THE LAST BALLAD | ナノ
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THE LAST BALLAD/

 リヴァイは雷槍を最後の気力で振り絞って命中させた反動、そしてそのタイミングでこれまで戦い続けてきた相棒の立体機動装置はガス欠を起こし、リヴァイの重量のある身体は重力に従い、遥か下の地面へ真っ逆さまに落ちて行く。

「エルヴィン……見ててくれたか? 誓いは、果たしたぞ――……」

 これでいい。遠回りし、そして一度はその思いは閉ざされた。エルヴィンの死から長い時間がかかったが、無事に誓いを果たしたのだと告げる。
 この重力に従い落下して行く身体をどうすることも出来ない。ファルコ巨人が旋回して戻ってくるが、恐らく自分が地面に激突するのが先だろうか、

 ――「リヴァイ、」

 最後の力さえも使い果たし、重量もある分一気に落下していくリヴァイはそっと戦いに酷使した隻眼を閉じ身を委ねていた。
 殺伐した凄惨な戦場でいつも冷静に強靭な精神力で仲間達の心臓が捧げられる瞬間を堪えて、ひたすらに刃を振るってきた男の耳に、確かに聞こえたのはウミの優しい声だった。

 そして、あちこちから立ち上る蒸気に包まれて。遥か下へ落ちて行く自分の身体が何か硬いものに着地したと気付くと、それは。
 伏せた隻眼を見開けば自分の最愛の女が巨人の姿のままリヴァイを優しく広げた両手で壊れ物を扱うようにそっと彼の傷ついた身体を受け止めるのだっだ。

「ウミ……」

 見境なく人を襲い、暴れていた「巨人」の姿はもう何処にも無い。
 エレンがミカサによって介錯を受けた事ですべて焼失し、この世界を包む自分達の怨念である「巨人」の力はもうとっくに消え失せたのだ。

 そして、リヴァイの視界の前で。砂のようにサラサラと巨人体が消え、蒸気に包まれていくウミ。その頬に巨人化の痕も無い人間に戻ったウミの腕の中でリヴァイは既に虫の息だった。

 恐らく自分は、もう残り僅かの命だ。
 体力、余力はおろか、もう脚一本さえも動かせない。
 戦いを終え、エレンがミカサに介錯された事で暴れ続けていたライナーとピークとアニの巨人化出来る三体を翻弄していたハルキゲニアは蒸気に包まれ、その肉体は「始祖ユミル・フリッツ」の成仏と共にドロドロに溶け出して、そのドロドロの中心でうつ伏せに倒れ伏したままのアヴェリアもハルキゲニアの拘束から解放された。

 そして、ウミの姿は醜い恐ろしい巨人体から元のエレンに食われる前の新しい調査兵団の戦闘服姿のボロボロの状態のウミに戻り、自分と共に雷槍の直撃を受けてから死んだはずだが、今尚も生きながらえているウミ。蒸気を放ちながら本来のウミの姿に戻り、リヴァイはようやく、自分の元にウミが帰ってきてくれたことを確かめてようやく安堵するのだった。

「本当に、悪かった。こんなことになって……」
「リヴァイ……いいの。私が、リヴァイの姿を見てショックで死んだものだと、そう、勘違いして……あなたの姿に、その、すごく、取り乱してしまって……私が巨人化薬を打ち込んだ時に、一緒に私の中に入り込んで来た「始祖ユミル・フリッツ」。あの女の子の意志に身を委ねてしまった……リヴァイの姿に自分が抑えきれなかった」
「あぁ、俺も、だ。俺が仕掛けた罠に、お前の頭が吹っ飛んだ時は、堪え切れなくて、今まで大勢の仲間を看取って来たが……心のどこかでこれまでの四年間をただ、悔やんだ。誰よりも巻き込みたくなかったのに、お前は、もう兵士で無いから安全だと信じ込んでいた……そして、お前の姿を見て……俺は気を失っちまった。それと同じことだ、お前は、何も、悪くねぇよ、ウミ。悪いのは俺だ、お前を島にいられなくさせて、ジークの覚悟を見抜けずまんまと策にハメられてこのザマだ」
「あなたのせいじゃない、リヴァイ……あなたはこの島を守ろうとした、子供達を私達を巻き込まない為に。本当に、……ごめんなさい。もう、私のしたことは、謝っても取り返しがつかない、それなのに、私は……」
「違う。お前は、確かにお前のやり方は間違っていたのかもしれない。お前がしたことはもう取り返しがつかない、だが、お前なりに考えた上で、この島を救おうとしたことは紛れもない事実だ。お前は俺の元に帰ってきてくれた、それだけで、もう十分だよ……帰って来てくれて、ありがとう」
「リヴァイ……あぁ。よかった、あなたが生きていて、その目に私を映してくれて。リヴァイがね、雷槍の直撃を受けても、こうして無事でいてくれて、生きいてくれて、こうして迎えに来てくれて、ね、本当に……」
「あぁ。あぁ……! そうだ、お前がこの先も、俺の傍に、居てくれりゃあもう、それでいいんだ。行くぞ、この場所から離れるんだ、行こう」

