THE LAST BALLAD | ナノ
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#14 捧げた心臓の行方

 ウォール・ローゼ内地。窮地を脱した104期生の面々は他の班にいた104期生と再会することが出来た。安堵の中で重苦しい雰囲気を漂わせている四人を除いては。

「そんで、たまたま本部にいたクライス教官のおかげでなんとかガスが手に入っ手トロスト区から撤収できたんだ」
「そんなことが……ごめんなさい。何度も皆の補給の救援を志願したんだけど……」
「せっかく私達はガスの補給が出来たのにな。皆に知らせる! つって飛び出したのはコイツだ」
「じゃ、じゃあ、今ここにいない人達は全員……」
「ああ……」
「本当か? あのミカサもか?」
「ん? イヤ、ミカサはジャン達と一緒に遅れて来たと思ったんだが」
「ジャン、まさかミカサは負傷でもしたのか?」

 クリスタとユミルは別班にいたおかげでガスを補給したおかげで壁を登れたとのことでまさか彼らがそんな危険を冒してまでガスを補給でき命からがらここまで脱出できたことと、そんな窮地に助け船を出せなかったことにクリスタは胸を痛めていた。コニーが自分達とは遅れてここに辿り着いたジャンに声を掛けるが、他のメンバーから離れた場所で待機していたジャン、ライナー、アニ、ベルトルトは一言も語らずだんまりを貫いている。

「なぁ、どうしたんだよ?」
「俺達には守秘義務が課せられた……言えない。もっとも、どれ程の効果があるのか解らんが……」
「守秘義務?」
「何だそりゃ?」
「最も隠し通せるような話じゃねえ……すぐに人類全体に知れ渡るだろう。それまでに人類があればな」

 ジャンは先ほどの光景を思い返して青ざめていた。本部に残りわずかのガスで突撃した時もそうだった、今でも食われた仲間の生々しい悲鳴が、肉を食いちぎり骨をかみ砕く音が今も鮮明に耳に残っている。中にはもう戦えないと、すべてに絶望し、巨人を殺すための刃を自らに向ける仲間にマルコが必死で説得している。それを傍らにジャンは補給された水を飲みなんとか心を落ち着けようとしているが落ち着くどころの話ではない。
 それはそうだ、先ほどまで暴れまわっていた巨人から出て来た正体が、まさかエレンだったとは……。
 今まで自分が抱いていた巨人の概念が真っ向から覆されたのだ。今も鮮明によみがえる、力尽きた巨人から出てきたエレンの姿を、そして駆け寄って抱きしめ涙を流したミカサの姿も……。目の前で露わになった真実を垣間見、その衝撃に誰もが言葉なく黙り込むしかなかった。
 その時、突然電のようなまばゆい光がジャンの視界に映りやがて大きなざわめきが起きた。

「砲声!?」
「なぜ一発だけ!?」
「オイ! 煙が!」
「壁の中だ!!」
「何なんだ…」
「水門が突破されたのか!?」
「一番頑丈な箇所だ。ありえない……榴弾を落としただけだろう。にしてもあの煙はなんだ?まさか、巨人の蒸気!?」

 巨人から立ち込める蒸気が蚊帳の向こうで立ち上る気配と砲弾の音にトロスト区から離れ安全な内地に避難している兵士たちが口々に騒ぎ出した、まさか内地の壁を破られたのかと。ウォール・マリアの再来かと、怯える中でライナーが突如トリガーを引きガスを蒸かしてその現場へと飛んでいってしまったのだ。

「ライナー!?」
「おい!? お前ら!!」

 飛んで行ってしまったライナーのあとに続くようにベルトルトとアニもガスを蒸かして立体機動装置であっという間に飛んで行ってしまいジャンも慌てて追いかけた。

「どうなってんだこれは!?」
「あそこにいるのは……」

 次々と屋根に飛び移り皆がその蒸気の立ち込める場所を目指して飛んだ、そして霧の向こうで異形の者と対面を果たすのだった。

「い、生きてるぞ……」
「ヴェールマン隊長!」
「よ、様子を見ろ!! ……近づくのは危険すぎる! 各自警戒態勢のまま待機、待機だぁ!!! 砲兵達に一弾装填させろ!!」

 血相を抱え、怯えたように。それを腐食するかのように声を張り上げたキッツの隣にいた眼鏡をかけた知的な雰囲気を持つ星の色をした銀髪を靡かせた駐屯兵団リコ・ブレツェンスカ班長がその光景に慌てて自分の上官に声を張り上げる。
 キッツ以上に慎重な彼女は眼鏡を光らせて立ち込める熱気と蒸気の先にいる危険分子に叫んだ。

