THE LAST BALLAD | ナノ
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#08 開戦前夜

 そして来る850年。招かれざる巨人が扉を叩いたあの日の絶望を味わった少年はこの世から一匹残らず巨人を駆逐すると執念にも似た強い誓いを胸に調査兵団になるため訓練兵団への門を叩きそれから三年の月日が流れた。
 訓練兵団卒業実技試験は滞りなく終了し、厳しい訓練を乗り越えた総勢218名が卒業にこぎつけた。今日は晴れ晴れしい解散式である。血のにじむような厳しい訓練を乗り越えその中でも上位に選ばれた10人の名前が呼ばれることになる。訓練兵団の教官から今期の卒業生に向けた評価が始まる。

「100年の平和の代償は惨劇によって支払われた! 当時の危機意識では突然の「超大型巨人」の出現に対応できるはずもなかった…その結果先端の壁ウォール・マリアを放棄、人類の活動領域は現在我々のいるウォール・ローゼまで後退した。今この瞬間にもあの超大型巨人が壁を破壊しに来たとしても不思議ではない。その時こそ諸君はその職務として「生産者」に代わり自らの命を捧げて巨人という脅威に立ち向かって行くのだ!!」
「心臓を捧げよ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」

 各々が高らかに声を発し敬礼をすると一枚の紙きれを取り出し教官はこの厳しい訓練に生き残り優秀な成績を修めた104期生の上位10名を発表するべく名前を読み上げた。もちろんエレンもなんとかその順位の中に選ばれることができた。そしてミカサは何と主席として選ばれ優秀な成績を修めている。これは教官の間でも満場一致で決定した。

「本日、諸君らは訓練兵を卒業する…その中で最も訓練成績が良かった上位10名を発表する。呼ばれた者は前へ」

 そして一番最初に呼ばれたのは…赤いマフラーをなびかせ大人しくあどけなかった黒髪の少女はすっかり背も伸び、大人びた美貌をしたか時折見せるようなり、年齢よりも成熟した肉体は美しい女性へと成長しつつあった、筋肉質になったしなやかな肢体を持ち前に進み出た。

「主席、ミカサ・アッカーマン」
あらゆる難解な科目を完全にこなす実現力があり、彼女の働きは並の兵士100と等価である。歴代でも類のない逸材として最高の評価は妥当と言える。

「2番、ライナー・ブラウン」
 次席にふさわしい。強靭な体格と精神力を持ち仲間からの信頼も高い。

「3番、ベルトルト・フーバー」
 あらゆる技術をそつなくこなす高い能力を持っているが優柔不断で積極性に欠け自身の行動を人に委ねる癖がある。

「4番、アニ・レオンハート」
 小柄ながらも対人格闘術に長け斬撃の進入角度に非の打ち所がない…目標を深くえぐり取る。性格は常に冷静だが現実主義で連帯性に難あり。

「5番、エレン・イェーガー」
 格闘術に秀でる他は目立った特技は見られないが他ならぬ努力と根性で徐々に成績を伸ばした人一倍強い目的意識を持つ。

「6番、ジャン・キルシュタイン」
 立体機動装置の理解が深くその性能を引き出す術に長けている。現状を認識する能力も持っているが正直すぎる性格が他人と衝突しやすい。

「7番、マルコ・ボッド」
 常に周りへの配慮を忘れず、一歩先を見据えている視野の広さを持ち、誰からも信頼される存在だがその温厚な性格は戦闘には不向きである。

「8番、コニー・スプリンガー」
 バランス感覚がよく小回りの利く軌道が得意。しかし、頭の回転は鈍く作戦の誤認がある。

「9番、サシャ・ブラウス」
 身のこなしが素早く型破りなカンの良さがあるが破天荒な性格が災いして組織的な行動は向かない。貴重な食料を何度も盗み食いをする食に関してはかなり貪欲な問題児でもある。

「10番、クリスタ・レンズ」
 誰にでも優しく細やかな気配りが得意だが体格的にも体力的にも兵士としてはギリギリの実力、何故10番内に入れたのか不明。しかし、馬術訓練においては馬の扱いに手慣れており馬との信頼関係を築くのが上手。

 以上10名――。
 多少余計なコメントが入っているのはおそらくあの男の仕業だろう。と、キースは無表情の中で隣で式典中にもかかわらずあくびをかましているかつての部下のクライスを無言で睨みつけた。試験に対しても皆の緊張をほぐすためだと余計な話題を振ったり調査兵団で過酷な命のやり取りをしているはずなのに任務以外はふざけすぎだと叱ったばかりなのに。