 リヴァイは岩に寄り掛かったまま片時も離すもんかと自分の腕の中で微笑むウミをようやく抱き締められたのだと痛感していた。そんな自分達の前に、思いがけぬ奇跡が舞い込んでくる――。

「リヴァイ……」
「どうした?」

 岩に凭れて座っているリヴァイとウミの前に蒸気を纏いながら確かに肉眼で見えたのは、紛れもなくこれまで戦ってきた大勢の仲間達だった。

「みんな、みんなが……会いに、来てくれたのね……」

 その姿が例え幻でも涙がボロボロと溢れ出し止まらない、お互い傷ついた身体が痛みを伴うも、目の前の奇跡に涙を流さずにはいられなかった。
 イザベルとファーラン、ウミ班のメンバー。フラゴン、そして、旧リヴァイ班のメンバー、ミケ班のメンバー、ハンジ班のメンバー、ナナバやモブリット、エルヴィン、ハンジ、クライスも、皆が穏やかな表情で自分達に最後のお別れを伝えに来てくれたのだった。

「……よぉ、お前ら。見ていてくれたか? これが結末らしい。お前らが捧げた……心臓の……」

「始祖ユミル・フリッツ」がミカサにより長い愛の呪縛から逃れられたことでその魂が縛られていた座標は閉鎖され、ユミルの民たちの魂たちは皆成仏することで繋がっていた「道」は消える事となる。
 そして、心臓を捧げ散って逝った仲間達はリヴァイだけをこの世界に置き去りにする事に対して泣きそうな顔をしたハンジを筆頭に、皆で晴れやかにこの先の楽園へと向かう旅立ちの前に、会いに来てくれた。

 仲間達へ、別れの敬礼をするリヴァイの目には自由の翼と、そして、多くの仲間を失い続けても、決して戦場では涙を浮かべなかったリヴァイの頬を万感の思いが伝っていたのだった……。
 どうか、また会える時が来るのはまだ先だが、その時は、どうか笑って。

 そんなリヴァイの頬に落ちる一滴をそっとウミが指で掬うと同じように自分達に敬礼を捧げた仲間達はどんどん立ち込める蒸気の中へ消えて行く。
 そして、もう二度、離れぬように、リヴァイとウミは強く抱き合い、そしてようやく果たされた願いを言葉なく二人はお互いの存在を噛み締めるように、何度も、何度も、求め続けるように、深く口づけをした。
 もう二度と、これからは離れたりはしないのだと、確かめ合うように。

「リヴァイ、本当に、本当に、ありがとう……嬉しかったよ……会いに来てくれて」
「あぁ、もう離れたりしない……これからは、ずっと、一緒だ……」

 足を負傷し、頭の先からつま先まで、目も、顔面も、指先も、内臓も、傷ついたリヴァイにはウミを抱き上げて歩く体力も、気力も、一切残されていなかった。
 もしかすればこのまま力尽きてしまいそうだ。エルヴィンとの誓いを果たし、そしてウミをもう一度この腕に抱き締めることが出来た安堵から。それを証拠にウミを抱き上げて立ち上がる膝には激痛が走り、溢れた血が地面にまで伝い落ちていた。

「リヴァイ、止めて、これ以上は……あなたが死んでしまう……だから」

 これまでアッカーマン家の身体に流れる血に任せてかなりの無茶をした自覚はある。勢いで飛び出し、エレンに向かって本当に最後の残された気力だけで雷槍を放ったリヴァイ。
 見つめ合うだけでそれだけで、もう十分だ。やっと、最愛の彼女の、頬に触れられた。
 もう二度と離しはしないと、これからは彼女と共に生きて行くのだ。子供達と手を取り、一緒に歩いていくのだと。

