THE LAST BALLAD | ナノ
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side.L I won't forget you

 850年、エレンたちが訓練兵団に入団し、3年目。いよいよ故郷を奪った憎き巨人を一匹残らず駆逐するため、胸に決意を秘め、卒業模擬戦闘試験に向けて日々厳しい訓練を積む一方で調査兵団の精鋭たちはウォール・ローゼ…今現在の最前線であるトロスト区より新たな巨人の領域に挑もうとしていた。

“私はイルゼ・ラングナー。”


 そのメモの始まりはこうだ。
 そばかす顔の少女は端麗な顔を真っ青に染め顔に脂汗を浮かべまっすぐ草原を走り続けていた。

“34回壁外調査に参加。
 第二旅団最左翼を担当。帰還時巨人に遭遇、所属班の仲間と馬も失い故障した立体起動装置は放棄した。
 北を目指し、走る。
 巨人の支配する壁の外で馬を失ってしまった。
 人の足では巨人から逃れられない。
 街への帰還、生存は絶望的。
 ただ…巨人に遭遇せず壁まで辿り着くかもしれない。
 そう…今私がとるべき行動は恐怖に平伏すことではない。
 この状況も調査兵団を志願した時から覚悟していたものだ。”
 メモを手にペンを走らせ調査兵団の自由の翼を背負った少女はひたすら走り続けた。希望を捨てずペンを書く手は決して止めずに。刃をペンとメモ帳に変えて走る。
 “私は死をも恐れぬ人類の翼。調査兵団の一員。
 たとえ命を落とすことになっても最後まで戦い抜く。
 武器は無いが私は戦える。この紙に今を記し今できることを全力でやる。
 私は屈しない――”

 私は屈しない。イルゼは強い決意と自分を鼓舞するかのように必死にペンを手に書き進める。立体機動装置を使えない今、唯一の武器はこのペンだけだ。やがて各地に点在する巨大樹が連なる深い森の中へと歩みを進めた。この巨大樹の森を抜ければもうすぐ壁が見える。もしかしたら帰れるかもしれないと夢中で走る途中ついにここで運は途絶えてしまう。

「ひッ……」

 とうとう巨人と鉢合わせしたイルゼは自分の人生の最期を悟った。ああもう無理だ、ここで終わるのかと。巨人はイルゼを補足するとそのまま襲い掛かり、そのまま樹木に背を打つけイルゼは息を詰まらせた。ふーふーふー、間近に感じる巨人の生暖かい不気味な吐息がイルゼの髪を撫で湿気を纏って張り付いた。

「わ…わ……わたし……は屈しない……」

 死の間際か、これが最後か。イルゼはペンを走らせ必死に自分の生きた証を必死に記録として遺言として残そうとそれでも絶望に閉ざされた世界の中で必死に足掻く。

 “巨人 遭遇”

「う…」

 “6m級 すぐに私を食べない 奇行種か…… 
 いよいよ最期を迎える。これまでだ
 勝手なことばかりした……まだ親に何も返してない
 きもちわるい おわる…”

「ユ……ミルの……た、み……ユミル……さま……よくぞ……」

 すると、どうしたことか、突然巨人は捕食対象者であるイルゼを崇めるかのように突然頭を垂れてきたのだ。まるで彼女を崇拝するかのように。決して意味のない行動とは思えなかった。異様ともいえるその光景に今から食われるのだと覚悟していたのに行動を起こさない目の前の奇行種に呆然とするイルゼ。思わず紙に走らせていたペンの手を止めた。

「……今」

 “しゃべった…巨人がしゃべった。ありえない…意味のある言葉を発音した
「ユミルの民」
「ユミル様」
「よくぞ」
 間違いない。この巨人は表情を変えた。私に敬意を示すような姿勢を取った。信じられない。おそらく人類史上初めて私は巨人と意志を通わせた。”

「あ…あなた達は何?」

 “この巨人に存在を問う。
 うめき声、言葉ではない”

 “所在を問う。

「どこから来たの?」

 “応答は無い。”

「う〜〜」
「どうして私達を食べるの?」

 “目的を問う”

