THE LAST BALLAD | ナノ
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#155 この空、大地、海で

 気付けば、リヴァイの身体はまた元の傷だらけの欠損した指をハンジに縫合された傷を縫い合わせた状態の姿に戻っていた。
 もう立ち上がる事も限界で今にもその場に倒れ込んでしまいそうになっても諦められない。リヴァイの全身はとうにボロボロで、それでも、限界を超えても尚、必死にウミを説得すべく抗い続ける。

「頼む、正気に戻れ、こんなことをもうしなくてもいい、もう十分だ!」
「っ、いや、っ! ダメよ、駄目なのよっ!! 守らないと私たちの島が無くなっちゃう!!」

 殴られても、叩かれても、それでも。止めない。受け止めたナイフ、力強く握り締めると痛みが肌を伝い、ナイフからはリヴァイの血が垂れて地面を汚す。
 肩で荒く息を乱しながらリヴァイはゼイゼイと苦し気に呻くようにウミの精神を支配する者達を越え、今も眠り続けるウミの本心へ呼びかけていた。

「ウミ、もう、何もしなくていい、ただ、戻って来いよ……なぁ、居てくれ、俺の傍に。もう一度やり直させてくれ。お前は、確かに、取り返しのつかないことをした。エレンと「地鳴らし」という劇薬を口にしてしまった。だが、それでも俺はお前のその取り返しのつかない罪でさえも背負う、一緒に、お前じゃなければ、俺が仲間達の心臓が捧げられた行方を一緒に見守ってくれるお前が必要だ。戦い続ける意味が無いと気付いたんだ。もう自分一人の為に生きているんじゃねぇと気付いた。地下街でナイフを振るっていたあの時と今は、もう違う。例え、お前が巨人化の代償にユミルの呪いで寿命が尽きたとしても、それでも傍に居る。傍に居よう。最期の時まで、お前の手を握るのが俺であるように。俺の手を握るのもお前であってくれ。家族みんなで暮らそう。お前は今回の一件をこれから悔やみ続けるかもしれない。だけど、島を守るために、その手をもう汚す必要はないんだ。一緒に乗り越えて行けばいい! そうだろう!! 俺達はこれからもそうやって生きて行くんだ。なぁっ!!」

 両手を広げて、胸いっぱいに抱き締める身体を強く掻き抱きリヴァイは涙ながらに返って来て欲しいとウミへ懇願する。
 幾度も抱き合い肌を重ねて温め合い、時には寄り添い悲しみを分かち合っていた温もりを手放さないように、必死に呼びかけるもウミは頭を振り乱し出て行こうと、すり抜けて行こうとしてしまう。

「いいか!! 聞け!! もう!!「地鳴らし」は終わった!! すべての野望は潰えたんだよ!!「地鳴らし」を起こした自分の罪を忘れて生きる事は出来なくても、生きて償っていけばいい。お前は今後も罪悪感で時に辛くて苦しくて泣きたくなる日が来るだろう、だがそんな時は俺がいる、お前は俺を頼れ、俺の胸で好きなだけ泣け、そしてはけ口が無くて、当たりたくなったら俺を殴ってもいい。俺を殴れるのはヒストリアをハンジとお前だけだ。もう終わった、何もかも終わったんだよ、ウミ。閉じ込められる前にアヴェリアを連れて一緒に脱出しよう! また一緒に暮らすんだ! 今度はずっとお前の傍に居る……頼む、愛してる。お前を……失いたくない、これ以上怒りや憎しみに、身をゆだねるな!! 俺の声を聞いてくれ!!」

 が。

 その声は、ウミの中で眠る本当のウミには届かない……。

「うるさい!! 本当に、心細くて、悲しくてあなたに、誰かに、助けて欲しい時に、私達家族を、あなたは、っ助けてくれなかったじゃない……」
「――ッ、」
「私の事を信じてくれなかったのはリヴァイでしょうっ!? 子供を授かって、だけど、流産してしまった時も、あなたはヒィズル国から来たキヨミ様や島に鉄道を引くために離れられないと、マーレ潜入する際の大事な会議だから席を外せない、兵士長だから、ハンジを支えなきゃ……ずっと言い出せなくて、そして、あなたは次第に、私は大丈夫だからと、全然本当は大丈夫じゃないのに!! ろくに家にも帰らなくなったじゃない!! 島を守る為だとそればかりで、私達家族を守ってくれなかった……!」
「あぁ、そうだ、全て俺が悪い……! 俺は、この戦いが終わったら、兵士を辞めて、ヘマしてもうマトモに歩けねぇかもしれねぇがこれからはずっと家族の傍に居る。山小屋で作物でも酪農でもして、のんびり過ごそう、こんな形でお前と離れたくない……」
「っ、リヴァイ、リヴァイ……だから、だからあなたに、任せてはダメだと、あなただけが背負うことは無い、皆で島を守ろうと……」

