THE LAST BALLAD | ナノ
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#13 レゾンデートル

 無事、壁を破壊され、巨人が闊歩するトロスト区を脱出した104期生を見届け、安堵した影が誰もいない本部にある馬小屋で苦痛に呻いていた。
 小さな手が抑え込んだこめかみからは拭い切れない赤い血が止めどなく流れて身に着けていた白いコートを汚している。傷口はそんなに深くはないが出血は未だに止まらず何度も包帯を替えてなんとかごまかしている状態だ。
 もういっそ、誤魔化しがきかないのならば。自分自身の血が染み込んだコートを脱ぎ捨て、それを誰にも見つからないように袋に詰め込み処分する。先ほどまで自分の姿を隠してくれたものだ。傷ならかつて所属していた調査兵団で慣れっこだったがウミは久方ぶりのこんな軽い傷に呻くとは。離れている間に随分鈍ったものだと自嘲した。その傷を大きな布で当てるようにかつての部下だった医学知識にも明るい男が神妙な顔つきで出血部分をくまなく確認していた。

「頭の出血がひでぇな……血流が多い場所だからなのか出血が多いのは仕方ねぇ。けど、ぶつけたんだろう? 後遺症も考えるなら頭の検査もした方がいいかもな」
「そんな、大げさだよ」
「こんな当て布なんざ単なる気休めでしかねぇ、くれぐれも見つからねぇようにな。正体がバレそうになったら逃げろ、あの三人が心配なのはわかるが、見つかっちまったら本当に一生牢獄生活だぞ…」

 危惧するのは兵団を辞めた人間が兵団に所属する者しか所持することを許されない立体機動装置を今も彼女が所持しているという事。幾ら元兵団に属していた人間だからと個人個人で与えられて厳しく個別管理されている立体機動装置を死んだ人間から奪ったとなればその罪は窃盗罪も絡み、より重くなるだろう。
 幾ら、クライスが貴族の出だからと言って牢に繋がれた人間を助けるのは困難を極める。本当にこの元上官は無理ばかりをする。それなのに頑固で自分が決めたら自分が非力な女だろうが相手がどんなだろうと、気にせず無理をして抱え込んでそうして自滅するから心配でたまらない。
 自分の忠告など、到底聞きやしないのだ。耳を貸すのは唯一、心を占めるあの男だけ。兵団を抜けた後も、むしろ、抜けたからこそ、しがらみのない世界で今も戦い続ける彼女のこれまでの事実を聞いたらきっとキレるに違いない。

「クライス、今更憲兵団に捕まるのは覚悟の上。だから大丈夫。あの子たちは私の今の生きる支えなの。じゃなきゃあの日にとっくに死んでた。私が助けられなかったあの子たちの家族の為にもあの子達の夢を叶えてあげたい、それが今の私の存在理由」
「(何が大丈夫なんだよ、このバカ女)夢……? 現実さんざん見てきたお前が理想論語るのかよ!」
「あら、おかしい? 私にも譲れない夢のひとつやふたつくらい、あるよ?」

 クライスは自分が永遠に幽閉されるかもしれない罪を犯してまでして叶えたい夢が何なのか訝しげに柳眉を寄せるがウミはその話題からそらすように微笑んだ。彼女の眼はウォール・マリアしか見ていない。

「でも、本部に来るの久しぶりだなぁ、ここは全然変わっていないのね」
「……そうだな。ここだけはずっと、お前が抜けた後も何にも、変わっちゃいねぇよ」
「そっかぁ……」

 調査兵団の壁外調査や駐屯兵団や憲兵団に欠かせない必需品である高級品の馬は調査兵団に出払った後は一匹も残っていないはずなのに、なぜ馬小屋なのか。ここに来てもジャンは居ないはずだが。かつてともに同じ班で戦い抜いてきた二人は調査兵団にいた時からいつもここで落ち合う約束を交わしていた。いつ、また巨人が攻めてきてもいいように、と。ちょうどクライスは骨折でリハビリ中のため今回たまたま襲撃時にここにいたのだが幸いして104期生とともに巨人を追い払うことが出来た。
 ウミもまた犠牲者を少なからず減らすことが出来。安堵していた。しかし。現状が変わったわけではない。クライスから耳にした事実にただ、ただ、この傷を治してエレンのもとに急がねばとはやる気持ちを抑え、置き去りにした相棒のもとへ向かったのだった。

