THE LAST BALLAD | ナノ
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#154 幽世の白昼夢

「ライナー!!」
「無事だ……!!」
「オイ……見ろ!! あそこだ!!」

 しかし、肝心の全ての始まりの根源でもあるハルキゲニアはあの「超大型巨人」の熱風で吹き飛ばしたとしても、未だにその不気味な光を放ちながらうねうねと海で見かけた黒い生き物のように気持ち悪い動きで蠢き、未だにその肉体を保っている。アルミンの「超大型巨人」の爆風を持ったとしても消えないとはどういうことだと、得体の知れない生命体の底知れぬ繁殖力の強さに誰もが震え上がり、不穏な気配が漂う。

「嘘だろ……!? あの爆発食らって……まだ生きてんのか!?」
「本当に、何なんだよ、あれは、あれがウミの本当の姿だって言うのか!?」
「さぁな……ただ……あれがウミだとして、ここで生かしておくべきじゃないのは確かだ。あの中にまさか、取り込まれているのかもしれないのか?」

「地鳴らし」は止まったが、まだウミが姿を変えたとされるハルキゲニアは生きている。元気そうに無傷でうねうねと動きながらこちらから見える崖の下で。
 だが、ひとまずはエレンを倒して何とか収まった現状。自分達の代わりの大きな役目を終えたアルミンの「超大型巨人」と散々殴られたりけられたり刺されたりとこれまでの仕打ちと言わんばかりに本人は死に場所を求めているが死ぬ死ねないままここまで戦い抜いたライナーの「鎧の巨人」
 しかし、その背後で再び巨人化の爆発が巻き起こった瞬間、振り向いたアルミンとライナーの背後から、「進撃の巨人」とは違う形態へ進化したエレン巨人が現われたのだ。

「まぁ……やはりな……。お前があれで死ぬとは思ってねぇからよ……」
「あぁ……でも、どうすりゃいいんだ」

 先ほど自分達が戦った「地鳴らし」の巨人の大きさ程ではないにせよ、「始祖ユミル・フリッツ」はその力を未だにエレンへ与えていると言うのか。
 エレン巨人はズシン。ズシン。と、音を立ててアルミンの「超大型巨人」と同じほどの大きさの巨人の姿になって、こちらに向かってくるではないか。
「地鳴らし」が起きる瞬間を、三人が接触するのを誰よりも間近で目撃していたガビが皆に注意を促す。

「……まずい。光るヤツとエレンを接触させないで!! 何が起こるかわからない!! また……地鳴らしが始まるかも……」
「あいつだ……あの光るヤツを殺さねぇと!!」
「……あの爆発に耐えたヤツをどうやって殺す。狙うべきは……エレンだ……。わかっただろ……奴を仕留めるまでこの悪夢は終わらねぇ……」

 ハルキゲニアを殺さなければこの戦いは永遠に終わらないのだ。しかし、アルミンの大地に大きなクレーターを作るほどの強烈な「超大型巨人」の爆発さえも無傷で生き延びているハルキゲニアを殺すには、もう打つ手が無いのがこれで分かった以上、もう残された手段はこれしかないのだ。

 ――エレンを殺すべきだとリヴァイは敢えて誰もが口にしない残酷な事実を告げるのだった。

「……何で? どうして……? こうなるの?」

 今もエレンを死なせなければ終わらない悪夢を受け入れられずに普段の彼女らしからぬ姿で取り乱し、呆然とするばかりのミカサは今にも泣きそうな困ったような顔でリヴァイから告げられた残酷な現実に立ち尽くし戸惑いを抑えきれない。

 これから自分達がしなければならない最前、深い悲しみだけをこの心に残して。
 エレンを殺すことをこの痛みも、拒んでいるのだろうか、断続的に続き止まらないミカサを苦しめる謎の頭痛が今までにないくらいの尋常ではない痛みとして刻み続けている。
 割れそうな激痛が襲い、今にもエレンが居たからこれまで歩んできた少女だったミカサの意識はこのまま、遮断されてしまいそうだ。

 結局、エレンを殺さなければいけない状況になってしまうことに、ミカサだけが未だに戸惑い、躊躇いを隠し切れない。

 足音を立てて、未だにもぞもぞと動き回るハルキゲニアに接近する全身「戦槌の巨人」の矢が刺さったままのライナーが様子を窺うようにその巨体に近づいてみると、ハルキゲニアが何やらもがきながらあちこちの部分から開かれた毛穴のような部分から異様な噴射音を放ちながらこれまた奇妙なガスをまき散らしたのだ。
 その煙は風に乗ってどんどん「地鳴らし」が静止し、静寂の訪れた大地へまるで輪をかけるように広がって行ったのだった。

