THE LAST BALLAD | ナノ
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#153 希望の海

 ウミの父親も既にリヴァイと揉み合いになりこれ以上お互いに戦うのは無理だろうと。互いに息を切らし乱しながらその場に倒れ込んだ。
 全身に痛みが走る中、リヴァイは残されたブレードを支えにその場に立っている。

「ウミがこの世界で生きていると言うことの証明……――これまでお前やお前の仲間やエレンたちと過ごしてきた記憶全てが消え失せる。「巨人」はこの世界にはもう、必要ないからな。この世界の人間すべてが、ウミという人間を、俺達の証を。覚えていることが出来なくなるだろう、お前もミカサもこれからはただの人として、せめて穏やかな余生を願っている……」
「オイ、待て、話は終わってねぇ……ウミを、返せ……娘の幸せを願っているのなら、負の一族の呪いに、あいつを巻き込むな」
「あいつは、「地鳴らし」をエレンと起こしたその時点でもう決めていたって事だ、俺達の一族だけではとても賄い切れない業を犯した、その罪は体の血を抜いても浄化されない、ウミも連れて行くしかない、」

 彼女なら、きっと望んでしまう、取り返しのつかないこの景色の代償の為に自分の身を差し出してしまう。だが、リヴァイは理解している。彼女が本心で望んで自らの意志で「地鳴らし」を起こしたんじゃないと、あの道の先で最後に自分と対話したウミは自分の知るウミではない、彼女の肉体も精神も、ここではないどこかで眠っているんだ。それが理解できる、手に取る様に分かる。

「嫌だ……」

 それが、迷いのないリヴァイ自身の本心であった。決別の言葉を取り、それでも突き進むのだと、次の扉に手を掛けていた。間違いない、この先に必ず居る筈であるウミを。もう二度と離さないと誓ったのだ。あの結婚式で。誰よりもこの笑顔を二度と悲しみの涙に変えやしない、そう誓ったのだ。

 エルヴィンとの誓いを遂げた自分が今遂げなければならないのはウミの笑顔だ。

「ウミは俺の助けを必要としている、だからこそ、行く」
「例え、お前をウミの相手に認めたとしても、この先お前があの子を傷つける可能性がある以上、ここを通すわけにはいかない。この先に待っているのが、お前の見たくないこと、知りたくない事実だとしても、か?」
「覚悟なら、とっくに出来ている、巨人化したこの先で俺を待つウミの口の中に飛び込んだ瞬間から。俺は、とっくにあいつの全てを受け入れる覚悟はしている」

 この先にいるのは、この巨人体が作り出したウミの思いを閉じ込めた空間、その空間の中で生き続けるウミの父親もまた幻だったと言う事か。丸裸のウミを、知ってもすべて受け入れる覚悟ならとっくに出来ている。
 隻眼となっても、リヴァイの内なる意志の強さ想いの深さはウミの父親にも伝わったようだった。

 厳しい顔つきをしたウミの父親の顔が、リヴァイの思いの強さを感じそして向けていたブレードがカランと、思い入れのある空間でもある、二人が出会い、そして二人で過ごした地下街のアジトに落ちた。

「そうか、それがお前の紛れもない本心か、」
「そうだ……ただ、もう一度、やり直したいだけ、ウミに会いたい、あいつを失う未来なんて考えられない、これまで失い続けてきた、仲間達の心臓が捧げられてきたその意味を、その行方を俺は見届けるためにも必ず帰らなきゃいけねぇんだよ、そしてその結末を見届ける隣には、ウミが居なければならない、ウミが必要だ、俺にも、子供達にも、な」

 自分達はただ想いを重ねただけじゃない、自分達の出会いは地下街でたまたまで、偶然の出会いだったかもしれないが、その先の運命はこうして、自分達で結び続けてきたのだ。何度も何度も解けかけた彼女との糸を今もこうして自分は手繰り寄せ続けている。
 同じだ、ウミも同じように、リヴァイを愛した。だからこそ、その思いが真っすぐで純粋だったからこそ彼女は劇薬を選んでしまった。