「タヴァサは?」
「ああ、お留守番してる…っておい、まだ止血の途中…」

 クライスの声も聞かずにウミは走り出していた。馬小屋の一番奥の場所、たった一匹だけが置き去りにされた中で静かにたたずむ白い美しい毛並みの馬。調査兵団には立体機動装置もだが、その中で馬も与えられるのだ。
 ウミの大切な相棒は彼女が居なくなったことで走ることを辞めてしまっていたのだった。白い毛並みがきれいな親子で乗り継いできたウミの愛馬タヴァサはかつての主人を視界に収めるとそれは嬉しそうに歩み寄り縋り付いてきたウミを見つめて静かにそのぬくもりと香りを受け止めた。

「タヴァサ……ごめんね、私、勝手にいなくなったのに……ずっと、待ってくれていたの?」

 主と言葉を話すことは出来なくても、今までたくさんの危機やかつての飼い主のウミの父親や仲間との別れも共に走り抜けてきた愛馬はまるで同意するように飼い主との再会を優し気なブラウンの瞳を細めて喜んでいた。この五年という年月でタヴァサと名付けて可愛がっていた心優しき愛馬は更に年老いてしまってはいたが、まだ自慢の走りは健在だ。唯一心を許した彼女しか言う事を聞かない頑固さも変わらずといった感じにの飼い主に似て頑固だが、ウミの言う事を聞くということは。ウミは手慣れた手つきで誰も外せなかったロープをほどき彼女を解放した。

「いいのか、」
「うん、お願い、クライス。この子は私が乗せてほしいと頼んだ人に絶対酷いことはしない。この子を貸すから早く応援を…私一人ではさすがにあの数は無理かも…早くしないとまた、ウォール・マリアの二の舞になる。鎧の巨人は確実に今も壁を攻撃するこの瞬間を狙って今もどこからかここの様子を見てるのよ。人間が巨人になるなんて今も信じられないけれど…超大型巨人も鎧の巨人も、本当に消えたの、巨人が消えるなんて聞いたことない、そして、あの時私とクライスたちを助けてれたのがエレンだって聞いて確信したの、確証はないけれど、私の言葉なんか今はもう何の効力もないけれど、」
「「鎧の巨人」と、「超大型巨人」は、エレンと同じ人間かもしれない。か、あながち間違いじゃなさそうだな。エレンもそうなんだろ?そのことはくれぐれも内密にしろよ、その本体に気づかれたら…俺たち、消されるかもしれないからな」
「人類が滅ぶのが先か、巨人に内側から滅ぼされるのが先か、」
「まじかよ、敵は、巨人だけじゃねぇってか?エルヴィン団長にどう、報告したらいいか…」
「クライス、」
「ハイハイハイ、あんたの両親に救われたこの命をかけてお前に一生仕えるって決めたんだ。トロスト区の壁が破壊されて今も巨人が迫ってきてるなんてよ、エルヴィン団長がこの事態に気づかないわけはねぇが、道塞ぐ巨人共どかしつつ調査兵団を呼び戻してくる。お前は?」
「決まってるでしょ? 駐屯兵団に捕まっているあの子たちを、託された大切な子供たち、エレンとミカサとアルミンを助けに行く……!」
「くれぐれも死ぬんじゃねぇよ」
「うん、大丈夫……!」

 互いに背中合わせになりウミはウォール・ローゼ内部にて取り囲まれている三人を助けに、そしてクライスはトロスト区内を蹂躙している巨人を掃討すべくこの危機を調査兵団に伝令するために、そう、少しでも早く巨人という脅威から唯一対抗できる技術に優れた彼らを呼び戻す為に走り出す。

「(お前に死なれちゃあ、今もお前が生きてると信じて待ち続けるあいつがさすがに哀れだぜ…なぁ、リヴァイよ)」

 クライスは振り返りながら軽々と補填したガスを蒸かし壁を飛び越え行ってしまったかつての上官を見送り自身もフルスピードで走る上官の愛馬から落馬しないように手綱を握った。先ほど決死の補給室奪還作戦によって治りかけていた足は結局また折れてしまっているだろう。確信に近い、またこれで自分は足手まとい。また壁外調査から遠ざかるだろう。
 いつも見てきたあの二人の互いの思う心はもう二度と通わないのだろうか。あの人と離れた時点でウミが捧げた心臓の行き場所は二度と失われてしまい、そんな今の自分にはもう存在する意味がなかった、その中で唯一の心の支え、かわいい幼馴染たちの成長は生きる意味を見失った彼女の唯一の希望だった。両親も死に残されたのは復讐という呪い。
 もう誰からも必要とされなくなった自分を、必要としてくれるならそれだけでもいい、まだ、生きていける。戦う刃を持ち続けられている。