「ッ――!? これ……は!?」

 先程まで対峙していたかと思われたマーレ兵と和解し、自分を気遣い立ち上がらせてくれたミュラー長官。
 本当に先ほどの演説の通りにこれからは共に手を取り歩んでいこうと、和やかな空気で話している。
 その人物、見間違うわけがない、最後に別れたきり、なんせ八年間も離れ離れだったのだ、その後ろ姿がどこか小さく見えるもその背格好、自分が蹴りまくったことで痛めた古傷を引きずっている。
 紛れも無く自分の父親のレオンハートである。

「父さん……」
「ア……二……?」

 アニは思わず消え入りそうな声で、叶わないと一度は絶望し8年間もの長きに渡り、ずっと、マーレを出た切り故郷にも帰れぬまま、痛切なまでに会いたいと求めたままとなっていたアニと父親がついにマーレの大地で感動の対面を果たすのだった。
 先程ハルキゲニアが噴射しているガスがアニ達の周囲にもまるで霧のように飛び交うのが見える。「鎧の巨人」のライナーが駆け寄る真上で様子を窺っているリヴァイ達の居るスラトア要塞にその煙が広がっていく。

「(あの煙は……)」
「(何……だ!?)」

 エレンと対峙するアルミンも、そのハルキゲニアを見つめるライナーも、発した煙が周囲を包み込んでいることに嫌な不安を抱く。
 崖下を覗き込んでいたコニーたちにもその煙は舞い上がり思わず咳き込んでしまう中、リヴァイとミカサにはその変化は見られない。

「あの光る奴から出ている煙だ」
「死んだの?」
「イヤ……巨人が死んだ臭いじゃねぇ……これは……ジークが、ラガコ村にした事と、同じやり方なんじゃ……」

 と、立ち上って来た煙を吸い込んでしまったコニーが、苦しそうにゴホゴホと、むせながら自分が家族にされた恐ろしいあの事件が消えない。
 激しく、嫌な予感しかしないその煙の正体を悟るのだった。咳き込んだコニーの言葉を聞き、ジークから細かくその状況を聞かされそして仲間達が一度に巨人にその肉体を変えられたこと、危機的事態を察知し獣よりも早く機敏に動き出したのはリヴァイだった。自分もその手中に嵌められたからこそ、巻き込まれる事がどれだけ危険か、用意されたシナリオの果てに待つ絶望を感じながらリヴァイはそれでも自分ができる最善の策で行動する。

「……アヴェリア、ミカサ!! ピーク!! ファルコに乗れ!! ここから離れる!!」
「え……!?」

 リヴァイは、コニーの言葉に硬直する皆の顔を見渡し、そして、突然限られた者達の名前だけを呼び、そう告げたのだ。
 急ぎファルコに乗りここから離れるように。と、何故なら、自分は身を持って知ったからだ。どういう条件下でユミルの民は、巨人化するのか。
 そして、いわば自分達は人間の姿を保った巨人と呼ばれる種族のアッカーマンである。アヴェリアも分かっているはずだ。だが、ガビが戸惑う姿に震えが止まらない。しかし、そんな彼を叱咤し、リヴァイは息子を巻き込まないべくファルコの背中に乗れと先ほどまで優しい表情をしていたのに、今は戦場を生きる兵士としての顔に今一度戻り告げる。

「何を……言ってるの?」
「アッカーマンと巨人の力を持つ者は例外だろ? 何をすべきかお前が一番わかってるはずだ」
「……そんな……そんなの、あんまりだよ「早くしろ!!!」

 戸惑うピークへ急げと命令する普段声を荒げる事の無いリヴァイのただならぬ気迫と剣幕そして命令にピークは一瞬方をビクッと跳ね上げ、涙を浮かべる。
 実の父親とようやく再会できたと言うのに、こんな形で離れなければならない悲しみにアヴェリア、ミカサ、ピーク、ファルコ以外の人間や愛する家族も、みんな要塞に置き去りにし、急ぎ、その場から飛び去るしかなかったのだった。
 待ってくれと懇願するピークがファルコの背中から落ちないようにアヴェリアは抑えながら遠ざかっていくよう際に残された面々との別れさえ言えないまま引き離されていく者達へ押さえきれない涙を浮かべていた。