「あ、熱い……何なんだこりゃ」
「……砲声が聞こえたところまで覚えてる……! その後は凄まじい衝撃と……熱……! 今、僕たちは巨大な骨格の内「エレンが私達を守った。今はそれだけ理解出来ればいい」

 骨だらけの異形の物体に筋肉組織が微かにまとわりついただけの不気味な光景を真下から見上げたままウミは茫然とアルミンとミカサを守るように自身の方に引き寄せ居た。アルミンはその骨格の内側に揺れる花を見て不信感を抱いた。

「エレン……エレンが私たちを守ってくれたのね?」
「じゃあ、これは――……」」
「おい!! 大丈夫かお前ら!」
「エレン、これは……?」
「わからん、ただこいつはもう蒸発する! 巨人の死体と同じだ! 少し離れるぞ!!」

 巨人の抜け殻となったそのオブジェが次第に立ち上る蒸気と共に溶けてゆくのを見つめながら駆け寄ってきたエレンは何ともなさそうだがあたりの様子を窺いながら警戒している。ウミもミカサも刃を身構え次の駐屯兵団の行動を警戒していた。エレンは胸元にずっと肌身離さず身に着けていた鍵を取り出すと自分が思い出した事を話し始めた。

「まだ様子を窺ってんのか放心してんのか今のところは駐屯兵団に動きは見れらないが、最終的には攻撃を続行するだろう……! こんなもん見せた後で会話出来る自信はオレにはねぇ、ただ一つだけ思い出した……。地下室だ、オレん家の地下室、そこに行けばすべてわかるって親父が言ってたんだ、オレがこうなっちまった原因も親父だ。地下室に行けばおそらく巨人の正体も分かるんだ……クソっ!!」

 崩れ落ちそうな骨格から抜け出し蒸気に紛れながら話しているとエレンは今まで思い出せなかった記憶をぽつりぽつりと話し始める中で父親と交わした重要な会話にただ胸を痛めていた。そしてそのあまりにも重要な内容はこの壁の人類にとっては非常に重要なものだった。悔し気に崩れ落ちそうな骨へ拳を打ち付けエレンは悔し気に呟いた。

「エレン!?」
「だとしたらなんで隠した!! その情報は何千人もの調査兵団が命を落としても求め続けた人類の希望ってやつなんじゃないのか!? それをオレんちの地下室に大事にしまってたっていうのか……何考えてんだ一体!! そもそもオレ達を五年も放っておいてどこで何やってるんだよ……」
「エレン! 今は他にすべきことがある」

 そうして風が吹き荒れ次第に霧が晴れてゆく、この霧が晴れた瞬間きっと駐屯兵団はそのまま砲撃を自分たちに向けて脅威だとみなして破壊の限りを尽くしてくる。

「煙が晴れてきたぞ」
「さっさとケリをつけよう」
「まだ動くなぁ!!」

 巨人の抜け殻になっていた頭蓋骨がそのまま落ちてきた。しかし、ここに居ては三人はいつまでも守り切れない。ウミは息を荒げズキズキ痛む額の傷には無視をして刃を握り締めた。出血しすぎてもともと色白のウミの顔色は余計青白く見えるが三人は今この状況に必死で気が付かない。
 ウミは刃を握り直し、3人に向き直った。自分が切り込み隊長となって駐屯兵団を引き付けている間に3人を逃がせばいいのではないか。それが今の最善策だと思ったから。

「三人はこの霧が晴れたら逃げて」
「ウミ!?」
「ダメだ、四人で逃げよう! ウミを置いていけない!」

 もう、自分の命など惜しくはない。3人が助かるのなら、自分の命を賭けてもいいとさえ、思っていた。

「現実的に考えるの。そんなのこんな状況で無理に決まってるでしょう? 女の子のミカサには申し訳ないけどエレンを担いでもらって……私が時間を稼ぐから少しの間だけでも」
「いや……オレに考えがある」

 刃を握りしめ壁の中で巨人とろくに戦ったこともない駐屯兵団よりも調査兵団の精鋭として戦い続けてきたウミにとって人間など巨人に比べたら障害にもならない。自分の身を捨ててまで戦う決意を固める彼女の手をエレンが止める。いつの間にか包めるようになってしまった彼の手は大きくて温かくて、この3年間の訓練で彼の手は豆だらけになっていて、じんわり染み入るようだった。