「どうして私達を食べる!? 何も食わなくても死なないお前達が!! ……なぜだ!? お前らは無意味で無価値な肉塊だろ!! この世から消え失せろ!!」

 最後は半狂乱になりながらイルゼは巨人への憎しみをあらわに激高し叫んだ。巨人は先ほどから何かに耐えるように苦し気に巨人は息を荒げ自身の頬の肉をつねるように両手で掴んでいる。そのまま引っ張りその勢いでブチブチ、ブチッと鈍い音を立て掴んだ巨人の頬の皮膚は引き裂き剥がれ鮮血が飛沫をあげ、イルゼの周囲に広がってゆく……。

「え……? 何……!? 何なの!? 何で!? 何が……!?」

 巨人の予想だにしない不可解な行動にイルゼは得体の知れない恐怖を感じたまらず走り出した。しかし、先ほどまで会話をしていた巨人は捕食対象への食欲を抑えきれずあっという間にイルゼに襲い掛かりそのまま彼女の下半身をつかみ上げた。人間は巨人の前ではあまりにも非力だ。
 巨人の巨大な手に掴まれたものは基本、助からない。その名の通りイルゼはあっという間に捕食され、そのまま…頭を食いちぎらんとするばかりに巨人はイルゼの頭に歯を突き立てる。あまりにもその咥内の生々しさにイルゼはそれでも殴り書きのようにペンを走らせ最後まで書くことをやめない。

 “掴まれた、終わりだ、口デカい、臭い、歯が多いけど鋭利ではない息苦しいそれは湿気を含んでーッ”

「いぃぃ!! ああ!? あああああああああ」

 パキッパキッと骨が砕けるような嫌な音とともに巨人に鷲掴みにされたイルゼは骨付きチキンのように頭からかぶりつかれ、首を亡くしたイルゼの遺体は言葉なくその手をだらりと落として絶命したのだった。傍らに転がった彼女が命懸けでこと切れる寸前まで書き散らしたメモには事の始終が刻まれいていた。イルゼを捕食する巨人の表情はどこか悲しげに染まる。
 まるでそれは――……

「リヴァイ? どうしたの?」
「これは、イルゼ・ラングナーの戦果だ」

 落ちていたメモを拾い上げ男は呟いた。リヴァイと呼ばれたその小柄な男は神経質そうな見た目のままにさらりと清潔な香りを纏い、きれいに刈り上げた黒髪と貴族が身に着ける上品なクラバットが男の首で揺れた。
 鋭い鷲のような三白眼、綺麗な顔立ちにいざ口を開けば飛び出すのは乱暴な口調と落ち着いた低い声。しかし、その男は調査兵団に突如として舞い込んだこの壁の世界の救世主であり、「人類最強」の男としてその名をとどろかせ、知らないものが居ないほど周囲からは尊敬と羨望の眼差しを一心に浴びている。
 100年に一人の逸材とされ破格の優遇を受けるミカサ以上の彼の戦闘力は4000人分、一個旅団分に値するといわしめている。その小柄な体躯に纏った鎧のような筋肉はしなやかなばねのように信じられない速さで瞬く間に巨人を蹴散らしていく。
 先ほども意味のある行動をする奇行種を仕留めた男は落ちていたメモ帳を拾い上げてそこに書き込まれたイルゼの生きた証、必死に書きとどめた戦果を大切そうに読み上げた。
 リヴァイの部下を危険に晒しながら巨人を捕獲しようとしたブラウンの髪をハーフアップにした大きな瞳のキリッとした容姿にゴーグルをした見た目とは裏腹に調査兵団きっての変人と比喩される、しかしその実力は確かで調査兵団の分隊長にまで上り詰めたハンジ・ゾエの胸ぐらを掴み自身の部下を危険に晒そうとしたハンジを非難した後の事だった。
 そんな変わり者集団の調査兵団をまとめる団長エルヴィン・スミスに報告を終え今日も無事に壁外調査から帰還を果たした。が、やはりまた今回の壁外調査でも多くの犠牲者を生んでしまった。壁の外に出るのは容易ではない。しかし、今日は大きな成果があった。イルゼ・ラングナーの記録、そして言葉を話す巨人の存在だ。
 しかし、どれだけ税金を使い壁外調査を行い成果を得られても壁外調査に向かう度に見知った仲間が次々と死んでゆく避けられない現実。これが現状、だが自分にはそれでも進み続けなければならない意思があって。巨人に食われて志半ばで死んでいった仲間の死を背に受け男は戦うのみ。仲間に誓ったから、この世から巨人を一匹残らず絶滅させるというゆるぎない意志の中で男は今日も刃を振るう。
 そう、そうやってきた。今までも、そしてこれからも巨人が消え失せるその日まで男に安息の場所はない。背中に自由の翼を授けられたあの日から。