 要塞に突如として取り残されたエルディア人たちは飛び去って行くファルコの背中をただ静観していた。あまりにも突然やってきた先程「地鳴らし」を止めることが出来安堵していた者達にはあまりの展開に脳内の処理が追い付かないのだ。
 立ち尽くすジャンとコニー、これまで歩んできた道のりを振り返るように、静かにその光景を見つめている。
 自分達が生まれ育った島ではないこの場所へここまで仲間達を殺してその血路を切り開いてきた答え、これが自分達の代償なのだと。

「これが……、俺達の最期かよ……」
「……まぁな……。後のことは仲間に託す、それが調査兵団の最期ってヤツだからな、」
「……覚えてるか、ジャン? 四年前の……トロスト区奪還作戦で、みんなの死体を焼いた夜の事」
「あぁ……」
「……まったく、お前のせいなんだぞ? 俺達が人類を救うハメになんかなったのは……」
 ――「(クソッ……頼むぞ、決めたんだ、これ以上……自分を嫌いにさせないでくれ)」
 ――「(今……ここから動かないと……また……)」
 ――「(……オレは元々…憲兵になるために村を出たんだ……)母ちゃん喜ぶぞ。憲兵になったら、村の皆もオレを見直す」

 ――「(俺達はもう知ってる。もう、見ちまった……)」
 ――「(巨人がどうやって)」
 ――「(人間を食べるのか――……)」


 ――「(あぁ……クソが……最悪だチクショウ……調査兵団だなんて……)」
 ――「(……う……嫌だよぉ……こわいぃ……村に帰りたい……)」
 ――「(あぁ……もういいや……どうでも)」

 蘇るこれまでの道のりの中で、いつも三人共に過ごしたサシャとコニーとジャンはそれぞれ初めて入団した時のことを思い出す。
 エルヴィンの演説と彼の気迫に圧倒されながら動かない足がその場に釘を打ち付けられたように動かなくなって。
 そして気付けば自分達は馬を与えられ、調査兵団の自由の翼を、背中に背負っていた。三人で行動をするようになる中で、104期生の仲間達の死を乗り越えてそしてサシャの死をジャンとコニーは噛み締め、これから起こる現実が全てなのだと受け入れる。

 漂う煙の中、ようやく見つめ合いその視界に少し老けた父と、アルミンと結ばれた事で儚さの中に美しさも見えだした、四年間の眠りで自分だけ成長が四年前のままで止まっている中、急激に成長を続けるアニ、お互いが涙を浮かべ感動の対面を果たそうとするレオンハート親子。

「アニ……」

 駆け寄った父親を包むように、光が放たれた。
 そして、ジャンとコニーが互いに肩を組んでその時を待った。

 その次の瞬間――。
 ジークの脊髄液入りワインと同じ原理で、ラガコ村でジークが起こした非人道的な実験と同じ、そこにいた罪なきエルディア人たちが一斉に光に包まれながら、数日前にシガンシナ区で起きた悲劇と同じ原理で。
 断続的に爆発した光によって一斉に巨人化し、その中にはようやく対面を果たした自分達と同じ巨人になれる血が流れるエルディア人、ユミルの民が軒並み勢ぞろいで巨人化したのだった。
 巨人化したかつての仲間、家族たちは皆、一斉に揃って光るハルキゲニアの方向へ向かって一斉に突進して逃げ出していくように、要塞の高台から次々転げ落ちて行ったのだった。

「(馬鹿な……そんな馬鹿なことがあるのかよ……!!)」

 待っていたのは、終わらない絶望だけ。
 手当てを受けたオニャンコポンの元に転がる様に吹っ飛ばされアニへ声をかけるオニャンコポン。
 そして、つい先ほどまで銃口を向け合う程に緊迫した空気の中でようやく和解しあえた未来が明るい兆しを見せるも、ミュラー長官たちの目の前で巨人化したエルディア人たちが自分達を見つめていたのだった。

 まるで、ハルキゲニアを守るように、ハルキゲニアは自分が存続すべく自分が振りまいたガスで巨人化させた兵士達を味方につけるべく呼び寄せ、先ほどまで人間だった者達が面影だけを残して醜い巨人へ姿を変え転げるように大量の群れを作り落ちて来たのだ。