「(チクショウ……チクショウ……こんなはずじゃなかった。
オレたちはもう五年前とは違うんだ
必死に訓練した、必死に考えた
こいつらに勝つために、
こいつらから……奪われないために
なのに、
どうしてこうなる――?
どうしてオレたちは奪われる
命も
夢も……)」

「エレン、」

(まだ、言えてねぇんだ…ずっと五年間も守って支えてくれた…ウミに。)

「大丈夫。エレンもミカサもアルミンも、三人は必ずこの手で私が守るから。カルラさんの代わりにはなれないけれど、私が一生かけてあなたたちを必ず巨人から守る」

(優しく支えてくれた、自分のすべてを犠牲にしてずっと守ってくれた頼りねぇ小さな身体でいつも……何もまだ恩返しも…ウミの母さんを助けることも、気持ちさえ、伝えられてねぇのに)

「エレン、」

「駆逐してやる……。この世から一匹残らず……オレが……この手で……」

 (モットダ。
 モットコロス。
 モットコロシタイ。

 モット……イッパイ…)

「殺シテヤル……」
「……エレン?」
「は!?」

 それは深い深い闇の中の光、人類の叫びを体現した咆哮、ただ、脳裏に浮かぶ笑顔を掴んだその瞬間の出来事、エレンはおぼろげな記憶を手繰り寄せやがて目を覚ました。しかし、次に浮かんだ言葉の前でアルミンの必死の形相が飛び込んでくるとようやくクリアになる思考。目の前には刃を抜いて身構えるミカサの姿があった。そして、グルリと自分たちを取り囲む駐屯兵団の薔薇がエレン達を捉えていた。

「エレン!!」
「エレン、ちゃんと体は動くか!? 意識は正常か? 知ってることを全部話すんだ! きっと解って貰える!」
「アルミン?」

 この状況はなんだ?こんな風に自分が取り囲まるなんて…向けられる銀色の刃、いつでも撃ちぬけるようにと、向けられ装填された砲弾。壁際に追い詰められた三人、エレンは今までに経験したことのない状況、得体の知れない恐怖心を抱いた。

「聞いたか?」
「殺してやるって言ったんだ……!」
「ああ、確かに聞こえた。オレたちの事だ!!」
「あいつはオレ達を喰い殺す気だ……!」

 青ざめた顔をした駐屯兵団の精鋭たちには明らかな畏怖が自分たちに向けられている。しかし、最後巨人の口に放り込まれたアルミンを引きずり出して自分が食われた事、亡くした左腕を掲げただ巨人への憎しみを口にして、そうして叫んだのは声なき怒り、そして目覚めた声を聴いた後の記憶はなくて、今こうして取り囲まれている現状も把握できないでいる。

「(何言ってんだ、みんな……あの剣は俺達に向けられているのか?そいつは巨人を倒すための武器だろうが…なんでそんな目で俺を見る……? これは、何なんだ?)」

その一方でこの有事に最前線の防御を任された四人と同じシガンシナ区で生き残ったハンネスはこの状況を壁の上から冷静に眺めていた。ハンネス隊長に並び部下たちもその光景を眺めて静かに巨人たちが銛に張り付いてピクリともしない光景を見て青ざめていた。

「巨人自体で肉の防護壁を作るとは技術班も考えたな。しかし、オレ達に油断は許されん、ここが人類と巨人の最前線であり、崖っぷちなのだからな……。どうした?」
「……いえ、任務に支障はありません…しかし、前衛を務めた仲間の安否が気になります。先ほど伝令も青い顔をして本部へ」
「ああ……だが、当初の訓練通りオレたちは迎撃にのみ専念すればいい」
「ハンネス隊長と共に生き延びた三人の子供たちが訓練をしていると聞きました。彼らも前線に……」
「ああ……」

 最前線に送られた精鋭部隊はほとんど壊滅したとの情報にそれは紛れもなくハンネスが守ろうとしていた三人の安否がどうなのかなんて聞かなくても分かる事だった。黙り込むハンネスに気まずそうに謝罪をする部下にハンネスは静かに答えた。

「申し訳ありません、無駄話が過ぎました……」
「無事だ」
「え……」
「強い子たちだ。それぞれが生き抜く術を持っている
 一人は高い戦闘技術
 一人は強靭な精神力
 一人はとても賢い頭を持っている。
 そして……その三人には、あいつがいつも傍に居る。だから無事だ、必ず生きている」