 ウミはリヴァイが奪ったナイフを、抱き締められた腕の中で、それでも奪い返そうと怒りに満ちた声で叫ぶ。
 その時、一瞬だけ、リヴァイの愛するウミの姿に戻る、しかしウミは苦しみながら一度「始祖ユミル・フリッツ」の支配を受けたウミの身体はもう二度とは元に戻らないのだと、涙ながらに訴えてきた。

 リヴァイにこれまで言えなかった、自分が聞く耳を持てなかったかもしれない、ありったけの思いをぶつけ涙を流しながら本当は辛くて、仕方なかったのに、誰よりも守らねばならなかったのに。
 そんな彼女を島に居られなくさせたのは、紛れも無く、自分だ。
 島を守る事がウミを家族を守る事に繋がると信じて、自分は何よりも家族を救わねばならなかったのに。
 家族が不幸で居るのに、そんな状態で島を守ってたとえ刺し違えたとしてジークを討ち、そして死んだって。

「っ、無理よ、駄目なの……私は、ッもうやり直せない、だから選んだの。パラディ島は、子供達は、リヴァイは、――私が守らないと!! 誰にも傷つけさせはしない!!」

 人間という存在そのものに嫌悪して燃えカスとなったジオラルド家の初代の転生した姿となったウミは完全に憎悪に取りつかれ明け渡した始祖ユミル・フリッツの精神に支配されていた。
 この島の脅威を全て滅ぼすことに取りつかれたまま、愛する男に向かって襲い掛かって来たのだ。

「やめろ! クソッ! ……話を、聞け! ウミ……!!」

 自分達がアリシアの欲望の為に殺されかけ、襲われた恐怖を思い出し、それにより怪我を負った幼いアヴェリアの倒れ込んで血を流す姿にショックを受け本能を爆発させたウミ。
 愛する我が子が傷つけられたと知り取り乱さない親など居るものか。

 悲痛な叫びをあげ自分以外の守るべき存在を手にした時に感じた不安と、そしてリヴァイが不在で居ないからもう彼に頼らないと、何でも一人でやって来たウミの苦悩を詫び、リヴァイはこれから兵団を辞めウミと家族に全てを捧げるとしても、彼女にはもうその声は届かないと言うのか。

「よくも、よくもよくもよくもぉおっ!!! 全員殺す!! 殺してやるっ!! うあああああああ!!!」

 震える手で振りかざすナイフを避け、そしてすかさず片手でナイフを思いきり握り締めるように受け止めるも、突然ウミは頭を抱えて苦しみだしたのだ。

 ――「いや、いやああああっ――!!! リヴァイ、リヴァイ……あ、ああっ、うああっっ、ど、うして、なんで、嫌よ、ダメよ、あああああっ、どうして、っ、こんなむごいことが、そんな、っ……、なんで、どうしてぇえっ!! うあああああ――!!!」

 俯瞰で見る景色の中に飛び込んで来た記憶はジークが逃げ出さないために仕組んだはずの雷槍の爆発の直撃を喰らって虫の息になった自分を発見したウミの苦し気な悲鳴だった。
 その傍には倒れ伏したまま動かない自分がいる、出血量が多く顔じゅう血まみれで見た目は酷いがそれでもまだ死んではいない、今もこうして生き長らえているのに。
 リヴァイの負傷した血塗れの姿に泣き叫ぶようにウミの両目からは大粒の涙がボロボロと溢れて止まらない。

「ウミ……? オイ、どうした。しっかりしろ!」
「無理、だよ……この島が攻め滅ぼされてしまう……早く、守らないと……「地鳴らし」を、起こさないと」
「ウミ、もう、いいんだ! お前はもう何もしなくていい。「地鳴らし」は俺たちが止めた。もう起こらない、そしてお前は全てを終えた。俺達を憎む敵の遺恨はお前とエレンの企み通りに全て消えて「地鳴らし」も、各国の主要人物も文明も、殆んど残されていない。お前を苦しませて、悲しませるものは、もう何も、無いんだ、いないんだよ……だから、頼む、目を覚ませ、俺は死んでなんかいない! 帰ってこい!! 帰ってきてくれ!!」
「……行って、リヴァイ、早くここから離れて……」
「ウミ!!」

