THE LAST BALLAD | ナノ
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side.H All For Love

 ――「次の調査兵団団長はハンジ・ゾエ、お前だ」
「(そもそもさ……何で、私なんかを団長に指名したんだよ、エルヴィン……。自分の組織どころか兵団内がもうバラバラの滅茶苦だよ。武器も仲間もみんな奪われて、頼りのリヴァイも、やられてしまった……ウミも、エレンと一緒に私たちの敵になってしまった……どうしてこんなことになってしまったんだろう)」

 ハンジの嘆きは誰に聞かれる事も無く、止まらない。ハンジは涙を流したいのを堪え、激流の中に居るリヴァイの身体を強く抱き寄せていた。

「(本当に、もう、何てクソ重いんだよこの身体はっ……)」

 ハンジは激流に翻弄されながらそれでも離さない。リヴァイを強く抱きしめていた。「人類最強」と呼ばれる男は自分よりも小さくて線が細い身体をしているが、その衣服を脱げばどうして彼が「人類最強」と呼ばれるか理解出来る。
 厳しい状況の中で研ぎ澄まされた強靭な肉体には強靭な精神が宿る、その言葉通り、彼はどんなに辛い過酷な状況下でも、どれだけの仲間を失い続けても、若い兵士たちの中で生き残った唯一の仲間である彼と苦難を共にして乗り越えて来た筈だった。
 そして彼はまた更に肉体を磨いた。全てはかつての盟友との誓いの為だった。だが、その誓いは果たされず、向けた刃を因縁の相手に向ける事それは島の命運に掛けて許されないと鎖に縛り付けられていた。

 そして、そんな彼の支えであった少女を、自分も想い深い友愛の中で見守っていた。それが友愛ではなく、本当に相手を想うが故の間と確信したのは、彼女が自分以外の誰かに心奪われ、そしてそのまま自分の元を笑顔で走り去っていった時だった。

「(リヴァイ、君を、君だけは死なせるわけにはいかない……! あの子の為にも、子供たちの、為も)」

 今の彼は、まるで儚げな命の灯が消えようとしている。もしこのままここで彼が死んでしまえば――。悲しむ者達が大勢居る、遺された命たちだけがここに残されている。その命運を託されているのだ、自分は。

「(リヴァイ、リヴァイ、頼む、どうか死なないで、まだ、君まで失うわけにはいかない……あの子が待ってるんだ。頼む、わずかに聞こえた心臓の音が確かに聞こえたんだ、起きろ、起きてくれ!!! 私の手を握ってくれよっ、頼むからさ!)」

 自分が団長に選ばれた事に対して意味はあったのだろうか。なぜ彼は自分を団長なんかにしたのだろう。
 確かに最前線を行くリヴァイにイレギュラーな経歴で訓練兵団の過程を飛び越え兵士となって、命令や的確な指示をせず少数精鋭の舞台しかまとめてきた経験のないリヴァイと分隊長を務めた自分とでは自分しかもう少数の兵団幹部の中で務まらなかったから消去法だったのかもしれない、だが自分はエルヴィンの死を看取り、そして彼亡きその後、13代目団長からの指令、命令を受けて自分は14代目団長となった。
 彼の死と共に。自分が団長の椅子に鎮座することはあまりにも自然な流れだった。

 荒れ狂う激流がまるで生き物のように自分達を飲み込んで遠ざけていけ。必死に抱きしめ、決して、離さないように。
 激流に引き裂かれそうになり、揉まれながらも暫く流され続けてもハンジは必死にリヴァイを死なせない為にバラバラになりそうになりながらもハンジはリヴァイの腕を決して離しはしなかった。