「ジーク・イェーガーは俺が殺した。だから、「地鳴らし」はもう止まったも同じ、それなら、ウミがもう巨人になる必要はないな、」
「……ウミにとって、あの島は全てが詰まった宝物なんだ。どんな過酷な状況下に置かれても、何度裏切られ絶望してもあの島で生まれ育ったウミは紛れもなく、ユミルの民だ。そしてそんなお前の存在はあの子にとって大きな希望なんだよ、リヴァイ、お前の存在は、あの子の夢であり、命でもあり、そして……未来だ」

 二人、ただ肌を重ねて来ただけではなく、愛し合い結ばれてきた命がある。

「お前、変わってねぇな……。馬鹿みたいにクソ真面目で、地下街で生まれようがお前の心の中は本当に、純粋で、アルミンと同じ時期をお前だって夢見ていたんだよ、そんなお前が、いつか大人になって成長したらどんな大人になるんだろう、どんな女と出会うのか楽しみにしていた……だから、お前は俺の娘と引き合ったんだな、」
「違う、」

 アッカーマンだから、アッカーマン同士だから。
 本能で互いに導かれるように通じ合いながらも、それが縁で彼女と惹かれ合いめぐり逢ったわけではない。
 いつだろうと、きっと、どんな場所であろうと、必ず自分達はこの場所のどこかで、いつでも、何度だって巡り合うと信じていた。
 もし、例え、自分が進むこの先に絶望しか待っていなくても。もう二度と戻れない道を歩んだとしても。
 島を守りたいがその為に、一途すぎるがゆえに盲目的になり道を踏み間違えエレンと共に「地鳴らし」を起こす劇薬を選んだとしても。
 過ちなら正していけばいい、たとえそれで大勢の人々が死ぬことに彼女が関与し、そして彼女はこの世界中から憎まれる存在となったとしても、自分は。
 心の底から望む、彼女を失いたくないと、彼女とこれまで築き上げてきたすべてが消えうせるなど、考えたくない、信じたくはなかった。

「「地鳴らし」は止まった、この世界から巨人が本当に消えるとして、お前たちが消えれば俺はウミに関する記憶を失い、そして、あの子の魂も消え失せると言う事か」
「……そうだな、忘れた事さえ忘れる、永遠に、だ」
「そうか、なら、力ずくでも、この巨人のどこかにいるウミを探し出して止める。邪魔をするならお前を殺す、例えお前が俺の地下街で行き倒れを救ってくれた恩人でも、俺を愛してくれた、ウミにもう一度逢うためなら俺は躊躇わない……」
「まぁ――お前は、言ってもそう簡単には、聞かねぇか。おっかねぇ顔して結構お前一途で、純粋だもんな。潔癖症だし、分かった、行けよ。本当は、止めるつもりはなかった、」

 そして、道は再び開かれる。
 愛した娘の不幸を望む親など、何処にも居ない、

「ありがとう、カイト」
「それは――。俺の台詞だ、俺は、いつか来る日を、この日を待っていた。心から。誰かが俺達ジオラルド家の血塗れの歴史を解き放つことが出来る人間を、そしてお前がウミの選んだ相手で、よかった、必ず、お前ならここへ来てくれることを信じて待っていた、」

 そして、手を引かれるように高みへ導かれたリヴァイは今度こそ、取り戻すために彼女の元へ傷ついた身体を引きずりなおも歩みを続ける。
 もう二度と抱きしめる事が出来ないと突きつけられても、それでも尚も向かうのは彼女を愛しているそれ以上の感情に自分は今も救われているから。