 はらはらと、涙を落とし、首を横に振ると自分はもう戻れないのだと告げた。
 ウミは背中を向けて、そのままリヴァイの腕の中から離れるとそのまま姿を消してしまったのだった。
 自分がこのままどうなるのか、理解しながら。それでもリヴァイには生きていて欲しい、彼がもう二度と戦わずに済むのなら……それが、紛れもない嘘偽りなきウミの本音だったのだ。

 リヴァイが一緒に帰ろう、と、伸ばした手はもう届かない場所へ。

 ウミとアヴェリアをハルキゲニアの中でウミが作り出した幻想の異空間に残したまま強制的にその場所から吹き飛ばされるように強い風に攫われてリヴァイは気を失った。

 ▼

「ウミ!!!」

 そして、次に目覚めた瞬間、リヴァイはファルコ巨人の背中の上に居た。
 自分と同じように、ミカサもうなされながらエレンとの白昼夢を見つめていた。
 本来の姿のエレンとマーレに潜入した10カ月前、エレンがマーレで行方不明になったあの時、ミカサはエレンに尋ねられていた、そして、ミカサはエレンの手を取って二人で現実から逃げたのだ。
 抱き合う2人はもうじきこの島にマーレから敵が攻めて来る事を分かりながらも誰も知らない山小屋で。息をひそめるように秘密を分かち合う様に。片時も離れないと強く抱き合って、お互いの気持ちを確かめ合うように。
 残りの寿命を共にミカサと過ごすのだと、二人は片時も離れずに過ごしていた。
 そして抱き合いながらエレンは自分と、約束してほしいと突然、ミカサに告げるのだった。ルイーゼに伝言を頼んだ時のように。

 ――「ミカサ……。俺が死んだらこのマフラーを捨ててくれ……頼むよ……ミカサ。忘れてくれ」

 ファルコ巨人の背中の上でリヴァイもミカサも、お互いの思い人との夢か幻かわからない空間に囚われていた。それは「始祖ユミル・フリッツ」へ唯一抵抗できる自分達の抗い。
 飛び交う翼のその遥か下で、不利な巨人体でもエレンと殴り合いの激しい戦闘に突入したアルミンや、ハルキゲニアを押さえつけるも自分達の家族が巨人となったこの最悪の結末のシナリオに涙を流し抗えずに飲み込まれてしまい、まさに世界の終わりだった。
 この悲劇に終止符を打つのは。もう、自分達だけしか残されていない。

「ごめん……できない」

 エレンの思いを感じ取り、それでも。自分にはそれをする事は出来ない、生き方を教えてくれたあなたへ、自分が出来ること、ミカサが選んだ答えは。
 取り出したマフラーをグッと解けないように強い力で結び直した。
 エレンの願いにまるで耳を貸さないように、ミカサは今までずっと付けられずに居て、勝手に持ち出したルイーゼから取り戻しても、アニに指摘されても、「今は着けていない」とそれだけを告げ、ずっとシャツの中に隠していたマフラーを取り出して、再び首に巻きつけた。

 ミカサは強く凛とした声で、そう言い放ち、どんな時も守り、絶対の主君。として従ってきた。まるでそれが自分が生まれた意味であるように……。
 エレンに命を救われたあの日から、マフラーをエレンが巻いてくれたあの日から、盲目的なまでに愛していた。そんなエレンからの願いを初めて、彼女は拒否したその瞬間、見た事も無い奇跡が生まれる。
 バッドエンドを選び続けてきたエレンはようやく過去のあらゆる時代の干渉から選んだミカサがこの答えに導く瞬間を迎えたのだと感じた。ミカサは、全身を不思議な感覚に包まれていた。そして、ずっと探しても見つからなかった彼の気配を確かに感じ取ったのだった。
 まるでその場所へ、エレンによって、導かれるように。