「(ウミ……)」

 自分の脳裏を巡る記憶の中に、あの子がいた。そう、ウミ。
 彼女が悲しむ姿を、見たくはない、もし、リヴァイが死んだと分ればあの子はどうなるかわからない、だから自分は――。
 自分のこの思いは届かないだろう、だが、この気持ちを打ち明ける事も自分はしないだろう、彼女を別の形で自分は想い続けることが出来るから。
 兵士として走り続け、まだうら若き乙女であるウミは年頃の少女が望む生活を捨て戦い続けている。そんな彼女をいつも自分はどんな時も見守って来た。そんな彼女がようやく手にした幸せの先にこの男がいた。

 ――「リヴァイがもし、君を捨てたなら、私が君を幸せにしてあげるよ」
 ――「本当? そうだね、そうしようかな。ハンジならきっと幸せにしてくれるもん、大好きだよ、ハンジ」
「(私も、君が好きだ、ウミ。だから、どうか、悲しまないで、笑って、どうか、お願いだ……!!)」

 流され続けてどれだけの時間が過ぎただろう。リヴァイを必死に抱きかかえていたハンジの肉体は、気付けば川の激流から放り出されるように岸辺に放り出されていた。
 ゆっくりと起き上がるが、自分達を追いかけ川を下るかつての仲間達の姿はまだ見ていないどうやら追っ手を撒けたらしい。ひとまず危機的な状況から脱したかと安堵しハンジはずっしりと重量のあるリヴァイを抱きかかえながらマントでリヴァイの未だに流れ続ける右の顔をぎっちりと縛り上げ止血する。

「クッソ重いなぁ……! 全く、本当に!! 私より身長低いのに私より何倍も体重があるってどういうこと? この体重でウミと抱き合ってたらウミが潰されちゃうじゃないか、」

 せめて満足な手当てが出来なくてもこのまま流れ続ける血を止めるにはやはり縫合道具が必要だ、早く彼の傷を縫合しなければ。他人に施すなど自信が無いが自分がやるしかないだろう。

「せっかくの男前が台無しじゃないか、リヴァイ。こんなひどい顔になってしまってさ、」

 ずぶ濡れの身体は冷たく体温を奪い、彼の身体は震えが止まらない。この衣服を脱がせないと、ハンジは付近の辿り着いた巨大樹の森で身をひそめながら彼の回復を待つことにした。
 リヴァイ達が一カ月間滞在していた拠点の巨人達とのリヴァイに寄る壮絶な戦闘の痕が残るその場所はまだ残されている。くべられた焚火に近づける彼の冷えた体を温めないと。震えが止まらないリヴァイの身体。それに、自分も激流であちこちぶつけていたいし、それに濡れて身体も冷えてしまった。

 近づくイェーガー派の追っ手に気付かれる前にこの身体を乾かさねば。ハンジはリヴァイの着ていたずぶ濡れの身体に張り付く衣服を脱ぎ捨て、逞しい彼の身体が露わになる。顔の外傷ほど肉体の負傷はあまり内容で安心した。切断され吹っ飛んだ指はもう二度と戻らないが、身体や内臓の負傷は酷くはいない様だ。
 やはり、ただでは死なない男。地下街で地上に上がる前に自分達の想像を超える様な過酷な環境を生き抜いてきた彼のとっさの反応が雷槍の爆発から身を守り、命まで奪われなかったのだろう。
 ハンジも躊躇わずに自分の服を脱ぎ捨て、下着だけになると、(さすがに裸同士で肌を重ねてお互いの暖を取るのはここに居ない筈のウミに対して申し訳が無い。と思った。)あおむけに横たわり動かないリヴァイに覆いかぶさる。仲間である彼とこうして肌を重ねる事になるとは思わなかった。
 彼の肌に触れる事に対し、脳裏にウミの顔が過ぎったが、今はこんな状況下で気にしていられない。