「リヴァイ、今まで、ありがとう……」
「……あ?」
「あの時、あの地下の片隅で、私を見つけてくれて、本当に、ありがとう……好きになってくれて、愛してくれて、たくさん、たくさん、キスしてくれた、愛してくれた……兵士として巨人が死ぬか私が死ぬか、そんな生き方しか出来なかった私に、未来をくれてありがとう、思い出をありがとう……奇行種に襲われてお父さんが死んで、ウォール・マリアの壁が壊されて、お母さんも死んで、おなかの赤ちゃんも死んでしまった、私を見つけ出してくれた、おなかの赤ちゃんが生きているって教えてくれた、それだけじゃない、あなたは私に家族をくれた……もう、何て感謝したらいいか、分からない位にあなたに助けてもらえて……幸せ、だったよ……」

 歩けないのなら、お互いが肩を支えて歩けばいい、問題ない、お互いにこれまでそうやって二人三脚で歩んできたように、一緒に歩けばいいのだ。
 しかし――……ウミはリヴァイの言葉を聞くと、悲しげな顔でフルフルと、首を横に振った。

 自分へこれまでの思い出を口にするその笑顔があまりにも綺麗で、まるで初めて彼女に触れたあの日を想い起こさせた。

「私が消えても……、巨人の消えたこの優しい世界でなら、きっと、大丈夫。今までありがとう。私の我が儘を聞いてくれて」
「何わけのわかんねぇことを……お前は……、」
「あなたの事を助けられる。これから先も、ずっと生きていけるように、」

 二人で背後に鎮座する岩に背を預け、リヴァイはウミを膝の上に横たわらせたまま解けた髪を梳いてやる。
 お互い座り込み、そしてようやく見つめ合えた存在を噛み締めるように、強く抱き締め合えば、確かに温もりやその温度も、何も変わらない、いつも触れ合って愛し合った記憶が刻まれるようで。

 深く、感じられるのに、ウミの身体はまるで太陽の光を受けてどんどんと透明化していくように見上げれば眩いばかりに光る青の空へ吸い込まれていくように消えて行く――。

「ごめんなさい……リヴァイ、私は、一緒にはパラディ島のシガンシナの家には、帰れないの。そっちには、もう。行けないね……」
「何を、諦めてんじゃねぇ……。行ける! 俺が必ずお前を島へ連れて行く、お前をこんな場所に、置き去りになんかできるか。敵地のど真ん中だぞ? それに、アヴェリアも、子供達もみんな、お前の帰りを待っている……! 置き去りになんてことは、許さねぇっ……」
「違うの、置き去りにしなきゃいけない。私はエレンと同じ「地鳴らし」を起こした元凶だから……あなたや子供達にまで迷惑を掛けられないから、この世界に存在してはいけない、……私がここまで来たのは、あなたに生きていて欲しいから。だから……何て言われようと私は……」
「なら……! 一緒に何処までだって逃げりゃあいい。誰も俺達を知らない世界で、これからは生きて行こう。「地鳴らし」を起こしたお前は島の連中からすれば、感謝される存在だろうな……。お前が島にいても追われることは無いだろう。俺は逆に島には恐らくはもう帰れねぇだろうな……顔が知れ渡りすぎているし、他の連中よりも、俺が一番この中で顔が割れちまってるだろうからな。島の連中からすれば俺達は裏切り者だ。俺は島には居られない。なら――お互いに、誰にも見つからない場所へ行けばいい、」

 どんな選択をしても、もう自分は二度と愛しいこの目の前の少女を手放し諦めることは無いのだと。リヴァイはウミの言葉を真っ向から否定し、お互いの指を強く握り合いそして絡め合ようにと握り締めるが、その右手の人差し指と中指が欠損した指から滲む包帯の痛々しさにウミは悲し気に眉を寄せる。

「リヴァイ、隠れる場所は、きっと、無いの……。そう、じゃないの……きっと、一生そうやって暮らしていたら、私達の子供達は? あの子たちは何もしていないのに、親のせいで一生そんな逃げて隠れる暮らしを強要するの? 子供達もいつかあなたみたいな素敵な人と出会うかもしれないのに……、どんな形でも私が存在する限り私は、皆を巻き込む、傷つける。だから、私は消えなくちゃいけないの。永久に……私の、生まれた存在自体が間違いなら……正さないといけない、私を人工的に遺伝子を操作して造ったジオラルド家の一族はね、元を辿れば、あの女の子、「始祖ユミル・フリッツ」の娘から派生した一族なの。だけど、ミカサの絶対だったエレンをミカサ自身が止める事を選んで、そして、全てを終わらせたことで始祖ユミル・フリッツが増やし続けて来た巨人の血は皆潰える。そしてそれによって巨人の力も誰かに広がることは無い。その副産物から生まれたあなたの身体に流れるアッカーマンの力も、この時代に「始祖ユミル・フリッツ」を蘇らせようとした私達の一族の存在も、もう……必要ない、」