「エレンは口の中にいる。私がやる――……みんな、協力して」
「了解だ。ミカサ……終わらせるぞ、」

 同じ血が流れている同士にしかわからない思いがあって、そのミカサの思いに応えるかのように。
 残るは最後の一本となった雷槍を装備し、臨戦態勢に入るリヴァイ。アルミンがエレンをどうにか押さえつけて動きを一瞬でもいい、この二人の最後の攻撃が届くまで。
 ブレードを装備したミカサはリヴァイと共に、ファルコ巨人の背中から飛び立つと、そのままアルミンが顔面を殴られながらも押さえつけたエレンの元へ立体機動装置を駆使して駆けた。

 目の前に飛び込むエレンの口へ向かって、もう残された力はない、これ以上の無茶をしたら自分はどうなるのかわからない、こんな高さから落ちたら確実に死ぬ。
 自分の身体が悲鳴を上げ、限界を訴える。だが、それでもここまで繋がれてきた思いがある。

 渾身の力で、リヴァイは左腕に装着した雷槍をありったけの力で大きく腕を振りかぶり、そして、一気に解き放つ。
 狙うはエレン巨人の前歯だ。そこを狙って勢いよく雷槍を突き刺し、起爆させた瞬間爆炎と共にエレンの前歯が砕け散る。
 そして、砕けた前歯のその隙間からミカサの縦に長くスラリとした体躯が綺麗にエレンの口内へ着地を決めて、そして。

 エレンは口の中で、ミカサの選んだ選択がもたらす未来を、待っていた。
 ミカサはいつまでも遠く追いかけても離れて行くエレンの姿を、ようやく見つけることが出来たのだった。
 この場所からどれだけ探し回っても見つけられなかったエレンの存在を、自分はようやく探し出すことが。
 ブレードをエレンに向かって振り下ろす刹那、エレンと視線がかち合う。
 エレンは、まるでこうなる事を最初から分かっていたかのように、そしてミカサと二人見つめ合い微笑みながら――。

 ――「いってらっしゃい。エレン」

 ミカサは、笑顔を浮かべ、まるで最初からエレンがこうして欲しいと望んでいたのが分かっていたかのように。
 エレンの首をブレードで一気に切り抜いたのだった。

 崩れ落ち切断したエレンの頭部を受け止める。
 そしてミカサは、そっと首だけとなった最愛のエレンに幸せそうに、愛し気に、慈しむようにと、口づけを落としたのだった。

 まるで、それは世界中の愛を纏めた二人だけの世界の淵の美しさ。
 そして、その傍らでエレンとミカサの最初で最後の口づけを見つめるエレンと融合し力を与え続けていた少女「始祖ユミル・フリッツ」が微笑みながら見つめていたのだった。
 エレンと融合したことでエレンの一部に取り込まれた彼女はエレンを愛するミカサがエレンの命を絶ったことにより彼女はようやく、呪縛から解放されたのだ。
 エレンが愛するミカサが、止めを刺した事で始祖ユミル・フリッツは成仏し、そしてすべての巨人の血が流れる根源がその身を支配していたフリッツ王の呪縛から解放された事でようやくその魂たちは皆楽園へ向かうのだ。

 そしてそれと共に、二千年もの長きに渡り苦しみ続け道に囚われて巨人をせっせと作り続けていた。
 王の本物ではない偽りの愛さえも愛と信じて。盲目的なまでに奴隷だった少女、始祖ユミル・フリッツの成仏がもたらす選択、それが本当の願いだった。

 ミカサには出来なかったが、エレンは自分の「始祖」の力で過去までさかのぼってミカサがこの選択に辿り着くことを願っていた。

 ミカサは自らの選択で未来を変えて、愛するエレンを討ち取り、エレンは命を落とした。
 そしえ、エレンが死んだことにより、全ての呪いは消えてなくなる。これで何もかもが終わりを迎えて、これ以上の、悲劇が幕を開けることは無い。

 ――「……エレン、ありがとう、僕達の為に……殺戮者になってくれて……君の最悪の過ちは無駄にしないと誓う」
 ――「死んだ後の事は分からないけど……お前なら……壁の向こう側に行ける。人類を救うのは……アルミン、お前だ」

 エレンとのやり取りを思い起こしながら、アルミンは宝物のように持ち運び、時に手持ち無沙汰になれば手に抱えていた大事な。初めて海を見た宝物を、アルミンはエレン経て渡し、最期に強く抱きあった。

 エレンと束の間の旅をして、世界を知り、そして――。
 エレンが何故「地鳴らし」を起こしたのかを知り、アルミンが目を覚ますと「超大型巨人」の姿から強制的に人間に戻っていたのだ。

