「急げぇ! ミカサに続け!! とにかく短期決戦だ! 俺達のガスがなくなる前に本部へ突っ込め!!」
「しかし、すげぇなミカサは! どうやったらあんなに速く動けるんだ?」
立体機動を自由自在に操りミカサは次々と進行方向を塞ぐ巨人を削いでゆく。あの日から不思議なことに自分の身体を思うように支配することが出来た。思考もどこか落ち着いており、エレンが死んだという動揺を振り払うかのようにミカサはより速度を増して次々と倒していく。
ドオン!! 派手な音を立て唯一人間が巨人に対抗できる武器を用いてうなじを飛んだ勢いで削いでゆく。皆に発破をかけ先導を行くミカサは加速して空を鮮やかに舞う。しかし、アルミンにはわかっていた。
いつもの冷静な彼女ではないと、エレンが絡むと彼女は冷静でいられなくなるのだ。まして、突然エレンが死んだと聞き未だに理解し受け入れられてはいないのは見て明らかで。その動揺を消そうと刃を振りぬきがむしゃらになっているだけだ。
ミカサが先導してくれているおかげで仲間たちは巨人に捕捉されずその合間を縫って次々巨人からの追尾を逃れられている。しかし、残り僅かなガスをミカサは動揺を行動で消そうとした勢いに任せたがむしゃらな立体機動によって激しく消耗しアルミンが危惧した危惧した通りにとうとうガス切れによりそのまま機動力を失った彼女は真っ逆さまにトロスト区の住宅街にそのまま落ちてしまったのだ。
「ミカサ――!!!」
「クソッ……」
「ジャン! お前は皆を先導しろ! オレがアルミンに付く! 巨人はまだいるんだぞ!? お前の腕が必要だろうが!!」
想い人ミカサ。のピンチにすかさず反応するジャン、しかし、ジャンまでもが居なくなってしまったら本部まで誰が先行するのだ。コニーの言うとおりだ。恋愛対象のミカサが心配になったが感情に任せて今自分が優先すべきことを間違えてはいけない。自分が途中で放棄してどうする。残り僅かなガスで本部に突っ込めと判断したのは自分、ミカサはコニーとアルミンに託しジャンはコニーを見送った。しかし、ミカサを失い本部に近づけば近づくほど巨人たちは群れを成してその行く手を阻んできたのだ。
「ダメだ、本部に近付くことさえ出来ない……犠牲を覚悟しない限りは……」
屋根に着地するとガス切れで地面に落下したトムの姿がそこにはあった、巨人にあっという間に囲まれトリガーを引くもワイヤーが射出できず完全に機動力を失ってしまった。
「うわあぁぁぁ!!」
「まずい、あいつガス切れだ!!」
「く、来るなああ!!
「トム! 今助けるぞ!」
「よせ!! もう無理だ!!」
仲間を助けるため巨人に突っ込みガス切れで動けないまま捕食される。今まで同じ訓練に耐えてきた仲間達が次々見るも無残な肉片となっているというのにジャンは目の前で次々食われてゆく仲間を横目に青ざめた顔でその光景を黙って眺めることしか出来なかった。自分のせいだと悔くしかない、あの時ミカサを止めていればこんなことにはならなかったかもしれないのに。自分の中で何度も問いかける。自分には資格があるのか、と。責任のある立場になる資格がー。
「助けて、誰かぁっ! 誰か――!」
涙を流し巨人から必死に逃れようとしたその瞬間、巨人が今にも頭からかぶりつこうとしていた仲間を突如として白い影がさらい、捕まっていた巨人から引き離された仲間は屋根の上にそのまま投げ飛ばされたのだ!