「(ごめん、ウミ、なるべく見ないようにはするからさ……旦那さんの身体、借りるよ)」

 冷えた身体を冷やすにはまだかすかに燃える焚火よりも互いの肌を重ねて温め合った方が格段に早いし、この方法で訓練兵団でも万が一の雪山での遭難などの訓練での知識として教えられたのを実行したまで。ここにいないウミに何度も何度も謝る自分はどれだけ彼女を今も大切におもっているか、きっとエレンと共に行動を決めたどうして変わってしまったのかわからないまま島から姿を消したあの日のウミを救えなかった自分、そんな不安定な彼女の心の安定を自分は必要とし、この島を守る事が必然的にこの島で暮らすウミ達を守る事に繋がると真剣な目で訴え共に防衛に努めてきたリヴァイの思いを考えるあまり、市民となったウミへの配慮が欠けていた、リヴァイが兵団につきっきりで自分は育児と店に追われる日々でまともに値付けていなかったかもしれないし、もしあの時点で妊娠していたのならきっと初期で体調も不安だったろう、寂しかったかもしれないというのに。

 ウミからリヴァイを奪ってしまった自分、幹部組の生き残りが唯一の存在となってリヴァイに支えられてこれまでやって来れた分、ウミにリヴァイを、家族を、彼女へ返す頃合いなのかもしれない。
 まぁ、この傷ではリヴァイが戦線に復帰すること自体絶望的だろうが。自分と同じように訓練すれば視界の幅が狭まってもどうにかなりそうだが。
 激流に翻弄されたお互いの肉体、自分も身体の末端まですっかりと冷えて寒くて凍えそうだ。

「クソ、寒いなぁ……」

 思わず悪態づくほど、自分はいらだっていた。自分の無力さに、エレンとどうすることも出来ないままフロック達の裏切りにより完全に兵団は「ジークの脊髄液入りワイン」による混乱で機能を失い、そして自分達は立体機動装置さえ装備していないまま向けられた銃口に囚われの身となったことに。
 陽が沈む前に互いのずぶ濡れになった身体を温めてまずはどうにかしてこの状況からリヴァイを連れ出し治療しなければ。
 だが悪寒に震える身体濡れた肌を拭い去るタオルも満足にない状況でずぶ濡れの身体はどんどん冷えていくばかりだ。
 それどころか皮下脂肪の少ない全身骨と筋肉で作られているリヴァイの冷たい身体の冷たさに自分の体温まで奪われていきそうだ。
 硬くて痛くてお世辞にも抱き心地がいいとは言えない男の身体。
 だが。そんな彼の身体を求めるあの子の為に、あの子の目を覚まさせ、もう一度その離れた心を取り戻すには彼が必要だ。
 そうだ、彼の存在はこの島には必要なのだ、自分にも彼が必要であるように。

「(死ぬなよ、リヴァイ……君はまだ、そっちに行かせないよ……エルヴィン達の元にはまだ逝くには早すぎる)」

 こんな所で死なせるわけにはいかない、彼を失えばそれこそ本当に希望が奪われてしまうだろう。
 うめき声が微かに聞こえた。ガクガクと震えている自分よりも小さなその逞しい身体を、消えそうな命の灯を奪われないように必死に押さえつけるハンジの元に、ふと聞こえた足音と草むらを踏みしめる音と共にくべた薪が音を立てて爆ぜた。

「誰……?」

 まさか、もう追手が?聞こえた足音、耳を澄ませばそこに居たのは紛れもなく。

「ハンジ……?」
「え?」

 リヴァイの前で爆発に巻き込まれ胴と生首がバラバラに引き離されむごい姿で死に耐え、そして死んだ肉体を始祖ユミルに明け渡す形で生き返ったウミの姿だった。

「え……ウミ?? どうしてここに……? これは、夢?」

 お互いに肌を重ねて必死になって暖を取っていたが、端から見てウミにはどう映っただろうか。彼に対しての恋愛感情は全くないが、二人の姿を一番見られてはいけない少女に見られている。
 いや、予想だにしない思いがけぬウミの登場にこれは、夢か幻だろうかとハンジはうつろな思考の中隻眼を向けたまま言葉も発せず固まっていた。