 そして、巨人化が解けて呆然とするアルミン。後ろからミカサが歩いて来ます。

「……思い出した、これは……」
「……アルミン、」

 ミカサが腕に抱えているのはエレンの頭部だった。アルミンは全てを思い出し、エレンが取りになって自分達に会いに来てくれたこと、そしてエレンを一発殴ったこと、一緒に海を並んでみたこと、全部、全部まるで靄が晴れて行くようによみがえる記憶の中でエレンを感じていたのだった。
 アルミンは大声で子供のように鳴き叫び、首だけとなった親友で幼なじみで、夢をくれたいつまでもどこまでも自由な少年だったエレンに駆け寄り、二人はエレンの死に涙を流した。

「アルミンも……記憶が戻ったんでしょ?エレンが私達に会いに来てた時の」
「……あぁ……! 聞いたよ。ミカサがもたらした選択の結果が……巨人の力を……この世から、消し去ることになるって」

 蒸気に包まれていく基地では先程ハルキゲニアの煙を吸って巨人化したジャン、コニー、ガビ、や他の巨人化していた人たち、ライナー達戦士隊の両親たち、レベリオ区内の住民もみんな、知性巨人を捕食しなくても元の人間の姿に戻っている。
 戦闘を終えたライナーも蒸気に包まれながら自分の頬に深く刻まれている巨人化の痕が消えた事を、そしてエレンとの会話を思い出している途中だった。どうやらエレンは「始祖」の力で皆に会いに行って事実を打ち明け、そして自分が消えた後に皆が思い出すように仕掛けたらしい。
 自分と戦う時に皆が迷わないように、あくまで自分は最後まで島の悪魔として戦い続けたのだ。自由を手に、

 ――「……思い出したぞ……律儀なクソバカ野郎め。ミカサを頼むって、何だよ、……お前ってやつは本当に……」

 ――「エレン……お前ってヤツは……今更、謝る必要なんてなかったんだぞ、」

 ――「……エレンがよぉ……母ちゃんも人に戻るって……言ってたんだ……」

 巨人化から解放され仰向けに横たわり全て元通りになったのだと知り安堵から横たわり動けなくなっているピークの傍には膝をついたアニがその目からボロボロと涙をこぼしていた。

 ――「あいつが……私達に……長生きしろって……、アルミンはいい奴だって、あんたは……? 余計なお世話なんだよ……死に急ぎ野郎……」

「そう……私の所には、来てくれなかった。私もちゃんと銃口向けずにお話したかったなぁ」

 ピークに涙ながらに語り掛けたアニは、背後から自分を呼ぶたった一人の男の声に耳を澄ませた。
 今度こそ、最愛の父親と八年越しにしっかり抱き合うと、ひしひしと、再会を噛みしめるのだった。

「おかえりなさい」
「……ただいま。お父さん……」

 もう二度と離れたりはしない、どんな姿でもいい、帰って来て欲しい、その願い通りに、アニは無事に帰還を果たし父親と再会を果たしたのだった。


 そして、道を通じて会いに来たエレンの言葉を受け、エレンの本当の想いを知る事となったジャンとコニーの前にも。
 幻なのにまるで本当にそこに居るようにさえ感じさせるにこにことした愛くるしい笑顔で自分達をいつも照らしてくれた太陽のように。
 そっと敬礼をするサシャが現れるのだった。

「サシャ……!!」

 サシャも、微笑みながら満面の笑みで、別れの挨拶を告げにやって来たのだった。
 涙ぐむ二人の前に、三人共に過ごした大切な仲間であったサシャ、そんな彼女ともお別れだ。
 幻のように蒸気に包まれて二人は万感の思いで消えて行くサシャとの別れにただ、ただ104期生の生き残りとして残った自分達にしかわからない想いを確認するように、抱き合うのだった。

「ガビ――!!」

 巨人になってしまったガビにショックを受けて叫んでいたが、最後まで翼を羽ばたかせていたファルコのお陰でこの「地鳴らし」は止めることが出来たのだ。
 人間に戻ったガビの姿に抑えきれずにハグをするファルコだが、ファルコへの照れ隠しでまだ慣れないガビはつい癖でファルコを投げ飛ばしていた。
 よろよろと母親の元へ歩み寄るライナー、ライナーは自分がもう巨人ではないと母親に告げた。