「(コイツ……兵隊を……呼びやがった……!! ふざけやがれ!! 絶対にここは通さねぇ!!!!)」

 人間から巨人へ姿を変えた仲間達を味方につけたハルキゲニアに対し、ライナーはこのハルキゲニアはエレンと再び接触して「地鳴らし」を起そうとしているのを察知し通せんぼするように立ちはだかった。
 意地でもこの先にはいかせない、と、かつて共に戦い裏切ってそれでも手を差し伸べてくれたコニーたちが巨人へ姿を変えても最愛の母が姿を巨人に変えてもそれでも残された自分は最後まで「地鳴らし」を阻止し続けるために揺るがない決意を。
 エレンと接触しようとするハルキゲニアとライナーはその中心で激しくぶつかりあい、その衝撃により、無敵を誇るパラディ島の者達も苦戦した硬質化で作られたライナーの顔の「鎧」が砕けた。

 先程まで自分達が救うために行動を起こし、「地鳴らし」を止めた事で絶望が広がる景色の一方でかつての幼馴染でもあるエレンと対峙したアルミンは巨人化したエレンへの抑えきれない怒りをぶつけるように、「地鳴らし」を起そうとするエレンへ再び向き直った。

「本当に……地獄が好きなんだな!? エレン!? いいよ……最後までとことん付き合ってやるよ!!」

 エレンに対して、この現状を呼び起こしてこれで満足かと告げ、アルミンは蒸気を蒸かし続けるだけ消費される自分の巨人が肉弾戦に向かないと知りながらその特性を持ちそれでも、自分と対峙するエレン巨人と激しくぶつかり合うのだった。

「(……コニー、ジャン……ガビ……まさか……なぜ!? 母さん!?)」

 雄たけびを上げて孤独となって絶望の中ハルキゲニアを迎え撃つライナー。
 そのハルキゲニアの背後には先ほどまで自分を見守っていたコニー、ジャン、ガビ、そして母親であるカリナの巨人の姿がある。
 一人ハルキゲニアと戦うライナーの元へ舞い降りてきたファルコ巨人に乗っていたピークが飛び降りると涙を流しながらも「車力の巨人」へと変身、巨人化し、全ての根源のハルキゲニアへ憎しみ悲しみ、希望からの絶望のどん底に叩き落とされた恨みを込めて思いきり噛みついた。

 そして背後から追い付いたアニが「女型の巨人」へと変身し涙を流しながらようやく八年ぶりに再会した父親が目の前で巨人化したショックと絶望と悲しみを露わにし、ハルキゲニアを後ろから引っ張り上げた。

「(ピーク……アニ……俺達は……どうすれば報われるんだ?)」

 残されたファルコ巨人に乗っているのは唯一ガスから逃れることが出来た、巨人化しない一族であるリヴァイとミカサとアヴェリアだけ。
 ファルコ巨人が目の前で自分の家族が思いを告げた女の子が巨人と化し、絶望の咆哮を上げ、無情な大地に響き渡るのだった。

 残された三人を乗せたファルコはエレン巨人の方へと向かって飛んで行く。
 仲間達が巨人化し、とうとう取り残されたミカサは涙を浮かべ今もなお襲い掛かる激しい頭痛がじわじわと全身へ広がる。疼くように脳内が痛み、ミカサは堪え切れず苦悶の声を上げていた。

「うあぁ!!」
「ミカサ、大丈夫か?」

 ズキン!! とまるで鋭利なもので何度も何度も頭の奥を、突きささるような。
 それが断続的に、激流のように激しく襲い、痛みの間隔はどんどん狭まって。ミカサは仲間達が最後の最後で巨人化したこと、その絶望、エレンを殺さなければならない状況に囲まれ苦し気に息を荒げ涙を落としている。
 そんなミカサの消えてしまいそうな意識をリヴァイが必死に呼びかけ、現実と夢の教会の狭間で苦しみ続けるミカサに現実を誰よりも知る男は呼び覚まそうとするが、もうリヴァイの声はミカサには届いてはいない。
 祈るような気持ちで、呆然と見つめる世界の終わりはこんなにも無情なのだろうか。

