THE LAST BALLAD | ナノ
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「#甘甘」のBL小説を読む
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#15 Call Your Name

 それぞれがエレンを信じて巨人たちを壁の際まで引き付けていた。この作戦を成功させるため、何が何でも巨人をエレンから遠ざけ穴までの直線距離を守り抜いて導き作るしかない。残りの104期生たちも必死に巨人たちをおびき寄せるべく班に分かれて行動を起こした。

「何とか大部分の巨人を街の隅に集めることに成功しましたが、極力戦闘を避けたにもかかわらず約二割の兵を失いました」
「失ったのではないぞ。兵は勝手に死んだわけではない。ワシの命により死なせたのじゃ、今こそが人類存亡の瀬戸際……人類が生きながらえるためならワシは――……殺戮者と呼ばれることも厭わん」

 エレンの振り上げた拳はなぜか味方でもあり家族でもあるミカサに向けられたのだ。轟音と共にミカサに振りかざされた拳は容赦なく家屋を破壊した。

「いやああああ!! ミカサ!」

 思わずウミは目の前で起きた光景にショックを受け、悲鳴を上げていた。まさか目の前で自分が親代わりとして今まで一緒に過ごしてきて、こんな自分を姉のように慕っていてくれたかわいい年の離れた親友でもあり、守るべき対象からいつの間にか対等に戦う妹のような娘のような彼女を守るべき対象であるエレンによって殺されるなどあんまりだ。
 しかし、やはり首席で訓練兵団を卒業しただけはある、ミカサは瓦礫の中から全身をばねのように操り飛び出してきた。よかった……安堵するウミ。
 しかし、巨人化したエレンは未だに暴走を続けている。その瞳には理性を感じられない。接近するのは危険だ。

「ミカサ……エレン、どうして!? やっぱり巨人になると理性がなくなるの!?」
「アッカーマン! 止せ、そいつから離れろ!!」

 危険だと判断したイアンがミカサに巨人化エレンに近づくことに対し静止の声を投げかけるもトリガーを引き、ミカサがエレンの鼻先に向かって飛んだ。ミカサが必死に呼びかけるも巨人化エレンにその声は聞こえないのかまた殴りかかってきたのだ!

「エレン!! 私がわからないの!? 私はミカサ。あなたの……家族! あなたはこの岩で穴を塞がなくてはならない!!」
「作戦失敗だ! 分かってたよ……秘密兵器なんか存在しないって事は」

 予想していた展開にリコは青ざめた表情で調査兵団が壁外調査などで使用する煙を打ち上げ情報を伝え合う信煙弾を取り出すと天に向かって赤い煙弾を打ち上げた。作戦失敗の合図だ。まさか、こんなに早く失敗だと判断されてしまうなんて。それは同じ決死の思いで巨人を引き付けていた仲間達や見守るピクシスにも届いていた。

「エレン!! あなたは人間!! あなたは――」
「止めて!! エレン!!」
「避けろ! アッカーマン!!」

 ウミがギリギリで飛び、すぐに自分より大きな体重もあるミカサを何とか抱え巨人化エレンから引き離し屋根に着地する。先ほどまでミカサが居た自分の鼻先に拳を食らわせ巨人化エレンはまともにその拳を受けてそのままノックアウトされ見事に吹っ飛んで自滅してしまった。

「何だこいつ……頭の悪い普通の巨人じゃないか」
「エレン!」
「ミカサ、落ち着きなさい!」

 そのまま吹っ飛ばされて動かなくなったエレンのただならぬ様子にミカサが慌てて駆け寄ろうとウミさえも振りほどこうとする。兵士たるもの感情に支配されてはいけない、普段の冷静なミカサになりなさいとウミは自分より一回り以上も大きく成長した彼女の頬を軽く平手打ちをしようやく冷静さを取り戻したのだった。

「イアン班長、前扉から2体接近!10m級と6m級です!」
「後方からも1体! 12m級こちらに向かってきます!!」
「イアン! 撤退するぞ!! あのガキ、扉塞ぐどころじゃねーよ」
「ああ……仕方ないがここに置いていこう……」

 作戦失敗の合図は放たれた。しかし、ここにこのままエレンを置いていくというリコとミタビの判断に巨人化したエレンを守るために再びこの残酷な世界に舞い戻ったウミは抗議の声を上げ精鋭たちの進む道の前に立ちはだかった。