「夢じゃないよ。私はイェーガー派の手引きを受けてこの森を目指していたの。リヴァイが……危ないって……でも、ハンジが助けてここまで連れて来てくれたんだね」

 何故か彼女はこの場に似つかわしくない兵団を退いてからいつも身に纏っていた彼女お手製のワンピース姿で。ウミの緩やかで柔らかな髪が揺れて耳に心地いいその声音は、今肌に感じる迫る危機、不安でどうにかなりそうな状況で張りつめていた自分の身体をほぐしていくようだった。

「いいや、これが夢でも幻でも、何でもいい、どうして君がここに居るのか、分らない、もしかしたらこれが私の願望なのかもしれないけど、それでもいい……! ウミ、このままじゃリヴァイの傷を治す前にリヴァイが凍え死んでしまう、見るからに重症なのが分かるだろう? お願いだ、君も、手伝ってくれるね、早くリヴァイを温めないと……三人で、温め合うんだ」
「……リヴァイが――。うん、わかった、いいよ」

 状況を即座に理解したのか、ウミは何も言わずにハンジに近づくと、そっと着ていたワンピースを脱ぎ捨てた。眩しい位に真っ白なウミの素肌。ハンジは眩しそうに目をそらしている。リヴァイと出会う前からもウミの肌など着替えや訓練の合間にさんざん見てきたじゃないか。
 だが、恋しい少女の肌をまざまざと見せられると、嫌でもこの二人の間に幾度も交わされてきたであろう情交を思い出してしまう。薄暗いこの森の深い緑の世界でもウミの肌は古傷あれど綺麗だと思った。
 彼女のウエディングドレス姿を思い出す、誰よりも愛する人の腕の中で微笑む彼女の姿にこれまでの彼女の苦労を観て来た人間としては涙なしには見ることが出来ない程、あまりにも平穏で幸せに満ち溢れた素晴らしい光景だった。
 二人の結婚式を二度も見ることが出来た自分は相当の幸せ者だ。彼女を幸せにしたいとできるのは自分だと始めは突然ぽっと出の男に対して思ったハンジでさえリヴァイには敵わないと痛感させられただけだった。

「ハンジ、寒くない?」
「大丈夫……大分、温まって来たかな。リヴァイはどう?」
「リヴァイは冷たい……けれど、心臓の音はちゃんと聞こえてるよ」
「それならよかった、ほら、もっとリヴァイにくっついてあげて、きっとあなたに抱き締められて安心しているはずだから」

 そんな状況下でも男性は自分が危機的な状況に瀕するとその種を残そうとする生存本能に駆られると言うが、その言葉通りに間に挟まるようにウミがその冷えた身体を覆うと、嗅覚で彼女を思い出したのだろうか、リヴァイが無意識に彼女を求めていたのは見て取れた。
 その姿をウミ越しの肌に感じ、ハンジはそっと瞳を伏せる。まるで生を貪るかのように、今の自分は酷く、不安定で抱えていたものすべて何もかも投げ出したい衝動に駆られていた。だから、今だけは、これも仮初の夢だと思ってもいいだろうか。マントと濡れた衣服だけの頼りない装備の中、拠点内を探して見つけたありったけの兵団に支給されている簡易的な敷布を広げて自分達の身体に巻き付けて、自分と彼の間に恋しい少女だったウミを挟んで抱き合って。

「っ、ハンジ、……な、に、」
「男は自分が生存的に命の危機が訪れると本能的に自分の種を残したがるらしいよ、本人の意思とは無関係でも、瀕死の重傷だとか、壁外調査の終わった後とか、どうも猛る気持ちになるし、それを鎮めるために娼館だとか、女の人の元に行ったり、女の兵士に迫る男性兵士とかは多いからね。――私も、そうかもしれない」