「母さん……どうして、こんなことを……!」

 真下に広がる絶望的な情景に胸を傷めない人間はいない、ファルコ巨人の叫びに胸が痛い、彼も叫ばずには、絶望せずにはいられないだろう。
 初恋のこの真っ暗な未来から救い出したいと願ったガビが今はもうその原型を留めておらず、それどころか、彼女は変わり果てた醜い本来の自分達の本性が宿る存在へと姿を変えてしまっている。

「うわっ、
「アヴェリア」

 その時、ファルコ巨人の上で呆然としていたアヴェリアに向かって吹き上げた一陣の風が一気にアヴェリアの身体を攫ったのだ、息子の身体が浮遊し、慌ててそれをリヴァイがミカサを支えていた腕を今度はアヴェリアに伸ばし、彼の立体機動のワイヤーを掴むも、アッカーマンの血に覚醒しているアヴェリアの子供なのに子供らしからぬずっしりと重い重量と、自身の傷ついた体はとっくに限界を迎えていて。

「あっ……ううっ、うぁっ! 兵長、アヴェリア――!!」

 これ以上の無茶に耐えられず、そのまま引きずり落とされるように。
 激痛にもだえ苦しむミカサには二人を助ける手段が無い。
 ハルキゲニアのが、まるで二人が落ちて来るそのタイミングを見計らったかのように、ぽっかり空いた穴の中心へ、リヴァイと、アヴェリアは離れないように手を繋ぐもそれはかなわず。二人の親子の身体はエレンを殺さねば終わらない悪夢の中、エレンをそれでも失う覚悟さえもまだ出来ずに激痛に苦しむミカサを置き去りにし、真っ逆さまに墜落していくのだった。

 ▼

 親子共々落ちて行く身体。重力には逆らえず、そして戻れないままハルキゲニアの中心で、


 ――「リヴァイ、ねぇ。起きて、」

 最後に聞いたのは愛し気に微笑む最愛の声。
 何度目だろう、いつも夢の中でなら、素直にその優しさに触れられる、感じられるのに。
 夢を見せられるのだろう、いつもこうだ、この夢にいつも自分は引き戻される。呆れるくらい残酷で、幸せな夢。

 親子で落ちた先で待っていたのは。
 見た事も無い、先ほどまで自分が居た絶望が広がる「地鳴らし」によって踏み抜かれた世界ではない、穏やかで、あまりにも先程の世界の終わりのような光景からかけ離れたさわやかな風の吹く小高い丘の山小屋だった。

「は……? アヴェリアは……どこ、だ」

 同じように自分と共に、落下したあの不気味に動き回り、エレンへ接触してまた「地鳴らし」を何としても起こさなければと行動するハルキゲニアに飲み込まれたはずなのに。
 行方知らずの息子を探すもその姿は見つからず。
 戦いは終わったのだろうか、もしかしてこれまで見ていたものが全て悪夢だったんだろうか。

「リヴァイ、行きましょう?」

 後ろで不安そうに自分へ問いかけるウミに背中を向け周囲を見渡すが、そこには平和な空気が広がって居るだけで。

「ウミ、」

 夢の中でなら、いつでも、こんな風に空想に描くよりもずっとリアルな彼女と抱きしめ合えるのに。
 眠りに落ちていた自分をそっと揺り起こす優しい笑顔を浮かべたウミに募る愛しさを抑えることが出来ずにリヴァイはそっと上半身を起こす。そこに居たのは。変わらぬ笑顔で大きなお腹を抱え、五人目の子供の生まれる瞬間を今か今かと待ちわびる幸せな空間。

 エルヴィンとの誓いを果たし。そして残るはウミの存在。
 今一番、自分が会いたいと、魂が探し求めている、運命の伴侶を。その存在が目の前に居て、そっと微笑んでいたのだ。

 そして自分は先ほどまで負傷していた身体ではないことに気付いた。
 今はちゃんと両目も見えている、右手の欠損した指も、ちゃんとある。コニーを助けて巨人に咬まれた脚も無事だ。

 そう、何も変わらない。
 そして、ウミも何も変わらない笑顔で微笑んでいる。

「俺達は――……。そうだ、シガンシナの家を引き払って山奥のこの場所で小屋を建てて、暮らしていたんだったな」
「そうだよ? もうっ、どうしたの? 頭でもぶつけたの? ぼうっとしちゃって」

 そしてまたこの会話に戻るのだ。
 これは自分の未来図であってほしい、これがどうか現実であってほしい、そう、願うも。彼女の腹に宿る命を感じられるのに。鮮明に恋焦がれた声が聞こえるのに届かない。