「待ってください! エレンをここに残してはいけません!!せめて彼を回収してからでも遅くはないでしょう!?」

 彼女の悲痛な思いは届くのか。ウミは今にも泣きそうな表情のミカサを気にしつつどうにかエレンを救えないか、このまま彼を巨人に食わせてしまうことは避けたいし作戦をこんなにすぐに諦めてしまうことも避けたかった。今まで負け続けてきた自分たちが人類が、ようやく巨人に勝てるかもしれないのに。

「精鋭班からの赤い煙弾を確認……封鎖作戦に深刻な問題が発生したようです」
「無駄死にだ……仲間が……無駄じゃないですか」
「ピクシス司令、早急に扉の防衛形態に戻すべきです。よろしいですか?」
「ならん」
「精鋭班に撤退命令を……」
「いらん。引き続き街の隅に巨人を引きつけよ。精鋭班に関しては現場に権限を委任しておる。ただ腕が立つだけではない、人類の命運を託した精鋭の中の精鋭じゃ……そう簡単に負けを認めることは許されんぞ。死んでくれた兵を無駄死にさせんためにワシらが出来ることは……生ある限り足掻き通すことじゃ」

 ピクシスが冷静に夕日の中行われた決戦の様子を静かに見つめていた。そう、簡単に負けを認めることは許されない、賽は投げられたのだ。多くの犠牲者の上に今成り立っている作戦を今更途中で放棄し引き返すことなど。許されることではない。

「どうして…エレン、ミカサ、ウミ…いったい何が」
「おい!アルミン!どこに行くんだ!」

 必死の陽動作戦中壁に退避したジャン率いるキルシュタイン班とマルコ率いるボット班たちも打ちあがった赤い煙弾を屋根の上から目撃していた。まさかやっと脱出したトロスト区にまた戻ってくる。
 巨人を引き寄せるだけ、ただ戦わないようにと言っても巨人がすんなり言う事を聞く存在なら人類は巨人の脅威に晒され壁の中で暮らしはしなかっただろう。それなりの犠牲は覚悟の上だがこの作戦で先導していた先輩方はほとんど異常な動きをする奇行種に喰われてしまっており、陽動作戦組についていたアルミンは三人の身を案じていても経ってもいられず自分の役割を放棄して三人の居る岩の方に向かって駆けだした。
 この作戦の続行に異を唱えるイアンはウミの必死の静止にどうすべきか答えをあぐねいていた。撤退の意を示さないイアンをリコとミタビが急かす。このまま機能を果たさないエレンを待っていたとしても次第に集まってきた巨人たちに囲まれてしまえば…ここに居ても犬死にだ。

「おい!? 何迷ってんだ!? 指揮してくれよ!! イアン、お前のせいじゃない! ハナっから根拠の希薄な作戦だった、みんなわかってる! 試す価値は確かにあったしもう十分試し終えた!! いいか!? 俺たちの班は壁を登るぞ!!」

 エレンを放棄し背中を向けて壁に向かおうとしたミタビをミカサが恐ろしい顔つきで背後から切りかかろうとしたのをまたウミが慌てて止めに刃を引き抜き切りかかろうとしたその刃を受け止めようとするが、ミカサのどこにそんな力があるのかものすごい力に圧倒され、刃を受け止める手首がきしんだ。ウミはいつの間にかこんなにも強く成長した彼女に驚きを隠せずにいた。
 これから全盛期の彼女にもう成長期もとっくに終えた自分の力ではミカサを止めることは出来ない。エレンを思うからこそミカサの行動は予測不能でエレンを救うためなら躊躇わずに味方さえ殺せるだろう、とにかく危険極まりなかった。異常な身体能力、非常なまでに冷酷、エレンへの絶対的な忠義、ああ…そうだ、彼もそうだった。彼も出会った時から異常なほどに強かった。ミカサはまるであの男の女版のようだった。

「ミカサ!! 落ち着きなさい! その刃を同じ人間に向けることは許されないわよ、」
「ウミ……」
「冷静になりなさい! あなたも兵士の一人でしょう!? 今度は本気で殴るよ!? ほら、血を拭きなさい。せっかくの美人が台無しよ」
「……ごめん、なさい」