「っ!! おい! 大丈夫か?」
屋根に投げ飛ばされた仲間にジャンが駆けよると行く手を阻んでいた巨人に白い影が襲い掛かったのだ。アンカーを射出し、目で追いかけられないスピードで跳躍すると重力を纏った回転が次々に巨人のうなじを刈り取ってゆく。あたりに飛び散る鮮血に真っ白のコートは染められ巨人の蒸気にゆらめくその姿はまるで蜃気楼の幻のようだった。
まさか――……異変に気付いた調査兵団が急ぎ先ほど出発した壁外調査からUターンして戻ってきたのか?そう錯覚させるほどの巨人に手慣れた手つきでまるで舞うように群がる巨人を蹴散らしていくもその速さについていけず誰もが目を疑った。ズタズタに切り裂かれ地に伏せてゆく巨人。
くるりと器用に刃を回転させながら刃をホルダーに収め。こちらに背中を向け、屋根に着地したその姿。
天から雲の切れ間より差し込んだ光がその背中を照らした。アニかクリスタくらいの背丈は思ったよりも細く頼りない。ライナーが、ベルトルトが、口々にその姿に驚きを隠せないでいる。アニも「鎧の巨人」に追いつき一撃を加えてきたウォール・マリアの天使なんておとぎ話の中の、それこそ二人の空想だと思っていたがいざ目の当たりにすれば信じざるを得ないといった状態で凝視していた。巨人側からすればそれは大きな脅威だろう。
戦場に降り立ったその背中、羽が生えたかと思う程に身軽で巨人を一気に掃討してしまったその姿。返り血に染まった白いコートの姿に一斉に視線が釘付けになった。呆けているとそのコートの天使は刃を掲げ、早く本部に行けとジェスチャーで促した。
「今だ!! 誰だか何だか知らねぇが今の内に本部に全員で突っ込め!!」
そうだ、この機を逃してはいけない。ジャンはその小さな背中からかすかに見えた横顔を横目に号令をかける。この混乱の中凝視することも出来ず口元しか見えなかったが、その口は真横に一文字に結ばれ感情は読めなかったが、女性の口元のようだった。ひとまず自分達の窮地に舞い降りた天使の正体は後で知ればいい。
今は先に本部へ向かうことが最優先だ。後から。ワイヤーをガラスに突っ込みその衝撃で勢いよくぶち破るとそれぞれもガラスを突き破り本部に突っ込んだ。どうやらここは資料室のようだ。
「何人……辿り着いた……? 仲間の死を利用して俺の合図で、何人……死んだ……?」
マルコ、アニやライナー、見知った顔はみんないる。しかしそこに精鋭のミカサを救出しに行ったアルミンやコニーの姿はない。ふとテーブルの下に膝を抱えてうずくまる影を見つけて覗き込むとそこにいたのは残りガスに気を付けながら本部まで突っ込むハメになったそもそもの原因を作った補給班の生き残りだった。ずっとこうして騒動が収まるまでまさか隠れているつもりだったのだろうか。自分たちがどんな思いでここまでたどり着いたのか…。ジャンの身体が怒りで震えだす。
「お前ら補給の班だよな……?」
「ああ……」
「よせ! ジャン!」
「こいつらだ! オレ達を見捨てやがったのは!! てめぇらのせいで余計に人が死んでんだぞ!?」
ジャンは怒りに身を任せ補給班の面々の胸ぐらを掴むと思いきり拳でぶん殴ったのだ。補給班の面々もどうすることも出来ず恐怖に支配され絶望しどうしようもなかったのだ。怒りに任せ殴り続けるジャンをマルコが止めようとするもジャンの怒りは相当なもの、目の前で無残に巨人に食われた仲間があまりにも浮かばれない、この怒りは到底簡単には収まらない。涙ながらに事情を説明するがジャンは聞く耳を持たない。
「補給所に巨人が入って来たの! どうしようもなかったの!!」
「それを何とかすんのがお前らの仕事だろうが!!」
「おい、よせよ。今はここで争ってる場合じゃないだろ!」
今こんなところでお互いを責めてる場合ではない。その光景を眺めていたライナーはふと、外から聞こえた轟音に気が付いた。
「伏せろ!!」
ライナーが声を張り上げたその瞬間、ドゴオオオオン!!と耳をつんざくような激しい音と共に巨大な巨人の手が建物の壁を破壊して突っ込んできたのだ!!