「たくさんの人間の死に関与することになったその罪の重さが耐えきれないのなら、それはあいつだけの罪じゃない、俺達も同罪だ、俺達は安全な解決策ばかりで根本的な解決方法も見いだせないまま、復讐に取りつかれてこのザマだ。生き恥を晒し続けてもいい、これからは、償っていけばいいんだ、一緒に、なぁ、そうだろう。もし、命をかけろと言うのなら、俺もかけてやる、一緒だから乗り越えられてきた、二人でなら、乗り越えて行けるさ、もう二度と、俺にはあの子がいる、あの子だけは、永遠に、離さない」

 彼女に何度この心は救われただろう、何か特別なことをしたわけではない、いや、彼女が何も特別なことをしなかった、それでよかったのだ。

 ただ、傍に居てくれる。もうそれだけが願い祈り、ただそれだけでいいのだ。
 同じアッカーマン家であるミカサがエレンを望むように、自分もウミという一人の人間にもう一度会いたい、それだけの思いがあればこの身体はまるで限界をとっくに超えて、これ以上は自分の生命の危機だと言うのに、それでも求めて止まない。
 光が溢れる世界に視界は包まれて、リヴァイはようやく本当の彼女を求めて飛び出していった。
 この先に待つ、エレンの中で彼女が囚われている、「始祖ユミル・フリッツ」の元へ。

 ▼

「親父、親父――しっかりしろ!! リヴァイ・アッカーマン!!!」

 そして、リヴァイはジークを介錯し、アッカーマンの能力も既に尽き、残されている強靭な理性だけが今の自分を繋いでいくれて、かろうじて息をしている状態だった。
 自分を揺さぶる強い力と声に目を覚ますと、自分はどうやらつかの間の夢を見ていたようで、目の前には涙で顔をぐじゃぐじゃに歪めた息子・アヴェリアの顔が眼前に飛び込んで来たのだ。

「大丈夫か?」

 息子にまで心配される程自分が落ちないようにミカサが肩を抱いてくれていた。審議所でエレンを死なせず調査兵団預かりにする為のパフォーマンスでボコボコにされた縁であの日からずっと恨まれてきたミカサが今自分を同じ血が流れる親せき、そしてお互いに同じ目的で行動している者同士として結託して強大な存在へ挑もうとしている。

「兵長、行きましょう。ウミに会いに、」
「……あぁ、行くか」

 ミカサと息子に支えられ、リヴァイはファルコ巨人の背中の上でジャン達を回収すべく向かった。

 ――ここに辿り着くその時まで、多くの犠牲があったことを決して忘れるな。
 二度とは戻らないその儚い命たちを、捧げられた心臓はすべてこの真実の為にある。

 因縁の相手でもあるジークを、とうとう、自分の手で果たした。
 リヴァイはこれまでの雪辱、仲間達の犠牲、そしてエルヴィンとの誓いの果てに。とうとうやり遂げたのだ。この大一番でやってくれた、彼なら必ずその雪辱を晴らすと信じていた仲間達。
 そして、「地鳴らし」はジークがリヴァイの介錯によってその命を散らした瞬間活動を一気に停止したのが今か今かと迫る「地鳴らし」巨人に自分達の最期を、これまでの罪を後悔していたレベリオ地区で暮らしていたのマーレの住人にも、収容区で迫害されていたエルディア人にも肉眼ではっきりと見えた。
 さっきまで蒸気を発しながら進んでいた巨人たちは一世に活動を停止するようにその場に直立したまま固まっている。

「……行け!! ジャン!!」

 自分が今何をすべきで何をするのか、理解している。だからこそ、自分は今行動を起こすのだ。
 今が好機だ、囲まれ窮地に追いやられながらも懸命に持ちうるすべての力で戦っていた「鎧の巨人」のライナーや「車力の巨人」のピーク、そしてかつての友たちと共に戦っているその隙を見てジャンが巨人たちの包囲網を次々飛び越えて急ぎ起爆装置の方へ向かいます。
 ぶら下がっていた起爆装置へたどり着き、自らの手で、かつての仲間を、よく対立していた、あのエレンと、これで本当に……。
 そもそも、因縁浅からぬ関係の始まりは訓練兵団からさかのぼる。それから何年共に過ごして来ただろう、まさか自分が憲兵団で安全な内地の暮らしを望んでいた自分がまさか今こうしてかつての戦友の首に巻かれた爆弾の起爆装置を押す日が来るだなんて。