「本日を以て訓練兵を卒業する諸君らには3つの選択肢がある。
壁の強化に努め各街を守る「駐屯兵団」
犠牲を覚悟して壁外の巨人領域に挑む「調査兵団」
王のもとで民を統制、秩序を守る「憲兵団」
尚、新兵から憲兵団に入団できるのは成績上位10名だけだ」

「(――やっとここまで辿り着いた…今度は人類の番だ。今度は人類(オレ達)が…巨人を食い尽くしてやる!!)」

「後日、配属兵科を問う。本日はこれにて第104期訓練兵団解散式を終える…以上!!」

 すっかり夜も更けて、それぞれがその後の送別会の会場に向かう中エレンはようやくこれで調査兵団になるための第一歩を踏み出したのだと決意をあらわにした。

「やった――! これで俺も憲兵団だ!!」
「もう食べ物に困りませんね!」

 何かと問題児扱いだったコニーとサシャ。二人の田舎出身コンビも無事10位以内にランクインし内地での暮らしに思いをはせていた。田舎出身ということで何かと周囲からバカにされていたがこれでこの二人は頭は弱くとも実力、持ち前の身体能力は高いということだ。はしゃぐ二人を横目に相変わらずエレンが輪の中心に集まり、その隣にいるミカサを見てジャンは悔しそうにテーブルを叩いた。

「なんで俺がエレンより下なんだ……クソッ」
「――兵団に入らないって本気なのかエレン? せっかく上位10人に入ったのに…」
「最初から決めてたことだ。俺が訓練してたのは内地で暮らすためじゃない。巨人と戦うためなんだからな」
「勝てるわけない!!」

 トーマスはエレンの言葉に言い聞かせるようにこれまでの人類の巨人に虐げられた来た歴史の話を始めた。エレンの言葉に反発し一瞬言葉を詰まらせるもまるで諭すように話し始める。

「お前だって知ってるよな? 今まで何万人喰われたか…四年前のウォール・マリア奪還作戦で人口の二割以上を失って答えは出たんだ。人類は巨人に勝てない」
「それで……勝てないと思うからあきらめるのか?」

 黙り込む周囲とトーマスの言葉に騒いでいた卒業生たちも何事かと視線が一気にエレンに集まった。

「確かにここまで人類は敗北してきた。それは巨人に対して無知だったからだ。なぁ……諦めていいことあるのか? あえて希望を捨ててまで現実逃避する方がいいのか? そもそも巨人に物量戦を挑んで負けるのは当たり前だ。4年前の敗因のひとつは巨人に対しての無知だ…負けはしたが得た情報は確実に次の希望に繋がる」

 まるで鼓舞するかのように、しかしその言葉を遮ったのは常に冷静でどこまでも現実主義者のジャンだった。彼にとってエレンは理解しがたい存在であり常に死に急いでいるような印象で自分の価値観が正しいとばかりの巨人への憎しみに突き動かされるままそして何よりもミカサに思われている…とにかくエレンが鼻にかかって気に入らなかった。

「はっ、何言ってんだお前。見ろよ、誰もお前に賛成なんかしねぇよ! めでたい頭してんのはおまえのほうじゃねぇか!」
「ああ、わかってるよ……だからお前はさっさと行けよ内地に……お前みてぇな敗北主義者が最前線(ココ)に居ちゃあ士気に関わんだよ」
「勿論そのつもりだがお前こそ壁の外に行きてぇんだろ? さっさと行けよ、大好きな巨人がお前を待ってるぜ?」

 104期訓練兵団名物となったエレンとジャンの取っ組み合いの喧嘩はもはや一種のパフォーマンスとなりつつある。二人は相変わらず反発しあいやがて殴り合いの喧嘩へと発展するのだ。

「めんどくせぇ……」
「へっ、」

 二人は互いに睨み合い一触即発、価値観の違う互いを認め合ってこそ仲間なのだがこの対極の位置にいるこの二人はきっと何年かかってもお互いを尊重して分かり合える日など来ないのではないかと思う。そしてついにお互いの拳がお互いの頬を直撃した。

「うおおお! また始まったぜ!」
「オラ! エレン! どうした!! 人間(オレ)に手間取ってるようじゃ……巨人(やつら)の相手なんか務まんねぇぞ!!」
「あたりめーだっ!!」