 作戦失敗だと早々と離脱を決めた精鋭達を咎め、エレンを見捨てようとする者たちに容赦なく牙を剥く彼女はまるで本能的にエレンを守ろうとしていた。盲目なまでにミカサのエレンを深く思う姿にだからこそ刃を向ける相手を間違えるなとウミは普段の穏やかさを消してミカサを元兵士としての視点で叱りつけ諭し、先ほどのエレンの攻撃で負傷したミカサの頬を伝う血をそっと拭ってやった。しかし、出血部分を拭っても思った以上に残ったその傷は生々しく、見た目よりぱっくりと割れて深く刻まれており、色白の少女の顔には傷跡が残ってしまうだろう。

「待て!! 落ち着け、ミカサ。リコ班! 後方の12m級をやれ!! ミタビ班と俺の班で前の2体をやる! ウミは壁の方から接近している巨人を頼めるか!?」
「はい、問題ありません」
「何だって!?」
「指揮官を任されたのは俺だ! 黙って命令に従え!! エレンを無防備なまま置いていけない! 作戦を変える。エレンを回収するまで彼を巨人から守る。下手に近づけない以上エレンが自力で出てくるのを待つしかないが……彼は人類にとって貴重な可能性だ。簡単に放棄できるものではない。俺らと違って彼の代役は存在しないからな」
「イアン……! この出来損ないの人間兵器様のために……今回だけで数百人は死んだだろうに。こいつを回収してまた似たようなことを繰り返すって言うの?」
「そうだ! 何人死のうと何度だって挑戦すべきだ!」
「イアン! 正気なの!?」
「では! どうやって!! 人類は巨人に勝つというのだ!! リコ、教えてくれ! 他にどうやったらこの状況を打開できるのか!! 人間性を保ったまま! 人を死なせずに! 巨人の圧倒的な力に打ち勝つにはどうすればいいのか!!」
「巨人に勝つ方法なんて。私が知ってるわけない……」
「ああ……そんな方法知ってたらこんなことになっていない。だから……俺達が今やるべき事はこれしかないんだ!! あの良くわからない人間兵器とやらのために命を投げ打って健気に尽くすことだ。悲惨だろ……? 俺たち人間に唯一できることなんてそんなもんだ。報われる保証のない物の為に虫けらのように死んでいくだろう。さぁ、どうする? これが俺たちにできる戦いだ…俺達に許された足掻きだ」

 そう、ここで今更作戦の中断などありえない。もう犠牲は覚悟の上でこの刃を振るわなければならないのだ。何としてもここを奪還しなければもう人類はどちらにしろ滅ぶ。家族を守るため、恋人、それぞれのこの刃にかける思いは自分一人の命以上に多くの人間の行く末が賭けられているのだ。
 その覚悟は決して生半可なモノではないはず。ウミが我先に犠牲を覚悟で飛び込む気迫を見せつけた。この中で作戦を強行するならミカサと元・調査兵団として活躍してきた自分しかもういない。戻ってこない調査兵団など宛てには出来ない。かといって兵団の主力部隊ではあるが、所詮、駐屯兵団など憲兵団に入れなかった者で調査兵団に入りたくない者たちが最終的に行きつく場所だと思っていた。
 数だけは軍団並み、巨人の返り血も浴びず、巨人に食われる仲間の悲鳴が日常茶飯事の調査兵団と違い壁の中で壁の補強やら過ごしてきた駐屯兵団の精鋭たちの実力は調査兵団の足元にも及ばないだろうという考えであり、正直囮程度にしかならないだろうと思っていた。
 だからこそ、この現状を見てウミは駐屯兵団は宛てにすべきではないと改めて感じた。仲間割れをするくらいなら一人でその間に一匹でも多くの巨人を殺すべきだ。ウミはこちらに接近してきている巨人の数を数えながら仲間割れはいい加減にしろと急かした。その表情には普段の優しい笑みはない。やはり彼女はいくら現場から離れても根は立派な兵士だ。

「もう結構です、この作戦を放棄するのでしたら邪魔なのでとっとと壁を登ればいいでしょう? あの2体は私がやります。エレンを狙って向かってくる巨人は、私がみんな、殺しますから、あの子はまだ死んでいない。だからまだこの作戦は決して終わってはいない。私は、最後まであの子を……エレンを信じます」
「出来るのか? 一人で今まで巨人と幾多も戦ってきたのはわかる、だが、もうお前は現役ではないだろう」