 ――「オラ! エレン! どうした!! 人間(オレ)に手間取ってるようじゃ……巨人(やつら)の相手なんか務まんねぇぞ!!」
「あたりめーだっ!!」
 ――「じゃねえと、いざという時に迷っちまうよ。俺達はエレンに、見返りを求めてる。きっちり値踏みさせてくれよ。自分の命に、見合うのかをな! だから、エレン! お前、本当に、頼むぞ!」
 ――「巨人の力が無かったらお前何回死んでんだ……? その度に……ミカサに助けてもらって……!! これ以上死に急いだら――……ぶっ殺すぞ!?」
「――それは…肝に、銘じておくから!! お前こそ、母ちゃん大事にしろよ!? ジャンボォオオ!!!」
「それは忘れろぉおお!!」
 ――「奴が正気だとしたら、何の意味も無くそんなことをするとは思えない。何か、そこに奴の真意があるんじゃないのか?」
「この……っ、死に急ぎクソバカ野郎があああ!!!!」

 エレンとの思い出がまるで走馬灯のように自分の脳内を駆け巡る。そもそも、自分がエレンを気に入らなかった最初の原因は、紛れもなくあの少女、一瞬で目を奪われた彼女の美しい黒髪、しなやかな体躯、唇。そんなミカサに心ひかれた自分に対しまるで牽制するようなエレンの態度が余計に腹が立ったのだ。
 彼女の長くて美しい髪を短くする権利はまるで自分だとでも言わんばかりに、ミカサはエレンの言う事なら何でも実行するし、エレンが危険な目に遭えば誰よりも真っ先に、それはもう盲目的なまでにエレンを見つめていた。

 エレンとはよくお互いの意見が食い違い、殴り合いの喧嘩をして、その度に割り込んで来たのはあの少女で。
 そして、今エレンは自分達とは全く手の届かない人間へと変わり果てた。
 これが最後なのだと思うと、思わず涙ぐんでいたジャンの絶叫と共に。ついに「進撃の巨人」のうなじを爆破することが出来たのだ、そしてその瞬間、ガビが言っていた通りにエレン巨人の首から光を放つ奇妙な生き物がその姿を現したのだ。
 それが今までエレンを支配し、操っていたとしたのなら、その日かるムカデのような奇妙な「始祖ユミル・フリッツ」へ巨人化能力を授け、そして自分達が繁栄し、ここまで巨人ができる民族たちを世界中へ広げて来たた謎の生命体「ハルキゲニア」を破壊するしかない。

 強烈な爆風に晒されながらも何とかその爆発から逃れたジャンが目の当たりにしたその生命体、なんと、その生命体は再びエレンの首に戻っていこうとするではないか。

「出やがった!!! こいつ……また!! エレンの生首に!?」

 切断され転がるエレンの頭部へ再び這いまわる「ハルキゲニア」をタックルして地面へ叩きつけるように食い止めたのは「鎧の巨人」であるライナーだったのだ。
 ジャンがようやく果たしたこと、またエレンに宿らせて「地鳴らし」を起させるわけにはいかない。その全身で光るムカデを押さえ込んだまま羽交い絞めにして離さない。

「ジャン!! ピーク!!」

 ライナーが必死にハルキゲニアを抑え込んでいるそこに尾骨での戦いを終えたアルミンたちを乗せたファルコが飛来し、乗り込んだコニーがこちらに向かって手を伸ばしている。もちろん全員乗り込んでおり、無事だ。

「急いで離れるぞ!! アルミンがこの骨ごと吹き飛ばす!!」
「……待ってくれ!! ライナーが!! それに、あの正体は――「鎧」ならきっと超大型の爆発にも耐えられる……何より、この機を逃すことはライナーの覚悟をふいにするも同じ」