 分かり合えない二人が夕食の時間に言葉での対話ではなく殴り合いの喧嘩をするのは104期生の中では恒例行事となっていた。今日は解散式の最期の日でもあり余計に周囲も盛り上がっている。そしてこうなってしまえばキース教官か彼女以外誰も止めることができない。ジャンの拳を避けエレンの下からえぐるようなパンチは見事彼のレバーにヒットした。思わず先ほど口にしたせっかくの豪華な料理をえずいて戻しかけてしまいそうになりながらも痛々しい姿に思わず苦悶の声が上がる。そこにこの1年でますます体格の良くなったライナーが大声で叫んだ。

「うっ…今の痛そう……」
「オーイ! その辺にしとけよ! 忘れたのかジャン!? エレンの格闘成績は今期のトップだぞ」
「ジャン! これ以上騒いだら教官が来ちゃうよ!?」
「おい、フランツ! これは送別会の出し物だろ!? 止めんなよ!!」
「い、いやぁ。もう十分堪能したよ」
「そうだよ、やめてよ人間同士で争うなんて」

 いつもラブラブなもはや夫婦といっても過言ではないハンナとフランツの二人が止めに入る中でようやく助っ人が現れた。かつかつと靴のかかとを鳴らして姿を見せたのは二人より頭一個分小柄なウミの姿だった。

「こらぁ!!! 二人とも!! いい加減にしなさい!」
「噂をすれば来たぞ! ウミ母ちゃんだ!」

 ウミは三人の母親代わりになってからいつのまにか五年の歳月が流れており、今じゃ訓練兵にとっても見た目は同じ年頃に見えるが精神的な支え、母親のような姉のような存在になっていた。

「あっはっはっはっ!」
「来たぞお母さんのげんこつ!」

 お互い痛み分け、喧嘩両成敗とウミの拳が、膝がジャンとエレンの腹に命中する。非力に見えてそのパンチは当たれば結構骨にずしんと重くのしかかる。アニには確かに負けたがだからと言って一般女性よりか弱いわけではない。父に教え込まれた処世術は確かに彼女が調査兵団を抜けてからもその根底にはきちんと残っているようだった。

「まったく……二人ともせっかく卒業も決まってるしジャンボはあこがれの憲兵団に行けるのに今キース教官に見つかったらどうするの!? 憧れの内地に行くんでしょう?」
「うっ……悪かったよ……てかジャンボはやめろ!!」

 しかし、エレンは膝をつきながらも悲痛な声で叫んだ。

「お前らは何十万の犠牲で得た戦術の発達を放棄してまでおとなしく巨人の飯になりたいのか? 冗談だろ? オレは……オレには夢がある……巨人を一匹残らず駆逐してこの狭い壁内の世界を出たら……世界を探検するんだ! それがオレの夢だ。人類は未だ巨人に完全に敗北したわけじゃない!!」
「あっ、待ってよエレン」

 捨て台詞のように吐き捨てエレンは会場を飛び出しいなくなってしまった。

「行きたきゃ壁の外でもどこでも行けよ、俺は絶対憲兵団に入る……!」

 慌てて追いかけるアルミンとミカサ、ジャンは静まり返る周囲に気まずさを残しいたたまれなくなりながらもどっかり椅子に腰かけると吐き捨てるようにそう、呟いたのだった。そしてエレンの言葉にざわめきだす会場、少なからずエレンの言葉に影響を受けた仲間たちが口々にエレンの話をしていた。

「エレン、さっきの夢の話って…?」
「ああ、お前の受け売りだ。壁の内側じゃなく外へ…「僕は、調査兵団に入るよ!」

 エレンを追いかけてきたアルミンはエレンの会話を遮るように決意を新たに向き直りそう告げたのだ。

「あぁ!? アルミン本気か? お前、座学はトップなんだからそれを活かせよ?」
「僕は死んでも足手まといにはならないようにするよ」

 追いかけてきたミカサ、いつもの三人が揃うとミカサもアルミンに続くように静かに、しかし、心に決めていた。あの日エレンによって救われた命、その日からミカサのすべては取り巻く世界はみんなエレンなのだ。