「しまった! 人がここに集中しすぎた――……!」
巨人が人の気配を察知してどんどん集まってくる。先ほどの天使はどこに行ったのか、頼みの綱のミカサもいない。皆は慌てて中に逃げだした。
「ミカサはどこ行ったんだ!」
「ミカサはとっくにガス切らして喰われてるよ!」
ジャンは目の前の光景に絶望した。現実的に考えてわかる。非力な人間が巨人には勝てないということを。ガスも補給できず結局自分達もここに閉じこもり籠城するしかないのだと…。ここまで犠牲を覚悟に突っ込んできたのに今度こそ運が尽きたと諦めようとしたその瞬間。巨大な咆哮と共に巨大な拳が跳んだ勢いで目の前にある巨人を思いきり吹き飛ばし顔面を歪め吹っ飛ばされた巨人はそのままの勢いで別の塔に飛んで行ったのだ。
「何だあれ……!?」
周りが驚くのも無理はない。窮地に陥った自分たちを助けたのが今度は自分たちを捕食する巨人で、その巨人によってはるか彼方に吹き飛ばされたのだから。そしてそのタイミングで別の窓ガラスを突き破ってミカサと、アルミンをお姫様抱っこしたコニーが飛び込んできた。よかった。どうやら、ミカサも全員無事だったようだ。
「ミカサ!? お前、生きてたのか……」
「やったぞ!! ギリギリ間に合った!」
「お、お前……生きてんじゃねぇか!」
アルミンの背をバシバシ叩きながらコニーは興奮したように口早にまくしたてた。無事にたどり着いたのがうれしくて仕方ないといわんばかりの表情で興奮している。
「やったぞアルミン!! お前の作戦成功だ!!」
「痛い!! 痛い!!」
「みんな! あの巨人は巨人を殺しまくる奇行種だ! しかもオレ達には興味がねえんだってよ! アイツの周りの巨人をオレとミカサで排除して、補給所(ここ)に群がる巨人の元まで誘導して来た! アイツを上手いこと利用出来ればオレ達はここから脱出出来る!」
「巨人を利用する!?」
「巨人に助けて貰うだと…? そんな夢みてぇな話が……」
「夢じゃない……! 奇行種でも何でも構わない。ここであの巨人により長く暴れて貰う。それが現実的に私達が生き残るための最善策」
ミカサ達はミカサ達でなんと、巨人を味方にしてここまでたどり着いたようだった。ミカサ達が安堵する中ジャンも自分たちを助けてくれた白コートの話を始めた。しかし、まさか思いもしないだろう、その白いコートの人物がまさかの意外な人物だということに。唯一事情を知るミカサとアルミンは一度見手本にこっそり披露した彼女の人間離れした立体機動を思い出しそれができるのは彼女だけだと思った。
外の巨人はあの巨人に任せ、残されたメンバー全員で補給室内を占拠している巨人を倒すことに専念することにしたが、補給室内は巨人が片手で数える以上の個体が闊歩しており何とかこの状況を打破して本部を脱出し壁を登るしかない。アルミンには何か考えがあるらしく皆で準備に取り掛かりながら作業していると先ほどの危険を何とか乗り切りここまで辿り着くことが出来、少し緊張も和らいでいくような気がした。
「あいつら派手に暴れてるうちはこの建物も潰されないだろ」
「お前ら……あの巨人について、どこまで知ってるんだ?」
「ん? そんなの知らねぇよ、んなの助かってからでいいだろ?」
「そうだな、まずは助かってからだな」
自分達や仲間の安否も分からないのにやたらと勇み足であの黒髪の巨人を知りたがるライナ―。コニーにしつこく質問をするもコニーもよく知らないしそんなことより今この状況を打破して生き延びることに専念しろと言わんばかりの態度だ。それを横目に見ていたアニはあまりにもあの巨人についてライナ―がっつきすぎだとクールな眼差しの向こうでそう訴えているようだった。
「あったぞ! 憲兵団管轄の品だ! ホコリをかぶっていやがるが……なぁ、アルミン。本当に弾は散弾でいいのか……? そもそもこの鉄砲は…巨人相手に役に立つのか?」
「うん……ないよりはずっとマシだと思う。補給室を占拠してる3〜4m級が7体のままならこの程度の火力でも、7体同時に視覚を奪うことは不可能じゃな「コラ――うるっせぇぞお前ら!!!!