 まるで試すような質問だ。自分を何だと思っているのだとウミは不快感をあらわにした。

「それが? 少なくとも私はここにいるあなた達精鋭班よりは巨人殺しの経験はこなしてきました。もうこの作戦が開始してから多くの兵士たちが食われているでしょう、今更後には引けないのでは? それに……私たち調査兵団は常に犠牲を覚悟して、謎を解明するために未知の領域を犠牲者の屍で作られた道を今も突き進んでいるのです。すべては人類の繁栄の為、巨人を根絶やしにするために! これ位のことで簡単に諦めるようならこれは作戦とは言わない! ようやく人類が初めて巨人に勝てるかもしれない日なんです! そう簡単に我々が投げ出す訳にはいかないでしょう!? 巨人に食われる壁の中の住人の悲鳴を聞くのはたくさんです! 我々が全員死んでも壁の中で生きながらえるためには、果たさなければならないんです!」

 必死の形相でまくし立てるようにイアンに詰め寄るウミは感情が高ぶっていつもの自分じゃなくなっているようだった……。調査兵団にいた時に比べれば……。壁外調査で何人も食われ、突き進むのを止めてまた壁の中に帰る日々、何度も人類に失望されて非難されてきた、何をしても無駄だったあの空虚な日々を思い出せば今行っている作戦はウミにとってはようやく人類の期待に応えることが出来る好機なのに。

「そんなの……納得出来ない!」
「リコ!!」
「作戦には従うよ……あなたの言ってることは正しいと思う……必死に足掻いて人間様の恐ろしさを思い知らせてやる。犬死になんて納得出来ないからね、頼んだよ、ウォール・マリアの天使!」

 ウミの必死の言葉は精鋭班達を動かした。リコは兵士として立つ彼女に敬意を見せ、そして今まで死神だと呼ばれてきた自分を天使と呼んだ。期待を寄せられているのは分かっている。元調査兵団として幾多の巨人と渡り合ってきた自分が今こそその経験を遺憾なく発揮しあの日の屈辱を晴らす機会が与えられたのだ。

「大丈夫。これでも元・調査兵団分隊長まで技術を高めてきました。その経験を果たすべく、きっちり最後まで戦います。最後の一人になるまで」

 一見穏やかで清純そうな見た目からは信じがたい物騒な言葉が次々と飛び出す。彼女は非力そうに見えても現役から退いた身だとしても自分の志は今も調査兵団だと言わしめたのだった。駐屯兵団の制服だが、長い髪をきっちりお団子にまとめ上げ普段のんきに笑っていた表情を凛とした横顔に変えて。知らなかった一面、いつも心優しく傍に居てくれていたウミの調査兵団で分隊長としての表情。彼女はれっきとした兵団に所属していた人間なのだということをミカサは目の当たりにしたのだった。

「ウミ、イアン班長、ありがとうございます」
「いいの。ミカサはエレンを守ってあげて。ね、」
「そうだな、当初の作戦通りミカサは自由に動け、恋人を守るためだからな」
「家族、です」

 イアンに「恋人」と言われ、ミカサは夕日に頬を赤く染めてうつむいた。エレンの事を家族や恋人という言葉では簡単に片づけられないほどミカサにはエレンが全てなのだ…。

「行こう、ミカサ」
「うん、」

ウミの背中を見届けてミカサもそれぞれが別れて己の職務を果たすべく駆けだした。

「マズイ……エレンに向かって巨人が集まってる……!?」
「13m級1体!! 建物を横断してエレンに向かって接近しています!」
「扉から新たに巨人が出現! およそ10m級が4体!!」
「ウミ! アッカーマン! 後ろを頼む! エレンの所に向かわせるな!! ここで食い止めるぞ!」

 次々集まってくる不気味な笑顔を浮かべた巨人たち。間違いなく彼らはエレンに引き寄せられている。このままではエレンが食われてしまう……。
 何としても気を失ったままの彼を守り抜かなければ。この巨人たちにとって巨人化エレンは捕食対象なのだろう。
 しかし、巨人化エレンは岩に背を凭れたまま全く動かない。それどころか先程ミカサに殴りかかろうとして自分の顔面を殴った部分が治っていない。自己修復力を兼ね備えタフな巨人の機能が発動されていないことに気付くもどうすることも出来ない。エレンの力を信じて今はエレンに群がろうと集まってくる巨人を追い払うしか手段はないのだ。