 ウォールローゼ・トロスト区。
 調査兵団行きつけの酒場のカウンターに腰掛けた男の隣に先ほどのゴーグルから眼鏡に切り替えたハンジが姿を見せた。さっき迷惑をかけたお詫びにと自分や自分の腹心の部下に料理をごちそうするということで男は仕方なく久方ぶりの街に繰り出したのだ。常に冷静で不愛想だが内に激しさを秘めた刃のような瞳をした小柄な男は周囲のにぎやかな人の輪から遠ざかるように久方ぶりにグラスに注がれた酒を見つめていた。

「リヴァイ〜一人で寂しそうに飲んじゃって、一緒にこっちで飲もうよ!! 今日君の班に迷惑かけちゃった分、奢るから」
「うるせぇんだよクソ眼鏡」
「まぁまぁ。でも、今日はイルゼ・ラングナーのおかげで人類はまた一歩進めた気がするよ。エルヴィンも巨人捕獲作戦にやっと乗り気になってくれたみたいだからさ。今日はお祝いだよ、はい乾杯」

 酒の力もあるが巨人のことになるとさらに舌の回るハンジはさっきから黙り込み酒を呷る男にしきりに話しかけている。しかし、男の心はここにはない。

「兵長、オルオが食べ過ぎで舌噛んで失神してしまったので先に本部に戻りますね」

 ふと、背後から落ち着いたしっかりした少女の声がして振り向くとそこにいたのはブラウンの優しい色素を持つ自分の部下。ペトラ・ラルだった。自分よりも小柄で小動物のようにかわいらしい容姿をしているが調査兵団の女性兵士の中でもその外見には似つかわしくない戦闘力を持ち優秀な実力で自身の討伐補佐を務める有能な部下だ。

「気をつけて帰れ」
「はい、お疲れさまでした」

 にこりと微笑みその優しい笑顔と巨人には一切の手加減をしないというそのギャップに魅せられ彼女のことをかわいいと思う男たちも兵団内には多い。そんなペトラと同期の先ほどハンジのせいで巨人に襲われかけた彼を助けた自身に鼻水垂らして「一生ついていく」と言い放ったオルオも内心ペトラを思っているのを知っている。

「ペトラって本当に気配りできるしいい子だよね。潔癖すぎるあなたのことをあんなに慕ってくれて。今日はもう遅いし本部まで送ってあげたらいいのに〜まだ若くてかわいい子になんかあったらペトラのお父さんに顔向けできないでしょ!?」
「ハンジ……お前も帰れ」
「えっ、どうしたの? リヴァイ?」

 グラスの氷をカラカラと鳴らしリヴァイは一人静かにまた酒を呷る。今日はいつも以上に口数の少ない彼をハンジは不思議そうに見つめている。調査兵団に長く在籍し、その中で過酷さを増してゆく壁外調査、のちのウォール・マリア奪還作戦に向けての布石を伴う遠征はベテランだろうが巨人たちは容赦なく捕食してゆく。我が物顔で闊歩しかつての市街地は廃墟と化し、いまだ多くの遺体を回収できていないのが現状だ。
 ベテランもやっとなじんできた新人でさえも次々命を落とし生き残りがどんどん少なくなる中で精鋭となりそのまま繰り上がり式に責任あるポジションを任されいつの間にかつるむようになるのは必然だった。稀代の変人と呼ばれるハンジだがもちろんそこに恋愛感情うんぬんかんぬんの気持ちはなくあくまで孤独を背負った男の友人として。

 いつにも増して塞ぎ込んだような男にハンジは心配そうに顔を覗き込みそして気が付く。今日はそうだ、そんな日に自分は…今日という日だけは男は一人静かに普段飲まない酒を飲み思いに耽るのだ。

「そういえば……今日だったよね。ごめん、気づかないなんて私としたことが……」

 しかし、酒を飲んで紛らわすつもりも、ありえないが万が一この極度の潔癖症の男が娼婦の女を買って癒しを求めたとして、男の求めるものは永久に満たされず欠けた半身は補うことも出来ないだろう。男はこれが罰であり罪であると一人静かにその鍛え抜かれた傷ついた体に刻み込んだ。瞳を閉じれば隣で今も笑う愛らしい笑顔が焼き付いて離れない。