「母さん……俺……もう……「鎧の巨人」じゃないみたいなんだ……」
「……本当かい? それは……よかった」
「……え?」
「ずっと……ごめんねライナー……これ以上何もいらなかったんだよ……」

 今まで、愛した男に自分がエルディア人だと知られて捨てられた怒りに産み落としたライナーを戦士として育てて名誉マーレ人になる事で一緒になろうとしていた自分の行いを恥じるように、カリナは息子へもう何もいらないと、これからは親子として、過ごしていきたいと申し出、ライナーとカリナはようやく対面を果たすのだった。

 皆が蒸気の中で思い思いに再会を噛み締める中、もう誰も巨人になる未来が来ない時代が訪れたのだ、まるで絵本の中のおとぎ話のようだ。
 エレンの頭部を抱えて泣いていたアルミンとミカサだったが、それからしばらくして、錠が消える前にとゆっくりと立ち上がった。

「もう……行くね」
「え? どこに……?」
「このままここにいたら、きっと……エレンは、きちんと埋葬させてもらえない」
「……そうだね、静かなところで眠らせてあげて……」
「エレンは……いつもあそこで居眠りしてた」
「……うん。いい場所だと思う」

 次々と立体機動装置の武装を解除しもうこの先立体機動装置を使う事も無いだろう。全ての武器を解き放ったミカサは穏やかで美しい会いに満ち足りた笑みを浮かべてその場を静かに後にし、蒸気の中へと消えて行った。

「あなただったのね……ずっと私の頭の中を覗いていたのは……あなたの愛は長い悪夢だったと思う、もう……奪われた命は帰ってこない……それでも、あなたに生み出された命があるから私がいる。おやすみなさい……ユミル」

 ただ、愛されたかった少女は王を愛していた。
 元から奴隷として生まれた少女は愛に憧れ愛を渇望していた。豚を逃がした事で追われる身となった中でハルキゲニアに触れ「原始の巨人」となってからも、その魂は死んでも尚も娘からその子供へと、どんどん枝分かれし、遥かその先まで受け継がれていた。

 その中で、哀れな少女の魂を交霊術で宿した事で生まれた「原始の巨人」となった始祖ユミル・フリッツの魂を持った人間をこの世界に蘇らせようとした人物がいた。
 その一族に生まれた男は始祖ユミル・フリッツの魂を交霊術でその身に宿していた。
 そして、その身に宿した魂はようやく念願かなって生まれた少女に引き継がれ、少女は、自らの肉体を巨人に変えてもそれでも、愛してくれた、全身を使い、愛を伝えてくれた男に愛された事で、本当の愛を知ったのだ。

「あなたがあなたのまま、愛してくれた人の元に帰るの、ユミル」

 一人の人間に宿し未練を残して死んだユミル・フリッツの魂はウミの中で眠っていた。
 そんなウミが地下街でリヴァイと出会い、彼を愛した、そしてそれは世界の中では本当のささやかな出来事だった。
 しかし、そのささやかな愛こそが、ユミル・フリッツの求めていた本当の真実の愛だった。

 この世界でウミの中で生きながらえていた。ウミもまた初代ジオラルド家遺恨から作り出された存在だった。
 そんな造られた身体に打ち込まれた始祖ユミル・フリッツの脊髄液を得て巨人となったウミと哀れな奴隷として縛られ続けていたユミル・フリッツが一つになったことで全ては始まった。

 ウミがいつも近くに居たのは、必然的にエレンを愛している自分を監視するためだったのだろう。
 自分がエレンを介錯したことでこの悪夢が終わるのを信じて。

 かつてその醜い巨人のままでも愛してくれる人を求めていた二千年前の「始祖ユミル・フリッツ」しかし、愛した王は自分にただ義務的な行為でしか愛を与えなかった。
 それでもよかった、王に抱かれている間は自分を愛してくれると、子供を宿せば喜んでくれると信じていた。
 例え日替わりに別の女を寝室に招いて、自分はただ子を産み育てる機械的な人間だとしても。

 しかし、この時代にウミの魂の中に宿って実体を持ってウミと共に過ごす中で、彼女は出会った。
 そして知った、本当の無償の愛の意味を。
 ウミ越しに自分を愛してくれたリヴァイの愛が、そして、呪われ続けていた自分の全てを終わらせると強い決意で自分を必要としたエレン。
 二人の男のお陰で、ようやく彼女は二千年もの気が遠くなるような月日の中で待ち人を得て、ようやく眠る時を迎えたのだ。