「ウミ!(いくらウミでも4体同時は……)」

 1体仕留めたミカサは人間が少ないのにも拘らずあっという間に巨人の群れに囲まれたウミ。おかしい、エレンに引き寄せられているのか!?ミカサが応援に駆け寄ろうとしたとき、ウミが空を舞い回転しながら一気に二体の項を倒して地面に叩きつけたのだ。

「ミカサ! 私に構わないで自分のやるべきことをやりなさい!!」
「ウミ……」
「私なら大丈夫!! 元、でもこれでも調査兵団の端くれよ!!」

 そういって誇らしげに微笑みを浮かべてウミはこの場に似つかわしくない笑顔を浮かべた。ミカサはその背に確かに自由の翼を見た気がした。ウミはとにかくこれ以上の被害を防ぐべく最前線へ飛び出した。群がる巨人の群れに果敢に飛び込んで刃を振り上げる。

「そんな……何故こんなに巨人がこっちに? 人間の数は少ないのに! まさか!? エレンに向かって!?」
「ミカサ!」
「アルミン!!」
「作戦はどうなった!? エレンはどうなっているんだ!?」
「危険だから離れて! その巨人にはエレンの意思が反映されていない! 私が話しかけても反応が無かった! もう誰がやっても意味が無い!!」
「作戦は!?」
「失敗した! エレンを置いていけないから、皆戦ってる……! だけど、このままじゃ……! 巨人が多くて全滅してしまう! ウミがっ……一人で巨人の群れに……!」

 ガスを蒸かしウミは次々と巨人を薙ぎ払いうなじを切り裂いた。巨人の汚い返り血を浴びそれでも勇猛果敢に。一人で幾多もの巨人を相手取りエレンを信じて戦い続け振るう刃は止めない。次第に刃が自分の手になじむ。だんだん五年前の自分に立ち戻っていくようにウミは戦いに身を投じてゆく…。

「(エレン…お願い…もうあなたしかいない!)

 急激に現役時代と同じ動きをすれば全身の筋肉、骨が軋みぼろぼろになったとしても、構わない。自分が彼を何としても守らねば。地を蹴ってまた巨人を次々と仕留めながら次第に感覚だけが研ぎ澄まされてゆく。刃の消費を減らしてガスを蒸かす。替えの刃もこれが最後だ。

「食らいなさい!!」

 なまくらになった刃を射出する勢いを利用して巨人の眼にそれをぶつけて視界を潰す。彼が教えてくれた技術だ。そのまま巨人の項めがけて新しく交換した刃で視界を奪われている間に巨人を切り裂いた。次々地に伏せてゆく。夏でもないのに汗が滴る。ジャケットが邪魔だ。借りものだが自分はそもそも規則で着用しなければならないこのジャケットが嫌いなのだ。身軽に動くにはどうしても行動が制限される。その向こうではアルミンが巨人化したエレンをどうにかしようと足掻いていた。

「アルミン!?」
「後頭部からうなじにかけて……縦1m横10cm……僕がエレンをここから出す! ミカサはここを巨人から守ってくれ!」
「アルミン!! 何を!?」
「巨人の弱点部分からエレンは出てきた! それは巨人の本質的な謎と無関係じゃない……大丈夫、真ん中さえ避ければ……死にはしない、ただ、ほんのちょっと……痛いだけだ!!!!」
「アルミン!!!」

――グオオオオオオオ!!!

「っ……エレン! アルミン!!」

 息を乱し今にも倒れたくなる。粗方の巨人は倒し尽くし刃を支えに膝をついたウミが耳をつんざく咆哮に目をやればアルミンがエレンの項に刃を突き立てているではないか。痛みに目覚めた巨人化エレンが暴れて身をよじる中でアルミンが振り落とされそうになりながらも叫んでいた。いつもいじめられていたアルミンが――。座学は常に上位者だったが、訓練ではいつも皆に後れを取りながらも必死に食らいついていたアルミンが――。

「アルミン、無茶ばかりして! もう! 何してるのよエレンは!?」

 アルミンは必死にエレンを起こそうと行動している。ミカサは新兵とは思わせない動きで巨人を倒して駐屯兵団の精鋭たちも慣れない巨人相手に必死に戦っている。皆が、全員がそれぞれの命を、心臓を捧げている。命がけでトロスト区を取り戻す為に…自分もやらなければ。もうガスがなくなったとしても、この刃が最後でもう今にも折れそうでも戦えと本能が呼ぶ。何度でも立ち上がれと、最後まで巨人に足掻き続けた父のように。この空のどこかで見てくれている、ウミは最後まであきらめないと強い意志で立ち上がった。
 ――ここで死んだとしても。もう悔いはない。最後ならばこの名前を口にしても許されるだろうか。死んだ父と母の声が聞こえる。この五年間ずっと封印してきたその名前をウミは叫んだ。