「オレはここを離れる……」
「どこに? どうやって?」
「とりあえずどこでもいい。そこから壁を越えて地下室を目指す。もう一度巨人になってからな」
「そんなことが出来るの!?」
「自分でも……どうやってるのかわからん
 でも、できるって思うんだ。どうやって自分の腕を動かしているか説明できないようにな。さっきは、無意識にオレ達を砲弾から防ぐことだけを考えた。だからそれ以上の機能も持続力もなく朽ちたんだ」

 巨人の仕組みがどうなっているか。それは今エレン自身にもわからない、しかし、これだけは分かる。

「今度はもっと強力なヤツを。さっき巨人どもを蹴散らしたような15m級になってやる……!」
「…エレン、鼻血が……!」
「エレン!」

 慌ててハンカチを取り出しウミはエレンの鼻血を拭ってやるもその顔色は酷く悪く、呼吸も荒くて明らかに体に異常をきたしているのは目に見えて分かる。おそらく巨人の力は限りがあって、エレンの生命力を削っているのかもしれない。そうだと思うともう彼の力には頼ることは危険だとウミはそう、感じていた。

「今は体調不良なんかどうでもいい……オレに考えが二つある。俺を庇ったりなんかしなければ三人は命までは奪われない。もうすでに迷惑かけちまったが……オレはここから単独で動こうと思う」
「そんな! 僕も、」
「エレン。私も行く」
「……ダメだ」

 エレンが行ってしまう。そんなのダメだ、必死に3人で止めるもエレンは頑なだ。ミカサは揺るぎない意思で彼へ同行を申し入れた。

「私が追いつけなければ私に構う必要は無い。ただし私が従う必要も無い」
「いい加減にしろって言ってんだろうが!! オレはお前の弟でも子供でもねぇぞ!!」

 ミカサのエレンに向けられた思いをウミは知っている。しかし、エレンにとってミカサはいつまでも家族の中の認識なのだろう。まるで弟を心配したかのような過保護な態度、うんざりしたかのようなエレンはミカサを怒鳴りつけた。

 蒸気が4人を隠してくれているおかげで何とかまだ攻撃されずに済んでいた。どよめきの中でリコは冷静さを崩さずにキッツに今後の指示を仰いだ。

「隊長、あと少しで榴弾の装填が完了しますが、次の攻撃をいかがいたしましょう?」
「私の合図があるまでま待てぇ!」
「は、」 

 兄弟や家族以上の思いでエレンを深く思うミカサの気持ちをエレンは好意以上の感情をミカサが抱いていることを分かっていない。傷ついた表情の彼女のエレンを深く思う気持ちを理解してもらおうとウミが口を開こうとした瞬間だった。

「待てよ、ミカサ、考えは二つあるって言っただろ……。アルミン、あとはお前の判断に任せる
「え……」
「オレだって今の話が現実性を欠いていることはわかっている。この巨人の力は兵団のもとで計画的に機能させるのが一番有効な筈なんだ。無茶を言うが…アルミンがもしここでオレが脅威じゃないってことを駐屯兵団に説得できるというならオレはお前を信じてそれに従う。これが二つ目の考えだ。お前が出来ないといえばさっきの最終手段をとる。あと15秒以内に決めてくれ、出来るか、出来ないか…オレはどっちでもお前の意見を尊重する」
「エレン……どうして僕にそんな決断を託すの?」
「お前ってやばい時程どの行動が正解か当てることが出来ただろ?それに頼りたいと思ったからだ」
「いつ、そんなことが?」
「いろいろあっただろ? 5年前なんかお前がハンネスさんを呼んでくれなかったらオレもミカサもウミも巨人に食われて死んでた」
「考えがあるなら……私もそれを信じる」

 アルミンは自分に向けられる目線が自分を信頼して向けられていることに気が付いて先程までこの世の終わりだと思っていた気持ちが静かに消えてゆくのを感じていた。アルミンが勝手に思い込んでいただけだった。いじめられっ子の彼はいつも3人に助けられていたこと、そして親を亡くしてからはいつもウミが傍に居てくれた。体力がない自分が訓練兵団の試験を乗り切れたのはウミが密かに指導してくれたからだった。
 四人でこのままここで死ぬのかと覚悟したその間際にアルミンは3人を助けたことは一度もないままだったと思っていた。これでどうやって対等な友人といえるだろうか。シガンシナ区に向かおうとするエレンに一緒に着いて行くことが言えないと思っていて、ついていける自信もないのに、アルミンは勝手に自分は無力で足手まといだと思い込んでただけだったことを知るのだった。
 3人は、アルミンが役に立たない守られるだけの存在だとはこれっぽっちも思っていなかったのだ。