 自分で、口にするのも辛いのか、滅多に涙を見せない強がりだった少女が今は涙を浮かべながら、自ら消えなければならないのだと。弱々しい声でそう答えると、リヴァイはその言葉が、ウミの父親でもあるカイト・ジオラルドと、幻想の夢の中で交わした会話とリンクし、全てが繋がったことで膝から崩れ落ちるように一気に脱力感に襲われた。


「ふざけんじゃねぇ……お前、嘘もヘタクソだが、忘れてたが……ジョークのセンスもからきしだったな。随分、笑えねぇ冗談だ。そんな事、受け入れられるか……、」

 ようやくこうして、ずっと、触れたくてたまらなかった、雷槍がさく裂して負傷した幻想の中でじゃない。リアルに肌と肌で触れ合えたと言うのに。
 今度はもう、二度と触れられない、むしろ触れた記憶さえも全て消え失せるだなんて、信じたくはない。
 もう二度とウミと触れ合えない身体なら、誰がこんな自分を、温めてくれると言うのだ。
 それどころかウミが存在した記憶さえも消えて、自分はまた孤独な地下街の暮らしを送る事になるのか。

 ウミを、忘れた事さえも忘れてしまうのだ。これ以上の残酷な現実があってたまるか。

 ウミの居ない未来を自分がこれまで歩んできた出来事を今度は一人で駆け抜けるように生きることなど、想像できない。
 その自分がこれまでがむしゃらに多くの者達の犠牲を踏み抜き走り続けて来た過去にさえも、ウミは居ないと、言うのか。それなら、自分とウミが愛し合い続けて育んだ小さな命たちも消えると言うのか?

「嫌だ、駄目にっ、決まってんだろうが……! 諦めんじゃねぇ! 二度と、お前をどこにも行かせねぇと、決めた……!! お前はもう何も考えなくていい、戦わなくていい!! 姿も、形も……っ変えて、俺達だと分からなくすればいい、俺が守る、まだ、戦える……、俺はこうして、やっとお前を捕まえられたんだ。これからは一緒に歩んでいけるって言うのに、……お前が……消えたら、子供達は、どうなる……? 一緒に消えるのか?」
「……ううん、それは大丈夫、道連れになるのはジオラルド家の最初で最後の代の私(ウミ)まで。あの子たちには、あなたのアッカーマン家の血が混ざっているから、ね。消えない……。誰よりも……本当は寂しがり屋のあなたが、ね、これからの人生、まだまだあなたの人生は続くから。寂しくならないように。あなたにたくさんの子供達を産んであげたかった、あなたへ、家族を作ってあげたかったの……。、大丈夫。悲しいのは今だけ。私が消えたら、私の記憶はあなたからも、子供達や、みんなから消えるから。だから……。あなたは、どうか、仲間達の分まで戦い続けて来たから、どうか未来へ進んで。為すべき事を果たして来て。欲しいの、」
「ウミ……、お前と話したいことはたくさんあるんだ。俺は、別れたくない、諦めてたまるか……やっと、お前にこうして触れられるのに」

 こうするしかないのだと、勝手に決めて。そして、サヨナラの言葉を告げようとする自分に納得出来ないと震えるリヴァイの唇を、ウミはそっと自分の唇から漏れる吐息さえも逃がさぬように口づけた。触れる唇の温度を確かに感じられるのに、もう二度と触れ合えないと言うのか。