――「リヴァイ……私はあなたみたいになれたかな…?」

「(エレン!! 聞こえるか!? しっかりしろ!! ここから出ないと僕ら皆死ぬぞ!! 巨人の身体になんて負けるな! とにかく早く!! この肉の塊から出てくるんだ!! お母さんの仇はどうした!!」

――「やっとくだばったか!! クソ野郎!!」
「下からもう一体来る! 避けろ!!」

「巨人を駆逐してやるんだろ!? お母さんを殺したやつが憎いんだろ!! エレン! エレン!」

――「ミカサ戻りました! ミタビ班に合流します!!」

「起きてくれよエレン! ここに居るんだろう!? エレン!? このままここにいたら巨人に殺される! ここで終わってしまう! ウミが死んでもいいのか!? エレン……僕たちはいつか……外の世界を探検するんだろ!? この壁の外のずっと遠くには、炎の水や、氷の大地、砂の雪原が広がっている。僕の父さんや母さんが行こうとしていた世界だ。忘れたのかと思ってたけど、この話をしなくなったのは僕を調査兵団に行かせたくなかったからだろ?」
「(外の……世界?)」
「エレン……答えてくれ……壁から1歩外に出ればそこは地獄なのに、父さんや母さんみたいに無残な死に方をするかもしれないのに、どうして。どうしてエレンは、外の世界に行きたいと思ったの?」
「(どうして、だって……? そんなの……決まってんだろ。オレが!! この世に生まれたからだ
!!」
――――……オオオオオオオオオオオオ!!

 意識の中さまよっていたエレンがアルミンの声についに、応えたのだ! 叫び声をあげ潰れた顔面を修復し立ち上がったエレンの咆哮に周囲が激しく揺れた。勝ったのだ、とうとうエレンが、巨人に飲み込まれそうになっていた意識から自我を取り戻したのだ。もう残りわずかになっていた、ギリギリの中でエレンが覚醒し、大岩を持ち上げた。

「ミカサ! エレンが、勝ったんだ……!!! 今、自分の責任を果たそうとしている!後は後はエレンを扉まで援護すれば……――僕らの勝ちだ!!!」
「死守せよ!! 我々の命と引き換えにしてでもエレンを扉まで守れ! 絶対に、巨人を近づけるな!」

 もうやるしかない。もうすぐだ!はじけ飛んだようにイアンが叫んだ。蒸気をあたりにまき散らしながら大岩を担いだエレンが潰されそうになりながらも必死に「超大型巨人」によって蹴破られた穴に向かって突き進んでいる。その大穴に続く道の直線状、エレンにつられて巨人たちが次々と穴を抜けて集まってきた。何としても死守しなければ。トロスト区を巨人にくれてやるわけにはいかないのだ。人類の存亡をかけてウミもエレンを守るべく死力を、刃を振り切り残り僅かなガスを蒸かし、最後の力を振り絞った。

「お前たち二人はエレンの元へ向かえ、これは命令だ!! 分かったか!」
「「了解!!」」

 囮作戦も通じない。どんなに呼びかけても巨人たちはどうしてもエレンに引き寄せられてしまう……ミタビ班のガラの悪い精鋭たちが馬も建物もないのに危険を覚悟して自ら地上に降り立ち巨人たちを何とかこっちに意識を向けさせるべく奮闘している。
 もうこれしか手段がない。全員が囮となってエレンに群がる巨人たちを自分たちの元へ引き寄せる、もしこのまま喰われたとしても、構わない。全ての命運はエレンに託された。

「(体が…グチャグチャに潰れそうだ……)」
「ほら、こっちにこいよ、ノロマ!!」
「(ミカサ? アルミン、何してる……そんな所歩いてたら巨人の餌食に…ウミ、何してるんだ……何で一人でそんなぼろぼろなんだよ……刃が、ガスが、もうねぇじゃねぇか……誰も助けられねぇ……そこに居たら、死んじまうぞ!!」

「まだ巨人が!!」
「ここは私が!!」

――どうしてエレンは…外の世界に行きたいと思ったの?
「(ーオレ達は皆、生まれた時から自由だ。それを拒む者がどれだけ強くても関係無い。炎の水でも氷の大地でも何でもいい……!! それを見たものはこの世界で一番の自由を手に入れた者だ。戦え!! そのためなら、命なんか惜しくない。どれだけ世界が恐ろしくても、関係無い。どれだけ世界が残酷でも、関係無い。戦え!!!」

――戦え!!