「……アルミン、時間がない」
「装填、完了したようです。いつでも撃てます」
「(僕に命を預けると言っている3人は、僕がこの世で最も信頼している人間だ。これ以上の説得力がどこにある!?)」
「アルミン、」
「必ず説得して見せる!! 3人は極力抵抗の意思がないことを示してくれ!!」

 次々と立体機動装置の装備を取り外してアルミンは自分が抵抗の意思がないことを証明すべく両手を上げると駐屯兵団が一斉に向けている刃の前に向かって走り出し蒸気の向こうに行ってしまったのだ。ウミが危険だと判断し慌てて追いかけようとするのをエレンが抑え込むようにウミを抱きしめ遮る。そう、もう三人は彼女が危惧するほどいつまでも幼い子供ではない。三人はこの三年間を経て立派な兵士となっていたのだ。

「アルミン! だめ、そんなのだめよっ、」
「ウミ、信じろよ、アルミンならきっと大丈夫だ!」
「(――……エレンが巨人になって戦ってた時からずっと引っかかってたことがある。まだ考えがまとまっていない……けど、喋りながらでもやってやる!喋りながらでも考えろ!)」
「貴様! そこで止まれ! ついに正体を現したな!! 合図を送る! 私は合図を送るぞおっ!」
「彼は! 人類の敵ではありません! 私達には知り得た情報を全て開示する意思があります!」
「命乞いに貸す耳はない! 目の前で正体を現しておいて今更何を言う? ヤツが敵でないと言うのなら証拠を出せ。それが出来なければ、危険を排除するまでだ!」
「証拠は必要ありません!」
「(――そうだ、必要ない!!)そもそも、我々が、彼をどう認識するかは問題ではないのです!」
「何だと!?」
「大勢の者が彼を見たと聞きました! ならば、彼と巨人が戦う姿も見た筈です! 周囲の巨人が彼に群がって行く姿も、つまり巨人は彼のことを我々人類と同じ捕食対象として認識しました!我々がいくら知恵を絞ろうとも、この事実だけは動きません!」

 普段見せなかったアルミンの怒気迫る気迫に押され、次第にエレンへの恐怖に聞く耳を持とうとしていないキッツをも黙らせた。いつも頼りなかったアルミンの一世一代の決死の説得。それh目を見張るものがあった。張り上げた澄んだ声は高らかに真摯な眼差しはなにひとつ嘘のない誠実さを持ち、その力強い声は次第に周りの者達にも浸透してゆく。いつも大人しくていじめられっ子だった彼がいつの間にかこんなふうに大きな声で立派に説得を試みようとしている姿にウミは成長した彼の姿をただ見つめていた。

「確かにそうだ……奴は味方かもしれんぞ」
「人類の味方だと!? そんなバカな」
「げっ、迎撃体制を取れ! ヤツらの巧妙な罠に惑わされるな! 奴らの行動は常に我々の理解を超える。人間に化け、人間の言葉を話し、我々を欺くということも可能だというわけだ!! これ以上、奴らの好きにさせてはならん!!」
「(――ダメだ……考えることを放棄してる! 考えることが怖いんだ)」

エレン、ミカサ、ウミ。振り返れば3人がアルミンの方を真っ直ぐに向いており、その瞳にはアルミンに自分たちの命運全てを託していた。そのまなざしに応えるべく、アルミンは強く拳を握り締めると、心臓を突き破る勢いでドン!!と左胸に叩きつけ、兵士らしく高らかに心臓を捧げた。

「私はとうに人類復興のためなら心臓を捧げると誓った兵士!! その信念に従った末に命が果てるのなら本望!! 彼の持つ「巨人の力」と残存する兵力が組み合わされば、この街の奪還も不可能ではありません!! 人類の栄光を願い! これから死に行くせめてもの間に!! 彼の戦術価値を説きますっっっ!!」

 力強いアルミンの声は届いたのだろうか。立派な敬礼、立派な立ち姿。ウミはもう彼は守るべき対象ではなくなっていた事、その事実とシガンシナ区陥落からこの5年間彼らと苦楽を共に過ごしてきた中で、自分はもう成長期などとっくに終わっているが、今が1番の成長期でこれからますます成長していく3人を見つめて彼らは目まぐるしく今も自分の知らない場所で立派な兵士として成長しているんだと実感したのだった。アルミンの見事な敬礼に心動かされた兵士たちが今もかたくなに怯えた表情で攻撃しようとしているキッツに語り掛けた。