 エレンに受け入れてもらい、そして、ただ愛されたかった少女はリヴァイに愛された事で。
 少女の産み落とした子供からまたその子供へ引き継がれていった想い。その思いを受け継ぎ、始祖ユミル・フリッツの魂を同じく持ったウミは例え、どんなに遠くに離れても届かない場所へ行ったとしてもその身体を酷使しながら肉体をボロボロにしても取り戻そうとしてくれた、愛するリヴァイの腕の中で本当の愛を知り、そして彼女はその愛に満たされたままようやく、本当の愛を得ることが出来たまま満たされていくように消えたのだった。

「あなたは、ウミを通じて本当の愛を知り、とても幸せだったと思う、相手が気に入らないけれど、でも、少しはあの人を認めてもいいと今はそう思う、心から、」

 エレンの頭を抱いたミカサの目の前で、ウミから乖離していた身体と魂は消失し、そして光の粒子となり彼女は消えると、そのまま風に運ばれるようにウミの魂の中へと、再び帰っていくのだった。

 ▼

 エレンとの別れに記憶を取り戻し最後に自分に会いに来てくれていたことを知り泣き崩れていたアルミンだったが、いつまでも泣いてはいられない、エレンが用意してくれた自分達がこれからも生きて行くための未来を切り開いていくのだ。
 ハンジから託された自由の翼を胸に。ごしごしとシャツの袖で流していた涙を拭くと、次に振り返ったアルミンの顔は凛とした顔つきに戻っていた。
 かつて幼い頃はよくいじめられていたアルミンが今はもうその頃の面影を感じさせない顔つきで。

 アニ達の元には、ライフルを手にしたマーレ兵を従え、先ほど和解したはずのアニの父親たちが巨人化した恐怖から再び銃口を向け、怯えた表情のミュラー長官が人間に戻ったレベリオ区内のエルディア人たちに向かってじりじりと迫ってきていたのだ。
 抱き合っていたアニを庇うようにアニの父親が代わりに自分達はここにいると説得するように自分達はもう巨人化しないことを告げる。

「……聞いてくれ。ミュラー長官。エレン・イェーガーは死んだ。巨人の力もこの世から消えた………もう……我々はただの人だ」
「証明できるか? ……今、ここで」
「血液検査なら……!!」
「今……ここでだ……頼む……証明してくれ……! 人か、巨人か……!!」

 エレン・イェーガーは死んだ、もう巨人になることはない、レオンハートが戸惑う皆のン前に立ちエルディア人を代表してそう言うが、その巨人化しない事への証明をしろとミュラー長官は迫る、このライフルで撃たれても大丈夫ならと。
 それはまるで、エレンが巨人化したことで駐屯兵団に取り囲まれたアルミン達の時のように。そして、また同じ現象が起きている渦中へそこにかつてのように、立体機動装置の装備を外したアルミンが近づき、自分は丸腰で抵抗する意思は無いことを示し両手を上げたまま接近する。

「こちらがまだ巨人の力を有しているのなら、巨人の力を使って抵抗するでしょう。ですが、銃口を向けられた今も無力な人のままであることは、我々が人である何よりの証明です」
「……君は……?」
「パラディ島のエルディア人。アルミン・アルレルト。「進撃の巨人」エレン・イェーガーを殺した者です」
 ――「エレン……どうして僕にそんな決断を託すの?」
「お前ってやばい時程どの行動が正解か当てることが出来ただろ?それに頼りたいと思ったからだ」

 ――「私はとうに人類復興のためなら心臓を捧げると誓った兵士!! その信念に従った末に命が果てるのなら本望!! 彼の持つ「巨人の力」と残存する兵力が組み合わされば、この街の奪還も不可能ではありません!! 人類の栄光を願い! これから死に行くせめてもの間に!! 彼の戦術価値を説きますっっっ!!」

 アルミンの凛とした声が響き渡り、銃を一斉に構えていたマーレ兵達の装備が次々と解除されていく。トロスト区奪還作戦でエレンが巨人化した際に囲まれた危機を乗り越えた時と同じように。アルミンの暴力ではない自分達が敵ではないと証明する言葉が飛び出したのだった。
 そして、誰よりも夢をその目に閉じ込めて来たアルミンが言い放った言葉は後に歴史的にも語り継がれる出来事となるのだった。

2021.12.22
2022.01.30加筆修正
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