただの元兵士だったから簡単には言えなかったの。調査兵団は貴族たちの資金と税金で何とか成り立っている状態だった…リヴァイを気に入る貴族もいる。だから気安く言えなかった。だから私が悪いの、だからそのせいでエレンにもリヴァイにも、ペトラちゃん、いろんな人を悲しませて、傷つけた…でも、このことを話しても、エレン達には関係ないし、自分たちのせいだって気にしてほしくなかった、リヴァイの手を振りほどいてでも三人の事を親代わりに見たいと思っていたのは私自身なんだから」
「ウミもおばさんを無くしたのに、オレ、ひどいこと言ったのに責任感じてずっと傍に居てくれた……104期の間でもウミを良いっていう男もいた、だから、早く大人になってウミに追いついてそしたら、告白してオレが兵士になって楽させてやろうと思っていたのに、まさかとっくに好きなヤツがいて。とっくに誰かの者だったなんて、しかもリヴァイ兵長だなんて適うワケねぇよ……いや、ずっと俺の事なんかウミは何とも思ってなかったんだよな」
「ごめん、それしか、言えない……それにね、やっぱり歳の差がありすぎるよ。あなたは未だ10代だよ? まだまだこれからもっといい出会いがあるのよ、それにエレンにはミカサが居たし、私みたいな年増なんかよりもミカサの方が……」
「いいって、もう。そうだよな、ガキの俺よりリヴァイ兵長の方が何倍も大人だもんな。それにミカサの話は今は関係ねぇだろ、オレはミカサは家族としか思ってねぇよ……」

 ミカサが聞いたらショックを受けてしまうようなことをそんなあっさり……。エレンの言葉にミカサの恋をずっと応援してきたウミはショックを受けた。それでもエレンがミカサの事を救ってくれたのは事実なのに。

「見ちまったんだよ、ウミのリヴァイ兵長に抱き締められて幸せそうに涙流してる表情(ツラ)……オレも知らねぇウミのそんな顔見せられて……諦めるしかねぇって、」
「見てたの!? いつ!?」
「古城に決まってんだろ、それにっ、見たくて見たんじゃねぇよ!! 見えちまったんだよ!! そんでそのままウミの部屋から出て来なかった」

 シャワーを浴びた時に見かけたあの時流していたエレンの涙の意味を自分は間違えた居たというのか?エレンは無理やり自分を組み敷いたことに対して申し訳なさそうに、そして生まれて初めての失恋に落ち込みながらもまだ幼い恋心なりにウミへの思いを吐露していた。しかし、その感情をかつて自分も思い知ったことがある。初恋は実らない、落ち込むエレンの姿はまるで……ウミはかつての自分を重ねていた。

「ごめんね……でもね私も、エレンの気持ちが、分かるよ……」
「は?」
「今はすごく辛いと思う…私もそうだったの。ねぇ、私の初恋の人、エレンに教えて無かったよね?私も初めて好きになった人には振り向いてもらえなかったから……辛くてしばらく立ち直れなかったもん」
「は? リヴァイ兵長が初恋なんじゃねぇのかよ、」
「うん、そうね、初めての恋の相手は、私がはじめてお付き合いした人はリヴァイだよ。でも、エレンの事を子ども扱いしているわけじゃないの、幼い頃の初恋というか、私が最初に恋をした人はね。それは……エルヴィンなの」
「え、団長を……?」
「お父さんに連れられて会ったのがあの人との初めての出会い、だった」

 ウミが懐かしむようにぽつりぽつり話し始めたのは幼い頃のエルヴィンとの思い出話だった。ウミの両親は調査兵団に所属しており、そんな中で新兵として調査兵団に入団してきた若かりし頃のエルヴィンに今となってはそれは恋慕と言うよりも女子ならば誰もが抱く年上の男性へのあこがれの感情だったが…。

「優しくて、紳士で、今の団長になる前からみんなから慕われていて……女の人にも優しいからね。まぁ、でも子供ながらに好きだと伝えてもエルヴィンからしたら私はまだ子供で大人のエルヴィンにいつもはぐらかされてばかりいたから……それに、もう二度と恋はしないんだって聞いて……でもどうしても諦められなくて、簡単には納得できなかったの」
「じゃあ、何で今は兵長と……」
「エレンは……今この状況で話しても今はそう簡単には受け入れられないでしょう? 私もそうだったからわかる。エルヴィンから比べたら私は子供だったから……簡単には受け入れられなくて、でも割り切れなくて、食い下がったから、でも、それがあったから私はリヴァイに出会って、そして今がある。エレンにもきっとそういう相手と出会ってほしい、出来ればそれがミカサであってほしい。あの子のすべてが、あなただから……」