誰もが突然聞こえた怒鳴り声にただでさえ巨人が徘徊しており皆気配に敏感なのにその中で突然聞こえた大声に訓練所で散々怒鳴られていた面々は心臓が跳ね上がったようにバクバクと高鳴り危うく心臓が止まりかけたかもしれない。うるさい心臓の鼓動を押さえながら振り向くとそこにいたのは皆の見知った思いがけない人物だった。寝間着のラフな服装にスリッパ、ワインレッドの深い髪。
「ああっ!? ク、クライス教官!?」
「おうおう!! おめぇら! 俺が本部で留守番をいいことにいい度胸してんじゃねぇか!? 訓練兵団無事卒業したからって仲良くサボ「し―っ! 静かにしてくださいよ!! 巨人に見つかったらどうするんですか!?」
慌ててマルコが大声で怒鳴り散らす見た目は美人だが口の悪い男に補給室を徘徊する巨人を指さす。しかし、今の今まで非常事態だというのにのんきに寝ていた彼はいまいち状況を理解出来ずにいるようだ。本当に最初からわからなかったらしく仕方なくトロスト区の壁が五年の沈黙を経て現れた「超大型巨人」によって破壊されたこと、そこから多くの巨人が侵入してきたこと。そして調査兵団がタイミングの悪いことに壁外調査に出払っていることをかいつまんで説明するとこの補給室を巨人から取り戻すための作戦をアルミンの口から説明させた。
「まず、リフトを使って中央の天井から大勢の人間を投下。あの7体が通常種であればより大勢に反応する筈だから中央に引き付けられる。次にリフト上の人間が七体の巨人それぞれの顔に向けて同時に発砲、視覚を奪う――そして、次の瞬間に全てが決まる……」
「なるほどな、ほんで天井に隠れていた七人が発砲のタイミングに合わせて巨人の急所に切り掛かる、と」
「ど、どうでしょうか? クライス教官は何かいい案とかあったら」
「いやいや、これ以上はないんじゃねぇの? 新米にしちゃよく思いついたな。俺がここにいるマヌケな巨人どもを全員倒すには立体機動装置ねぇし、その前にこの足だからな。まだ病み上がりだから力尽きて食われるだけだ。お前ら残して食われるのも困るだろ? しっかしアルミンすげぇな、この不利な地形でよく思いついたな。名付けて104期生総攻撃作戦だな」
「はい、これしかもう浮かばないです。この作戦に運動能力的にも上位10位内の成功率が高そうな7人にやってもらうけど……全員の命を背負わせてしまって、その、ごめん」
「問題ないね」
「誰がやっても失敗すれば全員死ぬ、リスクは同じだ、それに……何かあったときは」
有事の時でも彼は暢気に煙草をふかし、クライスはニヤリと不敵に笑うと刃を手に笑って見せた。
「ハイハイハイ、アフターフォローは任せろ、教え子のケツは俺がしっかり拭いてやる」
「えっ……本当に拭かないでくださいね?」
冷静にアルミンが突っ込みながらも皆の表情は先ほどよりも活力に満ち溢れているような気がした。こうしてふざけた会話だがクライスなりにここにたどり着くまでにいきなり兵団とはどんなものなのか洗礼を受け傷ついた若者たちの心を慰めようとしていた。腹がすいたからと起きれば当たり前のように本部を取り囲む巨人の群れを見て慌てて武器を補充しようと同じくここに来てそして皆を見つけたとのことだった。
「これで行くしかない! 時間もないし……。もうこれ以上の案は出ないよ。あとは全力を尽くすだけだ!」
「リフトの用意が出来たぞ!! 鉄砲もすべてクライス教官が装填してくれた」
「クライス教官が居てくれて本当によかった」
「何かあったときは頼みますよ!!」