「隊長、彼の言葉は「ダメだーっ!! どう命乞いしようとやつらは反逆者、規則に反するの者は排除するそれが兵士たるものの務めだ!! 撃てぇえっ!」

 しかし、説得も虚しくキッツは隊長であるが故に重い責任を背負っている立場。慎重で思った以上に彼は臆病なほど頑で、そして巨人への恐怖に呑まれておりただ自分達へ攻撃に手を向けていてまったく聞く耳を持たない。このままでは埒が明かない、ミカサが刃を手にし、エレンが巨人化に必要な手を噛みちぎろうと構えたその瞬間、砲弾を浴びせようと指示したキッツの腕を掴んだ者がいた。

「よさんか。相変わらず図体の割には小鹿のように繊細な男じゃ。お前にはあの者の見事な敬礼が見えんのか」

 蒸気が風に流れ、大勢の精鋭を引連れて姿を現したのは。懐かしい人物の姿にウミは思わず立ち上がっていた。

「ピクシス司令……」
「今着いたところだが、状況は早馬で伝わっておる。お前は増援の指揮に就け。ワシは――あの者らの話を聞いた方がいい気がするのう、なぁ、ウミよ」
「ご無沙汰しております……司令」
「しばらく見ない間にまた一段と父親に似てきたな。気の強かったお前の母親に似なくてよかったわい。しかし、お前の母親の件は非常に残念じゃった」

 その言葉を聞いた瞬間、今まで指揮を取っていたキッツの権限、攻撃手段全てその声によって主導権は必然的にその男に委ねられることになる。ドット・ピクシス。駐屯兵団ではこの中で一番の権力者である。姿を表した懐かしい面影を視界に収めた瞬間、助かったと、ウミは純粋に安堵しようやく敬礼の手を止めた。
 トロスト区を抜けこちらのウォールローゼ南区に殺到する巨人たちを視界に収めながらピクシスは先程バルト公爵から貰ってきたワインを手に壁の下に群がる巨人たちを見遣り、ひょうひょうとした態度で呑気なことを言い放つ。

「やはり見当たらんか……超絶美女の巨人になら食われてもいいんじゃが……」
「ピクシス司令も相変わらずですね」
「ほっほっほっ、お前も大人になった者じゃ、最後にお前と話したのはあの小僧と……「指令、今はのんきにそんなこと話している場合じゃないですよ」
「おお、そうかそうか、いやぁ、思い出話が多くなってしまったな。まさか呼ばれて来てみれば二人の娘のウミが居るとは、懐かしくなってしまったな」

 元・調査兵団分隊長だったこともあり、親しげに言葉を交わすふたりだが、今は呑気に再会を喜んでいる場合ではない。
 言葉少なくピクシスはウミがこの3人を守るように立ちはだかっていた事、ウミの父親と母親が調査兵団の精鋭だった事もありウミを目撃した者達からピクシスは話を聞いていたのだった。
 彼女が突如として調査兵団を退団した6年前に比べてあどけない少女の面影が残っていたのにこの数年でだいぶウミの雰囲気は変わったとピクシスは思った、守る対象が出来たのが彼女の大きな変化だろうか、あの時には確かに寄り添い合っていた二人が離れたことも理解していた。

「6年ぶりじゃのう。あの、美人のお前の部下の……「クライスですね、男ですけど……」
「そうじゃ、あのアルフォード家の色男、クライスの坊主から話は聞いていたが、調査兵団を抜けてからも色々あったと……。ただ、生きててくれていてよかった、その怪我は大丈夫か?」
「はい、ご心配には及びませんよ。それよりも情報を開示してトロスト区を奪還すればこの子たち三人の命は保証していただけるんですよね?」
「うむ、安心せい。地下室に行けばすべてがわかると、おぬし自身が確証を得られん以上はとりあえず頭に入れておくといったところじゃが物事の心理を見極める程度のことは出来るつもりじゃ」
「ピクシス司令、それでは……」
「安心するんじゃウミ。あの二人の可愛い娘のお前に免じておぬしらの命はちゃんとワシが保証しよう。参謀を呼ぼう、時は一刻を争う。活躍してもらうぞ、若き兵士たちよ」

 エレンはピクシスに重い選択を迫られていた。やるか、やらないか。どちらにしろやるにしろしないにしろ、人類の脅威ではないのだとエレンが証明するにはこの作戦しかなかった。エレンはピクシスとともに歩きながら砲弾の前に並び系激に備えて待機しているハンネスを見かけた。