「い……いけえええええええええええエレン!!!」

――「戦え!!!」

「そこをどけぇぇぇぇえええええ!!」

 リコが立ち塞がる巨人に向かって突っ込み、その瞳を切り裂くとミカサがワイヤーを操り地面を滑りながら切りかかりウミが同時に二体の巨人を切り裂いた瞬間、彼女の刃が欠け落ちそのままガス切れを起こした身体は地面へと落ちて叩きつけられた。
 途切れてしまいそうな意識の中で最後にアルミンがエレンの名を叫ぶ声が聞こえた。沈黙、そして瞬間、ドオオオオオオオン!!!と、その衝撃にビシビシと壁に亀裂が走る音と共にエレンは壁に空いた穴に栓をするようにぴったりと、轟音と共に担いでいた岩をあらん限りの力でぶち込んだのだった。

「皆…死んだ甲斐があったな。人類が今日初めて、巨人に勝ったよ……」

 地面にへたり込み、リコが涙を流しながら死んでいった仲間たちを思い、そしてオレンジ色から紫色に暮れ行く空に向かって黄色の煙弾を打ち上げたのだった。

「黄色の煙弾確認……作戦が……成功したようです!!」
「さらなる援軍を送れ! 精鋭班を救出せよ!!」

 作戦成功の合図を確認した参謀のアンカが望遠鏡から見えた黄色の合図を見届けると周囲は歓声が沸き起こった。多くの者を犠牲にした末に最初は無謀とも思われた作戦が見事成功したのだ。ピクシスがすぐに今回大いに貢献した精鋭たちを救出に増援へ指示を与える。

「残った巨人が来る! 壁を登るぞ!!」
「エレンを回収した後、離脱します!!」

 作戦成功の合図を送ったリコに呼ばれてミカサがそう答え、目的を果たし朽ちた巨人エレンの元に向かう。アルミンが巨人化エレンの上によじのぼり必死に巨人の中から出て来たエレンを回収しようと引っ張り上げるが、熱を持ち巨人化によるダメージを受けているエレンはビクともしない。その傍らでは気を失ったウミが地面に突っ伏したまま動かないでいる。ウミも早く救出しなければ。

「アルミン! エレンは……!?」
「信じられないくらい高熱だ!! くッ……急げ、壁を登らないと……!! 体の一部が一体化しかけてる! 引っ張っても取れない!」
「切るしかない!」
「あっ、待ってください!」

 仕留め損ねた巨人二体がこちらに迫ってきている。早急に離脱すべく刃を突き立てたリコを止めようとしたミカサだったが、リコの刃は正確に巨人とつながっていた部分を切り離し、後ろから両腕で抱えていたアルミンと共に落下した。

「うわっ!!」
「アルミン! ウミ! 逃げて!!」

 振り返ればいつの間にか接近していた二体の巨人がアルミンと気を失って動けないエレンを取り囲んでいるではないか。そして巨人はその傍らの地面に力尽きて動かないウミを掴み上げるとそのまま持ち上げ今にも口に放り込もうとしている。

「ウミ――!!」

 ミカサが手を伸ばすも、間に合わない。とっくにガスも刃も使い果たしガス切れで落下し体力も尽きて動けないウミが三人の目の前で巨人に捕まれそのまま持ち上げられ口の中に放り込まれようとしたその瞬間、かまいたちのような旋風が巻き起こり鈍色の刃が夕闇にきらめいた。
 急降下してきたその風は目にも追えない速さで一瞬にして二体の巨人を仕留めあげてみせるとウミを捕食しようとしていた巨人が倒されたことによりふわりと宙に舞ったウミの身体はその巻き起こった風に一気にさらわれた。

「ミカサ!?」

 てっきりミカサがその二体を倒したのかと思えばすぐ上からミカサが降ってきた、彼女ではないのならいったい誰が…。エレンはアルミンの腕の中で朧気に見た。ウミを抱きかかえてその巨人の上に着地した交差する翼を。