 ハンジは仰向けに寝っ転がりそのままリヴァイにしがみつく様に肌を重ねるウミの上に重なりながらも自分に背中を向けた剥き出しの彼女の体温に触れていた。その温もりに安らぎを求めるかのように。ウミの肌に感じているその温度が、確かに温かくて、その事実に彼女は今は自分達だけの彼女なのだと、イェーガー派になんてどうかつかないで欲しいと、安堵しながら、彼女が死体では無く生身の肉体だと、安堵し、そしてどうかこのままこの時が続けばいいと、ただひたすらに、それだけを願った。
 直視するのも厳しい現実がまるで怒涛の荒波のごとく自分に襲い掛かるものだから。それに堪え切れずに自分はその波にあっという間に流されて滅茶苦茶にされ今凍えた肌を温める手段も奪われて。
 肌と肌で、抱き合うだけでも、それだけでも恋しい少女をこうして抱けることは自分の何よりの安らぎでもあった。

 だからこそ、これが夢ならば、願う事も許されるだろうか。
 ハンジは溜まらず寒さから、温もりを貪るようにウミを抱き締めていた。剥き出しの肌同士が触れ合い、ウミも驚きに身じろぐが、それがハンジの温もりならばと拒みはしない。
 彼は今温もりの中で自分の本能が戦っていることを知っているのだろうか生理的な現象でも危機に陥る男の本能がそれでも生を謳歌しようとしている。

「ねぇ、ウミ……リヴァイが苦しそうなんだ、私はさすがに、例えリヴァイでも、君の前で君の代わりは出来ないけど、君が今はいてくれる、意味、分かるよね」
「ハンジ、私、でも、」
「お願い、リヴァイを。君にしか出来ない」
「でも、ハンジが見てるのに……!」
「いいよ、それでも、私の目の前で見せてよ、どんな風に君はリヴァイを愛してあげるのか、見たい。これが夢でも、構わないから、今だけは夢を見せて」

 もしかしたらこれで本当の意味で踏ん切りがつくかもしれない、心のどこかで今も捨てきれない、呆れるほど幸せな夢を見る、本心が誰よりも彼女を見ていた、誰よりも幸せになって欲しいウミへ。

「ハンジ、私、」
「リヴァイの前で、どんな風に君は変わるの? 教えて、私に、ちゃんとわかるようにさ、」

 もしかしたらこれは目の前の現実に疲弊した自分の願望が見せた幻想だとしても、ウミを自分達の間に閉じ込めてもう、決してどこにもいかないように、自分達ではない別の人間、エレンを追いかけるように、この場所からまた見知らぬどこかに行こうとしているウミを離したくは無かった。
 目の前に横たわる彼女が幻の存在だったとしても、儚い命を抱き締めるようにハンジは恋しかった彼女をたまらず裸の胸に、抱き締めるのだった。

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 それから、深い眠りに落ちたハンジとリヴァイが互いに濡れた身体を乾かし、身体が冷えたままでいた事で低体温症になりかけていた二人が回復したことを目で確認し、手で触れて、そして、眠る二人を双方見つめながらウミは微笑んで、そして。ハンジの手を握り締め、そっと微笑んでいた。
 そして、ウミは着ていた服をもう一度袖に通すと、静かに二人へ何度も振り返りながらそっと言葉を残していく。

「私は、ね……。「始祖ユミル」にこの身体を、差し出したの……。「始祖ユミル」あの子は世界でたった一人の愛する人の為に今も身を捧げ続けている。あの子はアッカーマンの血を引く私の愛する人、リヴァイに、あらゆる方面で干渉することは出来ない。だから、もう彼の傷を治してあげられない。リヴァイは、フリッツ王家の記憶の改竄を受け付けないユミルの民ではない、アッカーマンだから。でも、こうして肌と肌で触れ合えば温もりを分かち合えることが出来るから……。最後に、あなたにもう一度、会えてよかった……。どうもありがとう、ハンジ。あなたの記憶の中の私が今も生きているから、生きていたから、私はこうしてあなたの元へ帰ってくることが出来るの。どうか、今までの私を覚えていてね……。私がこれから先どんな醜い姿になっても、私のままで、あなたには覚えていて欲しい、ずっと傍に居てくれてありがとう、」