「オイ、何が……っ、どうして、っ……! どうして、こんな事…!」

 リヴァイの声にならない慟哭が、巨人から解放されて、歓喜に沸く世界の中心で響き渡っていた。吹き抜けていく、柔らかな一陣の風が彼を掬う。

 ――「あなたの目と、足と、指を、最後に、あげる……」

 それはまるで巻き戻されていくように。リヴァイの視界を覆っていた包帯が剥がれ落ちると、自分の身体だけが、現役のままのあの頃の、雷槍をくらう前の自分の身体へ戻っていく。
 それは最後にウミがくれた同じアッカーマンである血が混じったユミル・フリッツと融合したことで手にした能力。
「原始の巨人」の能力、エレンと同じ「始祖」の前ではエルディア人の血が流れる限り、どんな身体にも作り変えられることが出来るのだ。
「始祖ユミル・フリッツ」がフリッツ王の祖先でもあるジークの雷槍をくらって吹っ飛んだ傷を癒したように、リヴァイの雷槍の破片が直睨視、大きく斜めに切り裂かれ欠損した左目も、雷槍と一緒に吹っ飛んだ右手の人差し指と、中指も。コニーを庇って切断寸前まで歴代の九つの巨人に喰いちぎられかけたほぼぶら下がっているだけの左足も……。

「リヴァイ、私を、好きに、なってくれてありがとう……。私……リヴァイの事を、好きになれて……本当に、嬉しかった。幸せだった。生きてきて良かった……」
「そんなもの……、要らねぇ、要らねぇよ……!! いてくれ、お前がいなけりゃ意味がねぇ……もう、目も足も指も、返って来なくていい……ウミ……っ、ウミ!!」
「リヴァイには未来がある、光がある。あなたは、どうか、生きて。これまで失い続けてきた分、誰よりも、奪われた時間を、取り戻して。私は今もこれからもずっとあなたの傍に居るから――。貴方の記憶がなくなっても……私の想いを…貴方に残すから……愛してるの……、リヴァイ……あなたを愛してるの……。私と、出会ってくれて、ありがとう……私に、すべてをくれて、ありがとう……。私を……あなただけのものにしてくれてありがとう……私……幸せ……。こんなに幸せな一生は……他にない……っ! ね、あなたが私を覚えているうちにどうか、静かにこのまま、私を、眠らせて……。私が大量殺戮者の汚名を背負っている以上、子供達とも、あなたとも一緒に過ごせなくなる、このまま生きて逃げた先で捕まって閉じ込められて、そうしたら、子供たちにもらあなたにもトラウマを植え付けてしまう。ますますあなた達を不幸にしてしまう……。私のせいで、これ以上、誰かを巻き込みたくない、」
「ウミ……」
「愛してる、あなたも、子供達も、どうか、たくさんの愛してるを私の代わりに子供たちに伝えて欲しいの。あなたはこれまでたくさんたくさん戦ってきた、辛かったのに、ごめんね、私のした事で、あなたを何度も傷つけた、あなたは何も悪くないのに、こうするの――……もう二度と、あなたを苦しませてきた巨人の力は必要ないの。巨人に奪われた時間分、どうか……私たちの歩んできた証を、どうか、お願い、」

 はらはらと、最期に確かめるように唇を重ね合わせて来るウミ。唇を離した瞬間、まるで突風に吹かれたみたいに離れて消えていく身体を必死に抱き留めようと手を伸ばすのに、この腕にもう抱けなくなってしまった。
 鮮明に聞こえる声だけが未だ彼女をこの場所に繋ぎ止めていた。

「リヴァイ、あなたに……もう一度、触れてみたい。リヴァイ、悲しまないで、どうか私の事を、忘れて、いいから。」
「ウミ、」

 蒸気にさらわれるように光を受け、ウミはそっと消えてしまいそうな両手でリヴァイの頬を包んで微笑んでいた。
 その笑顔に自分はいつもどれだけ癒されてきただろう、弱く儚い存在が時折見せる一本筋の通った凛とした意志の強さ、どんな巨人にも臆せず挑んでいく、どんな相手だろうと決して負けないその見た目以上のその強さに自分はどうしようもなく、支えられた。

「私、時々見せるあなたの……ね、笑った顔が、好き。あなたのその優しい声が好き、あなたの指先が好き。あなたの身体に抱き締められると、何も、考えられなくなるの、辛さを忘れられた、そして、戦い抜ける勇気になった……。それと、ね、あなたの、この先長い人生の先で、どうか……また、誰か、お嫁さんを、もらって欲しい、あなたはきっと、また、誰かを愛することが出来る人、だから……あなたが寂しくないように、――生きて……」
「馬鹿を、言うんじゃねぇよ……俺の女は……お前だけだ。ウミ。お前じゃないなら、意味が無いんだよ、母親を亡くしてから、どんな女と出会っても、お前しか、消えない……だから、必ず帰ってこい……。いくらでも、待っててやる……もうお前に待たされるのは慣れてんだよ、こっちは」
「っ……ねぇ、リヴァイ……っ、」
「あ?」
「私たちが地下街で出会えたのは、運命だって、思っても、いいかな……っ、」
「当たり前だ、ウミ、」