 浮かぶのは昨日の解散式で見せた三人の立派な姿とそれを見守るウミの微笑みだった。いつからだろう、幼い頃の無邪気さだけが取り柄だったころころ変わる表情農彼女をよく知るからこそ、調査兵団に入り、いろんな経験を経て大人になってからのウミは満面の笑みから他者を慈しむような静かな微笑みに変わったのは。何とも言えない儚げな愁いを帯びるようになったのは。相手に安心を齎す優しい笑み、母親のような安堵さえ感じさせる、大きな愛を手にしたように。

「イェーガー訓練兵、並びに同アッカーマン、アルレルト!! 今貴様らがやっている行為は反逆行為だ! 貴様らの命の処遇を問わせて貰う。下手に誤魔化したりそこから動こうとした場合はそこに――ただちに榴弾をブチ込む!躊躇うつもりもない!」
「は?」
「率直に問う! 貴様の正体は何だ? ――……人か? 巨人か?」

 怯えたままの表情でエレンに問いかけるキッツからの尋問にも似た問いかけはまるでそれはーエレンはその質問自分に向けられていることにただ理解できないといわんばかりの表情で声を張り上げた。

「(なんだその質問はなんだその目は? まるで化け物を見ているような……オレがそうだというのか??)しっ、質問の意味が解りません!!」
「シラを切る気か……!? 化け物め!! もう一度やってみろ! 貴様を粉々にしてやる!! 一瞬だ!! 正体を現す暇など与えん!」
「正体?」
「大勢の者が見たんだ! お前が巨人の体内から姿を現した瞬間をな! 我々人類はお前のような得体の知れない者をウォール・ローゼ内に侵入させてしまっているのだ!! たとえ貴様らが王より授けられし訓練兵の一人であってもリスクの早期排除は妥当だ! 私は間違っていない! 今にもウォール・マリアを破壊したあの「鎧の巨人」が姿を現すかもしれない!! 今、我々は人類存亡の危機の現場にいるのだ! 分かったか!? これ以上貴様相手に兵力も時間も割くわけにいかん! 私は貴様らに躊躇なく榴弾をブチ込めるのだ!」
「確かに……彼らの反抗的な態度は明らかです、かといって有益な情報も引き出せそうにない……おっしゃる通り兵と時間の無駄です」
「隊長!! 今なら簡単です! やつが人間に化けてるうちにバラしちまえば!!」

 突如として目が覚めた瞬間。こうして先ほどまで同じ目的で行動していた兵団の人間に巨人を殺すための道具を向けられている事実がエレンを余計に不安にさせる、それはまるで自分が巨人の正体だという疑惑を向けられているのは明らかで。口々にまくし立てエレンを追い詰めてゆく言葉たち、向けられる兵器。その中でミカサはまるでエレンを守る騎士のように同じ人間にエレンを始末しようとする者たちに向かって巨人を殺すために人類が開発した二対の刃を向け、恐ろしいことを口にした。

「私の特技は!! 肉を……削ぎ落すことです。必要に迫られればいつでも披露します。私の特技を体験したい方が居れば……どうぞ一番先に近づいてきてください」

 身構えたミカサから放たれる殺気に当てられ先ほどまですごんでいた駐屯兵団の精鋭たちはその並外れた気迫から逃れるように後ずさる。それほどまでにミカサはエレンを守るべく恐ろしい顔つきで今にも切りかかろうとせんばかりに一歩も動こうとしない。

「隊長、あのミカサ・アッカーマンは私達精鋭と共に後衛につきました。彼女の働きは並の兵士100人と等価です。失えば人類にとっての大損害です」

 エレンを守るように立ち塞がるミカサ、そしてそんなエレンを今までずっと支えていたアルミン、どちらが敵か味方か、そんなの明白なのに二人は反逆罪とみなされようが幼馴染を見捨てるという選択肢はなかった。

「オイ、ミカサ、アルミン、これはいったい、お前らは何を……? なんでここにいるんだ!?」
「ミカサ……人と戦ってどうするんだ? この狭い壁の中のどこに逃げようっていうんだ?」
「どこの誰が相手であろうとエレンが殺されるのは阻止する。これ以外に理由は必要ない」
「話し合うんだよ! 誰にも何にも状況がわからないから恐怖だけが伝染しているんだ!!」
「(オレが巨人じゃないと思っているのはオレだけか!? クソッ、ここに至るまでの記憶がない……! 体がだるくて立てねぇしヘタに喋っても殺されそうだ……。人間に殺される? そんなバカなことが。そもそもなんだって? 巨人の体内からオレが出てきた? 何言ってんだ!? どういうことなんだそりゃ!? あれは夢じゃなかったのか!? もしそうだとしたらこの服のない部分は腕が生えたってことだぞ!? そりゃまるで。巨人じゃねえか……そんなバカな、なんでオレが……!)」
「もう一度問う…!! 貴様の正体はなんだ!?」
「(とにかく答えを間違えるな。死ぬのはオレだけじゃないんだぞ。そうだ……オレは昔からお前らと同じ……)人間です!」