「車力の巨人」から抜け出したピークが戸惑うジャンに対し、そう告げると、皆は自分の身体で必死にハルキゲニアを抑え込んでいるライナーを残して急ぎその場を離脱するジャンと彼に抱きかかえられたピークはファルコの背中に乗り込んで急ぎその場を離れる。「鎧の巨人」が持つ頑丈さに頼るしかない、あの爆発でハルキゲニアを吹き飛ばさなければすべて徒労に終わってしまうのだから……。
 取り残された尾骨の方では、ベルトルトの手の上に乗せられたエレンの父親であるグリシャ・イェーガーの巨人。エレン・クルーガーの巨人、そしてトム・クサヴァーの巨人の手のひらに乗ったアルミンが居た。
 道を通じて皆が助けに来てくれて、そしてこうして自分達はようやく窮地を脱し「地鳴らし」をこれまで多くの人たちの犠牲を経てたどり着き停止させることが出来たのだ。

「……ありがとう。みんなの力が無ければ……「地鳴らし」は止められなかった……さよなら……エレン」

 最後に自分へ託されたのは。この瞬間の為だったのだろうか……導かれるように、アルミンの言葉を最後に、「超大型巨人」が変身の際に発するその大爆発の中へと飲まれる巨大な「進撃の巨人」の肉体は包まれ、完全に消滅したのだった。
 ハルキゲニアを抑え込んだままの「鎧の巨人」であるライナーと共に。

 その爆発で巻き起こる陽炎が美しく広がって居るのがファルコの背に跨り雄大な大地を離れて行くミカサ達にも見えた。
 リヴァイは包まれていくアルミンの巨人化の爆風を受けながら泣き崩れる息子の肩を抱いた。
 もう二度と、会えないかもしれない。これが悲しい結末だとしても、決して悲しい事ではない、悲しみさえもかき消すような強い風が全てを呑み込んでいった。アルミンはまさにこの世界に希望をもたらす最後の希望、光、夢だった。

「泣くな、」
「だけど、もしかしたら、あの光の中に母さんが、まだ……」
「別れじゃねぇ、……生きてる、ウミは、あの中で今も……」

 エレンに取り込まれている限りその肉体は存在し続ける。
 これが、今まで共に過ごしてきたエレンとの別れ、そしてウミの消失も。とても悲しいなのに、何故か見える景色は何よりも美しく、涙が溢れるのだ。エレンが消えればウミも同じように消えるのだろうか、それともエレンを倒せば彼女は戻って来られるのだろうか。

 逃げ惑う人々の群れの中には遥か下のがけまで落ちて行く際に我が子だけではと、放り投げたあの赤ん坊が涙を止めている。どうやら赤ん坊は崖から落ちることなく助かり、崖まで追い詰められていた罪なき人々は突然崩れ落ちたように活動を止めて行く「地鳴らし」巨人を不思議な目で見つめていた。
 恐らく同じ現象が各国で起きているはずだ。オニャンコポンの故郷も、キヨミの故郷があるヒィズル国も。

 そして、「地鳴らし」の中心で支配していたエレン巨人をアルミンの「超大型巨人」の爆風が吹き飛ばした衝撃がライナーの母親であるカリナ達にも強烈な爆風として、襲い掛かる。
 そして、マーレに暮らすエルディアの民のガビ達の両親らは、上空から舞い降りるように着地したファルコ巨人の後姿を烈風の中で目にするのだった。
「超大型巨人」となったアルミンが変身した際に放たれた強烈な熱風を纏ったその爆発によって巨大な「進撃の巨人」の体はおろか、跡形も無くなくなっているのだった。