心細い中でかつて卒業模擬戦闘試験の試験官が居てくれたのはありがたいしやはり年上の男性がいるのは心強くもある。クライスもまだ落馬して折った足が本調子ではないが若者の命をここで潰されるわけにはいかない。この中には常に人手不足である調査兵団を志望している勇気ある若者もいるかもしれないのだ。それに…
「(分隊長、いや、ウミの大切なガキ共を死なせるわけにはいかねぇ。)まぁもしなんかあったときの為に、な、けどお前等ならやれるさ、頑張ってこい。しっかしアルミンすげぇな、よく思いついたな」
「ね、だから大丈夫、自信を持って…私もエレンもウミも以前はその力に命を救われたことがある」
「そんなことが……? いつ?」
「ほらほらおしゃべりしてねぇで、さっさとやるぞ、日が暮れたら脱出もクソもできなくなるぞ」
「自覚がないだけ……また後で話そう」
「うん……」
リフトから散弾銃で巨人をおびき寄せる囮組と刃で巨人を背後から切りつける別動隊に分かれて別動隊は刃を手に階段を下りていた。みんなの頼れる兄貴分のライナーも皆を安心させるためにジョーク交じりに明るく振舞っていた。
「けどよ…立体機動装置もなしで巨人を仕留めきれるか?」
「いけるさ! 相手は3〜4m級だ。的となる急所は狙いやすい」
「ああ…大きさに拘わらず頭より下うなじにかけての」
「はい、サシャ、何だっけ?」
「はい! 縦1m 幅10cm! ですよね!」
「多分それであってる!」
「知らないんですか!?」
「俺座学なんて何にもしてねーもん」
突如座学の問題をクライスから問われてサシャは真面目に答えた、どんな時も明るさを無くさないサシャ、クライスは周りから芋女とバカにされても故郷の方言が恥ずかしくて標準語を話したりする一面や嬉しそうに何でも喜んで食べる彼女のその一面を知り、一人の人間として好感を持っていた。もし彼女が調査兵団に入ったら同じ班になれば退屈しないかもしれないなと思った。
104期生を一通り判断して、他の女子も見てきたがミーナやハンナも清楚でかわいいし確かにアニも美人だが。愛想がない。それに、極力周りと壁を作るような子だった。
ユミルは裏のない正直で気持ちのいい性格だが周りからよく反感を買っていた。ミカサは美人だしスタイルもいいし成績優秀だが残念ながらミカサはエレンの事しか眼中にないし見た目に反し言語力がなく何を考えているのかわからない一面もある。
クリスタは小柄で女神と男子からも人気でかわいいがなんとなく愛想笑いというか、無理していい子のふりをしているように感じられた。その中でコニーとサシャのコンビが何よりお気に入りだった。手のかかる子ほどかわいいというのか、なんだかんだ彼女はこれからも生き残ると、そう信じていた。
「もしくはこいつを奴らのケツにぶち込む! 弱点はこの2つのみ!!」
「知らなかった!! そんな手があったのか!!」
「私も今初めて知りました…」
「ライナー……それがお前の最期の言葉になるかもしれねぇぞ」
刃を掲げ、ふざけたように冗談めかしたライナーを冷ややかな目でベルトルトは見つめていた。ガラガラとリフトが下りていく音が聞こえる。それぞれが位置につき、鎖の音が響き囮組のリフトが下ろされてゆく。全員は散弾銃を手にそれぞれがリフトの外に向けて銃を身構えていた。
「大丈夫だ、数はそんなに増えてなさそうだ……作戦を続行する!!」