「リヴァイ、どうして、泣いているの?」
「っ――……」

 こんな、残酷で幸せな夢が存在しているなんて。
 このままで、いい、このままで。このまま、夢の中に浸って居たい。これがハルキゲニアの仕掛けた罠なのかもしれない、自分はアッカーマンだがエルディア人の父親の血が流れている。今は亡き、クライスと同じ血が流れている。
 だからエルディア人しか行けない道に連れて行かれたし、これが明らかに厳格であることも理解している。

 何時が始まりだったのだろう。
 家族で海を眺めたあの日に、自分達は、島を捨てた。そして子供達を連れ、穏やかな余生をこれからは過ごすと決めた。たくさんの子供を産み育て増やし、そして外では畑を耕し、作物を育てる。
 たまに山から町に下りては子供達と買い物を楽しみ、作物を市場に卸したその資金で賄い、ながら、暮らして。

 春は、手を繋ぎ何処までも続く道を歩こう、ヒィズル国には春に咲く美しい「桜」と呼ばれる花があるそうだ。そして色とりどりの花が誰よりも愛するウミを輝かせてくれるから。
 夏は、海に行こう、初めて壁の外で海を見た時に焼き付いたアルミンの瞳のような青は限りなく広がりとても美しくて言葉を失った。この壁の外がどんなものか知りながらもそれでも幸せな瞬間だった、そしてその青をようやくウミに披露できた時はとても嬉しかった。
 砂浜を裸足で歩く感触が、自分の身体に細かい砂が付着してもウミが楽しめるなら、幾らでも歩く。
 秋は、肌寒くなりひと肌が恋しくなるから二人で温め合いながら散り行く彼はを一真一枚見届けよう。寒さが増せば増すほど新緑眩しい葉達は様々な色に変化して刺客で自分達を楽しませてくれるはずだ。
 冬は、自分が生まれた季節を迎える。自分が生まれた日を祝おうと秘密裏に子供達と一緒に準備をしたのだと、彼女は張り切るだろう。
 雪が深々と降り積もると暖炉の薪が必要になるから、巻割をどちらが先に割るのかと競う彼女の為にわざと遅くすれば手加減をされるのは嫌だと拗ねてしまう彼女をどうにか宥めて。まるで幼子のような、笑みを見せてくれて……。

 肩まで深く沈む。ゆっくりと湯船につかり、身体を温めよう。つま先まで冷えた身体を二人で温め合えば寒さなど感じない、そうだ、彼女が居たからいつも寝室は温かく寝心地が良かった。

 自分よりもはるかに年下の彼女に癒されていた、強さだけが、力だけが全てだったあの暮らしから一転したのは紛れもなく彼女のお陰。
 ウミに出会えたから、出会えなかったら、きっと、こんな切なくて涙が溢れる様な愛おしいと、素直に思える気持ちには、ならなかっただろう。
 彼女が子供を産んでくれた時、一滴の涙の中で生まれた赤ん坊を抱いた瞬間のあの感激は今も忘れられない。
 自分を産み落とした母親もそうだったのだろうか、記憶の中の美しい自分の母親のように。ウミが子供を産む瞬間は神秘的な美しさを感じた。
 このまま彼女が消えてしまうんじゃないかと見間違うほどに。

 この山小屋でなら食糧は殆んど自分達で育てたもので賄えている。だからでこれからもここで、十分生活していける、自分と、ウミと、そして彼女と育んで生まれてきた命。
 自分はもう立体機動装置も、心臓を捧げてきた仲間達の思いを背負うマントも、必要ない。
 雷槍で傷ついた身体は内部からそして傷跡や吹っ飛んだ指も失明した潰れた目も消えている。
 その手は血ではなく土にまみれて。
 今まで奪ってきた、元は人間だった巨人たちの命を奪うのではなく作物や子供達を育てて。

 何も心配することは無い、日常生活は満足に行えている。
 飢え死にすることも子供たち全員が喰いっぱぐれる事も無いだろう。

 こんな絶望的な状況などこれまで幾度も遭遇し、そして晒され続けてきた。それでも会いたい、と最後まで求め続ける存在だった。
 また、この幸せな夢の世界に自分は落ちたと言うのだろうか。
 それとも、実は自分は既に死んでいて、これは幽体となった束の間の白昼夢の様なものなのだろうか。