「(エレン!? 無事だったか! ん?)」

 エレンは生きていた。安堵するハンネスに対してエレンは下の巨人を指さし生意気にも任務に集中しろと目で促したのだ。しかし、そのエレンの様子にハンネスはエレン以外の三人も皆全員無事だと確信していた。その先を行く最高責任者のピクシスとなぜエレンが一緒かは分からずじまいだったが。

「巨人に地上を支配される前、人類は種族や理の違う者同士で果てのない殺し合いを続けていたと言われておる。その時に誰かが言ったそうな――もし、人類以外の強大な敵が現れたら人類は一丸となり争いを止めるだろうと……。お主はどう思うかの?」
「そんな言い伝えがあるんですか……それは随分と呑気ですね……欠伸が出ますよ……」
「ハッハッハッ。お主もワシと同じで品性がひん曲がっておる」
「その強大な敵にここまで追い詰められた今でもひとつになったとは言い難い状況だと思いますので……敵は巨人だけではないと思います」
「まあ……そろそろ一つにならんとな。戦うことも難しいじゃろうて…それでは」

 全員が集められエレンはピクシスに並んで皆の前にその緊張した面持ちを持ったまま敬礼をしていた。ざわめく兵士たちの前でピクシスが咳ばらいを一つすると、息を吸い込み耳を突き破るような大きな声で今回の作戦概要の説明を始めた。

「注!! もおおおおおおおおおく!! これよりトロスト区奪還作戦について説明する!! この作戦の成功目標は破壊された扉の穴を――――塞ぐ!! ことである!!!」

 その肝心の岩は掘り起こせずに放棄されたはずではなかったのか。神妙そうな顔をする兵士たちの中には104期生たちもおり、エレンの身に何が起きたのか知るジャン達もピクシスの鼓膜を突き破る勢いのボリュームで話す声に圧倒されている。

「穴を塞ぐ手段じゃがまず彼から紹介しよう。訓練兵所属エレン・イェーガーじゃ」
「え、エレン!?」
「なんであんなところに?」
「彼は我々が極秘に研究して来た巨人化生体実験の成功者である!彼は巨人の身体を精製し、意のままに操ることが可能である!!」
「んん?」
「なあ……今、司令が何言ってんのか解んなかったが――それはオレが馬鹿だからじゃねえよな!? なあ!?」
「ちょっと黙っていてくれ……バカ」
「塞ぐって一体どうやって……?」

 その話を聞いていた104期生にどよめきが起こる。まさかエレンが巨人化の能力を有しているとは、この三年間一緒に過ごしてきた中でそんなこと一言も聞いていないし知らないと、皆が困惑していた。身の回りの世話をしてくれたりサボって一緒に遊んでくれたウミがあの場に立体機動装置を軽々使いこなして駆け付けたその正体がまさかさっきジャン達を導いてくれたウォール・マリアの天使だとは。今日は本当に立て続けにいろんなことが起こりすぎて情報処理が間に合わない。
 ピクシスの演説を遠巻きに聞きながら離れた壁の上ではアルミンを中心にウミも元・調査兵団としての戦力を求められることになった。幸い自分は両親程そんなに実力があったわけでも目立ってたわけでもなかったので特に兵団を辞めたことを問う者はいなかった。
 作戦会議を進めていたその一方でウミもその話に耳を傾けながら座学において非凡な才能を持つと言わしめただけあり、参謀としての手腕をいかんなく発揮していた。巨人の性質を誰よりも聡いアルミンはよく理解している。理解しているからこその発案は調査兵団に長くいたウミ以上に斬新で画期的で一切の無駄が無い。

「巨人は通常、より多数の人間に反応して追って来るのでその習性を利用して、大勢で誘き寄せて壁際に集めることが出来れば。大部分を巨人と接触せずにエレンから遠避けることが出来ると思います。倒すのは後で大砲を利用して損害を出さずに出来ると思いますし。
 ただし、エレンを無防備にする訳にもいかないので少数精鋭の班で彼を守るべきだと思います。それに穴から入って来る巨人との戦闘も避けられません……。そこは精鋭班の技量に懸かっています。ただ…、この作戦はエレンが確実に岩を運んで穴を塞ぐことが前提です。その確証が乏しいままこの作戦をやることに疑問を感じるのですが……」
「確かに根幹の部分が不確かなまま大勢を死地に向かわせることに何も感じない訳ではないが……ピクシス司令の考えも理解出来る、」
「一つは時間の問題が出てくるよね。こうしている間にも巨人はどんどんトロスト区に侵入してる。巨人の数が増えればそれだけ危険が及ぶのよ。そしてその作戦を妨害しにまた「鎧の巨人」が現れるかもしれない」
「そしてもう一つ。人が恐怖を原動力にして進むには限界がある……」