リフトが指定の位置に止まった。装填した散弾銃を身構えて一斉に息をのむ。巨人がリフトの中に居る仲間たちの気配に気が付きぞろぞろと一斉に集まってきた。やはりアルミンの作戦の読み通りだった。彼の頭脳がなければきっとこのままどうすることも出来ず全員が食われていた可能性があると思うと彼はぜひとも調査兵団の参謀として欲しい人材だと、クライスは思っていた。クライスはあえてこの若い命に全てを託した。
「落ち着け…まだ十分に引き付けるんだ」
マルコが小声で全員に合図を出す。冷汗が頬を伝う。天井の梁のところでは選ばれた七人と後からフォローの役割を任せられたクライスが刃をクロスして持ち、一斉に巨人が囮につられて中央のリフトに集まるその瞬間を今か今かと待ちわび身を低く身構え待機している。
「ヒッ!!」
「落ち着け!!」
巨人がこっちを見てにやにやと笑う姿に思わず声が出でしまうが、マルコがそこを必死になだめる。ここで一人が慌てて誤発砲すれば芋づる式に全員が誤った発砲をし、巨人の視覚を奪えなければ攻撃も出来ない、攻撃を外せば全員終わりだ。
「待て、」
まだか、まだか、銃を持つ手が震える。
「不利な戦闘は避けるんだ……一人も死なせたくないのなら」
「この一撃で決めるんだ……!!」
刃を持つ手に力がこもる。全員が協力しないとこの作戦は絶対に成功しない。緊迫した空気に思わず加わる力。
「待て、」
マルコは誰かが怯えて誤発砲しないようにと必死にまだ打つなと呼びかける。
「待て、」
巨人全員がちょうどリフトをぐるっと囲むように中心に集まった。今だ。マルコの叫んだ合図で全員が身構え引き金を――。
「――用意……撃てぇ!!」
引いた、その瞬間一斉に放たれる弾丸と銃声が炸裂し、補給室に雷鳴のように鳴り響く。それを合図にジャン、ミカサ、ベルトルト、アニ、ライナー、コニー、サシャの七人が走り出し空を飛んだ。全員が刃を振りかざし落下するスピードに合わせてうなじを切り裂いた。次々命中させ地に伏せる巨人、これで完璧だ!
「(捉えた!! 皆は!?)」
しかし、サシャとコニーだけはしっかり切り裂いた感覚はしなかった。当てたは当てたが巨人の弱点の項には当たらずただ軽く巨人の皮膚をかすっただけだった。
「サシャとコニーだ!!」
「クライス教官!!」
背後から突如の攻撃にくるりと振り向くと巨人は戦慄するコニーとサシャにずんずん歩み寄っていく。やばい、梁の上で様子をうかがっていたクライスが痛む足を引きずり走り出す。
「急いで下さい!!」
「ちっ……(外したか、やっぱ同じ班になりたくねぇかも……)」
全員が全員を信じて飛んだ。見事にうなじに命中し次々と蒸気を放ち倒れていく中でサシャとコニーが外してしまい全員成功するから自分の援助は不要、大丈夫だろうとのんきに構えていたクライスが驚きながらも骨折したとは思わせない素早さで慌てて梁から駆けだし助走をつけると高くジャンプした。
「あ……あの……後ろから突然……た、大変…失礼しました」
「サシャ!!」
「すいませんでしたぁあああ!!」
顔面からサシャに食らいつこうと飛び込んできた大きな瞳がどこかかわいらしいが巨人だ。刃を振りかざしたクライスの重い一撃がまるでギロチンの刃のように振り落とし動きを止めるが着地した瞬間に全体重が治りかけていた骨に鈍い音を立てて稲妻のような痛みが襲い掛かり、思わず顔を歪める。まだ完全に治っていないからくれぐれも安静にしていろと言われたのに。しかし、未来あるこれから調査兵団に必要となる若者たちに手本を見せてやらねば。たとえ誰も調査兵団に入らなかったとしても。