 エレンは疑わずに自分は今で生きてきたこれからもそうやって生きていくと信じて疑わなかった自分の存在を確信して人間だと答える。しかし、流れる沈黙は重苦しいものだったキッツはエレンの言葉に静かに何かを思うとその手をかざし、低い声でつぶやいたた。

「……そうか……悪く思うな…仕方ないことだ…誰も自分が悪魔じゃないことを証明できないのだから……」
「(何やってるんだオレは……? 自分の願望を言っただけじゃねぇか……)」

 砲弾がこちらに向けられミカサは身の危機を感じてすぐさま刃を射出するとエレンを軽々と抱えた。

「エレン、アルミン! 上に逃げる!」
「止せ! オレに構うな! お前ら!! オレから離れろ!!」
「マズい……このままじゃ――!」

 壁際に追い詰められてエレンとアルミンを抱えて唯一の逃げ場である上空に逃げようとしたミカサだったが上も完全に包囲されており同じ刃を構えている駐屯兵団が待ち構えていた。

「上にも!?」

 四方八方を囲まれ幾ら化け物じみた身体能力を持ち強いミカサでも二人を守りながらとても逃げ切れる状況ではない。万事休すか。そう思った瞬間だった。突然上空から風が吹きあがりそれは三人の前に立ち塞がった。いい香りがした、そう、それはいつも漂わせていた大好きな人の香り。

「待って!! 撃たないで話を聞いてください!!」
「えっ」
「なんで!?」
「言ったでしょう……? あなたたち三人は、死んでも守る。って、」

 それは柔らかな風。春の嵐のように天使の羽が生えたかのように舞い込んできた。ふわりと柔らかな風を纏い振り返ったのはウミの優しい笑顔だった。三人を砲弾から守るようにウミは仁王立ちで立ちはだかった瞬間、砲弾が放たれたのだ。とにかく逃げようとするミカサに慌てふためくアルミン、そして突如舞い込んだウミ、ミカサに抱えられたエレンは胸元で揺らいだ鍵を見た瞬間、突如として父親と交わした言葉がフラッシュバックした。注射器を片手に、涙を流した父親が…。

――エレン、帰ったらずっと秘密にしていた地下室を見せてやろう。この鍵をずっと肌身離さずに持っているんだ。そして、見るたびに思い出せ! お前が地下室に行かなくてはならないことを……! この注射のせいで今からお前に記憶障害が起こる……だから、今説明してもダメなんだ。いいか、ウォール・マリアを奪還して必ず地下室に辿り着くんだ。この「力」はその時役に立つはずだ。使い方は彼らの記憶が教えてくれるだろう
「エレン!!!」
――地下室に行けば真実がわかるだろう。辛く厳しい道のりだが必ず辿り着くんだ!! ミカサやアルミン、ウミやみんなを救いたいなら、お前はこの力を、支配しなくてはならない!!」

 エレンは走った、父の言葉を思い出し、そしてミカサの腕から降りるとアルミンとウミの元へ走った。ミカサがエレンの腕を掴む、そしてウミを守るように小さな彼女を抱き留める。ウミはこんなに小さかっただろうか、こんなに華奢な身体で、すべてから自分をまた守ろうとしている。エレンは親指の付け根を思いきり噛み千切った。その瞬間まばゆい閃光と共にウミ達を巨大な何かが、放たれた厚い蒸気が包み込んだのだ。

 立ち込める煙、何も見えない中でウミは確かに見た、上空から放たれた砲弾を受け止めた巨大な存在を。

「やったか?」

 煙が晴れて姿を見せた異形の存在に取り囲んでいた駐屯兵たちは恐ろしいものを見たかのように息をのんだ。

「化け物だ……」
「うあああああ!!」

 現れたのは白骨化した中にほとんど意味のない筋肉組織むき出しに目玉が飛び出したとても巨人とは言えない不気味な生物がオブジェとしてミカサとアルミンとウミを砲弾から守るように君臨していたのだった。

 
To be continue…

2019.07.10
2021.01.11加筆修正
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