 巨人化したエレンに放棄された大岩を運ばせて「超大型巨人」によって破壊された壁の穴を塞ぐための囮作戦。しかし今回巨人の脅威に晒された兵士たちにとってその作戦はあまりにも無謀な特攻作戦にしか聞こえないと一部の者の中では異を唱える兵士たちの声も聞こえてきた。人間兵器などというまやかしなど、簡単には受け入れられないと。死罪だとわかっていながら巨人に食われて死ぬくらいならと次々離れていく者たちを横目にピクシスは言葉を続けた。

「ワシが命ずる! 今この場から去る者の罪を免除する! 一度巨人の恐怖に屈した者は二度と巨人に立ち向かえん巨人の恐ろしさを知った者は、ここから去るが良い! そして――!! その巨人の恐ろしさを、自分の親や兄弟、愛する者にも味合わせたい者も!! ここから去るが良い!! ――四年前の話をしよう!! 四年前のウォール・マリア奪還作戦の話じゃ! あえてワシが言わんでも解っておると思うがの、奪還作戦と言えば聞こえが良いが!! 要は政府が抱え切れんかった大量の失業者の口減らしじゃった! 皆がそのことに関して口を噤んでおるのは、彼らを壁の外に追いやったお陰で我々はこの狭い壁の中を生き抜くことが出来たからじゃ! ワシを含め、人類全てに罪がある!! ウォール・マリアの住民が少数派であったがため、争いは表面化しなかった。しかし、今度はどうじゃ、このウォール・ローゼが破られれば人類の二割を口減らしするだけじゃ済まんぞ! ウォールシーナの中だけでは残された人類の半分も養えん!! 人類が滅ぶのならそれは巨人に喰い尽くされるのが原因ではない! 人間同士の殺し合いで滅ぶ!! 我々はこれより奥の壁で死んではならん!! どうかここで――ここで死んでくれ!!」

 最高責任者でもあるピクシスの年を感じさせぬ力強い演説に心動かされ、家族が巨人に蹂躙されてたまるかと列から一度は離れかけた乱れていた秩序から再び引き返す兵士たち、皆がこの世の終わりのような非現実的な作戦を受け入れ決行する、もうこれしか人類が生き残るすべはないのだ。家族を守るため、ウォール・ローゼを守るべくエレンは決意する。岩を持ち上げて壁を塞げる確証はない、それでも自分はこの壁内人類の希望にならなければならないのだと。
 駐屯兵団の参謀や精鋭たちを集め、アルミン発案の作戦会議が行われた。呼び出された精鋭班三名、ミカサを後衛に配属させたイアン・ディートリッヒ、先ほどキッツと共にいたリコ・ブレツェンスカ、そしてミタビ・ヤルナッハ。慎重な精鋭たちはあいまいな根拠で始動したこの作戦に異を唱えたが、だからと言って他に道はなく、もう残された選択肢は無いに等しかった。これまで負け続けてきた人類に残されたのはもう、これしか手立てがないのだと。犠牲を覚悟してそれぞれが作戦地点へ向かう。ウミもピクシスの指示通りに向かおうとしたとき、ふと去り際にピクシスが声をかけてきた。

「ウミ」
「はい、どうか……しましたか?」
「巷ではウォール・マリア陥落時に舞い降りた天使と呼ばれる者が居る。突如人類の危機に現れ幾多の命を救ったと、そしてあの「鎧の巨人」に追いつき、止めを刺そうとしたと。兵団を辞めてもその実力は健在じゃな? おぬしにも存分に協力してもらうぞ。今までこの五年間、必死で守ってきたのだろう。全てを捨ててあの三人がどれだけ大切なのか、その表情で分かる…守るものが出来たものの覚悟を決めた表情じゃ」

 沈黙、静かにウミは頷いた。自分がその正体だと、そしてなぜ再び彼女が刃を手にしたのかを。

「はい、」
「なぁ、ウミよ。あの男はお前が思うよりずっと器の大きな男だと思っているがのう」
「え……」
「いつか時が来る、その時が来れば……お前もあの小僧にすべてをさらけ出せ。リヴァイは、お前が思っているより数倍大きな器を持つから安心していい。全てをさらけだすんじゃ。お前のすべてを」
「司令……」

 ずっと我慢してきた口にできない名前のない存在がそこには存在していた。その名前はいとも簡単に目の前の男によって封を切られた。いつまでもいつまでも忘れられなかった彼の名前を。いざ口にすれば貫いた決意はあまりにも脆く崩れ落ちてゆくのに。彼女は困惑した。かつて自分のすべてをかけた、心臓を捧げた存在を。