「コニー!」
しかしコニーがまだだ、立体機動装置があれば、そして骨折していなければこのサイズの巨人くらいすぐに倒せたのに。間に合えと痛む足を抱え急いで次の斬撃をクライスが浴びせようとした瞬間、アニが小柄で身軽な体躯を生かして宙を舞いコニーに襲い掛かろうとしていた巨人のうなじをクライスの代わりに切り裂いたのだ。
「クライス教官あああ〜んっ!!助かりましたああああ!! ありがとうございますぅぅぅぅぅ!!」
「わかった、わかったから! 離れろって、近い、近い」
「巨人に屈してしまった……みんなに合わせる顔がぁ……」
「泣くな、とにかく今は壁を登ることだけ考えろ!!」
涙を流したサシャは命拾いしたとクライスに飛びついてきた。クライスはサシャを宥めながらしばらく動いていない間に腕が鈍ったことに対してクライス自身危機感を覚え内心舌打ちをした。まさかのアニに助けられたコニーも驚きと安堵の表情を浮かべている。
「アニ、すまねぇな……」
「どうも、」
「オイオイ、危なかったなアニ……怪我をしなくてよかったぜ本当に…」
「全体仕留めたぞ!補給作業に移行してくれ!」
ふだん誰とも関わろうとしないアニの思いがけない行動にコニーも、そして駆け寄ってきたライナーとベルトルトも真っ青な顔をしてアニの無事を確認し安堵していた。しかし、二人はただ彼女を心配していただけではない、仲間としてではなく、まるで彼女が本当の意味で負傷したら困ると、それは別の意味で心配していたことに。
しかし先ほどのアニはかなり危なかった。もし、タイミングを誤っていれば打ち所が悪く下手したら危うく大けがをしていたかもしてない。そんなリスクを承知で自分を助けれくれたアニにコニーは心底感謝した。アニは自分の命の恩人だと。
「おいっ、少年少女。ガスを補給したら早く脱出しろ!」
「クライスさんは?」
「腹が減ったからまずはメシだ、ついでに残りの巨人が残ってないか確認がてらに殺してくるか。残りは調査兵団に任せろ、お仲間もすぐに戻る。お前らは早く脱出だ、」
「えっ、調査兵団……? だってクライスさんは――……」
どうやら。新兵達は知らなかったようだ。この軽装だから無理もない。それに、あの時は訓練兵団所属のコートを着ていたのもある。クライスは改めて名乗った。
「言ってなかったか? 俺はれっきとした調査兵団の一員だ」
クライスが巨人討伐の精鋭の調査兵団だと知り歓喜と安堵の声が響く中ガスの補填が終わり次々と脱出していく。
「ジャン、ありがとう。さっき思ったけど、やっぱりジャンは僕よりも指揮役に向いてるよ」
「俺が? 冗談だろ?何でそんなこと思うんだよ」
「うーん……怒らずに聞いて欲しいんだけど……ジャンは強い人ではないから弱い人の気持ちがよく理解できる」
「何だそりゃ?」
ガスの補填を行いながらマルコは助かった安堵からいつもの優しい笑顔を浮かべてジャンと肩を並べ先程彼の勇気ある行動に感謝の意を伸べている。
「それでいて現状を正しく認識することに長けているから、今、何をすべきかが明確にわかるだろ? まぁ……僕もそうだし、大半の人間はエレンみたいに生きられないし、みんな弱いと言えるけどさ……それと同じ目線から放たれた指示ならどんなに困難であっても切実に届くと思うんだ」
マルコはジャンのことをよく理解している。そして、憲兵団を目指してここまで来たジャンがこの先どの道に進むのか、まだ答えは出ない。
「あの巨人……まさかな」