「(あれは……自由の……翼……?)」

 巨人が倒れた風圧に揺らいだ綺麗に切りそろえられた黒髪。緑色のマントをはためかせた自由の翼を背に上空から鷹のように急降下し一気に15m級もの二体の巨人を仕留め上げ駆け付けた振り向いた男の姿を見れば――……。

「おい……ガキ共……これはどういう状況だ?」

 低い声、鋭い眼差し、三白眼に宿した巨人を絶滅させるというゆるぎない意志。今朝方見送った調査兵団の兵士長として、今や壁内で知らぬ者はいない、人類最強の兵士として名高いリヴァイだった。

「いやーよかった、間に合った」
「クライスさん!」
「よぉ。ふぅー走った、俺は走ったぞ、とにかく壁に上がれ上がれ、離脱するぞ、」

 リヴァイの後を追いかけ上から降ってきたのは見知った男だった。思いきり両足で地面に着地、先ほど折った足を抱え悶絶しながらエレンを抱きかかえたアルミンごと抱きかかえたのは先ほど補給室で一緒に共闘したクライスだった。
 骨折して痛めた足を抱えながらも彼がトロスト区を駆け抜け調査兵団を壁外調査から連れ戻したことにより、ようやく調査兵団の精鋭たちが駆け付けたのだった。
 これで大丈夫だ、ようやく助かった…多くの兵士と、エレンの活躍によってウォール・ローゼは守られた。人類が初めて巨人の進行を阻んだ史上初の快挙だったが、喜ぶにはあまりにも犠牲が大きすぎた。イアンもミタビも殉職し、あやうくウミも死にかけた。

「馬鹿野郎、ようやく会えたかと思えば無茶、しやがって……」

 吐き捨てた声は微かに震えていた、気がした。ああ、こんな形でまさか彼と再会するとは思わなかった。五年の月日で歳を重ねた意志の強いその瞳に自分が映っている。離れたのは自分の方だから、ずっと呼ばないように頑なに守っていた彼の名前が口から零れてしまった。今再会してしまったら、きっと自分はもっとダメになるのに。彼の為にずっと会わないようにしていたのに。いざ目の前にして決意は脆くも崩れていく。

 ……五年ぶりの彼との再会はあまりにも突然で、男も自分の腕の中で弱々しく胸を上下させて呼吸をするウミを見つめていた。ずっとどこかで彼女が生きてると信じていた、どこかで幸せにもしかしたら他の男と穏やかに暮らしているのなら、それで構わなかった。
 しかしそうだと思っていたら今朝の姿はやはり彼女で間違いが無くて。まさかこんなところで自分たちが壁外調査で不在の間に自分を犠牲にして消耗戦に挑んでいるなんて。相変わらず無茶ばかりのウミ、五年ぶりに抱いた彼女はこんなに軽かっただろうか、こんなに細かっただろうか。
 全身傷ついてボロボロで…男は小さな身体を掻き抱き叫んだ。長い髪をお団子に纏めていた髪留めがはらりと解けてふわふわと柔らかな髪がさらりと頬を撫でて優しく鼻腔をくすぐった。久しぶりに嗅いだ彼女の匂いは五年前と変わらず同じ花の香りがしたー。

「医療班を呼べ! さっさとしろ! 何としてもこの女を死なせるな!」

 遠のく意識の中でウミは確かに彼の姿を見た。必死に自分を救おうとしてくれた彼の怒号が聞こえる。これは死に際の走馬灯だろうか、大きな風が自分をさらった気がしたのだ。安心する夢でも幻でもいい、今だけはその幻想に身を委ねてもいいだろうか、その腕の中に束の間の時間だとしても。力強く優しい彼の腕の中、安堵したようにウミの思考はそこで途切れた。

 
To be continue…

「うわあああああ!! やめろおおおお!! アニ!? やめてくれよ!? 何で!? 何で!? 何で!? 何でだよっ……! アニ!?」

 決死の作戦の最中で――……。誰に聞かれることもなく巨人ではなく人間の手によって闇に葬られた命があった事を、誰も知らない。三人は見つめていた。いつまでもいつまでも、三年間同じ釜の飯を食い、共に過ごした仲間が巨人に喰われ見るも無残な肉片へと化してゆく姿を。

2019.07.14
2021.01.12加筆修正
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