「私も調査兵団にする」
「オイ、ミカサ、お前は主席だろ? 憲兵団に行けよ。それも歴代の中でも逸材だとよ……そっちに行けば破格の待遇を受けられるぞ」
「あなたが憲兵団に行くのなら私も憲兵団に行こう、あなたが駐屯兵団に行くのなら私もそうしよう。エレンは私と一緒にいないと早死にする。あなたは、私が守る……」
「頼んでねぇだろそんなことは! いつまでこんなこと続けるつもりだ!!」
「私の人生が続く限り……一度死んだ私を再び生き返らせてくれた恩は忘れない。何より……もうこれ以上家族を失いたくない。ウミを悲しませるようなことにはならないようにしたいから」

 そう、死に急ぎ野郎とジャンに比喩されるどこか危なっかしい死に急いでるようなエレンをミカサが守ることでエレンはきっと生きてこられた。
 事実ミカサが居なければエレンは死んでいたかもしれないという危ない場面がこの訓練兵団時代に何度かあったから。
 大怪我をしかけたときはミカサもウミもひどく心配したものだ。苦労しただろうに、まだ女盛りで今が楽しいはずなのに。それさえも捨て、いつも笑顔で自分たちを守ってくれたウミ。
 彼女の笑顔が悲痛に歪むのは見たくないのは三人とも同じだ。だからこそなるべく心配をかけないようにと努めていた。
 しかし、そんなウミを大切に思うからこそエレンはウミを悲しませた巨人を駆逐したいと思った。調査兵団を辞めてしまう程巨人に並々ならぬトラウマを抱えるウミの事を今度は自分が巨人から守りたいと、そう、思ったから。

「そりゃ、そうだけどよ……」
「5年間、私たちの為にずっと汗水流して自分の自由すらみんな犠牲にしてここで一緒に過ごせるように働いてくれた、そばに居てくれて面倒まで見てくれた。自分の人生も何もかも投げ打っていつも優しいあの笑顔を壊したくない」
「あーっ、いたいた!」

 強い決意を胸にエレンはこちらに駆け寄ってきた自分より小柄な少女にも見える母親代わりに5年間面倒を見てくれた大切な幼馴染を見た。

「さっきは言いそびれたけどエレン、ミカサ〜10位以内おめでとう! アルミンも座学トップだなんてすごいよ、すごく頑張ったね。とにかく三人とも訓練兵団卒業おめでとう! これで晴れて三人で調査兵団に! ……あら、どうしたの?」

 いまだに喧嘩の後を引きずるようなエレンにウミは腰に手を当ててため息をついた。

「もう〜いつまで怒ってるの? いいじゃない、ジャンとはもうすぐさよならなのに、なんで仲良くしないの? ジャン、いい子なのに」
「うるせぇ、あの悪人面のどこがいい子なんだよ」
「私にとってはみんなかわいい年下の子なのよ」
「ライナーもか!?」
「当たり前でしょ? よしよししてあげたくなっちゃうよ」

 ウミがニコニコ笑いながら図体のでかい筋肉だるまの男をよしよししている光景を思い浮かべてエレンは青ざめた。

「イヤ、ありえねぇ……」
「それより、ウミは私たちが訓練兵から調査兵団に配属になる場合、これからどうするの?そのまま訓練所に残るの?」
「キース教官はウミにそのまま訓練兵団の教官として残ってほしいみたいだったけど……」

 今後の身のふり幅を問われて…ウミはうつむきながら三人の座る階段にちょこんと腰かけた。調査兵団としての経験を生かして訓練兵団として指導者になるのがきっと今後の新たな兵士を輩出するのにきっといいのかもしれない。しかし、三人より小さなウミ。いつのまにか三人は年上の彼女の身長をあっという間に追い越してしまう程立派な兵士となっていることに寂しささえ抱いた。しかし、もう自分は兵団と関わることは…ウミは何かを思い出したかのように首を振り、肌身離さず身に着けているあの指輪を強く握り締めて。

「……私は開拓地にいた時と同じ、またトロスト区の酒場で再雇用してもらうつもりだよ。オーナーのおばさんがぜひって言ってくれたから。部屋も借りたから…確かに3人が心配だけど調査兵団本部に一般人は入れないから……。三人のそばに居てあげられないけど、近くにはいるから安心してね。三人が集まればきっと何が起きても大丈夫よ。それに…調査兵団には私のかつての上官が指揮官だし、何よりクライスもいるから心配しなくても大丈夫よ」
「ああ、あの美人の試験官……調査兵団の人だったんだよな。確かに立体機動も技巧も完璧だったもんな」
「エレン、あの人は美人だけど男」
「わかってるっての!!」
「エレンまんまと引っかかってたもんね」
「ふふふ、だから、クライスの所属する班に入れてもらって、守ってもらうのよ」