 ずっと一緒だったのに。自分へ向けられていた好意に気付くことが出来なかった自分への申し訳なさ、初恋だと告げたエレンにウミはミカサの事をもっと意識して考えてほしいと伝えたのだった。

「そろそろウォール・シーナに入る」

 ウォール・シーナに入れば検問が待っている、そこで既にエレンに変装してスタンバイしているであろうジャンと入れ替わる算段だ。果たしてジャンはどんな変装ぶりを見せてくれるのだろうか。
 ウミ達を乗せた馬車はナイルを先頭に三台連なって進み、ストヘス区の門を抜けとうとうウォール・シーナへとたどり着いたのだ。いよいよ作戦が始まる。窓から見える景色。



 アニはここのストヘス区憲兵団に所属している。
 ずらりと道路を塞ぐように移動している憲兵団、屋根の上には立体機動装置を装着して待機している者も居る。
 しかし、人払いは済ませてあり、民間人は既に避難を開始した。路地には憲兵団が連なって進む馬車を守るように一定の間隔で道路に並んで移動している。
 その列の中で立体機動装置を装備して背中には銃を装備して敬礼をしているアニが進むその馬車と並走しようと小走りで駆ける任務中の最中、確かに路地裏から聞き覚えのある自分の名前を呼ぶその声にピタリと足を止めた。
「アニ」呼ばれた少年の優しい声に振り向いて、馬車と並走していた兵士たちの群れから外れるようにアニはその声がする路地裏内に入り込むとそこに居た思わぬ人物に目を見開いた。全身をすっぽり覆う様な緑色のレインコートのような防寒具、フードを深く背中には荷物を背負ったアルミンが立っていたのだった。

「やぁ……もう……すっかり憲兵団だね」
「アルミン……どうしたの……? その格好は?」
「荷運び人さ、立体起動装置を雨具で見えないようにしてるんだ。ほら、」
「どういう事」
「アニ、」

 スッとフードを外してアルミンは少し表情に焦りを浮かべながらアニへ願い出た。

「アニ……エレンを逃がすことに協力してくれないかな……」
「……逃がすって?どこに?王政の命令に逆らって……この壁の中のどこに逃げるの?」
「一時的に身を隠すだけさ。王政に真っ向から反発するつもはない。調査兵団の一部による反抗行為って体だけど……時間を作ってその間に審議会勢力をひっくり返すだけの材料を揃える。必ずね!」
「ひっくり返す材料……? そんない都合のいい何かがあるの……? 根拠は?」
「……ごめん、言えない……」

 結局ないのか、結局行き当たりばったりの話でどこか呆れたように、しかしアルミンが願い出た内容が自分が感じていた予感から外れたことに対して内心安心したかのように目を閉じるアニ。

「悪いけど……話にならないよ……黙っといてやるから勝手に頑張んな」

 自分はそんな根拠もない無茶な作戦には付き合いきれないとアニはアルミンに背を向け持ち場に戻ろうと歩き出してしまう。

「アニ! お願いだ……このままじゃエレンは殺される!! 何にもわかってない連中が自分の保身のためだけに、そうとは知らずに人類自滅の道を進もうとしている!! 説得力が無いことはわかってる……でも…それでも……もう大きな賭けをするしか……無いんだ!もちろん迷惑がかからないように努める……! けど、ウォール・シーナ内の検問を潜り抜けるにはどうしても憲兵団の力が必要なんだ…! もう…これしか無い」
「あんたさ……私がそんなに良い人に見えるの?」
「……良い人……それは……その言い方は、あまり好きじゃないんだ。だってそれって…自分にとって都合の良い人のことをそう呼んでいるだけのような気がするから…すべての人にとって都合の良い人なんていないと思う。だから…アニがこの話に乗ってくれなかったら……アニは僕にとって、悪い人になるね」

 アルミンに視線を送ると、しばし考え込んだ後、アニは何を思ったのか背中に背負っていた銃を降ろしてアルミンに向き直る。

「いいよ。……乗った」

 ふと、懐から取り出した銀色の何の変哲もない鈍色の指輪を、アルミンに見えないように利き手の人差し指にそっと嵌めたのだった。

To be continue…

2019.09.02
2021.01.28加筆修正
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