「本当に、どこに行ってしまったんだろうね“   ”」

 そうしてハンジが口にした名前に男は顔色を変えた。優しく自分の名前を呼ぶ声が好きだった。柔らかな髪を自分の為に伸ばせと言えばにっこり微笑んだ。表情も言葉も口にしなくても乏しい自分の言葉をいつも受け入れてくれた。誰かのためになど生きることさえ危うい世界で唯一戻ってくる安らかな安息の場所だった。しかし。もうここにはいない。安息はある日突然消え去った。
 置き去りの指輪と一枚の手紙が男を絶望に突き落とすのに時間はかからなかった。男はその日を境に感情をコントロール出来ずに口にせずとも態度に出さずとも大いに荒れた。まだ若いころの性根で絡んできた兵士を片っ端から沈めた。今はかなり落ち着いたように見えるが心の中の獣はいつまた牙を剥くのかわからない。

「もう五年だ。ウォール・マリア陥落の混乱で死んでしまったという人もいるけど私も会いたい。雨が降るたびにあの子が一人で泣いているかもしれないだろう? あの子はとっても強い子だけど、だからこそ……崩れる時は脆いから」

 悲しそうなハンジの顔に男は瞳を細めた。渡せなかった思い、果たせなかった約束。死んだ思い出。あの頃の二人はもう死んだのだと誰かがささやいたような気がして。

 今回の壁外調査は大きな損失もありながら巨人捕獲への第一歩を果たしていた。これからきっと壁外調査では巨人捕獲作戦も兼ねて忙しくなるだろう、人類はあまりにも巨人に無知すぎるとハンジは警鐘を鳴らす。

「そういえばもうすぐ新兵たちの入団式かぁ。また新しい子たち入団してくるね〜今年は何人が来てくれるのかなぁ」
「またガキ共か」
「リヴァイもなかなかいい歳したおじさんになりつつあるもんね」
「うるせぇんだよクソ眼鏡。わかったなら帰れ。」
「はいはい。でも、あの子のことだからきっとどこかでリヴァイが兵士長になったなんて知れば泣いて喜んでくれるよ」

 男はかつての優しい笑顔を思い出していた。ここは思い出ばかりがちらついてー…五年が過ぎたのに今もその微笑みが消えそうにない。あまりにも生々しく鮮明で。なぜ一人で行かせてしまったのだろう。後悔しか残らずそれは長い月日とともに男を苦しめ続けていた。
 肥溜めの、クソみたいな世界で唯一見つけた光は霞んでも決して消えることは無い。男は唯一無二の光を求めこれからも追い続けるのだろう。

「あいつがどこかで、生きてくれさえ、居るのなら、他の男の腕の中でも、それでも俺は、あいつが幸せならそれでいい」

 願うならば。安らかな夢を。
 いつも気持ちはここに戻る。出会いはいつもここかから始まる。流れる血が点々と辿る先、息を乱し、刃物を握りしめていた少女の手は赤く染まっていた。掃き溜めのゴミのようなこの街は穢い。人も、世界も。こんな汚い世界の終わりで弱い者は勝手にくたばって死んでゆく強い奴だけが偉いこの世界で。「助けて、誰か」震えた小さな声はあっという間にかき消えてしまいそうなほどに弱々しく、呟いた声なき声は震えていた。
 儚く、そのまま消えてしまいそうな存在だと、そしてその言葉通りに自分の手からこぼれ落ちるように淡雪のように消えてしまった。
 誰かのために生きたいと願ったあの日が始まり。誰かのために生きてこそ自分は刃を振るう。それでもついていくと決めた。あの男が見据える未来を。そしてあの日の出会いは絶望に彩られたこの世界が一気に色付いた瞬間だった。

「……(けれど、もし、もう一度お前に会えたら、今度こそ俺は……)」

 その一途な瞳に揺らぎはない。始まりの歯車はすぐそこ、近くまで。

 何も言わずさよならさえも言えず姿を消した淡雪。
もしあの瞬間に戻れるのならば
この夜を不動のままに。
交わした約束はー
未だ果たされていない


2019.06.28
2021.01.10加筆修正
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