 三人はいつまでも親を亡くして恋しくて泣きだしてしまう子供ではないのだ。三人の成長がうれしいことな筈なのにウミには三人といよいよ離れる時が来たのだと思うとたまらなく寂しく感じられた。あの日生きる価値など無くした自分にとって今までは三人の成長が自分の生きる意味で存在価値だった。
 もう自分を必要としてくれる人はこの先いないのではないか。そんな不安を抱えてこれからは一人静かに生きていくのだと思うと途方もなく長い期間を孤独を飼いならすのかと、絶望さえ抱いた。
 これから自分はどこへ向かえばいいのか。あなたという導きさえもなくして。答えは誰も教えてくれない。存在価値など自分で見出すしかないのだ。この先もういないあの人を思っていたってつらいだけなのに。落ち込むウミ、ふと、エレンは懐かしい人物を見かけて立ち上がり、ミカサとアルミンもそれに続いた。向こうもこちらに気が付くと歩み寄ってくる。少しまた歳を重ねたハンネスの懐かしい面影、シガンシナ区で過ごした日々がまるで帰ってきたようだった。
 見ない間にお互い取り巻く環境も立場もすっかり変わっていた。

「あー……直っていいぞ。お前ももう調査兵団に居ねぇんだからしなくていいよ。規律は大事だがお前らが相手だとどうもなれねぇ……。久しぶりだな! エレン、ミカサ、アルミン、ウミ。ウミも年齢のわりに若けぇ若けぇと思ってたけど…やっぱ年相応に老けたな?」
「なっ……ちょっと! 老けたは余計です!」
「本当に慣れないよ……飲んだくれでも今や駐屯部隊長だからな」
「ああ…また大きくなったなお前ら。そうか……もうこの街に来て5年も経つのか……すまねぇな……お前らの母親、救えなくて……」
「その話はもういいよ。仕方なかったんだ。だからもう気にすんなよ。いい加減オレ達も卒業しなきゃなって思ってたからな」
「まだお前らが生まれてくる前、俺の家内が流行りの病気にかかった…同じ病気で多くの人が死んでいった…ところがある日イェーガー先生がこの抗体を持って現れてみんな助かったんだ。俺はその恩返しがしたかったんだがついぞかなわねぇまま……そのお前の父さんの行方だがこっちは何もわからないままだ。頼りは最後にあったお前の記憶なんだが何か思い出したか?」

 ずっと口にしてきたハンネスの謝罪の言葉は聞き飽きたとエレンは首を横に振りながらそう答えていると、何の気なしに自分の父親の行方を聞かれた瞬間、頭が砕けるような激しい頭痛が起こり、突如走馬灯のように5年間の父親とおぼろげに交わしたやり取りを思い出すのだった。

「エレン!?」
「ハンネスさん!? その話はだめよ!!」
「そ、そうか……すまねぇ、すっかり忘れてた」

 膝をつきぐらつくエレン。首から下げた鍵が揺れる。ミカサが駆けより苦し気に頭を押さえるエレンを支えるもエレンは一気に流れ込んできた記憶に支配されてしまいそうになる。頭がずきんずきんとまるで心臓が鼓動するかのように激しく痛む。

「大丈夫!? エレン」
「だ、大丈夫だけど……なぜか……っ、こうなっちまう……頭が破裂しそうだ! 何も思い出せねぇのに」

「父さん!? やめてよ父さん!! 何をしようとしているの!? 父さんは母さんが死んでおかしくなったんだ!!」
「エレン! 腕を出しなさい!!」


 ――エレン……ごめんね。

 気を失う間際。最後に覗き込んだウミの唇が震え。エレンにそっと呟いた気がしたが。それを皮切りにエレンはそのまま気を失ったのだった。
 急に倒れたエレンに慌てて、しかし騒ぎにならないよう慎重に寮まで彼を運ぶとエレンはその日激しい悪夢に襲われることとなったのだった。しかし、よく朝目覚めたときにはその悪夢は消え去り、最後に父と確かに交わした約束はそのまま露と消えてしまったのだった。

 
To be continue…

2019.06.30
2021.01.10加筆修正
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