「……どうして、そんなことを、言うのですか……?」
「話は終わりじゃ。行くぞ、作戦開始じゃ」

 持ち場に促され、私服では一般人が紛れ込んでいると誤解される。ひとまず与えられたのは駐屯兵団の制服だった。兵団に戻る気はないがひとまずはこれを着るしか手段はないという事か。もう正体も見破られているのだ今更顔を隠したところで無駄か、

「おぬしはあのウォール・マリア陥落の際に戦死したアーノルドという者の立体機動装置を扱ってもらうぞ」
「それは……」

 それはあの時超大型巨人によって破られた壁から巨人が侵入してきたあの時のどさくさに紛れてウミが首なしの駐屯兵団の死体から奪い取った立体機動装置の本来の持ち主の名前だった。立体機動装置は一人一人に与えられており、個人の特定が可能である。
 相変わらず酔っぱらっているようで視野が広い男だ。全てピクシスは見抜いていたのだ。彼女のこれまでの経緯を、一人背負い続ける悲しい過去も、何故、あんなにも幸せそうに夢中で彼の後ろ姿を追いかけていたウミが突如として彼から離れるように調査兵団を抜けたのかも。彼女の両親とは親交があり、幼い頃の彼女も知るピクシスは持ち場に駆け出したウミの小さな背中を見送った。まだ未来ある彼女の行く末が光に満ちたものであるように。
 トロスト区へ続く壁の上を精鋭班達とともに駆け足で岩の元へ向かっていた。そのエレンの隣を併走するようにリコが駆け寄ってきた。

「ひとつ言っておくぞ、イェーガー。この作戦で決して少なくはない数の兵士が死ぬことになるだろう。あんたのためにな。それは私たちの同僚や後輩や先輩の兵士たちだ。当然兵士である以上死は覚悟の上だ、だがな、彼らはもの言わぬ駒じゃない。彼らには名前があり、家族があり、その分だけの思いがある。皆、血の通った人間だ。訓練兵時代から同じ釜の飯を食ってる奴もいる。そんな彼らの多くもあんたのために死ぬことになるだろう。アンタには彼らの死を犬死にさせては行けない責任がある。何があろうとも。その事を甘えた心に刻め。そして死ぬ気で責任を果たせ!」
「はい!」

 彼女なりの激励か、それとも発破をかけているのか。しかし、その言葉はエレンの心に火を灯したのだった。

「(―――……やってやる……! 絶対に成功させる!!)」
「エレン、身体は大丈夫?」
「ああ……囲まれてた時よりだいぶマシだ……」
「極秘人間兵器とか言っていたが……穴を塞げるのなら何でもいい……。お前を最優先で守る。頼んだぞ!」
「は……はい!」
「もうすぐ岩までの最短ルート地点だ、今見える限りでは巨人はいない」
「皆が上手く囮をやっているんだろう」
――「巨人が出現して以来人類が巨人に勝ったことは一度もない。巨人が進んだ分だけ人類は後退を繰り返し領土を奪われ続けてきた。しかし、この作戦が成功した時人類は初めて巨人から領土を奪い返すことに成功する!」
「ここだ!」
「行くぞ!」
――「その時が、人類が初めて巨人に勝利する瞬間であろう……!」

 立体機動装置を使いエレンが飛ぶ、ウミもその後に続いて先程の曇天と打って変わったウォール・ローゼの空を見上げ、泳ぐように宙を舞った。リコの手により作戦開始の縁の煙弾が立ち上った。それぞれが持ち場に着き、精鋭として。エレンを壁まで引き付け巨人の手から守り続けるのだ。危険な任務になる。ウミも何がなんでもエレンを守るべく刃を握りしめる。

「それは人類が奪われてきたモノに比べれば……小さなモノかもしれん。しかし、その一歩は我々人類にとっての大きな進撃になる!!」

 爆煙と稲妻の光とともに巨人化したエレンは夕焼けに染まる空に向かって咆哮をあげた。それは希望への凱歌のようにトロスト区内に響き渡ったのだった。いよいよ作戦が始まる。それぞれが屋根の上に着地した。

「ミカサ! 危ない!!」

 しかし、作戦開始早々、目撃した光景に目を疑う。ウミが弾け飛んだように叫んだその瞬間、巨人化したエレンが岩の前で突如幼なじみで家族であるミカサに向かっていきなりパンチを繰り出したのだ。

「嘘、でしょ……何で、エレン…」

 
To be continue…

2019.07.12
2021.01.11加筆修正
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