本部の内部はほぼあの巨人が暴れ回ったおかげで巨人の侵入を許した箇所の巨人も仕留め終え掃討されたようだった。
「あいつら……壁登って逃げろって言ったのに何してんだ!?」
しかし、屋根の上に未だに呆然としているミカサとアルミンの姿を見つけてクライスは立体機動装置でそこまで飛んでいく。どうやらあの巨人についてどうするか話し合っているようだった。
「お前ら、逃げろって言っただろ! 何してんだよ!」
「クライスさん……実は」
「どうにかしてあの巨人の謎を解明できれば、この絶望的な現状を打開するきっかけになるかもしれないと思ったんです」
「同感だ!! あのまま食い尽くされちゃ何もわからずじまいだ!」
「確かにそうだな……」
「そうだ、クライスさん、あの巨人にこびりついている奴らを排除して助けられないか?」
後を追いかけてきたライナーは焦ったように戦い続けるあの巨人について知りたいと言わんばかりにクライスに打診する。確かにそうだ、人間は巨人についてあまりにも無知。きっとこの巨人を生け捕りに出来たらあの変人も喜ぶに違いない。それだけあの巨人はほかの巨人とはまた違うとそれはクライスも理解していた。
「正気かライナー!! やっとこの窮地から脱出できるんだぞ!?」
「たとえば、あの巨人が味方になる可能性があるとしたら……どう? どんな大砲よりも強力な武器になると思わない?」
「味方だと!? 本気で言ってるのか?」
珍しくアニもライナーの意見に同意したようだ。それならば早速と、クライスがその様子を見ていつ巨人に飛びつこうかと思ったその時、両腕をなくした巨人がトーマスを捕食した巨人を見た瞬間いきなり頭から飛び込んで食らいついてきたのた。そのまま口で項を食いちぎると力尽きたように今度こそ地に伏し動かなくなったのだ。
「さすがに力尽きたみてぇだな……」
「もういいだろ?ずらかるぞ!! あんな化け物が味方なわけねぇ、巨人は巨人なんだ」
しかし、ジャンの言葉に誰も答えない。
「オイ……」
何故ならばその巨人もほかの巨人と同じくそのまま蒸気を発しながら消えてゆくとやがてその項から何かが出てきた。それは人の形をしていて、その中から出てきた人物はー…クライスも露わになったその人影の正体に思わず固唾を飲んで見守った。
「エレンだ……」
彼は死んだはずでは……しかし、今まで戦っていたのがエレンだと知ると、ミカサは一目散に塔から飛び降りてエレンのもとに向かう。
どんな事情よりも何よりもエレンが生きていたこと、その事実だけで十分だった。ミカサはどんどん消えてゆく巨人の抜け殻から出て来たエレンを抱き留めると、今までエレンの死の受け入れられずこの目で彼の安否を確認するまでは。流れなかった涙が今、エレンが生きていた事実に安堵し、安堵に少女は年相応の顔つきに戻り声を張り上げ大粒の涙を流したのだった。
「(切断されたはずの腕と足がある…エレンはあの時巨人に飲み込まれた
あの時……いったい何が……)」
「なぁ、つまり、今まで暴れまわってたのってよ…全部エレンがやったってことか?」
アルミンがエレンの手足に目を向ける。状況がよく読み込めない。しかし、信じがたい光景に誰もが呆然とする中、長く調査兵団に所属しているクライスも目の前で見せられたらいくら信じがたくても信じざるを得ない光景が広がっていたのだった。
見えざる真実、謎が多い巨人を知れば知るほど真実は残酷だと気付くことになる。
2019.07.08
2021.01.11加筆修正
prev |next
[back to top]