「アヴェリア……どこだ……、どこにいる……」
「リヴァイ、どうしたの? アヴェリアがどうか、したの? あの子なら巻割に出かけたのよ。それに、何も探す必要なんてないんだから。これからは家族みんなで暮らそうねって、リヴァイがこの家を選んだのよ? お腹の子供ももうすぐ生まれるね。そうしたら、ますます家族が賑やかになるのね……すごく嬉しいの。私の夢を叶えてくれてありがとう、リヴァイ」
「ウミ……ウミ……」
「これからはずっと、一緒だよ」

 呆れるくらいに幸福で残酷すぎるほどありふれた幸せ、それが容易に叶うならどれだけよかったのだろう。
 しかし、こんな幸せな夢を見せられれば見せられるほどに現実の残酷さよ、なおのこと自分達をこんなにも苦しめて。

「あぁ……一緒に、帰りたい、お前と、俺と、子供達で、帰ろう、帰るんだよ、」

 家族でこの山小屋でいつまでも仲良くこのまま幸せな夢の中に浸って居たい。たとえこれが罠だとしても、それでいい、いつまでも、末永く、大人が子供に寝静まる夜に語る物語の結末は、いつだってそういうものだろう。

「リヴァイ?」
「俺達の家に、帰るんだ、ウミ。迎えに来た、だから、早くアヴェリアを……どこに隠したのか、教えてくれ、そうしたら、皆で手を繋いで帰ろう」

 その先は上手く言葉にならなかった。あまりにもこの世界が優しくて愛しいから。愛で溢れ満ち足りた世界で「幸せ」だと、微笑むウミの傍にこれからもこの先も終わりまで共に居たいのにそれさえも伸しかかる現実が許してはくれない。
 先程まで笑顔で、大きな笑顔を抱えた彼女は突如恐ろしい顔つきになり、そして――自分に向かって突然ナイフを振り上げ襲い掛かって来たのだ!!

 そして、再び世界は回り始める。次に見た光景は穏やかな山小屋では無かった、床に倒れた男達が血まみれになっている。
 ナイフで一突きで急所を貫かれて絶命している。

 ――「お前ら……全員、生きてこの家を出られると思うなよ……」

 そこに居たのは獣のように本性を剥き出しにした見慣れた家の中心で怒りに震えている彼女の姿だった。

「あぁ……俺が、あの時気付いてやれば、ウミとはまた違う未来があったかもしれないのに、俺は……」

 ――「食欲もほとんどないのに無理して働いても体重は増えませんよ、いったんお店を締めて休養して栄養は今は気にせずにとにかく食べたいものを……」

 自分との子供を授かったことを隠していたのは正直ショックだった。しかし、彼女なりにまた自分を悲しませてはいけないという配慮からだったのだろう。彼女はこの命を授かるその前に一度その命は淘汰されていた。
 しかし初期ならばよくある事だと聞く、だが、それでも産んであげたかったと悲しむその背中があまりにも頼りなく小さくて、そうだ。

「ウミ……ウミ……許してくれ、俺が、悪かった……お前の優しさに甘えて、兵団本部に引きこもりっきりで居た。延々と外交問題に頭を抱えていた俺の事を……お前を守れなかった俺の全てを許さなくていい、帰ってもう一度やり直させてほしい、一生償っていこう、抱えきれない罪も、俺が背負う……頼む」

 涙交じりにリヴァイは懇願するようにその後姿に手を伸ばす、そうだ、彼女との日々は夢みたいに幸せだったのだ。
 二人きりでいる時だけは、何も考えなくていい、自分はただのリヴァイとして彼女を一人の男として、そして子供達にはただ一人の不器用だが愛情深い父として、ささやかだが平穏な日々を、家族として過ごせていたから、だから未だにこの夢から醒めずに閉じ込められているのだ。
 ハルキゲニアの口の中は心地がいい、微睡の中で束の間の夢を見させて欲しい。
 リヴァイは夢であるウミを背後から抱き締め、今にも壊れてしまいそうなその背中に語り掛けた。
 どうか、帰ってきてくれ、また一緒に、夢の続きを。このままどうか見せて欲しいと。
 永遠など無いと分っていたのに、願いを諦められない、家族みんなで家に帰りたいだけ、そのねがいをどうしても捨てたくはない。
 彼女は自分にとって、未来で希望であり、命なんだ。

2021.12.22
2022.01.30加筆修正
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