 二人は、これが別れではないと信じていた、信じていたかった。だって、こんな形で終わるなんて、思わない、想像もしなかった。重ねあって触れた唇から広がる熱が、口づけを交わしたのは、これが初めてでもないのに、何度、何度も触れ合う唇が切なくて、嬉しくて。これが、最後なのに。どうして――。

「ありがとう――。
 大好きな、
 大好きな、
 大好きな、

 愛してる――。リヴァイ、」

 まるで泡沫、共に溶けるように、光に包まれながらウミは静かに消えて行った。
 愛し気に微笑み、口づけを残して。リヴァイは最後に涙を浮かべて微笑むと、ウミはその笑顔が大好きだと、何度も何度も、愛していると伝えた。彼を形作る彼を敬称する。ある冬の寒い日の晩に生まれ落ちて、一滴の涙を落とした母親がかつてその名で自分を呼んだ「名前」を。

 光に包まれて、静かに。まるで射し込む太陽の光に溶け込むように姿を消し、残されたのはウミが肌身離さず身に着けていた指輪だった。
 自分がかつて贈りつけたその指輪にまだ残る温度を抱き締めて。

 声なき声で泣き叫ぶリヴァイの声も全て蒸気に吸い込まれて消えていく。
 もう傍に居ない。話し掛けても抱き締めることももう、出来ない、消えてしまった。ずっと、永遠に失われてしまったのだった。

 地面に額をこすりつけ、両目から溢れる涙が自分の身体を癒したと知り泣くリヴァイの姿に、駆け寄るアヴェリアも泣き崩れて言葉にならない声をあげた。
 尋常ではないかつて「人類最強」と呼ばれたが、その影も無い、未だかつてない初めて見せた父親の弱さに胸を痛め泣き声を上げ、二人は抱き合う様にお互いのかけがえのない存在の消失を嘆いた。

 ミカサも、集まって来たコニーやジャンも、涙を流し肩を震わせ泣くと、堪え切れずにアルミンはボロボロと、もう一人の幼馴染の消失に悲しみの涙を落とした。
 だが、次には皆の中から風のように儚く消えて行くウミの笑顔、生きた証、死しても生者が覚えている限りその命は輝き続ける。しかし、「ウミ」の名前が消え、掻き抱いてももう手に取ることが出来ないのなら、名前事存在が消えたならもう二度と思い出す事も出来なくなる。

 顔をぐしゃぐしゃに歪め――声を上げて泣いた。
 不器用で、生きることが下手だった二人が、手を取りようやく歩いてきた道のりを、振り返れば自分は、本当に幸せな日々だった。
 巨人によって多くの仲間達を失って、失い続けて、それでも自分だけが生かされてきた、だが、それでも立ち上がれたのは、何度も何度も挑み続けて来たのは。

「(なぁ、ウミ、お前は……幸せだったのか……? 俺は、お前に出会えて、幸せ、だった……)」

 たくさん泣いて、傷ついて。傷つけた。
 だが最後の最後に、何より望んだものを手に入れた。

「ウミ……愛してる……」

 たった一人の、心から望んだ最愛からの愛を得た男は、彼女がどうか笑ってこの世界に溶けて行けるように願って、彼女が好きだと言った最高の笑みで、空を仰いだのだった。

「……る……、っ……愛してるよ……。ウミ……ウミ……っ、俺は、忘れない、例え、この記憶からお前が消え失せても、俺だけは……この子たちを守っていく、お前の存在した証だ、この子たちを……」


 ――エレン・イェーガー
 自由を求めた青年
 愛する者の介錯を受けその人生を終える。

 ――ウミ・アッカーマン
 遺伝子再生で造られた初代ジオラルド家の生まれ変わりとしてこの世に造られる。二度目の死を迎え、過去の歴史が代わり改変したことで始祖ユミル・フリッツと「巨人」(遺恨)と共に消滅。

 もう、悲しむことは無い、愛されたかった少女はようやく愛を得たのだ、ウミを通じて、ウミとして。そして、ウミと共に。永遠の、安らかな眠りにつくのだった。

2021.12.22
2022.01.30加筆修正


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