「見ろ!! 骨が消えてる……」
「地鳴らしも止まった……」
「エレンは……死んだのか……?」

 その言葉に、ミカサは再び頭痛が自分の脳の奥を刺すように押さえつけるように激しく痛み、ミカサはその痛みに呻きながら目の当たりにした光景を見つめていた。エレンが消し飛んだ、跡形も無くその肉体は消滅して。最愛の彼はサヨナラも伝える事も出来ずに、消えてしまった、自分を置いて本当に、消えてしまったのだと。

 ――「何でも……アッカーマン一族はエルディアの王を守る意図で設計されたもんだから、その名残で誰かを「宿主」と認識した途端、血に組み込まれた習性が発動するって仕組みだ。つまり……――お前がオレに執着する理由は、アッカーマンの習性が作用しているからだ。オレ達が出会ったあの時、お前は死に直面する極限状態の中でオレの命令を聞いた。「戦え」と。そういった諸々の条件が揃うことで、アッカーマン一族の血に秘められた本能が目を覚ますらしい。極限まで身体能力が高められるだけでなく「道」を通じて過去のアッカーマン一族が積み重ねてきた戦闘経験までをも得ることができた。「あの時オレを偶然護衛すべき宿主だと錯覚したことでな」
「……違う」
「違う? 何がだ?」
「偶然……じゃない……!」
「あなただから……! エレンだから……! 私は強くなれた。それはあなただから……!」

 アルミンとガビと、レストランでのやりとりがエレンと自分が交わした、最後の言葉。だったというのか、そんなの、信じたくないとミカサは嘆き、声が枯れるまで彼の名前を叫ぼうとする。

 ――「力に目覚めたアッカーマンは突発性の頭痛を起こすことがよくあったらしい。本来の自分が宿主の護衛を強いられることに抵抗を覚えることで生じるらしいが……心当たりは?」

「……あれが、最後だ、なんて……エレンとの……」

 ――「……要するに本来のミカサ自身は9歳を最後にしてあの山小屋に消えちまったんだよ。アッカーマンの本能に忠実なお前を残してな」
「……違う……私は……あなたと!」
「本来の自分を失い、ただ命令に従うために作られた一族。つまりは奴隷だ。オレがこの世で一番嫌いなものがわかるか? 不自由な奴だよ。もしくは家畜だ。そいつを見ただけでムカムカしてしょうがなかった。その理由がやっとわかったよ。何の疑問も抱かずただ命令に従うだけの奴隷が見るに堪えなかった。オレは……ガキの頃からずっと……ミカサ。お前がずっと……大嫌いだった」

「……そんな、ことが……」

 誰が見ても明らかだと言うのに、それでも、消滅して行くエレンの姿に、あのニコロレストランの
 ズキン、ズキン、と刺すような激しい痛みが止まらないのだ。そんな激痛が断続的にミカサの脳を襲うのだ。自分の心の痛みに呼応するかのようだ。このまま、エレンが消えてもそれは止まらない。
 目の前に広がる光景にただ、ただ、立ち尽くすミカサだけが、エレンの死がどれだけ自分の目の前に付きつけられても、そうだとしても、到底受け入れられそうになかったのだ。

 ふと、ガビとピークが背後にいる人間に気が付き、振り向いたそこで待っていた光景にただ息を呑んだ。
 自分達の目の前には、とっくにレベリオは「地鳴らし」の侵攻により間に合わないとハンジに言われ、その生存に絶望し諦めてそれでも戦ってきたのに。

 もう二度と生きて会うどころか、その遺骨さえも拾えないと絶望したマーレチームの面々の前には、ガビの両親、ライナーの母親でもあるカリナ、そしてピークの父親であるフィンガーが嬉しそうに、まるで幻でも見るかのように、だが彼らにも救援に駆け付けた自分達の活躍ははっきりとその目に焼き付いているだろう。
 次々と現れる親たちの自分達が寿命を差し出してでも戦い続けて来た自分達の戦う理由だったかけがえのない愛しい者達がこうして出迎えてくれたのだから。