 微笑みながら、追いかけても手が届かない淡い花のような。ふ、と姿を消した彼女を、目が覚めすっかり身体も乾いて震えも収まったハンジは呆然と見つめていた。
 川に落ち凍えてしまいそうだった身体も心も今はもう元通りに乾き、その傍らにはウミの優しい微笑みが存在していた……。
 彼女の温もりを得て自分達は命を助けられた、幻か現実かも分からない焦がれた少女の存在があったからこそ自分達は生を得た。

「待って、ウミ、行かないで……!! 嫌だ、こんな形で、っ、君を、私は喪いたくない……!!」

 大切に深く、心の片隅で想い続けていた。例え、向けられた愛。それが自分が望む形でなくても、彼女の目に自分が映らなかったとしても、その目が、もう自分を見ることは無かったとしても彼女を自分は心の底から誰よりもその幸せを願っていた。
 どうか、戦いとは一番縁のない遠い場所から、笑って生きているそれだけで自分は、それだけでよかったのに、ただ、君の幸せを祈るだけで、幸せだったんだと。

 思い焦がれた少女だった女と抱き合い求め合った一瞬はまるで永遠の夢として、最後の安らぎの時間だったのだと、ハンジは後に噛み締める事になる。
 これがそう遠くない未来、団長としてなすべきことを最後に果たすための仕事を終えて楽園に向かう自分に持たされた土産なら、どれだけの愛を自分は彼女からもらったのだろう。

――「よろしく、ハンジ。私がこの連隊の分隊長のウミ。です。あ、気を遣ったりかしこまったりしなくても全然いいから。私はあなたよりも年下だし、訓練兵団上がりでもないから。どうぞ、気軽に接してもらえればうれしいな」

 少女だったウミとの、出会いの日を今も覚えている自分がいる。
 にっこりと、手を差し伸べて自分へそっと微笑んだこの目の前のまだ幼い少女、がまさかこの兵団を束ねている自由の翼を纏う分隊長だと知った時は心底驚いたものだ。
 両親と共に自由の翼を纏うエリートで幹部。そんな彼女分隊長でしかも彼女は訓練兵団の過程を飛び越えて。だ。
 あの血のにじむような面訓練兵団の過程をスルーした彼女に対して不平不満は尽きない。彼女をねたむ兵士たちによって彼女はいつも孤立していた。

 だが、彼女は自分の存在が周りから異質であることを理解してか、そんな陰口に反論したリ嫌がらせも撥ね退けるように、歩み寄るのを待ちながら遠くを眺めて自分達がいつか歩み寄るのを待っていた、微笑みを絶やさずにいつも自分達から離れた場所からそれを見ていたように感じる。
 両親が調査兵団の精鋭で、そしてそんな自分も、その権力で分隊長に上がったんだろうと地味な鍛錬を繰り返してここまでの地位に上り詰めてきた苦労もあった筈なのに、自分の立場ゆえに疎まれたり、妬まれたりもした筈なのに、それでも彼女は自分から歩み寄らず、微笑み、まるで周囲を気遣う様に周りが歩み寄るのを待つような子だった。
 そんな子だからこそ、誰よりも、幸せになって欲しいと願った。

 彼女も二度と戻らぬ叶わない恋をしていたから。自分はその言葉を待ち続けていた。
 彼女の傍に居られるのなら、それでよかった。それだけで十分だった、お互いいつか散る命だからこそ、分かち合えるものであってほしかった。
 そんな彼女も今では本当の意味で愛し愛され守られる存在と出会い結ばれた事を自分はとても嬉しいと、そう思う。
 だからこそ、戻って来て欲しいと願わずにはいられない。
 目の前で苦しみながらも生きようともがき続ける彼を自分は何としても守ろう。彼ならきっとまた別の場所へ旅立とうとしているウミを救えるはずだと、そう、信じて。これからの戦いはもっと厳しいものになるだろう、だからこそ、まだ自分達には彼が必要だ、彼を死なせるわけにはいかないのだ。

2021.10.22
2022.01.25加筆修正
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