「ガビ!!」
「ピーク!!」

 生きて会う事は二度と、無いと付きつけられた現実に誰もが絶望し、戦う意味を失いそうになった。
 だが、それでも歩み続ける事を決めた。
 今現実に起きていることは嘘ではない。ファルコの両親も到着し、この作戦の一番の功労者でもあるうなじから出てきてすっかり自分の巨人として自分の意思で巨人の強力な力に溺れることなく確実にその能力を使いこなして戦いの補助を果たしたファルコと嬉しそうに抱き合い、無事を確かめた。
 一斉に駆け寄り抱き合い、互いに無事だと安心し、涙を流し誰もが奇跡のようだとその再会を喜んでいた。

「父さん……最後の仕事が残ってる」
「あぁ、行ってきなさい、ピーク」

「父さん、母さん、兄さんの分まで……オレ、やり遂げるよ」
「ファルコ……この数カ月の間に急に、立派になって……」

 マーレに残してきた家族たちの無事をお互い確かめ合う中、突如空から舞い降りた巨大な鳥のようなファルコの巨人に驚くマーレ組の故郷に残して来た両親たち、再び生きて再会を果たすガビたちを見たパラディ島の面々はその様子をただ黙って見つめていた。
「地鳴らし」が起きた事でその進行速度の予想以上の速さに、もう二度と、永劫会えないと、一度は別れを決め覚悟してきた家族たち。
 だが、こうして生きてまた再会を果たす一緒に「地鳴らし」を止めるべく危険を覚悟で終えた戦いの後の「地鳴らし」が止まった後に待っていた奇跡に居合わせたチームパラディ島の面々の表情はエレンとウミという存在を無くしてもどこか晴れやかだった。シガンシナ区決戦の時とは違う、島の為にではなく、世界の為。そして大きな代償を差し出し自分達はやり遂げた。

「……正直言うと、後悔がねぇ訳じゃねぇ……。でも……俺達……間違ってなかったよなエレンが起こした「地鳴らし」を止めた事……」

 重量がある分余計負傷した体を支えられないので、その分さらにずっしりと重みでのしかかっている全身ボロボロのリヴァイを支えるコニーやジャンたちは、再会に喜ぶ敵だったマーレ側の戦士たちとの共同戦線で「地鳴らし」を止めたことが、決して間違いではなかったことを、今自分達の目の前に広がる笑顔や絶望に嘆く街が希望に満たされる光景を見て、そう噛み締めるのだった。

「……どうして収容区からここまで……」

 ファルコの巨人化が解除された事で、四年ぶりにマーレの大地に降り立ったアニは生きて二度とは踏めないと思っていたこの地で「女型の巨人」かの影響で頬に筋組織の痕を残しながら、カリナたちがここにいることを不思議に思うアニが居た。

「レオンハートさんがみんなをここまで率いたんだよ。あなたのお父さんが。あっちにいるわ、行ってあげて」

 カリナはアニに伝えその言葉を受け、生きてまた父との約束を果たすべく、アニはようやく父親に会えるのだと、一度は消えた希望は走り出した。
 その背後からガビが、自分の従兄でもあるライナーが懸命に「鎧の巨人」の力で戦っていることを必死に伝えると、すでにその戦いを見守っていたカリナはこれまでにない穏やかな表情で頷き、喜んでいた。

「あの光るムカデは……ライナーはどこだ!?」

 崖下からのぞき込む中、光るムカデやライナーの安否を心配する彼らは、爆発した要塞の高台から見える崖の遥か下を眺める。

「……!! アルミン」

 アルミンの「超大型巨人」が変身し、その爆発が生じて生まれた深いクレーターから姿を現したのは優しい目をした「超大型巨人」の姿をしたアルミンだ。
 巨人体の姿でよじ登りこちらにやってくるのを確認し、アルミンの無事を確かめ。そしてその下でうつ伏せのまま動かないが、かろうじてライナーもその肉体はダメージを負いながらも無事のようだった。

2021.12.17
2022.01.30加筆修正
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